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ついに始まっちゃったの?

 異変の始まり!


 これに最初に気付いたのは世界中に生息する野生の動物たち。

 地球上にある全ての山々や森林地帯で、まるで示し合わせたかのようにして同時刻一斉に鳴り響いた獣たちの咆哮。

 それを皮切りにして、多種多様な生物たちの異常行動が数多く観測されていた。


 成層圏を飛行する夥しい数の昆虫。

 方向を見失って夜間の市街地に落下する野鳥の群れ。

 陸地に向かって次々と突進を繰り返す魚たち。

 下水道から湧き出すように現れたネズミの大群。

 定住域を離れて人間の生活圏に乱入した猛獣たち。

 

 これら全ての行動に共通して言えるのは、彼らが生存本能に従い、何らかの脅威から身を守るために逃れようとしているということ。


 野生動物たちに遅れて始まったのは、犬や猫などの愛玩用動物、家畜や家禽の異常である。

 夜間、突然鳴き出したり、飼い主の言うことを無視して暴れ出したり、飼育施設を破壊して逃亡したり、集団で自殺行動に走ったりと、その異常さが人間社会にも混乱を齎していた。

 もちろん、彼らも野生の動物たちと同様に、何らかの脅威から身を守るために逃れようとし、飼い主に警告を発しようとしているということは明らかだった。


 但し、これら動物たちが発する警告を受け取ることができた人間は殆どいなかった。


 人間も生物である以上は必ず備わっているはずの生存本能だが、それが発する警告を素直に受け入れて従うことは、社会的、公的なルールを守り、常識に縛られて生きる人間には到底無理なことだった。


 だが、人間の中には、その知識や技術を以て、異変を察知した者たちがいた。


 例えば、その時点で夜間だった東半球各国の天体や気象の観測に従事する者たちであり、アマチュアの天体観測者たちである。


 <天体が二重に見える!> 


 当り前のことだが、そのことに彼らが気付くのは早かった。


 「オリオン座が二つある! 」


 「カシオペアが! 」


 「北極星が! 」


 そして極めつけは二つの月である。


 全国的に冬の曇天が続いていた日本でさえも、未明の空で雲の切れ間に月が二つ浮かんでいることにはプロアマ問わず多くの天体観測者たちが気付き、一斉にSNSへの画像や動画の投稿を始めた。

 その驚きは深夜にも拘わらず、一般の人々にも連鎖し、眠い目をこすりながら寒い屋外でスマホ片手に空を見上げる者の姿が、其処彼処で見掛けられた。


 この夜、日本国中が騒然としていたが、来たるべき最悪に気付いた者は殆どいなかった。

 得体の知れない不安や焦りのようなものに囚われたり、頭痛や眩暈などちょっとした体調不良を覚えた者は少なくなかっただろうが、動物たちのように異常行動に走る者はいなかった。

 誰が流した情報かは知らないが、SNSでは天体が二重に見える原因は気象現象の一種であるとの書き込みが多かったこともあり、そのせいで特にパニックなども起きなかった。


 この時、政府関係者と国防や治安に携わる一部の者たちが、速やかに身を引き締め、事前に取り決められていたマニュアルに従って対策に取り掛かったことも、多くの国民は知らずに夜明けを迎えることとなった。



 ◇



 『未だ半分だ! 今なら間に合う! 』


 シデンは、“世界融合” が未完であることを見抜いていた。

 オーガの最後の言葉に一時は焦ったが、その優れた探知能力により、未だ扉が開き切ったわけではないことを感じ取れたので、一先ずホッとしていた。

 オーガは、既に “世界融合” が成っており、手遅れのように言い残していたが、そうではない。

 異世界の門を開くのは、並大抵の仕事ではないのである。

 現状では扉を開く儀式を終えただけであり、オーガは鍵穴に鍵を差し込み回しただけに過ぎない。


 それだけのことでも、世界中で異常な現象が巻き起こっているだろうが、


 『そんなのは、まだまだ序の口さ! 』


 異世界のモンスターが世界中で暴れまわり、オーガの帝国が出現するほどの事態には至っていない。

 異世界の門は、僅かに隙間が開いただけ。

 今、門を閉じることができたなら、世界の最悪は最小限で留めることができる。


 こちらの世界には、数多くの神と呼ばれる特殊な存在がいる。


 強大な魔力、呪力など異能力を持つ人知を超えた存在である。


 人類を始めとする世界中の生物は、彼らが齎す恩恵と脅威の中で育まれており、その力は総じて強大なモノである。

 だが、こちらの世界の神々の中に儀式を終えた後の門を再び閉じるほどの力を持つほどの者はいない!

