可愛い妹に手出しした?よし潰そう。
ルイズ・ソワールは辺境伯家の娘である。
ただし娘と言っても後妻の娘で、後妻そのものの身分は低い。平民スレスレの男爵家出身である。
辺境伯家は先妻が産んだ長男が継ぐことが決まっており、ルイズは分家か他家に嫁ぐことで話は決まっている。婚約そのものはまだ定まっていないが、それとて家のバランス等などを考えてのこと。
そんな彼女は、貴族令嬢令息が通う学園で、困った事態に遭遇している。
彼女に惚れ込んだ第一王子につきまとわれ、その婚約者や友人知人な令嬢たちの怒りを買ってしまったのだ。
ルイズは身の程を知っている。
常識も知っている。
第一王子とどうこうなる程の身分ではないし、そもそも婚約者がいる男性とどうにかなるつもりもない。
なので、その辺りをはっきり第一王子には伝えている。
そうしたら彼は、婚約者がいなければよいのだな!?と暴走をかまし、親に婚約破棄をねだり始めたのだ。
結果、疎まれるどころかじわじわと迫害されつつある。
親元にその旨を相談する手紙を送ったのは一か月前。
手紙は届いただろうかと、不安になっていたところ、帰宅したタウンハウスには兄が来ていた。
十二歳違いの兄は一人で来ているようで、奥方や甥たちの姿はなかった。
「お兄様っ、どうなさいましたの?領地はよろしいの?」
「ああルイズ、お前の問題を解決しにきた。
今日から数日ほどは学園を休むように。その間に私が都合をつけてくる。
場合によっては転学となるが、かまわないね?」
「はい。もしかするとそろそろ命が危ういかと思っていたので」
ルイズの母の身分が低いのは周知の事実である。
辺境伯家の娘とはいえ、その辺りの事情もあって、彼女は家の爵位に見合わぬ格下寄りの扱いを受けている。
それが兄も父も気に入らないのである。
確かにルイズの母は身分が低いが、仕事ぶりは大したものである。
というか夫が辺境伯の時点で彼女の身分は確かなものだ。
なので娘となるルイズの身分も確立している。
ルイズ自身も慎ましやかながら立派な高位貴族の令嬢であり、ソワール辺境伯家の中での扱いも正統な娘であるし、寄り子たちもそれに倣っている。
なのに王都の学園では彼女は良くても子爵家の娘ほどの扱いである。
寄り子の令嬢令息たちはルイズを尊重しているが、彼らは高位貴族でない者ばかりなのでルイズを庇いにいけないのだ。
かと言って、実家を中継して寄り親であるソワール家に事情を伝えるにも、親であるソワール家に進言してよいものなのかと頭を抱えていたとか。
格上となるルイズが自分から言ってこない限り、あるいはアピールされない限り、格下となる寄り子の家の人間は勝手が出来ない。
出来ることは精々が「自分は加担しないしルイズが可能な限り被害に合わないよう手回しする」程度である。
それだって周囲に知られれば自分も危ないので陰ながら、である。
ルイズは彼らの事情も心情も分かっているので恨みに思うことはない。
ただ、第一王子とその婚約者の暴走が止まればそれでいいのだ。
なので領地から駆けつけてくれた兄にすべてを任せ、自宅学習をしながら数日を過ごした。
ルイズの兄、チャーリーは大変苛烈な気質である。
いざとなればその苛烈さで国境を守るのだから好まれる性質ではあるが、その苛烈さが今回はまずは王家に向いた。
テメェの家の息子が俺の妹に懸想して迷惑かけてんだがケジメつけろよ! と、非常に丁寧な言い回しで伝えた辺り、性質剝き出しである。
王は慌てた。
なんたってチャーリーは次期辺境伯である。
そして今回は父である当主の代理人である。
つまり適当な対応をすれば辺境伯家は国に見切りをつける。
ついでに寄り子たちも見切りをつける恐れがある。
ソワール辺境伯家は割と軍事力のある国との国境を守っているので、見切りをつけられて寝返られたら大惨事だ。
国がなくなる恐れがある。
第一王子は今回のことがなければ王太子となり、次期国王となるはずだった。
しかし恋に暴走し、辺境伯家を激怒させた。
現在の婚約者である公爵家はそのまま支持するかもしれないが、他の公爵家は今回の話を知れば辺境伯家につく可能性が高い。
侯爵家も同様である。
政治的な後ろ盾を失うとなれば、王太子など不可能だ。
そもそもとして国が滅ぶかもしれないのに次期国王だなんだと言ってられない。
王は、その場で決断した。
第一王子の王位継承権を取り上げ、断種した上で一代限りの公爵家を与える。
その上で学園を退学させ、現在の婚約者と即座に結婚させ。
辺境伯家とは正反対に位置する王家直轄領の一つに封じる。
チャーリーはそれを呑んだ。
ただし、と。
今回関わった第一王子の側近や、迫害に一枚噛んだ家とその婚約者たちの家との交渉は、父と自分の代が終わるまで没交渉とさせてもらう、と。
王もそれを呑んだ。
当たり前である。
ルイズはきちんと道理を説いて拒否したし、その後も決して第一王子と婚約者に近付いたり何かしらしたりしていない。むしろ距離を置いたのだ。
