【最大火力の少女】1
目の前に立ちはだかる魔王に、オレは戦慄した。
黒きオーラを纏いし《それ》は肥大化し、今では部屋をすっぽり覆うほどになっている。
これが、魔王なのだ。
そう直感的に理解し、剣を握る手を再度握り直す。
大丈夫。オレには、女神からもらった«無効化»の能力があるのだ。
「大丈夫、グレン?」
後ろにはオレをこの世界に連れてきた張本人、女神アテラがいる。いつもの天真爛漫な笑顔はどこにもなく、ただ怯えているように見えた。
「当たり前だろ!」
そう、笑顔をつくり、再び魔王と対峙した。
「さあ、行くぞ魔王!!!!」
***
「あーっ!気になるところで終わんのなっ!」
深夜零時。生活感溢れるワンルームにて、俺の叫び。
ここは我が城、所謂自宅である。
目の前のモニターからは柔らかい音楽とスタッフロールが流れ、この物語が今週はここまでであることを示していた。
「『むそおれ』も来週で最終回かぁ……!来期は異世界転生モノ少ないんだよなぁ……」
『むそおれ』というのは略称で正確には『異世界転生して無双しまくるオレは!』という。ライトノベル原作で、現在アニメ放送真っ只中なのだ。そして俺、村主公人の大好きな作品でもあった。
「異世界転生モノだし、無双系だし、ネット掲示板では叩かれまくってたけど、やっぱり面白いのな」
ここ最近、一世を風靡している『異世界転生モノ』とは、要するに日本人の主人公が異世界に転生し、文明の違いからくる全能感を楽しむ作品である。転生先となる異世界は中世ヨーロッパを基本としたファンタジー世界が一般的なため、主人公は文明的に進んでいる世界から来ることになる。そのため『無双系』とか『俺TUEE系』などと呼ばれることも多かった。
ただ、大体的にヒットすればその分だけ批判も多くなる。事実、こういった作品はにわかオタクが楽しむ作品とされ、あまり相手にされないのである。かくいう俺も、元々はアニメを観ながらネット掲示板で感想をリアルタイムで交換したりしていたが、批判も多くなり現在では辞めてしまっている。
俺は何気なく壁にかかっている黒のネクタイを見た。
「っといけね!明日は早い!よし!寝るか!」
片手に持ったビール缶を床に置き、布団に入る。春先の冷たさと自分の匂いが五感を刺激した。
「おやすみー」
誰もいない部屋に、そう俺の声が無機質に響いた。
***
「……ろ、……きろ!」
視界がぼやけている。それはそうだ。俺は眠っていたのだから。しかし、誰がその眠りを覚まそうとしているようだ。
かわいい女の子、特に幼なじみ設定がよい。
ふと、頭にそんなことが過ぎった。朝、誰が起こしてくれるなら幼なじみは鉄板である。そうでなければ母親か。
しかし、視界がクリアになって最初に視認したのは、四十代くらいのオジさんだった。
「……どちら様?」
思わず、そう呟いてしまった。
「おう、意識はあるな。名前と出身地、あと魔章を提示してくれ」
「えっと……名前は村主公人、出身地は山口県、魔章は……魔章?」
魔章ってなんだろうか。いや、そもそも俺はどうしてしまったというのだろう。先程まで家の煎餅布団で眠っていたというのに。
「ほら、左手の甲だよ、あんだろ?」
「え、なに?俺、いつから選ばれし勇者の痣みたいなものが付与されたの?」
オジさんに言われて、俺は左手の甲を確認する。しかし、彼の言う魔章というのは見つからない。オジさんもそれに気がついたようで驚いたような顔をした。
「……マジかよ坊主、もしかしてお前、魔族か?」
え?何?魔族?
「適当に聞き流してたけどよ、ヤマグチケンとかいう町も聞いた事ねぇしよ。魔族なのか?」
えらく真剣な顔で尋ねられてしまった。そうか、俺は勇者じゃなくて魔族だったのか……
「隊長、魔章がないから魔族って決めつけるのは早いですよ。こんな軽装で眠っていたんです。奴隷商人が売り物を捨てたのかも……」
「お、確かに。お前、奴隷なの?」
まじか。俺、奴隷なのか。
「よく分かんないんで、勇者兼魔族兼奴隷ってことでどうっすか?」
「よーし、理解不能な知的生命体であることは確定だな。リーヴ、確保だ」
オジさんは後ろから来た、おそらくリーヴという名前の若者に指示を出す。リーヴは手に持っていた木枠で俺の両手を拘束した。
「あれ?なんで拘束されたんですかね?」
「隊長の質問に、適当な返答していたからですかね?」
リーヴはそう言いながら愛想笑いを浮かべる。歯が抜けていて、愛嬌のある笑顔だ。
「よーし!バルテス隊、引き上げだ!町に戻るぞ!」
オジさんはそう言うと手で何かの合図を送る。すると、周囲の森からゾロゾロと人が現れてきた。
というか、今、気がついた。ここ、もしかして、森?
「あの、つかぬ事をお伺いしたいのですが……」
「おう、なんだ坊主?」
「ここって何処ですかね?」
「あ?マウザ付近の森だよ」
マウザ?森?……あれ?俺って自宅で寝てたんじゃなかったっけ?