お仕事は無事終了 ~ 東京へ帰ろう!
ひと休みした後、この日の夕方まで掛けた捜索活動により、私とシデンはギガスのコロニーを発見することができた。
コロニーといっても建物が並んだ集落などではない。
平坦地を選び、ブナの木を何本も切り倒して空き地を作り、その中央に火を使うために浅く穴を掘っただけの竈を置き、それを取り囲むようにして木の葉や草を敷き詰めた寝床が不規則に並んでいるだけの空間であり、コロニーと呼ぶよりも粗末な巣と言ったほうが良いだろう。
で、“もしかしたら?” の予測は当たっていた。
コロニーには生き残りのギガスが7匹もいたのである。
但し、そのうちの4匹は子ども。
大人の3匹はシデンが見つけ次第で瞬殺してしまったので、残された子どもの始末は私に回ってきた。
モンスターとはいえ子どもを殺すのは決して気分の良いモノではないが、人間の身体の一部であろう肉塊にかぶりついている様子を見たら、流石に容赦する気にはなれなかった。
こいつらが大きくなれば、人間を襲って食うようになるのは確実なわけで、同情など全くすべき対象ではないわけだ。
ちなみに、殺された12人の同業者たちの遺体は直ぐに見つけることができた。
コロニーから30メートルほど離れた林の中で、揃って頭部を落とされて、おそらく血抜きをするためなのだろうが逆さに吊るされていたのである。
切り離された頭部の方は、その直ぐ傍でゴミのように乱雑に打ち捨てられていたが、それにしても、この惨状かなりヤバかった。
ギガスにとっては単なる食肉加工場なのだろうが、スプラッタ慣れしている私でも吐き気をもよおすほどの凄まじい絵面だった。
だからといって逃げ出すわけにもいかないので、吐き気を我慢しながら12人分の首なし死体を木から下ろし、頭部も拾い集めて身体の近くに寄せておくことだけはしておいた。
彼らの他にも5人の遺体を見つけたので、これも同じようにした。
この5人、拉致された近隣の住民たちと思われる。
遺体の様子から見て、おそらく皆がお年寄りで、男性4名、女性1名。
衣服がそのままだったので、農作業中に攫われたものと想像できる。
(突然のことで辛かったと思いますが、仇は取りましたので。)
馬鹿な同業者相手にはそんな気持ちにならないが、この5人に対してはキチンと手を合わせた。
結局、この日のうちに私は計18人分の遺体を見付けたわけだが、これらを抱えて下山するのは、いくら何でも無理な話だった。
放置すれば野生動物に食い荒らされたり、他のモンスターを呼び込んだりする可能性もあるが、これは勘弁してもらうしかない。
諸々ひと段落した後、私とシデンはコロニーから少し離れた場所に隠れ潜んで一夜を明かした。
他のギガスがいれば戻ってくるはずと思い、念のための用心だったが、それは無かった。
「駆除はこれにて完了! 」
そう判断して、翌朝早くに山を下った。
途中、3つの同業者チームと出会ったので、この案件は既に完了した旨を伝えたら悔しそうにして引き返したチームが2つ、怒鳴り散らしながら掴みかかってきたチームが1つ。
もちろん、掴みかかってきたチームの5人は返り討ちにしてやった。
(ホント、B-HUNTERって、どうしてこうも馬鹿で乱暴なヤツが多いんだろうか? )
そんなこんなで、世界自然遺産の白神山地でのギガス退治は無事終了。
私は山を下りたその足で出張所に出向き、報告書の提出を行った。
駆除した特殊外来害獣 :
ギガス × 22
ノズチ × 1
駆除したその他の鳥獣 :
なし
この報告を受け取った職員たちが驚いていた。
まあ、単独のB-HUNTERで、しかも女性が達成できる数とは思えなかったのだろう。
疑っていたのかも知れないが、いずれ現場検証が入るだろうし、切り取ってきたギガスの耳の数が44、ノヅチの身体の一部を提出したので有無を言わさなかった。
請求すべき必要経費については、
駆除に当たって消耗品 :
散弾 × 6
ボルト(ボウガンの矢) × 2
トレッキングブーツ × 1
これに、山中で一泊した際に消費した水や食料なども計上しておいたが、22+1匹も駆除して、武器の消耗が少ないことにも驚かれた。
日頃お世話になっている関東の出張所なら、いちいち驚かれないのだが、初めての所ならばしょうがない。
あ、もちろん先行して全滅した13人の同業者と5人分の遺体発見の話もしておいた。
MAPにマーキングしたデータを渡しておいたので、後は出張所の方で回収の段取りをつけてくれるだろう。
そして肝心の報酬だが、駆除数が当初に予定されていたギガスの倍以上になったことで、当然賞金額の上乗せを請求した。
これについては、地元自治体と相談の上、後日に決定次第で銀行振り込みされるとのことなので、今日のところは手ぶらで帰ることになった。
こっちの要求が通れば、今回は全部で200万円オーバーの収入になるはずである。
(良い感じじゃん。)
そう言えば、私が出張所で手続きしている最中にずっと、職員や警備員たちが嫌な顔をしていたが、それは私がノヅチの臭いを付けたままだったから。
(まあ、わざとなんですけどね~ )
わざわざ、例の素行の悪そうな警備員の傍のカウンターで書類を書いてやったし、何度もぶつかってやったので多少の臭いは移してやれたかもしれない。
いずれにしろ、小一時間は出張所の中にいたのだから、臭いは全体的に染みついてくれただろう。
(キミたち、女子がセクハラで困ってる時に助けてあげられなきゃ、後でこういう目に合わされるんだよ~ )