 オーガは、そう読んでいた。

 門の向こうの異世界では、こちらの儀式に呼応してオーガの中でも最強と言える数百の魔導士たちが、“世界融合” を完成させるべく、持てる魔力の全てを注ぎ込んだ念をで扉を押し続けている。


 それを押し返せるモノなどいるはずがない!


 そう思っていたからこそ、死に際に自らの勝利を確信し、満足そうに笑ったのである。

 

 『ふん! 他の連中には無理でも、できるモンがここにいるんだよ! 』


 事ここに至って、シデンの存在はオーガにとっては不測の事態と言えよう。

 オーガは、それを知らなかったから、自らの勝利を確信して死んでいったのである。

 

 『残念だったな! オレを、そこら辺の非力な連中と一緒に考えてたとしたら大間違いなんだよ! 』


 シデンは2000年以上も鍵穴の地を守り続ける存在だった。

 気まぐれな性質なので、門番のようにしてずっと留まっていたというわけではないが、異世界の力がこちらの世界に及ばないよう力を尽くしてきたのである。

 ワームホールを通じて侵入してくるバケモノ退治はもちろんのこと、ワームホールを見つけ次第に破壊するような雑事荒事も長年に渡って手掛けてきた。

 他の神々が興味を持たずに放置していた異世界絡みの面倒事を、シデンは単独で取り組み片付けてきたのである。


 その理由は、


 『しゃーねぇな。あの若造との約束だからなぁ。』


 2000年も前のことであり、シデンには既に曖昧になってしまっているエピソード。

 武蔵御嶽山にて、鹿角の放つ霧で立ち往生していたヤマトの兵の一団を救った時、若い指揮官と取り交わした約束、それを律儀に守り続けてきたのである。

 他の神々からは、モノ好きなヤツだと笑われた時もあったが、それを意に介すことは無かった。

 その約束を守り続けているうちに、異世界から流れ込んで来る魔力を少しづつ吸収し、いつの間には他の神々を圧倒するほど強大になっていく自分に気付き、その事実に満足できていたからである。


 そうこうしているうちに2000年以上が過ぎ、シデンは世界最強とも言うべき荒神となっていた。

 

 『そんなんだからよ、こっちの十羽一絡げの神さまなんかとはレベルが違うのよ! 』


 これがオーガの誤算だった。


 シデンの強さは知っていたが、普通の神々の延長線上にある存在としてしか捉えていなかったのだ。

 だからこそ、自らが行った儀式の成功を信じ、満足して死ねたのだから、オーガにとっては良かったのかも知れない。


 『万が一、あの世ってのがあって、死んだ後にこっちの世界を見ることができたなら、鬼め、口惜しがらせてやるぞ! 』


 シデンは身震いを一つしてから、早速鍵穴の地の中心にある異世界の門を開くための儀式の祭壇を目指すことにした。

 紗耶香を先行させたが、何やら邪魔が入って手間取っているらしい。

 

 『大した邪魔じゃない。あいつには今後のための良い練習になるだろう。これからは好むと好まざるとに関係無く、戦わなにゃならん世の中になるしな。』


 僅かでも門が開いたからには、異世界のバケモノどもが既に一定数は侵入しているに違いない。

 こっちの世界を守るには、そういうのと戦うことに慣れておいた方が良い。


 『さーて、バケモノ退治はあいつに任せて、こっちは大仕事だからな。完了した儀式を破壊するのは、このオレサマでもけっこう骨なんだよなぁ~ 』


 溜息を吐きながらも、異世界の門を閉じるために動き出すシデンだった。

 面倒な後始末ではあるが、自分の力で世界が救われるというなら、それは決して悪い気分ではない。

 それなりの代償を払わなければならないのは辛いが、それで人々に感謝されるタネが一つ増えるのならば、けっこうなことだと思うことにした。


 『さぁて、行くとするかぁ~ 』


 鍵穴の地に向かう前に、シデンはチラリと相良との戦いの跡に目をやった。

 僅か数十秒の戦いだったにも拘わらず、山の風景は一変、荒れ放題である。

 山肌は掘り返され、焼け焦げた倒木が其処彼処で折り重なっている。

 だが、シデンの放った雷撃によって奥多摩山中の山火事はほぼ鎮火。

 所々で僅かに燻ぶっているが、再び火勢を盛り返すようなことは無さそうである。

 

