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弖夫裸  作者: お赤飯
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弖夫裸

蓮見「瀬能先生、今回は起こし頂き、ありがとうございます。」

瀬能「いえいえ。」

蓮見「是非、忌憚のないご意見を頂戴したいと思います。」

瀬能「はぁ。」


瀬能「先日、お電話でお伝えした通り、私、古典芸能には疎いので、・・・・お役には立たないと思うんですが?」

蓮見「そんな事はありません、瀬能先生。ベルリン芸術大学の教授であり、モーションピクチャーアソシーエションの外部顧問だと、伺っております。なにより、うちの社長が、瀬能先生を推薦されておりまして、是非、お力添えを頂きたいと、思うんですが。」

瀬能「ああ、ああ。・・・・あの、誤解があるようなので、訂正をさせて頂きたいのですが・・・・」

蓮見「誤解?」

瀬能「ええ。ああ、私、確かに、お宅の社長さんとは知り合いで、何度か、魚釣りに行きましたけど、」

蓮見「・・・・魚釣りですか?」

瀬能「もともと定食屋さんで・・・・。ええ、鯵フライが有名な定食屋さんで、黄金鯵って言うんですけど。行列必須で何しろ幻の鯵ってくらいですから。私、並んでいたんです。そうしたら私の所で丁度、売り切れてしまって。運がいいのか悪いのか。私、お店に入ろうとしたんです。ところが後ろで駄々をこねているオジサンがいまして。・・・・・ええ。お宅の社長さんなんですけどね。」

蓮見「・・・・はぁ。」

瀬能「いいオジサンが、子供が見ている前で、白けるぐらい泣き喚いていて、見るに堪えられなかったものですから私の黄金アジを譲ったんですよ。とても感謝されましてねぇ。それが縁で魚を食べる時は声がかかるようになって、よく釣りに行きましたよ。海、川、問わず。ま、それだけの関係なんですよ。

もしかしたら、ベルリン芸術大学とハリウッドの映画協会に友達がいるとは話した事はありますけど、私がその専任ではないんですね。ベルリン芸術大学の教授とモーションピクチャーアソシエーションの顧問とはメルトモですけど。」

蓮見「え? えぇぇぇぇ? メルトモ?」

瀬能「メルトモです。」

蓮見「でも、瀬能先生? 社長とは・・・・・色々あったにせよ、お知り合いなんですよね? 社長が直々に推薦するくらいだから・・・・」

瀬能「ええ。だからそれは事実ですけど。・・・・流石にアレを見たら、ねぇ? 律儀に順番を待っていた私の方が、悪者みたいな感じになっちゃうから。仕方なく、順番を譲ったんです。その後、珍しい魚を大分、ご馳走になりましたが。お魚好きなんですか?社長さん。」

蓮見「・・・・・・。」

瀬能「・・・・・・。」

蓮見「・・・・・・。」

瀬能「じゃ、私、お役に立てそうもありませんから、これで、失礼しますね。」

蓮見「待って下さい、待って。是非、是非、瀬能先生! ご意見を、ご意見を聞かせて下さい! お願いします、お願いします!」

瀬能「えぇ? いいんですか? 私、よく分かりませんよ?芸能界の事なんて」

蓮見「それでもいいんです、なんでもいいんです、是非、ご意見を! 社長のお知り合いなら、尚更です!」


蓮見「事の発端はもう、何年も前になります。瀬能先生は、テレビ、ご覧になりますか?」

瀬能「アイドルとアニメなら・・・・」

蓮見「1チャンネルとかは?」

瀬能「あ、見ますよ。受信料払っていますから堂々と見ます。最近は、一周回って1チャンネルが一番、見ていられると言うか、ながら見?って言うんですか、見ても見なくてもいいんですけど、見るには丁度いいいんですよね。特に、3チャンネルはアイドルが好きなら押さえておかなければなりません。ジュニアアイドルと言いますか、現役の学生をやっているアイドルがそのまま、料理を作ったり、数学を解いたり、実は今、売れているアイドルがあの番組に出ていた~ってお宝映像になりますからね。まいんちゃんを発掘した功績は、かなり大きいです。」

蓮見「・・・・はぁ。ああ、その後、朝ドラの主演なんかもやりましたよね?前半と後半で話が変わっちゃって、」

瀬能「まいんちゃんが悪い訳じゃないですよ!脚本が悪いんですよ!ちなみに一番好きな番組は、銀河宇宙オデッセイです。あと、クレクター・ユイ。ジーン・ダイバー、ああ、あと、アリス探偵局・・・・」

蓮見「いっぱいご覧になってらっしゃいますね・・・・・・アニメが多いですけど。」

瀬能「1チェンネル。まぁよく考えられているなぁと思うのが、番組の幅ですよね。流行り廃りに流されず、バリエーションが多いから、あえてテレビを見るなら丁度いいんですよ。ながら見に。反対に言えば、他の民放局はそれすら値しないっていうか。」

蓮見「はははは。辛辣ですね。瀬能先生は。でも良かった。1チャンネルを見ていらっしゃって。私達、京映芸能はいわゆる芸能人、タレントを抱えている他の芸能事務所と違い、古典芸能部門を持っているのが特徴なんです。」

