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シデンVSオーガ 最後の決戦だよ!

 垂直に立つ炎の柱、その加勢は徐々に弱まりつつあったが、その代わりに冬の寒気で乾いた山の木々に燃え移った炎は次々に延焼を繰り返し燃え広がっていた。


 それまでは漆黒の闇の世界だった山中が、今は燃え盛る山火事の炎を受けて赤く照らされていて、昼間よりも明るくギラギラと眩しいほどである。


 もちろん、その明るさには高音の熱気が伴われており、山に生息するあらゆる生命を残らず焼き尽くす地獄の業火となるべく急速に拡大しつつあった。


 そして、この当り前の生き物ならば生きられるはずのない摂氏1000度を超える高温の中に動くモノの姿があった。

 それも2体!


 『こんな山の中で核撃魔法なんか使いやがって! 何考えてんだ! この薄汚い鬼野郎め! 』


 『ふん! あわよくば一撃で眷属諸共に消炭してやろうと思ったんだが、揃って逃げ足の速いヤツらだぜ。』


 燃え盛る炎を意に介することもせずに対峙するのは、“オオクチノマカミ” ことシデンと、かつては相良と言う名の高校教師だった一匹のオーガである。


 どちらも、髪の毛や体毛が逆立つほどの激しい熱風を受けていながら、身体中に微かな焦げ跡さえも作っていない。

 熱さなど微塵も感じていないようで、全神経は如何にして相手の息の根を止めるかにのみ集中していた。

 

 『うちの眷属むすめにちょっかいを掛けてたくせに、かまわずに焼き殺そうとするところが、野蛮な異世界流ってとこだな。』


 『ふん! あの女を死なすのは惜しい気もするが、自分の眷属を目の前で殺されたら、お前がどんな気持ちになるかってのを考えたら、そっちの方が面白そうだと思ったのよ。』


 『下衆め! そんな馬鹿げた趣向を満足させるために、あの弁当屋の夫婦をはじめ、いったい何人殺した? 』


 『ヒヒヒッ! いっぱい殺したぜ! 弱いモノを楽しんで殺すのは強いモノの特権だからな。オレたちの世界じゃ、当り前の常識だよ。』


 『ほほぉ~ ってことは、オレがお前を甚振りながら殺すのも、お前の世界の常識じゃ構わんってわけだな? 』


 シデンが口元を歪めて無慈悲に笑う。

 それを見たオーガは微かに身震いした。

 先刻、シデンの攻撃により失った右腕の傷が疼いたのかも知れない。


 『ぬかせ! 犬っころ! 』


 挑発に応えて先に動いたのはオーガ。

 シデンに罵声を浴びせるやいなや、残された左腕を真っ直ぐに伸ばし、その指先から山火事の熱を遥かに上回る超高温の熱線を発射した。

 この魔法技、ファンタジー的に名づけるならファイヤーアロー、もしくはファイヤーランスとでもすべきだろうか?

 その直撃を受けたならば、鉄筋コンクリート造りの超高層ビルでも一撃で倒壊してしまうだろうし、10万トンクラスの航空母艦の船体に風穴を開けることもできるだろう。

 それほどの威力ある攻撃、オーガにとっては先ほどの炎の柱同様に必殺の一撃だった。


 しかし!


 『ふん! 片腕落とされて泣きながら逃げ出したようなヤツの攻撃なんて、どうってことねーのよ! 』


 シデンはオーガの放った熱線を避けもせず、その鼻先で平然と受けた。


 プシューッ!


 と、空気を吸い込むような音と共に、熱線はシデンのシールドに絡め取られるようにして一瞬で無力化されてしまっていた。


 『ぐっ! 』


 自信を持って放ったはずの一撃を苦も無く打ち消されてしまったオーガは歯軋りして口惜しがった。

 格の違いを見せつけるような、余裕綽々な態度に腸が煮えくり返るほど悔しがった。

 しかし、今は戦闘中である。

 先に仕掛けて失敗したオーガは、シデンの反撃に備えて攻撃後には即位置を変えなければならない。


 『クソ! 犬っころのくせに! 』


 オーガは燃え盛る木々と土砂を巻き上げながら地面を蹴り、シデンの正面を避けて素早く左方向に回り込もうとした。

 だが、その動きはシデンに予測されていた。


 『左腕しか使えねーヤツなら、左方向へ逃げるだろうよ! バレバレなんだわ! 』


 そう言い放ったシデンは、眉間に深い皴を寄せながら短い息を一つ吐いた。

 途端に辺り一面が白い光に包まれた。

 山火事の明るさでさえも、その凄まじい光量の中に飲み込まれ、オーガの目は眩み自らの位置の把握もできずに混乱状態に陥った。

 

 ピシャーッ!


