シデンは頑張ってるみたいなんだけど
開き掛けた異世界の門を閉じるのは大仕事らしい。
だって、日本列島を海に沈められるとか、アメリカ軍とタイマンはれるとか、コバルト爆弾ぐらいの威力があるだとか、とんでもないこと言ってるシデンのエネルギーの大半が消費されてしまうっていうんだから、並大抵の仕事じゃないに決まってる。
だから、
『んじゃ、言ってくるわ~ 』
みたいな感じでシデンは行っちゃったけど、内心は相当の覚悟を決めてたんだと思う。
そんなシデンが、門を閉じ終わった後はヨワヨワになっちゃうって聞いてるんだけど、実のところ、どんな感じになっちゃうんだろうか?
命に別状がないのなら私的には全然オッケーなんだけどね。
そもそも、日本列島を沈めたりするほどの力の用途なんて殆ど無いんだし、あったら困る。
門を閉じ終わった後で、こっちの世界に侵入してきた異世界のモンスターを退治するくらいなら、ヨワヨワのシデンでも何とかなるんじゃないの? ならないかなぁ?
そういう時は、もちろん私も相棒として一緒に戦うし、自衛隊や警察もいるんだから、シデンが全部背負い込むこと無いんだよ。
だから、今の私が心配してるのは、不測の事態が発生してシデンの命が危険に晒されちゃったらどうしようってこと。
非力な私じゃ、何が起こったってどうしようもないから、只管にお祈りするしかないんだけど・・・
『サヤチ、心配しなくて大丈夫だよ。シデンさんは無事に戻ってくるからさ。』
頭の中で語り掛けてくるナツキの声。
もう何度も聞いたから慣れちゃったけど、
「心配してるのはシデンのことだけじゃないんだよ! 普通の人間のナツキが念なんて送ったら、フルマラソン走り切った後みたいにヘトヘトになるって言うじゃん! ただでも心身共に弱ってるんだからダメだよ! さっきはシデンにも怒られてたでしょ! 」
親友の声が聴こえるのは素直に嬉しいし、ナツキは私が精神的に混乱したり追い詰められたりしてる時、それをどうやって察知してるのか分からないけど、めちゃめちゃベストなタイミングで話し掛けてきて何度も助けてくれた。
今だって、ナツキが、
『シデンさんは大丈夫。』
って言ったら、私は、
「ああ、そっか~、それなら安心かも。」
なんて、ちょっと気持ちが落ち着いちゃう。
だから、声を掛けてくれるのはとっても有難いんだけど、そういうことをナツキが自分を犠牲にしてやってるっぽいから困るんだわ。
「言っとくけど、ナツキに何かあったら、私は今度こそ壊れちゃうからねっ! 」
だから、念なんて送らなくて良いから、病院のベッドで大人しく寝てなさいと言った。
『うーん、大丈夫なんだけどなぁ。でも、サヤチを困らせたら悪いから、もう休むことにするよ。でも、最後に一つだけ聞いて。』
「何? 」
『サヤチとシデンさんのおかげで沢山の人が救われたんだよ。サヤチは沢山辛い思いもしたと思うけど、そのおかげで大勢が救われたってこと忘れちゃダメだよ! もちろん、私のことも含めてね。だから、2人はそれを誇ってい良いと思う。凄いことをしたんだよ~ 世界中に感謝されるようなことしたんだよ~ 英雄だよ~ 勇者だね~ 勲章とかもらえるかもだよ~ 』
「あ~ 英雄とか勇者とかめんどそうだし、勲章とか、そういうのはマジいらないわ~ 」
『あははっ! サヤチなら、そう言うと思った。んじゃね! 』
ちぇっ! ナツキのヤツめ~ 余計な心配しやがって。
この一連の騒動が終わったら、たぶん私は改めて悲しんだり、落ち込んだりもするんだと思う。
“あじさい” のオジサンやオバサン、仁太くんのことを思い出したり、亡くなったクラスメイト達のことを思い出したら、またもや自責の念の重さに負けて壊れちゃいそうになるかもしれない。
ナツキは私の性格なんて手に取るように分かってるはずなんで、そんなんになる私が見えてんだろう。
だから、先回りして慰めてくれたっていうか釘を刺したっぽいのが今の会話。
(ホント、生意気なヤツだなぁ~ )
でもまあ、心から心配してくれてる親友の気持ちは素直に受け止めなきゃなんない。
(今度お見舞いに行くときには、このお礼にナツキの好きなメロンパンの詰め合わせでも持ってってあげようか。)
元気になってメロンパンに齧りつくナツキの姿を早く見てみたい。
ところで、
(シデン、いつまで掛かるんだろう?)
