【最大火力の少女】5
翌日、天気は土砂降りだ。今の季節がどれくらいなのかは不明だが、随分と寒く感じる。考えれば、まだ服装がジャージなのだ。とりあえず、支給されている毛布に包まっていると、朝食を運びにリーヴがやってきた。
「何してるんっすか?」
「いやあ、俺の服装が割と寒くて……」
そう言うと、リーヴは納得したような顔をした。
「隊長に伝えときますよ」
リーヴはそう言い残し、部屋から去っていった。
彼の残した朝食を食べ、小さく作られている窓から外を眺める。石造りの城壁に囲まれ、家は木で出来ている。雨のためか人通りは特にないようだ。
と、またしてもノック音が鳴る。
「おう、生きてるか?」
今度はリーヴではなく隊長の方だった。
「生きてますよ。ご飯も貰えますしね」
「そりゃ良かった。リーヴから聞いたぞ、寒いんだとな。昔、魔族から剥ぎ取った服があるから、それでも着ておけ」
放り投げられた服はおそらく動物の皮で出来た暖かそうなベストと、布でできたワンピースのような服だ。
「悪いが、お前が着られそうな服が女性用しかなくてな。エドにできるだけ男でも着られそうな奴を選んでもらったんだが……」
これ、女性用なのか。確かに、隊長もリーヴも昨日出会ったエドも、全員長身だ。日本人の俺はこの世界的に小柄扱いのようである。
「ありがとうございます!寒くて困ってたんっすよ!」
俺は早速着替えながら、ふと気になったことを聞いてみた。
「……そういえば、魔族って昨日も言ってましたよね。魔章?がないと魔族、みたいな事も……」
「おう」
「魔族って何ですか?」
その質問に隊長は困ったような顔をした。実際、困っているのかもしれない。
「……あれだ、難しいことはエドに教えてもらえ」
「丸投げだ」
「オレは、この類の説明が苦手なんだよ。適材適所ってやつだな」
ニカッと笑うと、じゃあ、と言い残し隊長は部屋を出ていってしまった。改めて着てみた服装を見る。ズボンが支給されなかったのでそれだけはジャージだが、他はそれなりに揃っている。ワンピースの背中部分を腰あたりまで縦に破り、腰でリボン結びにした。これで、裾も気にならないだろう。
「異世界転生した場合にしなければならないこと、その一。服装の調達はクリアだぜ!」
***
次に用事を告げられたのは夕方だった。夕方、といっても正確な時間はわからない。時計がないのだ。
「失礼します」
ノックの後に入ってきたのはエドだ。
「えっと……エドさん、こんばんは」
「こんばんは、キミヒトさん。そういえば、自己紹介をしていませんでした。私の名前はエドワード=クルスと申します」
なるほど、エドは通称のようだ。エド、改めてエドワードは微笑みながら優雅な動作でお辞儀をする。
「よろしくお願いいたします」
俺もとりあえずお辞儀をし返しておいた。営業職の先輩曰く「初対面で困ったら相手の真似でもしておけ」である。
「さて、先程、貴方を召喚した魔術師見習いと話をしました。キミヒトさんにお会いしたい様なのですが、如何致しますか?」
「会います!」
秒で返事をする。
「そうですか。では、参りましょう」
エドワードは俺の前を先導してくれるらしく手で合図をしてくれた。俺も黙って着いていく。
連れていかれたのは取り調べされたあの部屋だ。そこに、一人の少女が座っていた。
色素の薄い髪色に、小さな肩。俺が部屋に入った瞬間に向けられた瞳は今にも泣きそうである。
(この子が、俺を呼び出したのかあ……)
つまり、俺にとってはヒロインに当たるハズだが、どう見ても若い。俺は二十代後半、目の前の彼女は多めに見積って十代半ば。犯罪である。
(神様はとことん、俺に女運をバフしなかったようだ……)
自分の不運を呪っていると、エドワードが穏やかに話し始めた。
「キミヒト君、彼女はセドーシュ村からきたシャーロット・ケイトス。シャーロット君、彼が君の呼び出したキミヒト・スグリだよ」
シャーロット。なんてキレイな響きだろうか。目の前の可憐な少女に相応しい、と思える響きである。しかし、可憐な少女、シャーロットは目に思い切り涙を貯め、最初にとった行動は土下座であった。
「も!申し訳ありませんでした!キミヒトさん!」
「え?なんで?……ど、どうしたの?そんな謝られるような無礼、働いてないよ?」
「いえ、大変な過ちを犯してしまいました……私、あなたをこんな場所まで呼び出してしまったのです……」
「そ、それだって意味があったんだよね?それなら、なんの問題も……」
「意味なんてないんです!!」
