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第2話 ユランの家

「君たち、暇だろう?私の家でお茶会でもしないかい?」

 ユランさんがギルドの入り口まで行ってこちらに手招きする。

「まだ昼だしな。部屋の説明なんかはいつでもできるし、行ってきたらどうだ」

 グラーバクさんもヒーセンを促している。ユランさんの家には何回か行ったことがある。二階建ての建物で、一階が薬屋になっていて、二階が住居になっていたはずだ。

 私たちはご厚意に預かり、ユランさんの家へ向かうことになった。道中、ヒーセンは町人たちから随分と好奇の目を向けられていた。本人は居心地が悪そうだったが、悪意を持っていたわけでもあるまいし我慢してほしい。

 あ、そうだ。

「ユランさん、記憶を戻す薬ってあったりしますか?」

 私はユランさんに聞いてみた。この人ならそんな薬も作ってるかも。

「記憶を戻す薬はないね。記憶を無作為に改竄する薬ならあるけど」

 記憶を改竄!?何したらそんな訳の分からない薬ができるの?

「飲んでみるかい?」


「冗談はよしてくださいよ、ははは」

 この人が魔女じゃなかったら何発かお見舞いしていたところだが、どうせ軽くいなされて終わりだ。そのまま捕まって被験者になるぐらいならヘラヘラ笑ってやり過ごす方が賢明だろう。

「花屋の右隣にある建物、あれが私の薬屋だよ」

 ユランさんが花屋の隣にあるツタまみれの建物を指さす。

 ......前に来た時はあんなツタなかったはず。え、入って大丈夫なやつ、これ。

「あ、ユランさーん」

 花屋の店先にいた女性がこちらに向かって手を振っている。

「やあやあ、薬の調子はどうだい?」

 ユランが女性に声を掛ける。この女性は花屋の店主、マリーさん。旦那さんは冒険者で、質素ながら幸せな生活を送っている。ちょうど二年前に子供を出産、いつにもまして花屋は賑やかになっていた。

「元気のなかった花たちがみるみる回復していって、なんとお礼を言ったらいいか......」


「気にしなくていいよ。困った時はお互い様さ」

 ユランさんは普段から町の人の悩みに即した薬を調合し、販売している。時には薬の範疇を超えている効能のものまで調合し、格安で販売している。薬のことをそんなに知らない私でも、ユランさんの積み重ねてきた努力が並大抵でないことは想像できる。 「ただ、発育がすごくて、雑草も一緒に急成長してしまったみたいで......」

 ユランが納得したようにツタにまみれた自身の店を見上げる。

「それで私の家がツタまみれになっているんだね。朝に薬を使ってここまで育つとは」

 朝⁉半日で建物を覆いつくすほどにツタが育つの?何調合したらそんな薬ができるの?

「あの、そちらの方は......?」

 マリーがヒーセンのほうを見る。そういえば紹介してなかった。この人妙に馴染んでるな、気が付かなかった。

「この人はヒーセンさん。今日からこの町に越してきた人です」

 記憶喪失であることは伏せていてもかまわないだろう。私が心配することではないのだろうけど、下手に気を使わせても申し訳ないし。ヒーセンがマリーにぺこりと頭を下げる。

「まま」

 店先の声を聞きつけたのか、マリーの娘がよちよち歩きで出てきた。

「かわいいねぇ!」

 ユランがしゃがんで両手を広げるが、娘はそれを無視してヒーセンの足元へ歩み寄る。

「ん、ん」


「どうしたの?」

 どうやらヒーセンの刀を指さしているようだ。

「私に聞いているのか?」

 ヒーセンが自分の膝ぐらいしかない女の子に尋ねる。あんた以外にだれがいるんだ。

「これは刀と言って、私が使う武器だ」

 ヒーセンはそう言って刀を鞘から抜く。背側が深紅、刃側が漆黒の刀が太陽に照らされて鈍く光っている。

 おー、色付きか、魔剣の類かな?

 魔剣は普通の剣と異なり、魔力が凝縮された鉱石『魔鉱石』を用いて鍛えられた剣であり、使用者の得意とする魔法によって刃の色が変わる。

「あかー」

 マリーの娘がニコニコ笑いながらヒーセンに手を伸ばす。

「ふふ、赤」

 ヒーセンが微笑みながら鞘に納める。

「子供、好きなんですか?」

 ヒーセンに尋ねてみる。ずっとニコニコしている。

「好きだ、世話をしたことはないが」

 好きなんだ。でも世話したことはないの?子供に恵まれなかったのかな?そもそも結婚してるの?