ナツキの声が聴こえなくなってから暫く経っていた。
スマホを取り出して時計を見たら、間もなく午前5時になるところ。
空を見上げたら、全天が真っ黒で分厚い雲に隙間無く覆われていて、さっきまで見えていた2つの月はもう見えない。
(いつの間にか山火事も殆ど消えてるし。)
相良が放った火炎魔法みたいなので起きた山火事。
一時は燃え広がりそうな勢いを見せていたんだけど、今は焼け焦げた木材の臭いが若干辺りに漂っているくらいで、もう煙も見えない。
(こっちは風上だから、煙は風下に行ったんだろうけど・・・ )
そういえば、シデンが相良を倒すために放った雷撃の勢いで火事は粗方消えちゃったって聞いたけど、最強のままのシデンなら自然災害なんかもへっちゃらだったわけだ。
でも、ヨワヨワのシデンならどうなんだろう?
山火事が起きたら逃げるのかな?
普通の動物ならそうなるんだけど?
まぁ、そういう時は私も一緒に逃げてやるよ!
誰もシデンに消防士を期待してなんかいないと思うし。
(けっこう雪も降って来てるから、もう放っておいても山火事が広がる心配はいらなさそう。)
奥多摩の一帯で本格的に雪が降り始めたのは、小一時間ほども前のことだが、シデンがピラミッドに登る前からも既にチラチラと小雪が舞ってはいた。
始めはそんなチンマリした感じだった雪が、今は山を雪景色に変えてしまうくらいの勢いで振っていたりする。
(12月の奥多摩なんだから、雪ぐらい振るんだろうけどさ~ )
何もすることが無いまま、ちょっと太めの常緑樹の下、頭からポンチョ被って、使い捨てカイロで雪と寒さを凌いでるのは、なかなか厳しくはある。
(でも、厳しいのはシデンなんだよ。私なんかよりも全然頑張ってんだから、我慢して待っててあげなきゃね。)
もうひと踏ん張りなのか、ふた踏ん張りなのか、それ以上なのかは分かんないけど、シデンが戻ってくるまで待ってなきゃならない。
私はシデンの相棒なんだから、それは当然の役目なのである。
そんな風に気合を入れつつ、私はシデンが登ったままでいる例のピラミッドに目をやった。
さて、シデンが彼此1時間以上も取り組んでる “異世界の門を閉じる大仕事”の話なんだけど・・・
これについて、現場にいる私が特に報告すべきことは、今のところ何も無い。
後で、自衛隊の人や警察の人や汐見さんなんかに聞かれても何も言うことは無い。
(だって、説明しなきゃなんないようなこと一つも起きてないし。)
定番のイメージじゃ“異世界の門を閉じる”なんてこと、ハリウッドの特撮映画とかマンガやアニメなんかでも、クライマックスで大スペクタクルな展開が起こりそうな話なんだけど、そういうのは全く無いんだよね。
何て言ったら良いか、簡単に流れを説明すると・・・
シデンは私に見送られてピラミッドの前まで行くと、ひとっ飛びで最上段に飛び乗った。
そして、その場に狛犬さんみたいなポーズでお座り。
それから1時間、ずーっとそのまんま。
・・・こんな感じ。
別に嵐が吹き荒れたり、地が裂けたり、雷鳴が轟くなんて、ベタな天変地異が起きたりはしてない。
普通に冬の風が吹いて、木々がザワザワして、ついでに雪が降ってるくらい。
(かなり寒いけど、これって季節柄で普通の天気なんだよね。)
でも、狛犬さんの絵面って、けっこう神々しく見えたりするし、ピラミッドの頂上で座ってたら意味有り気で、ホントならカッコイイはず。
(ホントならなんだけど・・・そういうトコ、やっぱシデンだったりするよねぇ。)
ピラミッドの天辺でシデンが何をしてるのか?
