【最大火力の少女】4
牢屋とは言っていたが、鉄格子のある地下室という訳ではなかった。先程のような狭い一室に寝台と机と椅子が置かれたワンルームである。ぶっちゃけ、自宅より快適そうだ。
「悪いっすけど、これははめておいてくださいね」
リーヴが俺に手枷を嵌める。先ほどまで嵌めていた木の枷とは違い、金属でできている。手と手の間に鎖がある分、動きやすい。リーヴは本当に申し訳なさそうな顔をした。
「いやいや、俺も一晩お世話になるんで。この世界の決まりだと思ってつけときます」
「……いや、マウザの特殊文化だと思わないでくださいね、この手枷……」
そう言ってリーヴは部屋を出ていった。とはいえ部屋の外には複数人待機しているらしく、小さく話し声が聞こえた。
「さて」
と呟いて椅子に座る。この世界について頭の中の情報を整理しなければならない。部屋に備え付けの羽根ペンにテンションを上げながらガタガタの紙にメモをとっていく。
「まず、名前は苗字が後……外国スタイル。隊長の名前はユリウスさんで、参謀っぽいのがエドさん、あと割と話してくれる人がリーヴさん……」
このメモは俺が社会人になってからの癖だった。物覚えがあまり良くないため、何でもメモをして見返すようにしていたのだ。もちろん、会社のデスク周りには付箋が一杯で、同僚からは「RPGの研究室みたいだな」と感想を頂戴していた。
「……この町はマウザ。俺を呼び出した魔術師がいるのはセドーシュ村……魔術師かぁ」
そういえば、エドは魔術師のことを少女と形容していた。
「やだ、ヒロインの登場かしら?」
こういった物語では、普通ヒロインが登場する。思えばこの世界に来て女性に出会っていない。いや、町を歩いている時にすれ違いはしたが、関わりは皆無だ。
目が覚めたら目の前にはオジさん。俺を連行したのは青年。《視る》だなんて、ちょっとエッチなことをしてきたのも男性。
遂にヒロインに会えるかもしれないのだ。
「『むそおれ』だったらヒロインは女神だったけど、俺のヒロインは魔術師かぁ……」
と、扉の音が鳴る。ノック音だ。
「……苦節三十年、故郷を離れた蕾が今、開く。それでは歌っていただきましょう……リーヴで『花椿』……」
「隊長から聞いてはいましたけど、本当に訳のんからないことばっかり言いますね、アナタは……」
入ってきたのはやっぱりリーヴである。何となく理解はしていたが、彼は俺の世話係に任命されたようだ。演歌の前口上はお気に召さなかったらしい。
「夕食をお持ちしましたよ」
そう言って目の前に木のプレートが置かれる。ホカホカのスープと煮豆、少しの野菜が盛られている。
(パン文化じゃないんだ)
少しだけ衝撃だった。今まで読んできたライトノベルは大抵パン文化であった。いや、それを詳細に記載している本が少ないというのもあるが、アニメ化された時、主人公がかじっているのはパンが多いのだ。
(本で読むのと体験するのでは、また違った視点があるんだなぁ)
「食べないんすか?」
あまりにも食事を凝視しているものだから、リーヴが横から声をかけてきた。
「食べるけど……出来るなら、この世界の食文化について体験談を持ち帰りたく……いま、この昂る感情をメモしてる所だから!」
「……ヤバい奴を拾ってしまったみたいっすね、隊長は……」
そう呆れながら食べた食事はとても美味しかったことだけはメモにしっかり記載しておいた。