それなのに一方的に攻撃をしてきたようなものだし、拒絶するなという方がおかしい。
その後、チャーリーは他の細々とした報告を済ませ、タウンハウスへ戻った。
戻ったその足で執務室に向かうと、寄り子の令嬢令息たちがせっせと情報を集めてくれたおかげで分かっている「愚か者ども」の家に向けての手紙を書く。
辺境伯家は常に軍事力を持ち、鍛えている家である。
なので兵士はかなりいるし、指揮官もたくさんいる。
他家の跡継ぎでない令息たちを迎え入れて教育し、指揮官や軍団長にしてきてもいる。
あるいは王家の抱える騎士団の研修先として迎え入れることもある。
近衛騎士団などは二年ほど必ず辺境伯家で鍛えてもらう決まりがあるほどだ。
それを、二代に渡り受け入れず、また今預かっているものたちも家に帰すと通達したのだ。
これは既に父が決めたことで、情報を抱えたチャーリーが手紙を送り次第処罰は始まることになっている。
つまるところ、「愚か者」たちとその血縁者は近衛騎士団への道を絶たれた。
ついでに辺境伯家の軍にも入れない。一兵卒としてさえ。
その上で現在は交友関係のある隣国との商売にかかわることも出来なくなった。そのためには辺境伯領に行かなければならないが、彼らに拒否されるためだ。
間に他の家を挟めば商売は続けられるが、そのためには高額の手数料がかかるだろう。
手数料を売値に転嫁すれば顧客はなぜ値上がりしたのかと文句を言うだろう。
で、自由に辺境伯領に入れる家が代わりに商売したりなどすれば終わりだ。
手数料の分値上がりした家と、お値段据え置きの家となら、だれでも後者を選ぶに決まっている。
ちなみに。
チャーリーはその辺りを考えた上で、「愚か者」でなかった家々には仲介手数料をもらいはするが、隣国との交渉に同席し取り成すことができる旨を送った。
それは元々、「愚か者」たちからも徴収していた手数料だ。
国が違うだけあって微妙な発音の違いや言い回しの違いがあるため、隣国の語学に通じた人間がいないと些細なことで交渉決裂、どころか開戦にまでなりかねない。
手数料も別段高くはない。一度の同席で、銀貨一枚程度である。小遣い程度にもならない。
無償とするのは良くないので徴収しているだけで、実際事に当たる者たちは幼い弟妹や子供たちのお小遣いにしていたりする。
チャーリーもルイズへのプレゼント用に手数料を使った経験があるくらいだ。
という流れで、ルイズが休み始めて三日後には第一王子と婚約者は寿退学していった。
同時に「愚か者」たちは家の嫡子でなくなったり、婚約がなくなったり、色々と起きた。男子生徒などは、退学になった者も割と出た。
教師たちはといえば、特に変わりはない。
彼らは空気を感じ取り、まずルイズに話を聞いていたし、結果本人が自分でなんとかしたいと言ったので見守っていたのだ。
同時に、彼女が危険な目に合わないよう、そっと近場にいたりもした。
放課後に彼女が帰宅するため移動しようとする際は、寄り子の令嬢たちが待っているところまで手の空いている教師が付き添っていたりもした。
なので教師は無事である。
生徒は結構な人数が退学していったが、別にその程度で学園が閉鎖されたりはしない。
学園の意義が分かっていて、且つルイズのことも分かっていて、事態を正しく理解して、きちんと行動していた令嬢令息が多数だからだ。
学園は学びの場でありながら、同時に、成人手前の子供たちの社交の場でもある。
そこで暴走などしたのだから、あちらに完全に落ち度がある。
成人した後に社交の場で暴走などすればそれだけで家が没落することもあるのだから、まだ優しい処分である。
まあ、没落しそうな家もあるが、そんなものは自己責任だし、頑張ればなんとかなるのだから頑張れとしか言えない。
学園内の「お掃除」が済んだ翌週にルイズは復学し、再び勤勉に授業を受けるようになった。
侮ってくる生徒もおらず、快適そのもの。
ルイズに謝りたそうな令嬢令息を見かけることもあるが、ルイズは知ったこっちゃないわと無視している。
兄にそうしていいと言われてもいるからだ。
こういう時は兄の指示に従った方がいい。
ルイズは素直な娘なので、敢えてそこで逆らうということをしない。
この大掃除にルイズが関係しているということは生徒なら誰でも予想がついて、恐々と遠巻きにする者も多くいた。
しかしルイズは気にしなかったし、元々の学友たちや寄り子たちも変わらない。
ゆえに時間が過ぎるにつれて、ルイズを辺境伯家の令嬢としてきちんと敬うことで大体は心に折り合いをつけた。
元々こうあるべきだったね、という形だ。
この後、ルイズに密かに懸想していた侯爵家の令息が求婚してきたりして静かな学園生活に波乱があったりはしたが、それでも異常な事態になることなくルイズは卒業し、嫁いだ。
彼女は自分の器量や才覚を自覚した上で出来る範囲で貴族夫人としての仕事を果たし、最終的に子供三人とたくさんの孫に囲まれて幸せに暮らした。