瀬能「古典芸能ですか。」

蓮見「ええ。能楽、歌舞伎、狂言など色々ありますけど、そういう日本由来の芸能を支えているのが我が社だと自負しております。ご存知でしたか?」

瀬能「はぁ。まったくそう物に興味がないものですから。」

蓮見「そうですよねぇ。まぁ。そうですよねぇ、興味ない人からすれば、興味ないですもんねぇ。」

瀬能「ああいう歌舞伎役者の人は、個人で活動しているものとばかり思っていました。大手芸能プロダクションがマネージメントしているとは、・・・・ああ、たまに、現代ドラマに出るのはそういう・・・・ああ。なるほど。」

蓮見「??? うん?どういう事でしょう?」

瀬能「吉右衛門が鬼平に出てたり、ああ、でもあれは時代劇か。以前、勘九郎がトレンディドラマとかに出てたし、こちらのような大手の芸能事務所に所属しているからなのかなぁって思って。ほら獅童だって、ドラマ、バラエディ、コマーシャル、引っ張りだこじゃないですか。松たか子とか?」

蓮見「まぁ。そうですね。芸能事務所ですから、嫌でも、そういう仕事をお願いする事もありますからね。」

瀬能「もともと、テレビも興行のひとつだったのでしょうから、歌舞伎役者がテレビの仕事をするっていうのも、おかしな話じゃありませんものね。いかんせんテレビの普及で、テレビ局の力の方が強くなってしまって、本来の興行主である、お宅のような芸能事務所の影が薄くなってしまった、という事もあるのでしょうけども。」

蓮見「流石、瀬能先生。手厳しい。それに的を射ている。・・・その通りです。私も高度経済成長期然の生まれですから、弊社は既にテレビ局にアゴで使われている存在でした。実は、そこに問題があるんです。・・・・・よろしいですか?瀬能先生。」

瀬能「はぁ。」

蓮見「我々、京映芸能は既にテレビ局に使われる、いちタレント事務所になってしまいました。それは認めざるを得ません。ですが、それを良しとしない方々がいらっしゃいます。・・・・・・古典芸能の方々です。弊社は、昭和初め、それまで別々に興行を行っていた古典芸能。先程、話した、能楽や歌舞伎といったものです。それらを統括して、当時としては新しい時代に合う芸能事務所として発足しました。」

瀬能「・・・・一つ一つは弱いですから、バラバラでやっていても、正直、食べてはいけないでしょう。いくら、自分達の小屋を持っていたとしても、それだけで食べていくには厳しかったと思います。当然、その時の流行もあるでしょうから、新しい物を取り入れなければなりません。そうなれば、自然と、規模を拡大していくのは明白です。」

蓮見「ええ。新しい文化、新しい技術、新しい役者。そして戦争で滅茶苦茶になって、それでも、芸能は廃れず、テレビラジオの普及により、需要は大きくなる一方。」

瀬能「ポピュリズムと大衆芸能は、相性が良いですからね。だから、芸能自体が無くなる事はないかも知れませんが、あるべき芸能の姿勢は無くなってしまったのかも知れませんね。」

蓮見「戦後、一家に一台、テレビを持つようになり、芝居小屋まで行かないと見られなかった、今で言うならレアな役者が、テレビの普及で全国区になった時代。能楽、歌舞伎の役者ではない、テレビの番組から突然、スターが誕生する時代になります。芸能や興行をまるで知らない素人が、テレビで一瞬でスターになる時代です。芸能事務所も氾濫します。人材を供給する側とされる側が逆転するんです。・・・・それは当然と言えば当然で、致し返しですよ。」

瀬能「これまで厳しい芸能の世界で身を立ててきた大御所にすれば、テレビでポっと出の素人が、湯水のように金を稼ぐのだから、そりゃぁ、面白くないでしょうねぇ。」

蓮見「決してポっと出の素人ばかりじゃありませんけどね。それでも瀬能先生のおっしゃった通り、面白くないのは確かですから、・・・・齟齬が生まれるんですよ。テレビは芸能事務所にとっては媚薬でしかありませんでした。」

瀬能「ふふん。古典芸能自体がテレビの流行にそぐわなくなってきた。そりゃぁ煌びやかなアイドルの方が見栄えがしますからねぇ。・・・・・これまで興業の主役だった古典芸能が、お荷物になってしまった、という訳ですね。」

蓮見「ええ。先生のおっしゃる通りです。ただ・・・・」

瀬能「ただ・・・・?」

蓮見「ただ古典芸能っていうのは、今、言ったようなテレビのアイドル、タレントと毛色が違いまして。ええぇ。とても取り扱いが難しいんです。」

瀬能「はぁ。」

蓮見「・・・・簡単に言うと、売れないからって、すぐ、足切り出来ないんですよ。」

瀬能「それはそれは。大変な問題ですね。不良資産を切り捨てられないなんて。企業としては致命的ですね。」

蓮見「その意味では致命的です。なにしろ芸能事務所は、人間が資産ですから、ねぇ?」

瀬能「でも、ほら、ワイドショーなんかだと、あの人は今?みたいに、売れないとすぐ首、切られちゃうんじゃないんですか?それとも、京映芸能さんは人情に厚いとか?」

蓮見「正直いえば負債は切りたいですけど。・・・・人は財産ですからね。どこで、どう、返ってくるか分からない。特に悪い噂は、すぐ業界全体に広まりますから。この業界、足の引っ張り合いなんですよ。だから簡単に首は切れないんです。売れないコンテンツだったとしても。」

