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物語を始めたくない

「ナイジェル・ダヴェンポート第一王子の婚約者候補に選ばれるだろう。」

チェルシー・エディソンは父の言葉に軽いめまいを感じて額を押さえた。

転生者の記憶を持つ事を報告されたせい……おかげ、と言っておこうか。


「それは……」

ぐっとこめかみに力を入れる。

チェルシーは今年で5歳となるが、ここは良くわからないという顔をするのが正解なのか、王子さまとの結婚!と無邪気に喜んで見せればいいのか、どうか。


そんな葛藤を理解してか、父親は軽く手を振ってみせる。

「取り繕う必要はない」

「あくまでも候補ですから、心配しなくても大丈夫ですよ」

うふふ、と母は笑うが、チェルシーは知っていた。

候補なんて、形だけでしかないことを。


チラリと父へ視線を向ければ、目を逸らされる。

「チェルシーは王子さまのこと嫌い?」

「…………いまのところは、ふつう?です」

婚約破棄とかしそうな性格じゃない、純粋培養な王子様だ。第一王子がそれで良いのか、と聞きたいくらいには。


「まぁ、今のところはまだ大した交流も無いから、答えようが無いというのも理解出来る。」

「そうねぇ……世代的には、()()()()だから、心配なのかしら?」


母の言葉を借りて言うなら、今の世代は『この世界で君と出会えたなら』という乙女ゲームで、チェルシー・エディソンは皆が大好き悪役令嬢だったりする。


「どんぴしゃ、というやつですわ、おかあさま。」

理解があるのは嬉しい。心の中ではどう思っているかは分からないけれど。


「そうか……ならば最悪、領民が困らないように準備をしておく必要はあるね。チェルシーがどんぴしゃ、と言うならば、いわゆる悪役令嬢という立場になるだろうからね。」

ふむ、と頷いて、顎を撫でる父に、母は手を合わせて目を丸くした。


「公爵家の令嬢で、王子殿下の婚約候補だから悪役令嬢?失礼な話よね。それに、チェルシーちゃんは聖女さまに意地悪なんてする子じゃないわ。でも物語の強制力というものがあったりするのかしら。」

こてりと首を傾げるが、どことなく母が楽しそうなのが解せない。


「物語の強制力というものがあるなら、それこそ好きしても構わないのでは?」

「知っているわ!ざまぁ、というやつでしょう?」

理解がある、と言って良いのか迷うところだし、始まる前からクライマックスみたいな感じは、流石に想定外である。


「その聖女さまが転生者でなければ問題無いと思うのですが……。」

「ふむ、では先に潰す、というのは横暴かな?」

聖女となる少女がたとえ転生者であっても、いわゆる逆ハー狙いの、頭お花畑ではないなら横暴以外のなにものでもない。


「時が来てから、しかるべき対処をすれば良いかと思います。」

エディソン家は一応、公爵家なのだから、それなりに力はある筈だ。

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