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最終話 またひとつおりこうになった・1

「わからないなら想像力を働かせるしかないし、それができないなら余計なこと言わないで黙っててほしいよ」

 毎度のことながら名梨はいつもバッサリ斬り捨てる。イリスと違って空気を読むので争いになることは少ないが、一人の人間として生きづらいかもしれないなぁとぼくは他人事ながらそう思う。

「聞いてるフジ?」

「聞いてるよ」

 それにしても、と、ぼくは話題を変えてみた。

「名梨は何だか、中一の割には難解で複雑で」

「フジもそうだろ。ま、だから気が合ってるのかもしれん」

 もうそろそろこいつと出会って一年が経とうとしているが、なかなか友達たちの中でも特別な存在になってきている。話が合うし、名梨もそう思ってくれているようなのでよく話をしてくる。その度に、もしかしたらぼくのリアクションがいいのかもしれない、嬉しそうに話をするし、そしてぼくの話はぼくの話で聞いてくれる。話し上手は聞き上手。同い年ながらこいつは傾聴がうまいな、と思うのだった。

「小さい頃からそんな感じだったの?」

「まあなー。親が学者で作家だからなんだろうなーとは思う。兄弟喧嘩とかしたときに『お前はどう思う?』みたいな感じの毎日で」

「ふむ、教育熱心ということなのだろうか」

「想像力を働かせろっていうのが主な教育方針なんだよね。さっきの話なんだけど」

「なるほど……」

「まあ人間活動の基本だとは思うよ」

 各家庭の教育方針はそれぞれ違うと思うが、やっぱり名梨はちょっと特殊な環境で育ったのではなかろうかとぼくはつくづく思う。うちの父親はサラリーマンで、母親はコンビニでパート。ぼくの育ってきた環境は特殊な環境でもなんでもない。普通の家だ。それはもちろん親子喧嘩だったりトラブルだったりでストレスが全然ないわけではないが、しかし共同生活をしている以上ノンストレスの家庭の方が異常だとも思うし、兎にも角にもぼくは“普通に”育っている、と、名梨と接しているといつもそう思う。

 いや、例えば陰陽連のメンバーも、相沢さんは小さい頃から合気道を習っていたり、忠義さんはテコンドー。光里さんは大金持ちのお嬢さんで、殊袮は芸能人。イリスはフランスにルーツのあるハーフとしてなかなか面倒臭い日々を過ごしていたんだろうと思う。麗子さんはフリーランスで仕事をしていて、やはり特殊な仕事のように思う。

 そう思うと、ぼくは実に“普通”だ。

「ぼくは実に普通の家庭で普通の日常を送っている」

「ん?」

 と、名梨が振り向いたので、ぼくは続けてみる。

「だって別に、特にこれといった趣味もないし、突出した特技もないし、特殊な歴史があるわけでもないし。我ながらすごいモブキャラだと思う」

「え、でも死にたいとか悩んだり実際に自殺しちゃうような子なんかからすればそれって羨ましい限りなんじゃないの」

 ぐ、と、ぼくは息を詰まらせる。

「それはまあ」

 そうだとは思う。確かにこの日常生活において悩み事や困り事はちらほらあるにせよ、日常生活に支障が出るような問題はぼくは抱えていない。確かに鬼哭アルカロイドという巨大な問題は抱えているのだが、それだって今となっては日常生活に支障は出なくなっている。そう。日常生活に支障がない。つまりぼくはそれぐらいの問題しか抱えていない。そしてそれは、どこからどう考えてもいいことに決まっている。

「まあそうだね」

「別に手首切りてーなとか思ってるわけじゃないでしょ」

「そりゃそうだ」

「でもま、わかるよ。もうちょいエキサイティングな毎日を送ってみたいって気持ち」

「うーん……」

 しかしそれも改めてそう言われてみると、そんな真剣な願望ではない。モブキャラではない、主人公めいた日々に興味はあるのだが、しかし、だからと言って今の生活に大した不満や絶望があるわけではないし、ドラマの主人公はやっぱりドラマチックなだけあって紆余曲折が多い一生なのだろう。それに憧れるかといえば、はっきり言って憧れない。

 気楽に生きていきたいのだ。それは物心ついた頃から変わっていない我が人生の指針だ。

「だからさ、うちのクラスの不登校のやつからすると、やっぱり普通に学校来てて普通に勉強してるフジを羨ましがるんだろうし、例えば勅使河原なんか芸能人マジ憧れるとか思う一方でやっぱ芸能人って色々大変そうだよなーとも思うし。学業優先とはいえちょくちょく休んでるしさ」

「うん、まあ、そうだね」

「ないものねだりというか、隣の芝生は青く見えるというか。いいなーこういう暮らしと思う一方でそういう人生って他人事ながら面倒臭そうだなとと思っちゃうっていうのもあるし。で、他人から見た他人の世界なんてそんなものじゃない? いくら想像力を働かせてもその人の立場になることなんて絶対にないんだから、そこはもう、“その人のことはその人にしかわからない”ってことを根底に置いておくしかないと思うよ」

 そういえばとぼくはふとレッドさんのことを思った。彼はどういう歴史を辿っているのだろう。男で薙刀をやっているというのがちょっと変わってるぐらいで、今は普通の会社で普通に会社員をやってるみたいだし、もしかしたらぼくとそんなに変わらない“一般人”なのかもしれないな、と思う。

 しかしわからない。レッドさんが主人公のレッドさんの物語では、それはそれはドラマチックな事件の連続なのかもしれないのだから。その人のことはその人にしかわからない。それ自体は前々から認識していたことではあるが、名梨に言われたことでぼくは改めてそれを強く意識するのだった。

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