瀬能「・・・・いやぁ。大変な業界ですね。生き馬の目を抜くなんて言うのも、本当の話なんですね。」

蓮見「この厳しい芸能界。そのぉ、芸能事務所の経営の大変さを分かって下さっている、古典芸能の先生方ばかりなら苦労はないんですが、・・・・気難しい先生方もいらっしゃいまして。」

瀬能「ああ。」

蓮見「その、古典芸能の将来性と言いますか、ひいては、我が社の将来を左右する、古典芸能の有用性を瀬能先生にご判断、頂けないものかと・・・・・いかがでしょうか?」

瀬能「はぁ。平たく言うと、無用の長物となっている、その古典芸能を、どうにかしたいとおっしゃっている?」

蓮見「いや、まぁ。私の口からはそれ以上は。」

瀬能「優良資産ばっかりだったら会社には都合がいいですけど、そうでない、不良資産も当然、あって然るべきですものね。それを、はっきりさせるのは経営の務めだと思いますよ。駄目なものは駄目で、切るかテコ入れしないと、共倒れ。・・・・・腐るのは伝染しますからね。」

蓮見「ええ。」

瀬能「俺達はぁ腐ったミカンじゃねぇ!って感じですかぁぁぁぁ?あははははははははははは!」

蓮見「・・・・いろいろ、ちょっと、違うところがありますけど、お前に食わせるタンメンはねぇの節ではない気がしますし。でも、まぁ、そんな感じです。」


蓮見「瀬能先生に見て頂きたいのが、こちらなんです。こちらの資料をご覧下さい。」

瀬能「『弖夫裸』・・・・? あの、これ、何と読むんですか?」

蓮見「『てぶら』です。」

瀬能「てぶら?」

蓮見「日本最古の民俗芸能の一つ。弖夫裸です。」

瀬能「初めて聞きました。そういうものがあるんですね。勉強不足で申し訳ありません。」

蓮見「知らないのも無理ないと思います。私もうちの会社に入るまで知りませんでしたから。九州地方を発祥とする民族芸能らしいんですが、」

瀬能「九州地方と言うと、卑弥呼だとか、邪馬台国だとか、噂のある地域ですし、位置的にも、朝鮮半島、中国大陸との交流があった場所ですから、そういう特性を持つなんらかの伝統があっても不思議ではありませんね。」

蓮見「!」

瀬能「? うん、どうかされましたか?」

蓮見「いえ。あの、御見それしました。流石!流石、瀬能先生! お呼びした甲斐があったというものです。この『弖夫裸』と言う古典芸能は、先生がおっしゃる通り、たぶん、邪馬台国とは断定できませんが」

瀬能「断定してしまったら、それはそれで問題になりますからねぇ。」

蓮見「その九州地方の何らかの豪族が、まつりごとをする為に用いた、舞踊であると考えられています。ですから、考え方は能楽に近いもので、現在の有名な古典芸能も元を辿れば、大衆から生まれた物ではなく、政治的であり、神聖な儀式であったと考えられる訳です。」

瀬能「儀式の踊りがルーツというのは疑いもない事実ですが、もし、お宅の、『弖夫裸』がその説明の通りだとすれば、日本最古の舞踊と言うことになり、あらゆる芸能の祖という事に成り兼ねませんね? それは凄い資産じゃないんですか?完全に、無形文化財じゃないですか?」

蓮見「・・・・・だと、いいんですが。」

瀬能「違うんですか?」

蓮見「それを証明する証拠が一切、無いんです。」

瀬能「ああ。」

蓮見「うちとしても、邪馬台国とか、そんな時代からある伝統芸能を遊ばせておくわけがありません。大々的に売り出して、もっと収益を高められる、と普通なら考えると思うんですが」

瀬能「ああ。やっている人達が、口だけ、そう言ってて、何の、立証も出来ないと?」

蓮見「ええ。おっしゃる通りです。少なくとも、我々の会社が立ち上がった、昭和初期に、一緒に、くっついて旗揚げしたわけですから、明治、大正ぐらいの歴史は少なくともあるようです。それも文献も何もないから、本当かどうかも怪しい所です。」

瀬能「幕末から明治初頭は、戦後まではいかなくとも、日本中がバタバタしていた時期ですものね。ゴタゴタに便乗した集団が、食うか食わずで、止むにやまれず嘘をついた可能性もなくはないでしょうね。」

蓮見「ええ。・・・・・それはそうなんです。でも、問題はそこではなくて、ですね。」

瀬能「違うんですか?」

蓮見「我々としては、出自はどうでも良くてですね。問題はそこではなく、売れているか、お金になるかどうかなんです。インチキだろうと何だろうと我々は構いません。お金になれば、それでいいんです。」

瀬能「・・・・・はぁ。随分と、腹を割ってお話になられますねぇ。いやぁ。大したもんです。」

蓮見「戦後生まれの、バブル景気を知らない私からすれば、伝統芸能だか古典芸能だか知りませんが、カビが生えた、誰が見るのかよく分からない踊りに、胡坐をかいて、客が来ないのは興行主である我々の責任だ、なんて言っている連中を、見過ごせると思いますか? 私は思いませんねぇ。 社長の考えは知りませんが、私は、そのよく分からない『弖夫裸』とか言う踊りに、価値があるのか、ないなら、切って捨てても構わないと、思っています。」

