いわゆる、これは……
悪役令嬢です
ふ、と思考がはっきりした瞬間がある。
ぱちり、ぱちりと瞬いて、あぁ…産まれたんだなぁと認識したのだ。
「あぅぁ~ままぅ~ばぅぅう~」
一応、喃語が発声出来そうだ。成長が早い訳じゃないなら5ヶ月以上だろうか。
「チェルシーちゃん、お目覚めかしら?」
声がした方へ視線を向けると、なんだか嬉しくなって、手足がばたばた動く。
「あら、ご機嫌!おしゃべりもお上手ね。」
「奥様、チェルシー様をお抱きになられますか?」
もうひとつ聞こえた声に、チェルシーと呼ばれたらしい己は、きょとんとした。
奥様とは?チェルシー様って私の事だよね、と考えて、なぜ私はチェルシー?と混乱したら、すこんと意識は暗転していた。
「なんでやねん!」
エセ関西弁が飛び出して、がばりと起き上がる。
「チェルシー様?」
「ん、んん……うーん?」
メイドだか侍女…いや、乳母かな、がこちらを心配そうに見ている。
そりゃあ、いきなりなんでやねんなんて叫ぶお嬢様がいたら、引くよね。
「ごめんね、なんか夢みてた。」
「あらあら、座ったままおねむなんて、お疲れですか?」
鏡越しに顔を覗き込まれて、ぷぅっと頬を膨らませて見せた。
「まだ起きたばっかりだもん!まだ、目が覚めていないだけねっ。」
「今日は第一王子殿下とのお茶会がありますからね。いつもよりお早く起きて準備をして頂いていますからね。」
丁寧に髪を透く侍女の言葉に、うぅんと唸ってしまう。
「第一王子殿下。」
「はい。ナイジェル・ダヴェンポート様ですよ。」
微妙に覚えにくいラストネームに覚えがあった。
ちなみにファーストネームは忘れた。
ただ、チェルシー。
「悪役令嬢ってやつじゃん……。」
頭を抱えて思わず呟けば、侍女がこてりと首を傾げたのが見えたので、誤魔化そうと慌てて顔を上げれば、何故か本棚をごそごそしている。
「ど、どうしたの?」
棚から何やら冊子を取り出してくる。
ナニソレ、薄い本ってやつ?
「こちらを。お読みになれますか?」
差し出されたのは『竹取物語』
しかも、文字が日本語だ。
「どうして、こんなものがあるの……。」
「旦那様と奥様に報告が必要になります。」
憂うような瞳がチェルシーを写している。
彼女に説明を求めるか、報告をされるという両親に直接聞くべきか。
「……お嬢様は、昔から立ち振舞いや言動に素質がありましたから。」
「中二病の?」
いわゆる、異世界転生というやつだけど、リアルでそんな事を言うのは思春期だけで十分だ。
「ちゅう、に?と言うのは存じ上げませんが、前世の記憶持ち、と言うのは一定数いるんです。」
「……まぁ、竹取物語があるもんね。」
なんでこのチョイス?と突っ込みたいが、とりあえず、いまはそこではない。
「お父様とお母様に報告って?」
「お嬢様は前世の記憶持ちである、しかも別の世界の。これはしかるべき機関へ報告が義務付けられています。」
「じゃあ、殿下とのお茶会は中止?」
学園に行き始めたら、庶子の聖女が現れて、婚約破棄されるやつだから、会わない方が平和な筈。
侍女はにっこりと笑う。
「いいえ、それとこれとは別だと思います。」
「えぇぇ……。」
普通、中止になるやつじゃん、とむくれるチェルシーに侍女は、分かりかねます、と曖昧に微笑んだ。