 問いかけそうになって口をつぐむ。聞いたってどうにもできないのは分かりきっている。

「じゃ、私たちはこれで。何かあったらまた頼っておくれよ」

 マリーに別れを告げて、私たちはユランさんの家に向かった。見るからに危なそうな薬品が散乱している店の中を突っ切って、奥の階段を上がる。

 ユランさんの家は店内とはうってかわって、きれいに整頓されている。決して広いとは言えないが、一人暮らしとしては理想に近い部屋だろう。ユランが椅子に座るように促す。

 カウンターキッチンに座った私たちの目の前に、お皿に乗ったパンケーキとフォーク、ナイフが飛んでくる。ユランが指をせわしなく動かす。

「今、紅茶を入れるからね」

 ユランが指先から炎を出して、コンロに火をつける。

 ユランさんは相変わらず魔法がうまいなー。

 ところで、魔法には大まかに二つの種類がある。一つは生活魔法。皿を浮かしたり、指先から小さな炎を出したりなど、日常生活に用いるようなもの。基本的に魔力があれば誰でも扱う事ができる。もう一つは戦闘魔法、敵と戦う際に使うもの。威力が使用者の魔力量に依存するため、扱えても使用者によってその威力にばらつきが出る。一部のものは生活魔法を極限まで練り上げ、攻撃魔法に昇華させたという事例もあるが、御伽噺の類である。

「私もユランさんみたいに魔法をうまう扱えるようになりますかね」


「生活魔法は単純だからね、訓練すればできるようになるかもね。それより」

 ユランがカップに紅茶を注ぐ。

「君は戦闘魔法をもっと鍛錬すべきだ。冒険者という危険な職業に就く以上自分と仲間を守るすべは完璧にしておかないと......」

 また始まった。この人は魔法に精通しているため、求められるレベルが非常に高いのだ。この人の出す課題に私はまだ一度も合格できていない。立っている次元が違う人。

「はは、そうは思ってるんですけどね。でも、身体強化は自信あるんですよ」

 私はごまかすように笑うが、ユランさんにくぎを刺される。

「身体強化は魔法じゃなくて魔力の応用だから。全く、私が認める領域に至るまで冒険者にはならせないからね」

 相変わらず手厳しいな。まあ、選択肢があるだけマシか。私の母はロクに話も聞かないで反対してきたから。

「魔法、私も使えるだろうか」

 突然、ヒーセンがユランに尋ねる。ユランは数秒固まったのち、首を横に振った。

「君は魔力がないから無理。何で魔剣なんか持ってんの」

 魔力がないんだ、ならただの剣でよくない?ユランさんはヒーセンさんの正体を探ろうとしている?見たことのない、鋭い目つきでヒーセンさんを睨んでる。

『珍しいな、魔力が一切ない人間は初めて見た。魔剣は魔法と組み合わせてこその武器、魔力のない人間が持ったところでただの剣と変わらない......はず。魔剣と気づかずに使っている、というのが妥当な線か?』

 ユランが揺さぶりをかける。

「魔剣を扱える人間は一握りの強者だけだ。魔力のない人間が魔剣を持ったところで何の意味もないことは知ってるかい?」


「知らない」

 ヒーセンが即答する。

『即答か、知らないってなんだ?武器については覚えていた。部分的に記憶が欠如しているのか?』

「まさか、その魔剣の持ち主、殺したりした?」

 ユランの言葉にヒーセンは少しも表情を動かさない。

「ユランさん、流石に失礼ですよ......」

 私は思わずユランさんをたしなめた。

「勘違いをしているようだが、私の刀は魔剣などというものとは違う。これは私の力を顕現させたものだ」

 力を顕現なんて聞いたことがない。ユランさんなら知ってるかな?