瀬能「・・・・はぁ。よく分かりました。」


蓮見「この『弖夫裸』とか言う舞踊は、古事記にその一節が載っているとの事ですが、・・・・まぁ、嘘でしょう。」

瀬能「古事記、日本書紀にそれが載っているのであれば、天皇家にもルーツを持つ、由緒正しい儀式になってしまいますからね。」

蓮見「こう、胸のあたりを両手で隠し、主に、足を使った、他に類を見ない踊りではあるんです。」

瀬能「ああ、オッパイを隠すような感じで?」

蓮見「胸です、胸。・・・・古典芸能ですから、型が決まっているらしく、神聖なものとして、乳首を隠す、という意味があるそうなんです。」

瀬能「乳首?」

蓮見「漢字で、夫に裸と書くじゃないですか。夫っていうのは、たぶん、最近の当て字で、人間という意味ではないかと考えられています。」

瀬能「裸の人間・・・・ですか。」

蓮見「ええ。」

瀬能「西洋では裸は汚らわしいものと考える文化もありますが、別の見方をすると、生まれたままの姿。何も武器を持っていない、隠し事をしていない、というのを表現したと考える文化もあるそうです。神様の前で踊るのに、一糸まとわぬ姿で踊るというのは、理に適っているとも考えられますね。ただ、陰部を隠さず、乳首を隠すというのが、よく分かりませんが。まぁ。陰部は、子孫繁栄の象徴でもありますから。これは東西、どの文化圏でも、そう考えられている事です。陰部を晒すという事は、神様に、子孫繁栄を願う儀式なのかも知れませんね。」

蓮見「なるほど。」

瀬能「どちらにしても奇祭なのは確かだと思いますけど。」

蓮見「現在は、上半身は裸で、下半身は、袴のような衣装をつけて、踊ります。」

瀬能「まぁ、当時は、下半身目当てで受けていた可能性もありますね。陰部を見たいっていうのは、どの時代も、一定数、いますから。芝居小屋だか舞台だか知りませんが、陰部を見に、客が集まっていた、って事ですよね? そうなると、・・・・・風営法に引っ掛かりませんか?陰部の露出で金を取るっていうのは?」

蓮見「ですから、現在は、袴を履いております。」

瀬能「あ、そうか。あ、すいません。どっかのタイミングで、舞踊なのか、性風俗なのか、問われた時に、変えたのでしょうね。まぁ。でも、下半身を露出していた頃は、それなりに、熱狂的なファンもいた事でしょう。私も、一回は見にいきたいですもん。あ、そうか。今は、袴を履いているのか。残念だなぁ。いっそ、脱いでしまえば・・・・?」

蓮見「ですから、瀬能先生。そうなると、違う、お店になってしまいますので。」

瀬能「ただのノーパン喫茶になってしまいますよね。ノーパンダンスか。」

蓮見「ノーパンダンス。それは新しいですね。反対に。」

瀬能「先程、裸の人間っていうのが由来とおっしゃってましたが、・・・・・女性も、陰部を見せて、踊っているのですか?」

蓮見「女性は、その資格が無かったようですね。」

瀬能「ああ、それは他の伝統芸能と同じなんですね。伝統芸能というか、伝統文化というか。相撲も含めて、神様に捧げる儀式においては、女性は、汚れたものとして扱われ、その舞台に上がる事を許されていません。第一、世界中、神官とかシャーマンと呼ばれる人は、すべからく男性で、社会構造が、男性社会に起因しているのも理由の一つです。位の高い人間は男性です。その『弖夫裸』という舞踊も、同様と考えれば、舞台に立つ人間は、男性に限定されますよね。・・・私はその方がいいですけど。」

蓮見「伝統的な文化は、男尊女卑の傾向がありますからね。・・・・今の時代にそぐわないのは確かです。」

瀬能「・・・・でも、そこは仕方がないんじゃないでしょうか? そういう独自性の高い文化なのだから、あえて、時代に合わせて変えていく必要はないと思いますけど。なんでもかんでも迎合するのは、私は、違う気がします。」

蓮見「そうは言ってもですね、瀬能先生。時代に迎合して、尻尾を振らなきゃ、食べていけない事もあるんですよ? やれ伝統だ!やれ歴史だ!なんて言うのは簡単ですよ。勝手にやっていればいいんですから。だったら、うちの会社から独立して、好き勝手やればいいんですよ? うちにマネージメントだけまかせて、自分達の都合の良い文化だけを押し付ける。私、そういうのが腹立たしいんです。」

瀬能「はぁ。」

蓮見「先生も、一度、その『弖夫裸』を実際にご覧いただいた方が、よろしいかと思います。文化は文化として尊重しますが、その当事者が、時代を分かっていないっていうか、何も考えていないっていうか、とにかく、お会いして頂いた方が話が早いと思います。」

瀬能「そうですか。」




瀬能「へぇ。六本木なんて一等地に箱があるんですか?」

蓮見「ええ。専用劇場です。演舞場ですね。」

瀬能「凄いですね。専用で持っているなんて。京映芸能さんで建てたんですか?」

蓮見「いいえぇ。とんでもない。我々が専用で使わせるとか、あり得ないですよ。正気の沙汰じゃない。ビル自体は弊社の持ち物ですが、一画を『弖夫裸』さんに融通しているだけです。先生。ところで、そちらの方は?」