私だって凄く気になるから、ずっと注視してるんだけど、
(なんか、緊張感が伝わってこないぞ。)
さっきから雪が気になってるみたいで、しょっちゅうブルブルしてる。
時々、大きなクシャミするし、耳の後ろ掻いたりもしてる。
それに、この1時間のうちで、いったい何回欠伸したの?
それでも、たぶん真面目に大仕事に取り組んでいるんだとは思う。
雪を振るい落したり、クシャミしたり、耳の後ろ掻くのは、それとは関係の無いことなんだと思う。
もちろん、欠伸だってしても構わない。
(でもね~ やっぱシデンって神さまって感じじゃないよねぇ。)
神さまなんて性格的に向いてないんじゃないだろうか?
そもそも神さまってのは、多少芝居がかった演出効果とかがあってこその存在だと思う。
そういうイメージ戦略があってこそ、多くの人々の尊崇を集められるわけだ。
私の知ってる限り、世界中の神さまが、そんな感じに思われる。
(それなのにさ、シデンっていつも素のまんまなんだよねぇ。)
シデンみたいな神さまなんて、私の常識的には有り得ない。
こんなんで2000年以上も神さまやって来れたってことがビックリ。
私からしてみたら、シデンの自慢話や大ボラ話なんて、厨二病レベルにしか聴こえない。
風格とか威厳とかそういうモノが全然無いから、圧倒的に説得力が不足しちゃってる。
だから、会話してても、なんか普通に友だちと話してる感じになっちゃって、シデンを崇め奉っちゃってる人たちには注意されたりしたんだけどさぁ。
でも、そんなシデンなんだけど、庶民的で穏やかな神さまか? っていうと、そうじゃないんだよ。
シデンの言ってること、自慢してることを、そのまんま受け取ったなら、ハッキリ言って大魔神だよ。
やたらと、オラオラな発言するし、戦うの大好きそうだし、考え方に因っちゃ存在自体が地球の危機なぐらい。
異世界からの侵略に際しては抑止力になりそうだけど、あの大雑把で思慮の浅そうな性格は危なっかしくて信用できない。
(この際、シデンがヨワヨワになるってのは世間様のためには良いことなのかも。)
そんな風に思ったりもする。
それにしても、
(シデンってホント、変な神さまだよね~ でも、そういうトコがシデンの良いところなんだって私は知ってるから、別に良いんだけどさっ。)
私は使い捨てカイロを冷えた頬っぺたに当てながら、たぶん必死に真剣に異世界の門を閉じようとしているシデンを見上げた。
(それにしても、あとどれくらい掛かるのかなぁ? )
どのくらい掛かるのか、予めシデンに聞いとけば良かった。
私は普通の女子高生じゃないから、この程度の寒さじゃ凍死したりしないけど、終わりが読めないままで待ち続けるのは辛い。
暇潰しするモノは何もないし、スマホは圏外だし。
(どのくらい掛かりますって分かってたなら、10時間でも20時間でも待ってられるんだけどなぁ。)
そんな今更な後悔を心の中でブツブツと呟きながら、私は雪が降り積もるピラミッドの風景をボンヤリと眺めたまま、ふぅ~ と軽く溜息を吐いた。
(ん? )
その時、それに気付いた。
(何よ、あれ? )
今までに無かった異変がピラミッドに起きていたのである。
天変地異とかじゃないけど、それは明らかに異変で間違いない。
ピラミッド格段の石積みでできた壁面上に、仄明るい靄が浮き出していたのである。
雪が邪魔で良く見えないのだが、頑張って目を凝らしてみると、
(えっと、あれって靄じゃないよ! 何かの映像、ホログラムみたいなの? それとも心霊現象? 幻覚なのかな? )
それは、幻覚などではなかったし、心霊現象などでもない。
靄と思える程に不鮮明であり、輪郭もボンヤリだが、明らかに映像だった。
ピラミッドの各段ごとに異なる幾つかの風景が浮き出しているのである。
それらは、光量の不足した映写機が投影しているかのように心許ない映像だが、そこに何が映っているのかは辛うじて分かる。
(もしかして、異世界の何処かの風景が見えてるの? )