一切の用事を終えた私は、心の中で大笑いしながら表へ出た。
『お、やっと出てきたか~ 帰る途中に風呂入ろうぜ! 温泉とか! 』
シデンの提案だが、こいつ山を下りてからずっと言い続けている。
現場で車を停めていたのは元の観光地で十二湖という場所なので、近くには沢山の池があった。
ワンコなんだから気兼ねせずに飛び込んで洗えば良いと言ったのだが、チラ見するなり、
『あんな汚い池にはいれるもんか! 』
と、却下されてしまった。
「温泉の件、賛成したいんだけどさ、ノズチの臭い付けたまま温泉なんか行ったら、営業妨害だって叩き出されちゃうよ。まずは、人の少ない海水浴場とかでひと泳ぎして、少し臭いを薄くしてからだね。」
それが妥当な方法だと思う。
『うーむ、面倒臭いがやむを得ない。』
シデンが溜息吐きながらだが納得して車に乗り込んだ。
「車の臭いも何とかしなきゃなんだよなぁ~ 」
シートはビニールで覆い、直接身体が触れないようにしているが、発散される臭いが天井やドアなどに染みついてしまう。
「こりゃ、帰ったら消臭剤祭りだわ。」
苦笑いしながら、エンジンスタートボタンを押した。
環境問題が騒がれ始めて以降、今どきは少数派になりつつある2000㏄ガソリンエンジン特有の低い爆音を響かせながら、私の愛車は滑るように駐車場を出た。
そして、ジリジリと陽に焼かれる国道7号線のアスファルトに浮かぶ、黒々とした逃げ水を追い掛けながらの南下をはじめる。
目指すは近場で田舎で人の少ない海水浴場。
「にしても、今日もアッついわね~! 」
気温計を確認したら摂氏36度。
まだ、午前11時半だというのに勘弁して欲しい。
昨日の白神山地の涼しさが恋しくなった。
『モンスターが生息してるとこは気温が低くなるんだぜ。異世界の影響が入り込んでるからな。』
「ああ、そんな話、聞いたことあるかも。」
モンスターの生息地がもっと増えたら、地球温暖化が解消されるかも? との暴論が頭を掠めたが、直ぐに打ち消した。
モンスターなんていない方が良い。
地球独自の生態系に割り込もうとする侵略者は、何年掛かろうとも全て駆除しなければならない。
膨大な数の侵略を阻止するわけだから、私の大学在学中にこのアルバイトが終わることはないだろう。
「おかげで、学費の心配はいらないんだけど・・・ 」
『お前さ~ 学生にしちゃ贅沢な暮らししてると思うぜ。実はモンスターさまさまなんじゃね? 』
そういうのは横に置いとくことにして、とにかく異世界からの侵略は認めちゃダメなのである!
人類と地球上に住む生き物たちのためにも絶対なのである!
◇
さて、ここまでの話の流れの中で、私たちの地球が置かれている現状を垣間見ていただけたものと思う。
世界中に魔獣や魔人なんてモンスターが出没し、人類や既存の生物がその脅威に晒されているのである。
モンスターのせいで絶滅してしまった地球上の生物は多数あるし、モンスターの中には超常的な能力を発揮する怪獣みたいなヤツもいて、これが軍隊と互角に渡り合ったりするので滅ぼされちゃったり、国土が削られて縮小されちゃった国もある。
アフリカや南米じゃ、“賢い系魔人” が国を作って独立宣言したって噂もある。
かつては、未承認も含めて200を超えた地球上の国家数は激減しており、現在まで国体を維持し続けているのは3分の1くらい。
そんな中で、政府や自衛隊や警察が機能していて、一定の経済や流通、教育や秩序なんかも保たれている日本は凄く運の良い国だったりする。
日本以外にはイギリスやニュージーランドみたいな先進の島国、あとは台湾なんかが3分の1に入っている感じ。
もちろん、アメリカ、中国、ロシアなどの大国はキチンと残っているが、この3国は広大な国土の彼方此方に出現するモンスターに手を焼き続けているし、賢い系魔人が地方の一部を占領して時々独立宣言したりするから引っ切り無しの内戦状態で、かなり厳しいらしい。
そして、世界の人口も随分減った。
かつて70億人もいた人類が、40億人前後にまで減ったんじゃないかとの推測もある。
日本の人口も現在は約1億人弱だから、約2000万人以上が失われてしまった計算になる。
しかし、滅亡しなかったことだけは幸いと言える。
人類は、ひ弱そうに見えて実は逞しかったようである。
生き残った国同士、生き残った者同士、外交し、交易しながら、技術協力や文化交流もなんとかやれている。
モンスターさえいなくなれば、人類は世界を再建することができる力を残しているのである。
ところで、なぜ世界はこんなになってしまったのか?
それを語るためには、今から3年ほど前に遡らなければならない。
3年前、突如起きた大異変により、地球の長い歴史の中で育まれた多くの生態系が次々に失われ、人類が作り上げてきた様々な常識やルールが破綻し、政治や経済、外交や軍事なども、これまでと同じやり方に捉われていては、国家が崩壊してしまうほどの過酷な世界に変わってしまった。
実は・・・
その大異変には震源地があったことを知る人は少ない。
しかも、異世界からの侵略が始まった日、その震源地には当時都立高校に通う平凡な女子高生だったはずの私と、相棒になったばかりのシデンがいたりする。
よって、まずはそこに至る経緯、始まりの日に至る経緯について詳しく語らなければならないと思う。
おそらく、事の起こりなんだけど、シデンと私が知り合ったことも凄く関係していると思うし・・・