瀬能「ああ。こちら?・・・・ハンナ。ハンナ・フランクリン。とにかく日本文化に詳しい専門家です。」

蓮見「日本文化に?」

瀬能「日本が好き過ぎて来日して来たそうなんです。ハンナ。こちら、蓮見さん。芸能事務所の人です。」

ハンナ「ああ、どうも。よろしく。ハンナです。」

瀬能「世界で一番発音が難しい日本語を、独自で勉強して、話せるようになったんですよ。ほんと凄いと思います。」

ハンナ「”マグロに賭けた男たち”を見て、日本語を覚えました。日本人はギャンブラーでクレイジーですね。ハイリスク、ハイリターン。そういう精神がなければパールハーバーできません。とても真似出来ませんが、日本人のスピリットは尊敬に値します。」

瀬能「そうです。ハイリスク、ハイリターン。最後は、ハラキリ、セップク!ゴリンジュウ!」

ハンナ「ハリキリ!セップク!ゴリンジュウ! ファンタスティック!」

瀬能「ファンタスティック!」

蓮見「・・・・・・はぁ。ハンナさん。よろしくお願いします。」

瀬能「ハンナ以上に日本に詳しいマニアはいませんよ。」

蓮見「マニア?」

瀬能「ええ。ただの日本文化マニアの素人さんです。」




貝塚「ハラショー! ハラショー! 世界の皆さん、こんにちは! はじめまして、『弖夫裸』現名取の貝塚です。ハラショー!」

蓮見「・・・・」

瀬能「・・・・」

ハンナ「ハラショー!」

貝塚「・・・ハラショー!」

蓮見「・・・・」

貝塚「おい蓮見。・・・・・・伝統舞踊の視察とかで、ドイツだかアメリカの偉い先生が来るんじゃなかったのか?」

蓮見「あ、ええ。その通りです、貝塚先生。ご紹介いたします。こちらが、国際的な芸能文化にお詳しい瀬能先生です。」

瀬能「あ、どうも。瀬能です。」

蓮見「ちなみに瀬能先生は、社長と懇意になさっておられまして、ま、・・・・貝塚先生。社長の意向も汲んで頂けると助かるんですけど。」

貝塚「・・・・アイツはまた勝手に・・・・」

蓮見「古典芸能の客足は、どれも減少の一途を辿っております。平たく言えば、芸能全般、すべからずです。」

瀬能「後期高齢者社会ですから、間違いなく例外はないでしょう。こと、娯楽産業である、こういった業界は、何らかの後押しがない限り、衰退するのは明白です。世界戦争のような非常事態がない限り、娯楽産業が衰退するなんて誰も思っていなかったでしょう。まさか、人口減少、物価高騰による影響を受けるなんて誰も予想できませんよ。」

貝塚「なかなかマトモな意見を言える人じゃないか。」

蓮見「ですから、・・・・少ない日本のパイを取っていくよりも、もっと世界から客を呼び込むのも、一つの手段ではなかろうかと思いまして、瀬能先生にご足労頂いた次第なんです。もちろん貝塚先生、ひいては『弖夫裸』の絶好のチャンスかと思いまして。」

貝塚「確かにそれはあるな。」

蓮見「それから、こちらの方は、瀬能先生と交流が深い、日本文化を研究なさっておられるハンナさんです。日本文化に造詣が深く、来日されて、日夜、ご研究されていらっしゃるそうです。」

貝塚「いやぁ。外国人でいらっしゃるのに、しかも、まだ、若い、素晴らしい。大変素晴らしい。ハラショー、ハラショー!」

ハンナ「ハンナです。今日は大変、貴重な経験をさせていただけるという事で胸が躍っております。よろしくお願いします。アメリカ生まれ、オーストリア育ち、只今、大学休学中の二十二歳です!」


蓮見「まずは、稽古場から、見学させていただきましょう。」

瀬能「では、失礼させて頂きます」

貝塚「ちょっとぉぉぉ! 待ちなさぁぁぁぁぁっぁぁぁぁあああああい!!!!!」

瀬能「!」

貝塚「おい蓮見! 先生方に何も、ご説明していないのか?」

蓮見「はい? 何の事でしょうか?」

貝塚「お前、京映芸能の営業だろうがぁぁぁぁぁぁ! まず、『弖夫裸』がどんなものなのか、レクチャーしてからだぁぁろぉぉぉぉぉぉお?」

蓮見「いやぁ、あの、貝塚先生? そういう先入観を持たずに、見て、貰った方が効果的だと思いまして・・・・・・・」

貝塚「我が『弖夫裸』は古来より続く、由緒正しい、古典文楽!古典舞踊! その稽古場たる舞台に、靴下のまま、上がるとは、・・・・・・・・・言語道断!」

瀬能「え? 板の上に上がっちゃ、駄目なんですか?」

貝塚「そもそもぉぉぉ、『弖夫裸』の舞台は、女人禁制! 女を舞台の上にあげるなど、以ての外であるがぁぁぁぁぁぁぁあ、」

瀬能「でも、それは、舞踊者に限っての話ですよね? 儀式を行う、高貴な人間は、もちろん男性であるとは思いますが、私達は、あくまで、研究者であり観客です。一般のソレとは違うと思いますが」

