虐げられた令嬢は愛を知り、自由への礎となる。
中々形にするのに時間が掛かりました……。
ペディグリー王国ではその日、インディ公爵家が大逆罪にて潰された。当主以下、インディ公爵家の関係者は全員処刑された。全ては「真実の愛」の為に。
ある者は言う。全ての始まりは王太子プライスがインディ公爵家のビジュアル令嬢を一方的に婚約破棄した貴族院卒業式だと。
ある者は言う。全ての始まりは王太子がメリィ・タクシー男爵令嬢に貴族院で出会った日だと。
ある者は言う。全ての始まりはビジュアル令嬢の両親が起こした小さな反逆だと。
ある者は言う。全ての始まりは貴族の腐敗だと。
ある者は言う。他国で起こった革命と恐怖政治であると。
答えはどれも少し正しく、どれも間違いなのかもしれない。正解は分からないまま……。
王太子プライスは貴族院の卒業式で叫んだ。
「ビジュアル!!! 貴様は身分を笠にメリィに非道なる行いをした!! その性根、許し難い!!! よって貴様との婚約を破棄し、俺はメリィと新たな婚約を結ぶ!!!! 貴様への沙汰は追って言い渡す!!! それまで牢で頭を冷やすが良い!!!」
ビジュアルは弁明も許されなかった。事前に根回しされていたらしく、兵士達が何の躊躇も無く、彼女を捕らえ、連行して行ったのだ。
ビジュアルと言う婚約者が居たに限らず、プライスは様々な女生徒と親しくしていた。プライス曰く、「皆、友人」との事だったが、ビジュアルからすればとんでもない友人付き合いであった。
まず貴族なら「紳士・淑女の見本たれ」と学ぶので、令息も令嬢も適切な距離を守り、触れ合う等エスコートか余程の緊急事態かであるのだが、彼等は皆近しい距離で語り合い、時に軽い気持ちで体を触れ合う。流石に抱き締めたりする事は無いが、その交流はビジュアルからすれば、乱交数歩手前くらいのものだった。
当然、婚約者としてビジュアルはプライスに何度も苦言と抗議をぶつけたが、プライスは聞く耳を持たなかった。特に平民上がりだと言う、男爵令嬢のメリィと出会い、親しくなってからは酷く鬱陶しがられた。
そしてとうとうプライスから、本人の意図は不明だが、ビジュアルからすれば「自分を振り返らせたければ、体を使ってみればどうだ」的な侮辱を含んだ言葉が発せられ、彼女の心は完全に怒りと呆れに囚われる。そんな彼女を周囲は男女問わず、「嫉妬深い」と嘲笑い、「そんな性格だから男爵令嬢に男を奪われるんだ」と呆れ、「男爵令嬢にすら品性で劣る公爵令嬢」と蔑んだ。
彼女の味方は居なかった。
ビジュアルとプライスの婚約は政略であり、王家と公爵家のしきたりでもあった。その始まりはペディグリー王国が建国されてから100年過ぎるか過ぎないか、と言った時代にまで遡る。
当時、3人の王子がおり、時の王は王位継承に悩んでいた。今でこそ、嫡男の継承が定められているが(例外は有る)、当時はそうでなかったのだ。嫡男が有利ではあったのは間違いなかったが、皮肉な事にそれが却って足枷だった。
コレ、と言う決め手が無ければ良かった。
そうであれば、嫡男を優先出来た。だが現実はそうでなかった。最も王に向いてそうな第三王子は恐らく(当時の医療でははっきりとは判明しなかった)タネ無しで、血を残す事が難しいと考えられていたので、王位を継がせられない。
次点は第二王子であったが、第三王子には及ばない。そもそも第一王子が「決して王位を継げない器の持ち主」、では無かった。寧ろ、ソレとは程遠かった。つまり嫡男優先を覆す程の差が2人には無かったのだ。
だがある日、迷う王に第二王子は、自身の王位継承権の放棄を願い出た。これにより、政争勃発は避けられたのだ。以降、第三王子と第二王子は公爵家に降り(第三王子は養子を取った)、王位を継いだ第一王子を補佐した。そして王家と2つの公爵家は約束を交わした。婚姻を通じ、王になる者は常にどちらかの公爵家の血を入れる事を。