「力を顕現?聞いたことがないね。というか、そこは覚えてるんだね。君は何を覚えていて、何を覚えてないんだ?」


「覚えていることは覚えていて、覚えていないことは分からない。それだけのことだ」

 ヒーセンが刀の柄に手をかける。

「そちらがその気なら、私も容赦はしない」

 ヒーセンの表情こそ変わらないが、全身から殺気が漏れ出している。

 お茶しに来たはずが、緊迫した状況に変わってしまった現実に私の胃はキリキリと悲鳴を上げる。

『こいつ、私の魔力を捉えているのか?事実、私は切断魔法で脅そうとした』

 ユランがヒーセンに歩み寄る。するとヒーセンも立ち上がり、鍔を押し、刃をのぞかせる。紅蓮の炎が刃の周りを漂う。

「あ、あの!」

 このままだと確実に面倒くさい事態に発展すると確信した私は、二人の間に飛び出して両手を広げる。

「これ以上は、どっちもケガするんでやめたほうがいいです!あと、ヒーセンさんはいい人なので!証拠はないですけど!勘でしかないですけど!」

 そう。ヒーセンさんがいい人である、と言い切れる確証はない。でも何故か分からないけど、この人を信じたいと思っている。自分の本能がこの人を庇えと言っているような気がする。

「......分かった。君に免じて今は忘れよう」

 ユランがため息をついて頷く。

『まだ生殺与奪はこちらが握っている。何か動きを見せれば......』

 ヒーセンも殺気を消し、席に座りなおす。

「申し訳ない」

 ふー、何とかなった。あのまま戦闘になってたら私が真っ先に死ぬからね。自分の命は自分で守る、冒険者の鉄則でもある。

 ......到底お茶できる雰囲気ではなくなってしまった。と思ったのだが、何事もなかったようにユランさんはカップをカウンターに置き、ヒーセンさんはパンケーキを頬張っている。

 あれだけ険悪になったのにお茶会続けるんだ、頭おかしいんじゃない?

 というか紅茶に毒とか仕込んでないだろうな。下衆な勘繰りだが、この人ならやりかねないという自信がある。

 とんでもなく奇妙な気分だが、私はヒーセンさんにまた質問をしてみることにした。

「ヒーセンさんは普段何食べてたとか覚えてます?」

 こういう何気ない思い出に関する質問が記憶を取り戻すきっかけになるかもしれない。

「......焼き魚」

 私と案外変わらないじゃないか。

「囲炉裏を囲んで家族と食べていた。これだけは脳にこびりついている」


「家族がいるんですね、早いこと全部思い出して、家族のところに帰れるようにしましょう」

 私の言葉にヒーセンはなぜか反応を見せなかった。わずかに表情が曇っただけ。

「家族ねぇ、私には縁遠い話」

 ユランさんがポツリと漏らした。そういえば、ユランさんの身の上話は聞いたことがない。

「誰にでも家族はいたと思いますよ」

 とりあえず私は言ってみた。

「......そうだといいね」

 ユランさんから返ってきたのはそれだけだった。

 「すまない、おかわりをいただけないだろうか」

 パンケーキを平らげたヒーセンが皿をユランのほうに差し出す。

「あいにく一人一枚なんだ、と言いたいところだけど、さっきのお詫びだ。一口あげるよ」

 ユランはあろうことか一口分のパンケーキを口にくわえてヒーセンのほうに突き出した。

 何がしたいんだ、この人は。

 呆れる私を尻目に、ヒーセンさんはためらいなくパンケーキを食べにいった。

 あ、行くんだ。遠慮とかしないんだ。

 ユランさんも想定外の事態だったようで、口渡しした後、顔を真っ赤にして机に突っ伏してしまった。

 ホントに何がしたいんだこの人は?

「感謝する。今度作り方を教えてもらえるだろうか」

 ヒーセンの言葉にユランがコクコクと頷く。

 何はともあれ、仲直りできたようで良かった。これで私も心置きなくパンケーキを食べられる。

 なんだかんだ会話も弾み、いつしか外は真っ赤に染まっていた。

「君たち、そろそろ時間は大丈夫かい?」

 ユランさんが外を見て私たちに聞く。

「もうこんな時間か、私は帰ります。ヒーセンさんは?」


「私も失礼する」

 私とヒーセンさんはユランさんに別れを告げて一階に降り、薬屋を出た。

 「ギルドまで送りましょうか?」


「いや、大丈夫だ。君と出会っていなければ私は今もあの洞窟でさまよっていただろう。本当にありがとう」

 ヒーセンさんに頭を下げられて、私は慌てて頭を上げさせる。

「私がそうしたかっただけなので、別に感謝しなくても......」

 ヒーセンさんは頭を上げると、ギルドの方へ走っていった。

 こうして私の激動の一日は幕を降ろした。明日は冒険者育成学校で試験を受けなければいけない。家に帰れば温かいご飯が私を待っているだろう。早く家に帰ろっと。ヒーセンさんと真逆の方向に駆け出す。

 私は知る由もなかった。今夜、大きなトラブルが待ち構えていることなど。

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