世界と日本は、只今こんな感じです。
「米国もEU各国も政府首脳には繋がりません。各国とも自国内の対応で手一杯のようでして、連携する余裕は全く無いとのことです。」
「空自からの緊急報告です! 北海道上空に未確認飛行物体多数出現! 」
「中国では首都北京を始めとする殆どの大都市に戒厳令が布かれました。」
「ロシアは北極海で大量に出現した攻撃的な未確認巨大生物への対応に陸海軍の出動を命じたようです。」
「海上保安庁巡視船 “しきしま” より、津軽海峡を巨大な亀のような浮遊生物が通過中との報告! 」
「カナダ陸軍が現在ハドソン湾沿岸にて、謎の武装勢力と交戦中のようです。」
「各国に滞在する邦人の保護について至急打ち合わせをしたいと外務省からの要請です。」
「メキシコ空軍がユカタン半島上空で、翼竜と思われる巨大な飛行生物の群れと交戦し、甚大な被害を出しています。」
「現在、比較的冷静に対応ができていて、治安が安定しているのは、英国、ニュージーランド、オーストラリア、イスラエル、台湾・・・」
「それと、先ほどご主人から、今夜の夕食の支度は必要かどうか連絡をくださいと・・・」
只今は、12月28日(土)の未明。
所は東京都千代田区永田町にある日本の政治の中枢にある方々がお仕事をする建物。
その中にあって、各省庁や各種機関から次々に舞い込んでくる種々様々な報告に、てんてこ舞いになりながらも頑張って対応しているのは、日本国政府の頂点に毅然として立つ一人の女性、サッちゃんである。
つい1時間ほど前、秘書からの緊急電話で叩き起こされ、低血圧で寝起き最悪な性質なので、まずは起きて直ぐにはご主人に八つ当たり。
それから大慌てでスーツに着替えてから自宅を飛び出し、迎えのリムジンの中で眠気覚ましのコーヒーを立て続けに3杯。
その後にメークをキッチリ整えて、最後に襟を正して車を降り、姿勢正しく玄関を潜り、すれ違う職員たちに笑顔であいさつしながら執務室にやってきた。
で、椅子に座る間もなく、
「大変です! 」
「緊急です! 」
の、大合唱である。
「そんな、いっぺんに持ってくるんじゃねーっ! 」
と、怒鳴りたいところだが、立場上そういうわけにもいかないので、有能な秘書たちが整理してくれたファイルの順番に従い、先ほどからパソコン画面に向かって状況確認を行っている。
「ん? えっと、北緯30度5分 東経154度2分と北緯21度40分 東経151度35分にそれぞれ新島出現? これらは中ノ鳥島とロス・ジャルディン諸島が存在したとされる位置って、何コレ? こんなことまで起きてるの? 」
殺伐とした報告が並んだ中に一風変わった見出しの報告文を見付け、マウスのホイールを回す手が止まった。
「ああ、そちらは国交省からの報告ですね。もともと中ノ鳥島は戦前まで我が国の主権下にあったわけですから、改めて領土権を主張するなら早い方がよろしいかと。」
そう応えたのは首席秘書官。
サッちゃんよりも4つ年上で、頭脳明晰、沈着冷静、事務処理能力抜群と言われるスーパーキャリアウーマンである。
但し、日本国始まって以来の緊急事態下にある現在、サッちゃん同様に寝ていたところを無理矢理に叩き起こされたためか、正面から見れば一糸乱れず整然と整えられたショートカットヘアの後頭部に、普段ならば絶対に有り得ない寝癖が2か所も飛び出していた。
しかし、本人はそんなことに気付いてもおらず、サッちゃんも遠慮して指摘しなかったので、その件に関しては置き去りにしたまま二人の会話は続く。
「あのさぁ、我が国の主権下にあったってなぁ、中ノ鳥島なんて本当は存在してませんでしたって、実は詐欺師のホラ話でしたって1946年までに地図から削除したんじゃなかったっけ? ロス・ジャルディン諸島なんてのも1970年代の初めに存在しなかったってことで地図から削除された島だよねぇ。」
「ところが、どちらの幻島も実は異世界にあったてことなんですね。発見者は異世界に迷い込んでいたなんて、ちょっとロマンだと思いませんか? ウフフッ。」
「ええっと・・・ 」
日頃から勤務中に冗談も言わせてくれないほどの堅物が、いきなりロマンとか言い出して、しかも「ウフフッ」なんて笑ってる。
サッちゃんは思わず、椅子からずり落ちそうになるのを必死で堪えた。
世界中で起こっている異変と、押し寄せてくる報告事項を処理し続けているうちに、心の何処かが壊れてしまったのではないだろうか?