……勿論、律儀に守っていては、血族結婚の弊害が出る。従って法的に血族で無くなる代にどちらかの公爵家から次期王妃を選出する事が決められた。その代の次期王妃は基本的に順序を守り、第二、第三、第二、第三と交代で娘を王家に差し出す。一族の血を継ぐ娘であれば良かったので、適当な実子が居なければ、一族から養女を取り、王家との縁を結ぶ事もあった。どうしても適当な娘が居なければ、順序を変えて対応した。
この第二王子の公爵家こそが、インディ公爵家であり、この約束事がプライスとビジュアルの婚約の元であるしきたりだった。
……時代は流れる。社会は動く。
元は王権が強かったペディグリー王国だったが、2つの有力公爵家が出来た為に、そのパワーの偏りが少しずつ変化していった。ペディグリー王国の派閥と派閥に依る問題が、本格的に生まれ始めたのだ。やがて王家は貴族家のパワーバランスを意識して、政治を臨む様になる。そして約束は政略の意味を濃くし、王位継承権を巡る争いに関わって行く。
王位継承のルールが嫡男優先から原則嫡男ーー死ぬか、大きな失脚をするか、王に反逆するかしない限りは、能力の差に関係無く、嫡男が継ぐーーへ変わったのもこの頃だ。王位継承問題に依って、大きな争いが起きる事を避けようとしたのだ。程無く、各貴族家の当主継承ルールにも適用される様になった。
更に時代は流れる。社会は動く。
ペディグリー王国と交流があったマリーアント王国では、王侯貴族の腐敗が進み、結果、虐げられた平民が革命を起こした。大きな内乱を制した平民達は王族と主だった貴族を処刑した。そして新たなる国フランを築き……、恐怖政治が始まりを告げた。
王侯貴族を打ち倒した平民達は、政治と言うものが分かっていなかった。学が無い者も殆どだった。
王侯貴族憎し。
それだけでは政治が出来ないし、勿論、理想を掲げるだけでも政治は出来ない。そしてこの2つが揃っただけでも政治は出来ない。しかしそれを知らない彼等が思う「より良い政治」は、彼等それぞれの私利私欲を叶えるものでしかなかった。
私利私欲を叶える為に民達でトップを争い、勝者となった民は、最も安直な方法で政治体制を築いたのだ。そう、恐怖政治と言う体制を。
……後に暗黒時代と称されたその体制はしかし、それでも民達に政治と言うものを学ばせた。紆余曲折を経て、フラン国はやがて民主政治の先駆けとして相応しくなっていく……。そしてそれは、当然、世界へと影響を拡げるのだ……。
さて。マリーアント王国からフラン国へと変わった当初、ペディグリー王国はフラン国との交流を一度は断ったものの、フラン国が安定すると再び交流を図る様になった。
国名や体制が変わっても、国土は変わらない。交流していた方が良い理由がそこにはあったのだ。しかし、それは同時に民主政治の概念やその価値観がペディグリー王国に入って来る事をも示している。
如何に立派な国でも、素晴らしい王でも、「何時の時代も永久に腐敗と無縁」では居られない。マリーアント王国が革命で倒れた時代、何処の国でも体制の腐敗は問題になっていた。
故に多くの王政体制の国はマリーアント国の二の舞いにならぬ様に、様々な試みを始める。ペディグリー王国も言う間でも無く、その内の一国だ。
そして試みの結果、裕福層の平民から男爵への成り上がりが増えた。能力の有る平民を取り立てたのだ。同時に下級貴族家の没落も増えた。その流れは有能な非後継者が、正当な後継者を追い落とし、その座を奪うーー、則ちお家乗っ取りを肯定する社会へと繋がる。能力主義の始まりである。
しかしそれは高位貴族には縁遠い場所から始まった為、ペディグリー王国そのものの体制はまだまだ血統主義であった。
そんな中、しきたりに従い、インディ公爵家の後継ぎたるパーソンと時の王女の婚約話が持ち上がった。だが此処でインディ公爵家が外交関連の取り纏めを行っていた事が裏目に出た。