ハンナ「でも杏子。それは一概には言えないわ。相撲の地方巡業中、土俵上で人が倒れた事件があったの。・・・・知ってる?」

瀬能「ええ。もちろん知ってますよ。駆け寄った女性看護師が、救命措置をしようとしたら、会場のアナウンスで、女性は土俵から降りろと言われ、内外から問題視された珍事ですね。」

ハンナ「人の命が大事か、伝統が大事か、っていう話で、相撲協会は伝統を取ったわけよ。それはそれで潔い判断だと、私は、思うわ。」

瀬能「一般社会の人間からは到底理解されなかったですけどね。人の命より、伝統を優先した、っていう。」

ハンナ「そこは、こう解釈できるわ。伝統を守る為には、死んでも構わないっていう覚悟。・・・これぞ、日本人の持つスピリットよ!ハラキリ、特攻、ナムアミダブツ!」

貝塚「素晴らしい。ハンナさん、アンタは、外国人だが、身も心も日本人だ!日本人以上だ!」

瀬能「・・・・私は、どう転ぼうと、批判されようと、一貫したポリシーがあるならそれで良いと思うんですが、ワイドショーとか、そういうのの批判を受けて、態度がコロコロ変わる、その態度は解せませんけどね。ただ、あの事件の場合、倒れたのが相撲協会の相撲取りなら、土俵の上で死ぬのも本望かも知れませんが、巡業を主催した、市の市長ですから、相撲と心中したいか?って聞かれたら、どう答えるつもりなんでしょうねぇ。」

ハンナ「私達、女が、例え、稽古場とは言え、舞台に上がることは、許されないわ。」

瀬能「もう、一歩、上がってしまいましたし。そういうのは先に言って欲しいんですけど。」

貝塚「えぇぇぇぇええええい! 今日は特別だ! 特別な先生をお迎えしたんだ。女であっても、板の間に上がれる許可を出そう! その代わり・・・・・」

瀬能「え? いいんですか、じゃ、遠慮なく。」

ハンナ「こんな機会、滅多にないわぁぁぁぁぁああ!」

貝塚「待ってぇぇぇぇぇぇっぇええええええい! 足袋を履けぇぇぇぇぇぇぇぇい、足袋を履けぇぇぇぇぇぇええええええええええい! 靴下のまま、上がるなぁぁぁぁぁぁ!」

瀬能「別に靴下も足袋も変わらないじゃないですか?」

ハンナ「杏子、あなた、足袋も持っていないんですか?」

瀬能「ハンナは持っているんですか?」

ハンナ「勿論です。マイ足袋! 私は神社仏閣の見学をする時、必要なので、常に持ち歩いています。日本の木造建築物に入る基本ですよ。」

貝塚「ハンナさんは凄いな。流石、日本文化の研究者だ。」

瀬能「・・・・・面倒臭いですね。」

ハンナ「杏子、これは様式美です。国宝の重要文化財に入る時は、こんなものではありませんよ?国、県、省庁の許可がなければ入れないし、劣化の関係から、防護服でなければ入れない場所もあるくらいです。」

瀬能「なんですか?半導体でも作っているんですか?そこで?エイリアンの手術でもしているんですか?」

ハンナ「ハッハッハッハッハッハ! ジャパニーズジョーク!」

瀬能「いや、本気ですけど・・・・・」

蓮見「貝塚先生、スリッパでもよろしいですか?お借りしても?」

貝塚「いいぞ。最初からそう言えばいいんだ。」

瀬能「スリッパ?スリッパが良くて、靴下が駄目な理由がよく分かりません。」

蓮見「・・・・・稽古場専用のスリッパだから、良いっていう理屈ですよ?」

瀬能「・・・・・古典芸能は理不尽ですね。」

ハンナ「では、おじゃまします。」

瀬能「おじゃまします。」

貝塚「おい! そこの!女先生! 真ん中を歩くな!」

瀬能「え?」

貝塚「え?じゃない、止まれ、端を歩け、端を! ここは神聖な舞台だ。許された人間以外、舞台の中を歩けると思うな!」

瀬能「へ?」

ハンナ「杏子、なに、やっているの? 舞台端を歩くのが基本でしょう? オペラでもミュージカルでも、みんな、そうでしょう?」

瀬能「ハンナ、舞台には袖がありますから、舞台袖が。え?ここ、袖ですか?」

ハンナ「まず舞台板に上がる前に一礼。舞台の神様に頭を下げる。ここは、舞台であると同時に、儀式の場でもあるのよ?」

瀬能「いやいやいやいや。舞踊と儀式を一緒くたにしちゃ駄目でしょ?」

ハンナ「日本文化は常に神と背中合わせになっているのです。神に敬意を払い、神の声を聞く。それが舞踊の原初なのです。」

貝塚「ハンナさん。その通り! 我々『弖夫裸』を踊る人間は、常日頃から、その歴史、在り方を重んじている!」

瀬能「・・・・・だったら儀式としてやって下さいよ?興行化しないで欲しいんですけど。」

蓮見「・・・・お金を取るんだったら、ある程度、世間に迎合してもらいたいんですけどねぇ。」

ハンナ「舞台の真ん中を歩けるのは神に選ばれた人間だけ。言わば、シャーマンだけ。」

瀬能「・・・・・一休さんの間違いじゃないんですか?」

貝塚「ここは、九州にあった舞台を、移築したんだ。」

ハンナ「オー! 九州!ファンタスティック!」

瀬能「移築する必要性があったんですか? せっかく新しいビルなんだから新しく、建物に合せた舞台を作ればいいのに。」

貝塚「あんた、芸能の先生だろぉ?そんな事も分からないのか? 伝統文化っていうのはな、引き継いでこそ意味があるんだ。何十年、何百年、何千年と、この板には、舞踊者の血と汗が染み付いている。俺達はそれを引き継いでいるんだ。」