「ねぇ、大丈夫? 」
「何がですか? 」
熱でもあるんじゃないかと心配したが、キリッとした返事を返されてしまった。
「ま、まあ、良いや。」
サッちゃんはPC画面に戻って、お仕事を続けることにした。
それにしても、この非常事態に、領土権? って、国交省は何を考えているやら。
(そんなのは後回しよ! )
まずは、自国に影響のある最優先事項を選び出し、至急対策を練らなければならない。
(あ~あ、世界融合かぁ。)
それは、オオクチノマカミ様からは何度も聞かされていた “絶対の危機” だったが、まさか自分の在任期間中に起こるとは夢にも思わなかった。
こういう状況に陥った場合の対処方法は、先々代の辺りから準備を整え始めており、今は万全とまでは言わないが、国民の被害を最小限に抑え、国体を維持するのに必要なだけの体制は整っている。
(マカミ様が昨夜、例の鍵穴の地に向かったって聞いてるけど、どうなっちゃったのかしら? )
サッちゃんはマカミ様に全幅の信頼を置いている。
だから、マカミ様が世界融合の阻止に向かったと聞いたら、よもや失敗するなどとはこれっぽっちも考えていない。
但し、被害がゼロにはならないかもしれないと、マカミ様が言っていたことも憶えている。
敵がオーガを首領とする組織されたボガードの軍団であり、そこに人間の協力者まで関わっているとなれば、異世界の門を開く儀式を事前に阻止するのは非常に難しい。
オーガの張る結界によって、自衛隊や警察が無力化される恐れもある。(実際にそうなっている)
そうなると、マカミ様とその眷属、お二方で鍵穴の地に向かいオーガと戦うことになるだろう。
狡猾なオーガが率いる怪物軍団を相手にして、事前阻止は難しいかもしれない。
マカミ様は、仮に儀式の阻止が間に合わず、門が開き始めたとしても、被害が最小限で留まるよう門が完全に開き切る前に再び閉じるつもりだと語っていた。
だが、それができたとしても、ある程度の異変が、こちら側の世界に及ぶのは覚悟しなければならないということだった。
(今、世界中で起きていることが、それってわけよね。やっぱり、儀式の阻止は間に合わなかったってことなのよねぇ。)
でも大丈夫!
そこまでは想定のうち!
(日本国の総力をあげて、危機を食い止めてやろうじゃないの! )
でも、マカミ様には、もう少し頑張っていただいて、異変の規模をできる限り抑えて欲しい。
(それにしても、もう少し時間があると思ってたのよねぇ。)
サッちゃんは溜息を吐いた。
実は先日、オンラインにて密かに開催された国際会議にて、異世界からの侵略についての情報公開に関する取り決めを行っていたのだ。
それは、以前にマカミ様から、
『もうそろそろ隠し通せるもんじゃなくなるからさ、その時が来て国民がパニックを起こさないよう事前に情報公開しとくべきじゃないのか? 』
と言われていたので、その目途を立てるつもりで、米国が提案し、サッちゃんが積極的に後押しして開催に漕ぎつけた会議だった。
そして、中・ロも参加した同会議に於いて、各国のマスコミを一堂に会し、一般国民向けの情報公開を世界同時に発信するという大規模な段取りが話し合われ、その日程は年が明けての1月4日土曜日とすることが決まっていたのである。
「悪いことってのは、こっちの都合を考えてはくれないのよねぇ。」
そう言って、もう一度深い溜息を吐いた。
「そんな愚痴なんて人前で零さないで下さいね。」
首席秘書官からのご指摘が飛んできた。
(ここは人前じゃないから良いじゃないかーっ! )
と、怒鳴ってみたのは心の中でのこと。
「はい、失礼しました。」
そう答えてから再び目をPC画面へ、と思ったら内線の呼び出しが鳴った。
「ご自宅からお電話です! 」
「あ、はい。」
この世の中、異変の真っ最中なので、何か身内に事件でも起きたのかと心配して電話に出てみた。
すると、
「今日は休みなんだけど、会社が心配だから顔出しとこうと思ったらさ、いつものトコに車の鍵が無いんだけど、お前知らない? あと、それと今日の夕ご飯の支度なんだけどさ、買い物に・・・ブチッ! 」
苛っとして衝動的に電話を切ってしまった。
これは後々に夫婦喧嘩の素になってしまいそうな予感がする。
我が夫とは言え一般人。
今、自分の奥さんが、どれほどの忙しい状況にあるのか? なんて分かるわけないのだから、ここで苛っとするのは少し可哀そうだとは思う。
でも、身内なら少しは察しろよ! って感じだし、つまらないストレスを増やさないで欲しい。
(そうだ! この騒動が終わったら絶対に気晴らししに行こう! ストレス解消はやっぱライブよね! 決めたっ! ライブ行こう! 旦那も子どもも秘書も仕事も置き去りにして、お忍びで久々に腹に響くぐらいのメタルサウンドを聴きに行くのよっ! )




