17.少年とハムスター
その話が出たのは、家族でコタツに入り込んで、みかんを食べている時だった。この春大学二年になる私と、食べ盛りの高校生の弟に母とでは、コタツは窮屈だ。足の先から、ぬくぬくとした暖かさが伝わる。
「そういえば、茜ちゃんトコのハムスターは元気なの?」
片手でみかんの皮をむいて、一つを口に入れながら母が問う。午後八時現在、父がお風呂に入る前に、洗い物を終え、一息ついているところだ。
なぜ私に、しかも唐突に聞いたのかと思ったら、テレビのコマーシャルに子猫が映っていた。生後二、三ヶ月だろう。ブラウン管を通してでも抱きしめたくなる可愛さだ。模様もない真っ白な猫。白い毛が、フサフサとしている。
「ああ、言ってなかったっけ?」
私もその猫を見つめながら、今から一週間ほど前の出来事を思い出していた。
私には、家が近所で仲の良い茜という名前の友達がいる。友達と言うより、幼なじみといったほうが適切だろうか。ちょっと肌にはニキビが残っていて、今時珍しく化粧もしない。容姿からすると、目立たないが、実際の性格は明るく、人の話もよく聞き、積極的で、そんな性格だから男子の中にも友達が多い。思ったことを上手く口にできない私からみれば、信じられないほど前向きで、頼れる存在の人だ。
そんな彼女にも私と同様に二つ年下の弟と、更に茜より五つ年下の弟がいる。私の弟、和志はその中学生の弟、拓也君とも親しくしている。拓也君は、(家系のせいなのか)背が低くメガネをかけていて、一見小学生にも見えた。その上、茜とは正反対で、どちらかというと、気が弱く、臆病で人見知りをする子である。
その拓也君の、広島に住んでいる従兄弟が一週間前結婚することになり、行くには、日帰りはきついということで、一泊することになった。拓也君もその結婚する従兄弟には、かなりなついていたらしく、楽しみにしていたらしい。が、問題は拓也君が飼っているハムスターのことだった。私もよく、大学が早く終わった時など、ケージの中で元気に遊びまわるハムスターを見にお邪魔していた。小さい手と、せわしなく動く口がとても可愛かった。ハムスターの種類は、ゴールデンハムスターというもので、頭と、おしりからしっぽにかけてこげ茶色の模様が入っていた。
結局は、大学の方の都合で行けなくなった茜が、世話をするということで落ち着いたのだが(というか、他にどうしようもない)、目の中に入れても痛くないほど可愛がっていた拓也君は、それでも不安そうに、何度も何度も様子を見るように念を押していた。
彼は、その小さい頃から人見知りをする性格からか、動物とよく遊んでいた。野良猫や、小さい犬を見れば、親に気付かれないようにミルクを持って行き、それを美味しそうに飲む様子を日が暮れるまで眺めていた。そのことに気付いた両親が、ハムスターくらいなら、とペットショップに行った次第である。
手のひらに乗る小ささで。チィちゃんと呼ばれ、いつの間にか、それが名前になっていた。
そんな具合に可愛がってるチィちゃんを見て、笑いながら「大丈夫」と、繰り返し茜は言ったらしいが、家を出たその日、拓也君がいなくなったその日に、ケージを開けて見てみると、静かに中でうずくまっていたそうだ。慌てて、手に取って様子をみた所、手で包み込んでいるうちに冷たくなっていったらしい。
正確な理由は今も不明だが、多分寒さのせいでは? と茜は言った。言われてみると、その日は急激に気温が下がり、十度ほどしかなかった。寒い時にいつも、ケージの周りを新聞紙でガードしていたのに、エサをあげようとした時には隙間があったらしい。
拓也君に頼まれ、預かっていたチィちゃんを死なせてしまった罪悪感が、重苦しい雰囲気で茜を悩ませ、結局ペットショップで似たような模様のハムスターを買って来たという話だった。
ところが、拓也君は帰ってから真っ先にハムスターの所へ行き、一目で、今まで自分が飼っていたハムスターでないことを見破った。きっと、電話での様子もおかしいと思ったのだろう。
そして、茜から説明を聞いて(言い訳とも言うが)、すぐさま庭の隅に立てられた墓を見つけて、泣き出したという。
「……へえ。それはかわいそうにねぇ。じゃなに? 今いるハムスターは新しく飼っているやつなの?」
思い出しながら、正確に伝えようとした私に、静かに聞き入っていた母が興味津々に言い、私は頷いた。
「そうみたい。ほら、茜とか拓也君ってまだ、身内の不幸とかあまり経験してないじゃない? なんか、ショックだったんだろうね。死っていうものがさ。もう一年近く飼っていたしね。だからじゃない?」
言葉に詰まることもなく、私は思っていることを述べる。
その時、話に加わる訳でもなく、コタツにもぐり込んでテレビを眺めていた和志が、ふっと顔を上げた。どこか、怒っているように私を睨む。
「悔しかったんだよ」
「ええっ?」
一言ボソッと言われて、思わず聞き返す。母もみかんに伸ばした手を止めた。
「どういう意味? 自分が助けてあげられなかったから? だから悔しいって意味?」
弟の真意を聞こうと口を挟む。
「もちろん、それもあるだろうさ。でもあいつ、ずっとずっと可愛がってきてたんだ。遊び相手にもなってたし、エサも自分であげてた。……なのに、一番苦しい時、傍にいてあげられなかった。最後を看取ったのが、自分じゃなかった。それって、すごく悔しいと思わない?」
そうかも知れない。助けてあげられなかった己の無力さだけでなく、傍にいるという簡単なことすら出来ず、いつの間にか墓が作られ、それは一体、どういう気持ちなのだろう。
「だけど、拓也君も十三歳になったのよねぇ。まだ、ハムスターより好きな子はいないのかしら? 今時の若い子は、ガールフレンドを作るのも早いものねえ」
のんきに言って、ちらりと視線を和志の方に向けた。が、当人はそ知らぬ顔でテレビを見ている。私はくすりと笑った。
でも。拓也君も。
一つの生き物に、こんなにも深い愛情があるのだから、いつか素敵な人と出逢えるはずだ。そして、大切にするだろう。
その時も、まだハムスターにしか目がやれないと困ったものだが。
《終》
《初出》
2003年2月23日発行「少年とハムスター」