わーお、無いのか意味。
「……事情は私から説明しましょうか。お二人共、お座りなさい」
あまりにも泣きじゃくるシャーロットを見かねて、エドワードが彼女を椅子に座らせた。とりあえず、俺も椅子に座る。
「彼女は魔術の練習をしていたそうなのです」
「練習?」
「はい。本当は家の中にある椅子と、薬品の入った瓶の位置を交換する……ということをしたかったようなのですが……」
「……私、魔術が絶望的に下手で……椅子はどこかへ行ってしまって、でも薬品は手元にあるし……そしたら夜に騎士団の方が来られて『召喚された人がいる』と言われまして……」
つまり、椅子を代価に召喚されたのが、俺だった訳だ。理由は無理につけるなら『魔術の練習』か。
「本当に申し訳ありません……私は兄に、自分のいる前以外では魔術を使うなと言われていたのですが……村の子供たちが魔術の練習をするのを見て、私もと……」
「これが俗に言う『むしゃくしゃしてやった』と言うやつか……」
「……俗に言うかは分かりませんが、近いです」
「そっかぁ……ごめんな、魔術で呼び出したのが、こんな冴えないオジさん予備軍で」
「とんでもないです!キミヒトさんは素敵な人です!」
「ありがとな、なんか元気でるわ!」
俺は筋肉を見せるように腕を曲げてポーズを取る。もちろん、エンジニアをしていたインドア男に筋肉などない。俺としては元気モリモリをアピールしているつもりである。しかし、彼女はぴくりとも笑わなかった。
「……で、なのですが。シャーロット君が、彼を《視て》彼のもといた場所の座標情報を渡してくれれば、私の方でキミヒトさんを送り返すことは可能です」
「え?そうなの?」
「はい。もちろん、実際には簡単にはいきません。あなたが魔族であればエイシヴ教に引き渡さなければなりませんし、彼女が《視る》ことも出来なければ送り返すのは不可能なのです」
《視る》というのは目視というよりも、魔術の痕跡を確認する、という意味のようだ。プログラムで言うところのソースコード確認に似ている。
「エドワードさんが《視る》ことは出来ないんですか?」
「通常は可能ですが、どうもキミヒトさんについて《視る》ことが出来ないのです。魔術師によっては、そういった情報にプロテクトをかけることもありますので、ここは術者であるシャーロット君が《視る》のが一番の近道です」
「だ、そうだ。シャーロットちゃん、できそう?」
彼女はまだ瞳の隅に涙を溜めているが、ゆっくりと顔を上げた。
「分かりました。ですが、私はまだ見習いの身分ですので余計なものまで《視て》しまうかも知れません……その、《視て》も大丈夫ですか?」
「余計なもの?」
「その人の過去や、個人情報です」
そう言われ、今までの人生で見られて欲しくない場面はあったか思い返す。しかし、思い返せば見て欲しくない情報などなさそうだ。会社での情報はちょっと情報漏洩になるから見て欲しくないけど。
「うん、全然オッケー!さあ、見て!」
俺は両腕を広げる。
「は、はい!では、やります!」
シャーロットは一度目を閉じると、ゆっくりと開眼した。その目は先程とは違う。粘度の高い液体が瞳の中で揺れているような、独特な色になっている。
「位置情報……見えます!」
「では、彼のいた位置情報を……」
「え?ま、待ってください!数値が大きすぎます!」
数値、位置情報……座標みたいなものなのだろうか。しかし、数値が大きいとは……?
「どういう事ですか?シャーロット君」
「す、数値が大きすぎるんです!見たこともない数値です。最初から言うと九五六三七零……」
「待ってください!いま、メモを……」
この後のことを掻い摘んで説明すると、数字を大量に吐き続けるシャーロットと、それをメモするエドワードに挟まれ何も出来ない俺、というのを小一時間続けた。しかし、どうもシャーロットの吐き出した数値はありえない数値のようでエドワードもぐったりとしていた。
「……これは、この世界を凌駕する数値です。エイシヴ教ではありえないとされている《異世界》か、もしくはそれに近しい何かの数値です」
「ご、ごめんなさい。私が魔術の練習をしたばかりに……」
「まあ、終わってしまったものはしょうがないって」
シャーロットは泣きそうな顔をしている。そりゃそうだろう。異世界から人を呼び出してしまったなんて、取り返しのつかないことをしてしまったのだから。
しかし、これでハッキリした。ここは地球ではない異世界であるということ。俺は異世界転生してしまったのだ。