平民達の国であるフラン国では当然、政略結婚よりも恋愛結婚の方が馴染みがある価値観であるが、外交関連を学んでいたパーソンはその価値観に魅せられていたのである。彼は初恋の君と結ばれたいと願い、婚約を嫌がったのだ。
フラン国との外交も当然、インディ公爵家が深く関与している。故にパーソンの父親である当主は気付いていた。自由恋愛への憧れは、下級貴族達に蔓延る能力主義と相性が良い事に。そして実際、能力主義と共に、下級貴族家の中では自由恋愛が流行り始めている事に。
ーーそれは「家に重きを置く時代」から「個人主義への時代」へと移り変わろうとしている事を意味していた。そしてそれは防ぎようの無い、時代の変動であった。
只、だからと言って、ペディグリー王国の体制を一瞬で変える事は出来ない。
故にインディ公爵家は王家と話し合った。旧くから続くしきたりと政略。それをいきなり否定する事は出来ないし、否定しようとも思わなかったが、時代の流れを考えると、少しの猶予を与えるくらいは良いのではないか。その意見は認められ、婚約は王女とパーソンが成人を迎えてから結ぼうと言う事になったのだ。
しかし結論から言えば、その予定が施行される事は無かった。彼は「初恋の君」との婚姻を果たしたのだ。「初恋の君」の名はピープル・ブーイング。侯爵令嬢であった。
ピープルは端的に言うと「虐げられた令嬢」であった。
と言っても命の危機に晒される様な酷い虐待は受けていなかった。「御家の為の政略に依る婚姻」によって産まれた子供が虐げられるには条件がある。その子に後ろ盾が無い事だ。
この条件を満たす事情はそれぞれだろうが、何にせよ、「如何ほど粗末に扱っても構わない」と言う前提が必要なのだ。よって、この前提への甘え度合いが、子供への虐待度合いに直結する。
ピープルの養育者は外聞を気にする面が強く、その分、前提への甘え成分が薄まっていたのである。故にピープルへの迫害は侯爵令嬢としての彼女を損なうものではなかったのだ。
故にパーソンとピープルは逢瀬のチャンスがあったのだ。
チャンスをしっかり生かしたパーソンはピープルと婚姻を果たした。そしてピープルを溺愛していた。そんな彼がブーイング侯爵家を許す訳も無く、その報復と言う名の元に執行された正義によって、侯爵家は没落→取り潰しとなり、侯爵家の領地は隣領地を治めてるインディ公爵家と付き合いが深いフレンズ伯爵家の領地となり、それを事由にフレンズ伯爵家はフレンズ侯爵家へと成り上がった。
つまりは公爵家主導による乗っ取りとなったのだ。
また、パーソンとピープルは言わば恋愛結婚。しかもピープルには後ろ盾となる実家が無い令嬢なので、政略の欠片も無い。まるで平民の様な自由恋愛による婚姻である。
つまり、今までは低位貴族内で起こっていた成り上がりに乗っ取り、能力主義に自由恋愛……、それらが遂に高位貴族界で行われた事になる。しかも王家に近しい公爵家によって。
……パーソンと王女の婚約予定が消失した理由は、ピープルの件だけではないが、パーソンがピープルに拘っていなければ、どれも決定打には成り得なかった。王家とインディ公爵家との間で行われた遣り取りは決して円満とは言えなかったに違いない。
結果、婚約は次代へと持ち越された。
まだ生まれていなかった、王族とインディ公爵家の婚約が決定された瞬間であった。
そしてこの時、王家とインディ公爵家はこの先の時代の著しい流れを予期しており、場合によっては婚約撤回も有り得ると婚約契約書に明記する事にした。当時のパーソン達からすれば、子供達の恋愛を保証するものに思えただろうか。彼等は自分達の婚姻が王家への反逆にも成り得るのだと気付いていなかったのだ。
そして王家は寛容を示したが、甘くは無かった。
どの様な状況であろうと、撤回時の責任をインディ公爵家に擦り付ける為の契約文であった。本来ならば、この婚約は初めから無いものだった。故に予定外の婚約撤回から結ばれた次代の婚約は、婚姻遂行不可状況になる事を許してはならなかった。それを許す時、王家は痛みを伴う覚悟が必要であった。だからこそ、インディ公爵家には責任が伴うのだ。
