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第2話 涙目

 童顔だがその年頃にふさわしくないほどの低い声質の少年・億は、ヨロイモグラゴキブリを右手で摘んで東京・下北沢の商店街を歩いている。すると、通行人からの通報によって駆けつけた30人の警察官によって取り囲まれた。

 億は、たかがゴキブリを摘んで歩いているだけなのに、と納得がいかなかったが、30人の警官に取り囲まれた億は満面の笑みを浮かべた。

 億はアスファルトの路面に耳をあててアゴをしゃくらせたあと、一番幸薄そうな警官を選んで近づいた。そして、はるか遠くのロッキー山脈を見据えるような目で彼を見上げた。


「僕を囲ってくれる警官は、たったの75人ですか」


 最近、整形美女と結婚してさらに宝くじで1万円を当てた幸薄そうな警官扱いされた警官が憤慨してオナラをすると、スローモーションのような動きで億に迫った。


「あながち間違いではないが、君を取り囲んでいる警官は30人だ。しかし、君が75人だと思いたいのであればそれでも良い。では、今から我々は75人だ。ただし、たこ焼き屋のおっちゃんは補欠扱いで頼んます」


 幸薄そうな警官扱いされた警官は、まるで泥まみれの眉毛太めな子犬を見つめるような眼差しで億を見つめた。億は憤慨した。わざと怒りを露わにしながら地団駄を踏んだ。


「僕が子どもだからといってからかってるね? 警官はどう数えても30人しかいないじゃないか。確かに僕は小学校を3年生で退学宣言したけれど、心の転職回数はあなたよりはるかに多いんだ」


 幸薄そうな警官扱いされた警官は、億から放たれた非情な言葉に涙目になった。

 億の追撃は続く。


「あなたは整形美女と結婚して幸せかもしれない。しかし、いや、幸せなのだ」


 億は、幸薄そうな警官扱いされた警官にくるりと背を向けると、億の右手でもがくヨロイモグラゴキブリを、大好きな唐揚げを焦がしてしまったような悲しげな目つきで見つめた。


「億少年よ。君の言葉に励まされた今なら自信を持ってネズミ味のシェイクを飲み干すことができるだろう」


 幸薄そうな警官扱いされた警官は、胸ポケットから取り出したアパッチ族の羽飾りを真顔で見つめながら言った。


 億は振り返って幸薄そうな警官扱いされた警官を涙目で見上げた。億と幸薄そうな警官扱いされた警官は見つめ合った。

 彼らを見守っていた29人の警官は、そこに多くの死地を共に乗り越えた戦友同士の友情を見た。彼らもまた涙目になった。


「お前らみんな、俺は大気圏突入した、と自負できるスターとなれ」


 億は満面の笑みでそう言い残すと、強引に警官たちの囲みの中へ力強く突き進んだ。億の突撃を受けた警官たちは、華奢な和服姿の女性がしおらかに倒れるようにバタバタとなぎ倒されていった。倒されてアスファルトの路面でさめざめと泣く警官たちを振り返った億は、さらに涙目になった。


「ああ、涙目こそ我が人生のシナモン」


 億は目を閉じると天を仰いだ。少年の赤い頬に一筋の涙がつたい煌めいた。億の右手でもがくヨロイモグラゴキブリにも億の気持ちが伝わったのか、彼の遠い未来に子孫繁栄の姿を見た。



 その日、下北沢商店街は至る所でカラオケ大会が繰り広げられた。ただ、その曲は2001年3月に発表された曲ばかりだったことを、下北沢のみならず東京都民の誰ひとりとして気づくことはないのが不思議だ、とスリランカの国民は囁きあった。


 3日後、億は岩手県にいると見せかけて山口県にいた。右手にはヨロイモグラゴキブリ。左手には焦げたエビフライ。それだけで、彼は探していたペットボトルのキャップが、実は車のエンジンオイルタンクの蓋であったかのようにとても満足していたのだった。


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