14.新緑
葉桜の季節がやってきた。
もう来ないと思っていた。
いえ、違う。
また来るけれど、私は迎えないと思っていた。
彼が急な事故で逝ってしまってから、もう半年以上が過ぎようとしている。
付き合って半年。すべてがこれからのような気がしていたのに。
夜中のトラックのわき見運転で、あっけなく、逝ってしまった。無残な車の残骸を残して。私をおいて。
人がこんなにもあっけなく死ぬとは、思いもしなかった。
あの頃は、私はあとを追うつもりでいた。葬式が終わり、数少ないアルバムを見て、すべてが落ち着いた時、私はあとを追うことばかりを考えていた。
思い出すのが辛すぎて。
何度か剃刀で手首を切ろうと試みた。でも、できなかった。生への魅力と死への恐怖。
その中、彼への思いだけがふくらむ。
流行にのらない黒髪の、少しクセッ毛のある髪。
優しそうな瞳に、シャープな顎。
背は、そんなに高くないけれど、体格のいい体つき。
まだ少ない彼との思い出。
なくしたくない深い愛情。
私の方から愛したいと思う恋は、初めてだった。
側には、もういないのに。
寂しくて寂しくて、私は自分の体を抱き締めた。
桜並木の通り、噴水があるベンチに腰掛けた。
冷たい、その感触は、死んだ彼を彷彿とさせる。
噴水の水しぶきの音が、耳に残った。
思い出を胸にだきしめ、空を仰ぐ。
あの人は新緑が好きだった。
淡い桜の花びらが、絨毯のように地面にあふれている。
『新緑って落ち着くんだよな』
腰をかがめて、散り行く桜の花びらを拾った時、何故か彼の言葉が脳裏をよぎった。
新緑を見れば、今の、この不安定な私も落ち着くことができるかしら……?
そんな思いをかかえる。
死ぬのは、それからでも遅くない。
もうちょっと待って、という思いをこめて、私は静かにベンチから立ち上がった。
春の風とともに時間が流れ、葉桜が新緑に変わる。
私は、重い足取りで、新緑を眺め歩いていた。
艶やかな、みずみずしい緑だった。
暖かい南風で、木々がざわめく。体ごと飛ばされそうな強い風だった。
ざわつく木を、下から見上げる。
その時、目にも鮮やかな緑のキレイな新緑を見た時、何故だろう「命」を感じた。
強い風にも負けないで、耐えている木の命を。
一瞬、頭がクラっとした。
私、何を考えていた……?
何で、死のうと思ったんだろう。
これは、彼の、あの人のメッセージだ。
きっとそうだ。
涙が一筋、頬を伝う。
彼が私の事を止めてくれたのか。
だって、彼が新緑に対する思いを私に言ってなければ、私は死んでいたかもしれない。新緑を見ようとしなかっただろう。
軽いめまいを覚えた。
「分かった。私は逝かないわ……」
青く広がる空の新緑の下、風が吹くその中で、私はこれからも生きていこう。
どんな強風にも負けない、彼の好きだった新緑と共に。
―終―
《初出》
2002年6月2日発行「新緑」