ハンナ「グレツ!オーグレイト! それこそ大和魂。神が宿る国、ジパング!」

瀬能「引き継ぐのは芸だけでいいでしょう?」

ハンナ「杏子! うなぎ屋もタレを継ぎ足している。火事でも地震でも、家族が死んでもうなぎのタレだけは持って逃げる。それがどれだけ重要な事か分かりますか?うなぎ屋のタレは命なのです。伝統舞踊も同じです。この舞台。この板が命なのです。命を捨ててしまえば、何が、残るでしょう?それは只の踊りでしかありません。」

貝塚「よく言った」

瀬能「あんなのは醤油ダレにうなぎの脂が入っただけで、成分は、焼き肉のタレと変わりませんよ?それに、売れたらタレが減るわけで、減ったタレに新しくタレを継ぎ足せば、味が薄まるし、最初と同じ味じゃないじゃないですか。」

ハンナ「それは違います。杏子、引き継いでいるのはタレ自体ではありません。魂を引き継いでいるのです。私達は、うなぎのタレの魂を頂いているのです。」

貝塚「ハンナさんはよく分かっている。それに引き換え、あんた。あんた、本当に日本人か?」

瀬能「ええぇぇぇぇ。液体が大事なんじゃないんですかぁ?・・・・・タレを引き継いでいないなら、なんでも、いいんじゃないんですか?」

ハンナ「大事なのはスピリットです。スピリットこそ、日本の誇り。そして伝統。ワビ、サビ、ワサビ、芸者、野球拳!」

貝塚「この舞台の板には、魂が宿っているのだ。俺達は先人達の魂の上で、芸を披露しているんだ。」

瀬能「・・・・・魂の上で踊っちゃぁダメなんじゃないんでしょうか?」

蓮見「・・・・・それは、先人と一緒に踊るっていう意味なんだとは思いますが?こじつけると。」

貝塚「本当はこの神聖な舞台を人には見せたくはなかったんだ。・・・まぁ、一応。世話になっている芸能事務所だし。『弖夫裸』を世界的に発信してくれる、っていうから、了解したんだが、日本人のあんたがまるでそれを理解していない。むしろ外国人であるハンナさんの方が、日本を理解している。由々しき問題だと思わないのか?」

瀬能「・・・・・・ハンナは筋金入りの”日本文化”マニアですからね。狂信者ですから。」

蓮見「貝塚先生。そこは営業的に、『弖夫裸』を発信していかないと、興行収入は低迷する一方です。」

貝塚「いや、むしろ、・・・・今回分かったのだが、金に振り回される方がおかしいんじゃないかと思うようになった。俺達は古典芸能の継承者だ。踊ってナンボ。芸を披露して金を貰う。金に振り回されるのは本末転倒じゃないのか?」

蓮見「・・・・・・・だったら、最初から会社に入らないで、好きに興行していれば良かったんですよ。」

ハンナ「貝塚さん。あなたの意見は正しい。私はあなたの意見に賛同します。芸は人に見せるもの。素晴らしい芸ならば、人は必ず感動します。それは初めてそれが披露された時とまったく同じはずです。人々が感動したから、今日まで、芸が続いてきたのだと思います。もっと自信を持つべきです。」

貝塚「ハンナさん。あなたは、俺の言いたいことを、全部、代弁してくれた。その通りだ。初代がどういう想いで、この、『弖夫裸』を舞ったのか。その踊りを見て、見た人が感動したから、今の俺があるんだ。」

蓮見「・・・・・・いや、うちの芸能事務所のおかげでしょ?舞台の移築代、誰が払ったと思っているんですか?うちの会社ですよ?」

瀬能「宣伝しないと見てもらえないんじゃないんですか?」

貝塚「宣伝なんかしなくても良い。良いものは、必ず、口コミで広がる。俺の踊りを見た人間が、他の人に薦める。それの繰り返しだ。今みたいに、テレビやラジオがない時代は、みんな口コミだったはずだ。」

蓮見「・・・・・よければの話ですけどね。」

瀬能「例えば、タニマチさんとか後援してくれる太客さんとか、いらっしゃるんですか?歌舞伎なんかは結構、表に出ないタニマチさんがいらっしゃると聞いていますが?」

蓮見「・・・・・・いるわけないでしょ?」

貝塚「いない!」

瀬能「いないんですかぁ!」

貝塚「いない。何故ならば、歌舞伎みたいに『弖夫裸』は大衆演芸に迎合したものではないからだ。極めて、神聖な儀式。その演舞を、披露しているに過ぎない。」

瀬能「・・・・・・神様への儀式なのか、興行なのか、ハッキリしないから、宙ぶらりんなんじゃないんですか?」

蓮見「・・・・・・いや、もう、完全に興行として、うちは考えているんですが?金にならなきゃ、意味ないんですよ。」

貝塚「蓮見。分かったぞ。これからは、我が『弖夫裸』はハンナさんのように、分かる人間に向けてのみ、興行を行う。日本人なら『弖夫裸』が分かると思っていたのが勘違いの始まりだった。日本人だって分からない奴は分からない。外国人でも分かる人は分かる。芸術に、芸能に、国境はないんだ。それが分かっただけでも、今日は、収穫があった。」

