王女日記
「俺は勇者なのか?」勇者くんは訝しんだ。
我が国で行った勇者召喚、それに応じてくださった勇者様がどこかおかしい。歴代の勇者の中でも上位の能力を有しているのにも関わらず、油断せず稽古や実践に打ち込んでいただけるのはとても好感を持てるのですが、ずっと「シュジンコウガー」「ザマァサレルー」「インフレノナミガー」と謎の呪文を唱えているのです。
思えば召喚されてから暫くは普通の様子でした。どこかもわからぬ場所への困惑、見慣れぬものへの関心、勇者という立場への高揚、おおよその人間がそういった反応をするであろうと納得できる反応です。
その様子がかわったのは自分よりも先に召喚された人物がいると聞かされた時からでした。すぐさまその彼が今どうしているか聞いてきた勇者様に、彼には能力がなかったことと城から追い出すような形になってしまったことを伝えると、凄まじい形相をしながらその所在を尋ねてきたのです。
彼を召喚した時のことはよく覚えています。勇者としての能力を有していなかったため重ね重ねの謝罪の後に送還させて頂こうとしたところ、「シャチクに戻りたくない」「ブラックキギョーに殺される」と泣きながらすがりついて来たのです。この世界の右も左もわからないまま「帰りたくない」と言い出す人間がいるのは想像の埒外でした。
困惑しながらも願い通り送還せずにこの世界に留まって頂いたのですが、さすがに切っ掛けが我が国にあるとはいっても帰れるところを帰りたくないと残った方の面倒を見続けることはできません。半ばこちらに責任のある難民として、支度金と土地を与えて城下町で暮らして頂いているというのが経緯になります。
聞く限り「シャチク」というのはこの世界で言う奴隷に相当するもののようです。彼の名誉のためにも、勇者様といえども詳細は伏せておいた方が良いでしょう。
話を戻しますが、城下町にいる召喚された彼に逢いに行くことにした勇者様は随分慎重に菓子折を用意しておられました。先達に経緯を払いたいという心の現れでしょうか。「カチウマ」「シュジンコーノナカマニ」と独り言を言っているのが気になりますが、きっと何か大切なことを考えてらっしゃるのでしょう。見守ることとします。