第１話 銀の皿
突然、空気を震わせるほどの轟音と同時に真っ赤で巨大な火球が現れた。
大爆発だ。
それは１度だけではなかった。２度、３度、いや、いつまで続くのかと人間なら誰もが極度の不安を抱くに違いないほどの大爆発が続いた。
まるで、どこかの軍隊の爆撃機が独裁者が隠れる地下司令部を「これでもか！ これでもか！」としつこく爆撃を繰り返しているかのようだった。
１時間後、周辺の人々が「生活音として受け入れよう」と諦めてしまうほど続いた大爆発が、ようやく止まった。
大爆発がもたらした黒煙と土煙が辺り一帯を巨大な亀の甲羅のように覆い尽くしている。黒く焼き焦げた地面には無数の大きな穴が口を開け、所々には大爆発の名残を残すように赤い炎がゆらゆらと揺れている。
「今日は暑いね。真夏のような暑さだね」
赤い炎が点在する穴だらけの焼き野原の中、１人の少年が立ち上がった。
少年は白い肌をした童顔だった。誰が見ても小学生とは思えない。しかし、彼は堂々と小学６年生を自称するかのように『６年２組』という名前の無い名札を胸につけている。
突然現れた少年は、先ほどまで大爆発が続いていた焼き野原の中で顎をしゃくれさせながら真顔でたたずんでいた。
少年は右手に持っていた手のひらサイズの銀の皿を見つめながら悲しげに涙を浮かべた。
「あんなに大爆発が続いたせいで、ネズミ味のタバスコアイスクリームが溶けちゃったよ」
少年は仕方ないといった様子でため息をつくと、のっぺりとした銀の皿を空高く放り投げた。まるで円盤投げのように空高く放り投げられた銀の皿は、非常に速く回転しながらまるで打ち上げられたばかりの火を噴くロケットのように上昇していく。やがて、空中高く上昇した高速回転する銀の皿は、耳をつんざく轟音をたてながら雲上を飛んでいたジャンボ旅客機の胴体に突き刺さった。しかし、銀の皿は突き刺さるだけでは満足しなかった。
少年が放り投げた銀の皿は、ジャンボ旅客機の金属製の腹部を貫通したのだ。銀の皿は高速回転しながら、まるでクジラの腹に吸い込まれるように旅客機胴体の中へと消えていった。
日本人で知らない者がいない、と言われるほど有名な日本の企業『アフリカ温泉』の営業マンである寒流院土左衛門は、出張のためジャンボ旅客機に乗っていた。
有限会社・アフリカ温泉の本社は大阪にある。９年前に鳥取県への出張を大阪府知事から命令された土左衛門は、関西国際空港から羽田行きの航空機に乗っていた。
それは、わざとだった！
「もう大阪には帰らないぞ。東京の昭和ムード漂う18の町を支配するまではな！」
土左衛門は旅客機の窓に広がる青空を真剣な眼差しで見つめながら心に堅く誓いをたてた。そのとき、ドーンという音と同時に旅客機全体が大きく揺れた。大きな揺れは座席に座る乗客たちの悲鳴を誘った。しかし、土左衛門は冷静だった。なぜなら、突然の大きな音と揺れの原因を知っていたからだ。
「また銀の皿がぶつかった。俺が飛行機に乗ると必ず誰かが銀の皿をぶつけてくる。だが、めでたいことに今の衝突で３０００回目だ。よし、今夜はスープカレーにマグロの刺身を入れよう」
土左衛門は座席の足元に視線を落とした。そこには高速で回転しながら微かな白煙をあげる銀の皿があった。それは、アイスクリームを食べ損ねた少年が空高く放り投げた銀の皿だった。
土左衛門は右足に履いているパンダの顔を模したスリッパで回転する銀の皿を満面の笑みで踏みつけた。しかし、その数秒後、土左衛門は気を失った。
機内の窓に頭を垂れて気を失っている土左衛門の表情には、日曜日の夜に目が覚めたら「月曜日の朝まで寝てしまった」と勘違いしつつ時計を見たら「やっぱり日曜日の夜だ」と知ったときのような喜びに溢れた笑みが浮かんでいた。
少年が放り投げた銀の皿の直撃を受けたジャンボ旅客機のアメリカ人機長・山田居留守太郎大五郎は、旅客機に衝撃が走った直後に呟いた。
「ネズミ味ってなんだよ。よし、それを今年の目標にしよう」
そして、機長・山田居留守太郎大五郎は、今回のフライトを人生最後にする、と堅く決意したのだった。
焼け野原から銀の皿を空高く放り投げた少年は、目薬をさした直後の涙目で空を見上げた。雲ひとつだけ浮かぶ青空のはるか上空には、銀色に輝く飛行機が飛んでいる。
「アフリカに行こう！」
少年は大志を抱いているかのような勇壮で自信に満ちた笑みを浮かべると、幼い少年にしては驚くほど低い声で呟いた。
「これから僕の名前は、億だ」
少年・億は、突然、笑いのツボに入ったかのようにゲラゲラとお腹を抱えながら笑い始めた。そんな楽しそうに笑い続ける億の姿を、突如現れた真っ赤な火球と大爆発の轟音がかき消したのだった。