ハンナ「貝塚さん。素晴らしい!グレイト!グレイト! 私は貝塚さんを応援します!」




瀬能「・・・・・あぁぁぁぁ。大変でしたね。」

蓮見「瀬能先生、お疲れさまでした。」

瀬能「ええ。疲れました。でも、ハンナがいてくれて良かったです。」

蓮見「よくないですよ。完全に、勘違いしちゃったじゃないですか。」

瀬能「それも運命ですよ。運命。古典芸能がルールに厳しいのは知っていましたが、あそこまで固執しているとは思ってもいませんでした。もう、あんなものは芸能とは呼びませんよ。宗教です。宗教。新興宗教もいいところです。あれを面白がって見ている人間は、もれなく、みんな信者ですよ。」

蓮見「・・・・・瀬能先生がおっしゃる通り、信者の皆さんが、お金を惜しみなく落としてくれていた時代は良かったんですが、今は、落としてくれませんからね。」

瀬能「あの後も、作法だなんだ、小一時間、喋ってましたよね? ハンナはマニアだから、細かければ細かい程、マニア心がくすぐられるから、喜んでいましたけれど、それを一般の観客に求めるのは、正直言って、ハードルが高いと思いますよ?」

蓮見「あ、はい。分かってます。」

瀬能「もう、マニア向けの、超超超コアな舞踊として、マニアだけに売るしか方法はないと思います。」

蓮見「・・・・そんなの誰がお金を払って見てくれるんですか?」

瀬能「世界中の超超超コアなマニアですよ。商売としては成立しないと思いますが。もしくは、完全にそれを逆手にとって、超超超コアなマニア向けに、高額な料金を取って、運営するか、どっちかです。最初から、コアなマニア向けの踊りなら、多少、いえ、強気な金額設定でも、お金を払ってくれると思います。日本人が理解できないものに、外国人は、お金を出してくれますから。それに、その、マニアしか知らない踊りを知っている時点で、マニアなので、高額なチケットだとしても、何の疑問も持たず払ってくれると思います。世界に目を向ければ裕福な、頭のおかしい人は沢山いますからね。・・・・ほら、アニメの聖地巡礼とか。世界から来るんですよ?キリストの聖地巡礼と同じですよ?意味が分かりません。」

蓮見「・・・・なるほどぉ。一切、手を切るか、逆に、コアな支持層向けに、高額であっても、続けるか。」

瀬能「外国人は、コアな日本文化に飢えているっていう話もありますからね。作法っていうか、ルールが厳しければそれだけ、エンターテイメントとして成立するから、上手くいけば化ける可能性もあるんじゃないんですか?」

蓮見「しきたり、作法がエンターテイメントとなる時代ですか。」

瀬能「ほら。お寺で、座禅して、肩、叩かれて。それで喜んで帰る外国人客の多いことか。あんなの坊主丸儲けですよ。」

蓮見「ルールのエンターテイメント化は盲点でした。・・・・やはり瀬能先生は見る目が違いますね。いやぁ流石です。」

瀬能「日本文化はクレイジーだって事ですよ。意味のないことに、意味を見出して、自分達で勝手にルールを作って、他人に守らせる。当初、もっと大衆寄りだった古典芸能が、これだけ神格化した理由は、やっぱり、どこかで、自分達は選ばれた人間だっていう選民思考がついてしまった事にあると思うんです。伝統じゃないですよ、あんなものは。自分達が特別な事をしている、っていうのを見せる為に、他人に強いているに過ぎません。だから、どんどん大衆が離れていくんですよ。そして、風化して、消えてしまう。そういう古来の文化の多いことか。」

蓮見「大衆に迎合するのも大事なんですね。」

瀬能「そりゃそうです。大衆に人気が出て、スター役者でも出てくれれば、金になりますからね。プライドを捨てて、一般受けすれば、金になるんですから。それが出来るか、出来ないかの差じゃないですか。・・・・それとも、舞踊として、金にならなくても、文化として続けるか、どっちかでしょうね。辞めてしまえば、そこで、その文化は終わりですから。」

蓮見「それは、一つの芸能として考えれば難しい話ですが、ですが、そこは単純な話ですよ、瀬能先生。我々は芸能事務所ですから、金になればそれだけでいいんです。文化として残したいなら、勝手にやってくれればいいんですよ。うちは関与しませんがね。」

瀬能「まぁ。多くの伝統芸能に携わっている方が、その仕事だけで食べていけないっていうのは、よく聞きます。お金にならなきゃ、食べて、いかれませんものねぇ。続けるにしても、ある程度、お金にならないと。

ま、それにしても、古典芸能は、理解できない事が多過ぎます。」

蓮見「ハイリスク・ハイリターンそのものですね。」


※全編会話劇です

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