パーソンとピープルとの間にビジュアルが生まれた頃、パーソン達は家督を継ぐ為に家業である外交に付いて、実践にて学ぶ様になっていた。同時に、その頃の外交は、今まで以上に重要視される様になっており、フレンズ侯爵家と役目を分け合う事になった。
これにより、フラン国を始め、民主化よりの国との遣り取りがインディ公爵家の業務ではなくなり、昔ならではの王政国との遣り取りがメインとなり、より濃くなった。
そして、それらは気付かない内に2人の育児にも影響を与えた。
ビジュアルは「淑女たれ」と養育された。ビジュアルは貴族令息は「紳士である」と学んだ。しかし世間は「建前として紳士・淑女たれ」と養育する様になっていた。貴族院の教育も「紳士・淑女たれ」と養育された令息・令嬢へ行うプログラムから、「建前として紳士・淑女たれ」と養育された令息・令嬢へ行う教育プログラムへと変動していた。
故にビジュアルの価値観はプライスを始め、多くの令息・令嬢とはズレていた。自由恋愛を謳歌する彼等に親の決定に従って、そのまま婚姻をする気でいるプライスは意思の持たぬ人形だと当初は揶揄されていた。しかし異性への接触に対する意識そのものも垣根が低くなっていた彼等は、プライスの破廉恥基準を理解出来ず、やがて彼女が、嫉妬心が強過ぎるヤンデレ予備軍にしか見えなくなった。
あれが未来の王妃とかヤバくね?
この評判が大手を振り出したのは、プライスとメリィが親しくなってからだ。初めは異性の友人であったが、その身分の事もあり、よりビジュアルはキツく当たっていたのだが、これが余計に悪評へと繋がった。
それを知りながらも、ビジュアルは家名の為と、誰にも相談せずに耐えていた。その結末がコレである。
ーービジュアル!!! 貴様は身分を笠にメリィに非道なる行いをした!! その性根、許し難い!!! よって貴様との婚約を破棄し、俺はメリィと新たな婚約を結ぶ!!!! 貴様への沙汰は追って言い渡す!!! それまで牢で頭を冷やすが良い!!!
尚、この時の国王、則ちプライスの父親は、嘗てパーソンと婚姻出来なかった為に、行き遅れとなった結果、他国の王族に後妻として嫁ぎ、苦労を重ねて、年の離れた夫を亡くした後はひっそりと修道院で暮らしている元王女の弟である。姉弟仲は良かったらしい。
プライスの浮気は正当化され、契約に従って、インディ公爵家有責で婚約破棄され、それに憤り、兵を集めたパーソン達はあっさりと反逆罪で捕まり、大逆罪にて一族郎党連座処刑された。尚、功労者はフレンズ侯爵家縁の者であったーー……。
プライスはメリィを妃とした。初の男爵王太子妃だと持て囃されたし、初の男爵王妃とも持て囃された。彼女はとても人気者であった。しかし、プライス達が国王夫妻になった頃には、ペディグリー王国はアビリティ共和国と名を変え、王族は国の象徴として傅かれるも、その政治的権力は一切無かった。
また全ての貴族はその籍を抹消され、平民となった。しかし人格はともかく、実力者ではあったので、有力な政治家や実業家として上手く生きている一族が多い。
尚、アビリティ共和国には少女の銅像がある。その台にはこう刻まれている。
ーー虐げられた令嬢は愛を知り、自由への礎となる。
と。
ペディグリー/pedigree
血統主義
アビリティ/ability
能力
プライス/price
家格
インディビジュアル/individual
個性
パーソン/person
人
ピープル/people
人々
メリタクシー(メリィ・タクシー)/meritocracy 能力主義
ブーイング/bullying
いじめ
フレンズ/friends
友人達
マリーアント→マリー・アントワネット
フラン→フランス
お読み頂きありがとうございます。大感謝です!
評価、ブグマ、イイネ、大変嬉しく思います。重ね重ねありがとうございます。