 『これなら心配はいらんな。明け方までには雪も降るから、それで完全に鎮火するだろうさ。』


 シデンはそう呟いいてから、地面を蹴った。

 


 ◇



 さて、シデンと相良のやり取りなんて知ったこっちゃなく、私は戦闘中。


 「この蛇! 冷血動物らしく、冬なら寝てたらどうなのよ! 」


 普通は蛇や蜥蜴なんかの爬虫類は、気温が下がったら動けなくなるはずなのに、異世界のバケモノには、それが当てはまらないらしい。

 思考速度が大幅アップして、人間離れした運動能力で戦っているはずの私の動きにもキチンと対応して動けている。

 それどころか、鋭い毒牙と鋭い爪を振りかざす腕が四本も付いた上半身と、並の人間ならぶん殴られたらバラバラになってしまいそうな太い下半身っていうか尻尾と、2方向から同時に攻撃を仕掛けてくる厭らしさ。

 とても、冬場の蛇とは思えない。

 もちろん、見た目は蛇でも異世界のモンスターなんだから、こっちの蛇と同じく冷血動物だと思うのが間違いなのかもしれないが。


 バギベギッ! 


 蛇モンスターの空振りした尻尾に、太さ20センチ以上もある木々が纏めて数本薙ぎ倒された。

 細かな枝や枯れ残った葉、乾いて剥がれ落ちた樹皮が雨のように私の頭上に降り注ぐ。


 (くそっ! 尻尾が邪魔で近寄れないじゃん! )


 戦闘開始後、ひたすらに左へ回り込む位置取りで、蛇モンスターの攻撃をかわし続けている私だが、その作戦は一応正しいっぽい。

 トグロが右巻きなんで、左に位置する相手を攻撃する時は若干だが速度が鈍るのだ。

 所詮は蛇だから頭が悪そうなんで、何故私が毎回左へ回り込むのか? その裏をかいたらどうか? なんて考えることはできなさそう。

 でも、この作戦、逃げるのには良いが、こっちの攻撃は消極的にならざるを得ない。

 一応、尻尾や爪をかわしながら、マチェットや銃剣を何度もヒットさせているのだが、致命傷を負わせるのは無理。


 (こんな調子じゃ、こっちが時間切れになっちゃうよ! )


 リミッター解除してから、5分以上は経過しているので、残り時間も5分程度。

 エナジードリンクは飲んだけど、それでもプラス30秒。


 (ボチボチ、奥の手使って突撃するとしますか! )


 水平に襲ってきた尻尾のパンチを垂直にジャンプしてかわし、続けて繰り出された4本腕の鋭い爪をマチェットと銃剣で弾き返した私は、手近な木の枝につかまり、そのしなりを利用して蛇モンスターの尻尾の射程外まで飛んで後退する。


 ジャシュッ! ジャジャッ! シュシューーーシュッ!


 私も焦っているが、アチラさんも何度攻撃しても獲物を捕まえきれないので、かなり苛ついているらしい。

 何となくだが、威嚇音にも乱れが生じているような気がする。


 「こっち来なっ! そろそろ決着をつけようじゃないっ! 」


 私は、そう言い放つと、既に刃こぼれも多くなり、切れ味の鈍ったマチェットを蛇モンスターへ投げつけた。

 身を捻ってかわされたので、命中はしなかったが、苛ついた相手に対する挑発行為としては十分だった。

 そんな挑発に乗っかって、蛇モンスターは一気に決着をつけるべく一直線に突っ込んできた。


 (良いぞ! こいこい! )


 私は蛇モンスターをしっかりと見据えながら、腰に装着していた多目的ベルトに手をやった。

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