【最大火力の少女】8
宿舎の中は思っていた以上に狭かった。ざっと数えて一階に二段ベッドが十、二回に二段ベッドが十ほどある。
「お二人はこっちです」
そう言ってリーヴが手をかけたのは梯子だった。
「こっちって……」
「この建物、元々は酒場の納屋だったものを騎士団が買い取って宿舎にしてるんっす。だから狭いんですけど、流石に女性を他の野郎どもと生活させるわけにはいかないので、お二人は屋根裏に住んでください」
納屋で生活か。あの有名なIT企業のボスだって、納屋で起業はしても生活はしていないに違いない。
「ってか、俺はシャーロットちゃんと一緒でいいの?」
「仕方がないっすよね。召喚獣は主人と一緒に生活するのがエイシヴ教のルールですから」
梯子の下で、俺はシャーロットに視線を送る。シャーロットは意気込んだように鼻息荒く答えた。
「大丈夫です!私には兄がいるので男性との生活もなれていますし!」
「じゃあ、とりあえず中を見てみようか……?」
俺は先に梯子に登って、シャーロットを引き上げる。そこにはランタンを持ったリーヴが立っていた。
「窓は一応ありますし、小さいですけど寝台もあります。キミヒトさんは召喚獣ですけど、きちんと寝台を用意したので安心してください。あ、ここの棚と反対側の棚は個人の荷物入れです。あと、食事は朝、夕二回に分けて近くにある食堂で配給されます。なにか、質問は?」
「はい!」
素早く手を上げる俺。
「キミヒトさん!」
先生のように返答するリーヴ。どうやら、ノリが通用するヤツらしい。
「なんでリーヴ先生はそんなに説明がなれているのですか?」
「それはですね、色々あるんすよ。ユリウス隊長は超強いっすけど、こういった事務作業はまじで無理なんす。そのせいで、まあ、仕事がこっちに回ってくるもんですから……大丈夫っす。お二人も、いずれなれます」
そう言ってリーヴは梯子を降りていく。
「夕方、またこの建物に迎えにきます。そしたら一緒に食事へ行きましょうね」
リーヴの声が遠のき、静けさが暗闇を包んだ。他の騎士も仕事をしているためか宿舎にはいない。そうか、シャーロットと二人きりになったのか。
「……あのさ、シャーロットちゃん」
「は、はい!」
シャーロットは緊張しているのか、ずっと持っている大きな杖を握りしめる。
「ちゃんと自己紹介しておくよ。俺は村主公人、えっとこの世界的にはキミヒト・スグリ。キミヒトって呼んでね」
手を差し出すと、シャーロットはおずおずと手を握った。
「その、私は、シャーロット・ケイトスといいます。その、転移魔術については今からきちんと勉強して、必ずキミヒトさんを元の世界へお送りいたします。だから……その……」
「ん?」
「い、一緒に騎士団での生活を頑張りましょう!私も、キミヒトさんがこの世界に慣れるようにご助力いたします!」
シャーロットはそう言ってにっこり笑った。そういえば、彼女の笑顔は初めてみたかもしれない。
「じゃあ、俺たち、今日から共に戦う戦友だな!」
「は、はい!戦友です!」
二人でもう一度握手する。今度の随分と固く結ばれた握手となった。
***
「はい、というわけで改めて自己紹介いたします。私はバルテス隊魔術小隊長のエドワード・クルスと申します」
「わー!」
そう口に出しながら拍手する。時刻は朝。俺とシャーロットは騎士団の詰所に来ていた。
「さて、本来であれば騎士団の入団式になるのですが。事情が事情ですので、簡単にこの世界についてお話いたします」
エドワードはそう言って壁に貼っている地図を指差した。
「これが、我々の世界『マイアクス』です。この世界には二つの勢力が存在します。つまりは『王国』と『帝国』です。『王国』はエイシヴ教を主とし、法律で固く守られた国です。対して『帝国』はエイシヴ教の教えを捨てた魔族が住まう土地です」
魔族については昨日、リーヴに教えてもらったとおりだ。つまり、俺たちがいるのは『王国』ということだろうか。
