表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/18

14.新緑

 葉桜の季節がやってきた。

 もう来ないと思っていた。

 いえ、違う。

 また来るけれど、私は迎えないと思っていた。

 彼が急な事故で逝ってしまってから、もう半年以上が過ぎようとしている。

 付き合って半年。すべてがこれからのような気がしていたのに。

 夜中のトラックのわき見運転で、あっけなく、逝ってしまった。無残な車の残骸を残して。私をおいて。

 人がこんなにもあっけなく死ぬとは、思いもしなかった。

あの頃は、私はあとを追うつもりでいた。葬式が終わり、数少ないアルバムを見て、すべてが落ち着いた時、私はあとを追うことばかりを考えていた。

 思い出すのが辛すぎて。

 何度か剃刀で手首を切ろうと試みた。でも、できなかった。生への魅力と死への恐怖。

 その中、彼への思いだけがふくらむ。

 流行にのらない黒髪の、少しクセッ毛のある髪。

 優しそうな瞳に、シャープな顎。

 背は、そんなに高くないけれど、体格のいい体つき。

 まだ少ない彼との思い出。

 なくしたくない深い愛情。

 私の方から愛したいと思う恋は、初めてだった。

 側には、もういないのに。

 寂しくて寂しくて、私は自分の体を抱き締めた。


 桜並木の通り、噴水があるベンチに腰掛けた。

 冷たい、その感触は、死んだ彼を彷彿とさせる。

 噴水の水しぶきの音が、耳に残った。

 思い出を胸にだきしめ、空を仰ぐ。

 あの人は新緑が好きだった。

 淡い桜の花びらが、絨毯のように地面にあふれている。

『新緑って落ち着くんだよな』

 腰をかがめて、散り行く桜の花びらを拾った時、何故か彼の言葉が脳裏をよぎった。

 新緑を見れば、今の、この不安定な私も落ち着くことができるかしら……?

 そんな思いをかかえる。

 死ぬのは、それからでも遅くない。

 もうちょっと待って、という思いをこめて、私は静かにベンチから立ち上がった。

 春の風とともに時間が流れ、葉桜が新緑に変わる。

 私は、重い足取りで、新緑を眺め歩いていた。

 艶やかな、みずみずしい緑だった。

 暖かい南風で、木々がざわめく。体ごと飛ばされそうな強い風だった。

 ざわつく木を、下から見上げる。

 その時、目にも鮮やかな緑のキレイな新緑を見た時、何故だろう「命」を感じた。

 強い風にも負けないで、耐えている木の命を。

 一瞬、頭がクラっとした。

 私、何を考えていた……?

 何で、死のうと思ったんだろう。

 これは、彼の、あの人のメッセージだ。

 きっとそうだ。

 涙が一筋、頬を伝う。

 彼が私の事を止めてくれたのか。

 だって、彼が新緑に対する思いを私に言ってなければ、私は死んでいたかもしれない。新緑を見ようとしなかっただろう。

 軽いめまいを覚えた。

「分かった。私は逝かないわ……」

 青く広がる空の新緑の下、風が吹くその中で、私はこれからも生きていこう。

 どんな強風にも負けない、彼の好きだった新緑と共に。




   ―終―



《初出》

 2002年6月2日発行「新緑」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