「『王国』の北西に位置するこの場所こそが、我々のいる『マウザ』という町です」
「『帝国』の国境に近いんですね。昨日、リーヴから聞いた話だと交易の町って言ってたし、もう少し内地なのかとおもったけど……」
「鋭い指摘ですね。『マウザ』は元々、内地にありました。しかし、十年ほど前にあったタナゼル大戦の折に敗北し、結果として前線に位置するようになりました」
なるほど、わからん。
「つまり、十年前まで国境の位置はもっと西にあった、ということですか?」
「そのとおりですよ、シャーロット君」
地球温暖化で北極の氷が溶けて、島と海の境界線が代わり、結果として町が沈む、みたいな話だろうか。それならば理解できそうである。
「さて……次にエイシヴ教について簡単にご説明しておきますね。エイシヴ教は、過去に存在した大魔術師エイシヴを称える宗教です。多くの魔術の中でいくつかを禁術とし、禁術以外の魔術が発展することを目指す宗教です」
「エイシヴさんって存在したんですね」
「はい。尤も随分と昔のことですから本当かどうかは判断できませんが」
過去に存在した英雄を称えるという宗教は、地球に置き換えると三国志の関羽が商売の神様になっている、みたいな話だろうか。
「ちなみに禁術ってなんですか?」
「そうですね、色々ありますが……心を操る術や時間を操作する術、他にも死者蘇生などは禁術となっていますね」
昔に姉と見た少女向け魔女アニメのようだ。
「禁術を使ったら、どうなるんですか?」
「おそらく不可能ですが……使用すれば教団に捕まりますね。その先は、憶測でしか話せませんので……」
「不可能って?」
俺の質問攻めにも、エドワードは表情一つ変えない。
「禁術は、その使い方ですら禁忌に値します。使用方法を記載している魔術書はエイシヴ教団が厳重に管理していますから、使用するの自体、不可能でしょうね」
なるほど。会社での機密事項はプロテクト、かけるもんな。
「質問ばっかりで悪いんですけど、じゃあ、エイシヴ教に逆らっている魔族の目標ってなんなんでしょう?」
俺がその質問をした瞬間、エドワードの表情が一瞬だけ歪んだ。
「彼らが目標に掲げているのは『禁書の公開』です。魔術に関連するすべての技術を魔術師は知る権利がある、というのが彼らの宣言です」
知る権利を求めて戦う。どうやら世界が違ってもやっていることは似ているようだ。
「……他にご質問はありますか?」
「ないでーす!」
「ふふふ、よろしい」
エドワードは少し表情を崩すと、ではと言って席を立った。
「では、改めて。王国騎士団へようこそ。私たちはあなた方を歓迎いたします」
異世界に転生してから騎士団に就職。よくあるシュチュエーションの中でも結構当たりの地位ではなかろうか。
「さて、では我々騎士団の説明をしましょう。騎士団とは、王国を防衛する戦力軍団のことです。その中の一隊が我がバルテス隊です」
「バルテス?」
「これはユリウス隊長のファミリーネームです。彼の本名はユリウス・バルテスなので」
なるほど。あの隊長はユリウス・バルテスというのか。意外にかっこいい名前だ。
「バルテス隊は二つのグループがあり、一つが『前衛小隊』もう一つが『魔術小隊』です。この二つの小隊が協力しあい、現在はマウザの町を魔族から防衛しているという状況です。今回、シャーロット君は魔術小隊の配属になります」
「あの、俺は?」
「キミヒト君はシャーロット君の召喚獣ですから。一緒に魔術小隊所属になりますね」
なるほど。つまり俺は派遣元であるシャーロットから派遣された派遣社員的な扱いなのか。いや、そのたとえで合っているのだろうか?
「……でも、俺、魔術なんて使ったことないですよ?」
「そうですね……」
俺の言葉に困ったような仕草をしたエドワードはやがて肩の力を抜いた。
「まずは、魔術の勉強からですね」
「よろしくおねがいします!」
俺に魔術が使えるのかはわからないが、魔術を覚えておいて損はない。よし、やるぞ!