 空気を切り裂くような甲高い音が響いた後、その白い光は直ぐに消え去ったが、これに続けて巻き起こった雷撃の嵐が、シデンとオーガが対峙する半径100メートルほどの空間を襲った。

 まるで限定区域に対する絨毯爆撃である。

 数百本の雷が連続して山肌に突き刺さり、一帯が無酸素状態になってしまったことで、それまで10数メートルもの高さにまで吹き上がっていた山火事の炎が忽ちのうちに鎮火してしまった。


 『ふん! こんなもんかな。』

 

 オーガに向けてシデンが放った必殺の雷撃の威力であった。


 『さて、鬼っころはどうなった? 死んだか? 』


 シデンは、雷撃の残りカスで辺りの空気をパリパリと震わせながら、悠々とオーガの姿を探した。

 すると、


 『ほほーっ、未だ息があったとは驚いだぞ! 』


 雷撃で耕され捲れ上がった土砂に塗れ、辛うじて上半身を土の上に出して横たわるオーガの姿を認めた。

 その頭部は半分潰れていて、残っていた左腕は肩口から捥ぎ取られ、胸や腹の数か所に開いた穴からは血と肉と内臓がドロドロとはみ出している。

 オーガは、そんな有様になった自らの状況を、潰れずに残った片目で必死に把握しようとしているらしかった。

 その表情から察するに、既に敗北したことは理解しているようだが、だからといって生き延びることまでも諦めてはいないようであり、その目に宿る意志の力は消えていない。


 もちろん、シデンはオーガをこのまま放置しておくことはできないと思っている。

 異世界のバケモノの生命力は並大抵ではない。

 このオーガは使え無さそうだが、異世界には肉体の復元を可能とする回復魔法も存在するらしいので、この場で完全に息の根を止めておかなければ安心できない。


 だが、ここにきて、シデンは少しだけオーガと話をしてみる気になっていた。


 『おい! 』


 と、多少の威圧を乗せながら話し掛けてみる。

 紗耶香の無事は念で確認できているし、些細な邪魔が入ったようだが異世界の門の鍵の破壊は任せておいても大丈夫だろう。

 今後のことを考えれば、オーガの故郷である異世界の情報を少しでも多く得ておきたいと思ったのだ。


 『今まで人の命を虫けらのように踏み躙ってきた癖に、てめぇが殺されるとなると命根性が汚くなるのな。』


 オーガはシデンの声がする方向にゆっくりと顔を向けた。

 顔の左側が潰れているので顎関節も機能していないだろう。

 だから、音声を発するのはほぼ不可能と思われるが、オーガも念を操れるので会話はできる。


 『何とか言ったらどうなんだ? 』


 シデンは決してオーガに近寄ろうとはしない。

 ある程度の距離を保ちながら念を送っていた。

 死なない限り警戒は続ける必要がある。

 それがオーガと言うバケモノだった。


 『くそ! 諦めるつもりなんて無ねぇーけどよ、こんなになってしまったら。流石にもう殆ど望みは無ぇってことぐらいは分かってるぜ。だがなぁ、オレは手足が千切れても、両目が潰れたって泣き言は吐かねぇぜ。近くに寄ったら食いついてやる! 』


 『ちっ! 何言ってんだ? もう口も開かねぇくせしてよ。そう言ってること自体が既に泣き言、負け惜しみだってわかんねぇのか? 』


 『うるせぇ! 』


 オーガは身体の半分が機能していないにも拘らず、シデンに屈服する気は無さそうである。

 どう見たって、もう逆転の芽は無いはずだし、自力で動けないので逃亡も不可能。

 後はシデンが止めを刺せば終わりのはずだった。


 『なんか妙だな? 』


 死に際に意地汚いのはオーガの習性かもしれないが、どうも態度がわざとらしい。

 芝居がかって見えるのは気のせいか?


 妙と言えば、異世界の門を開くことがこのオーガの役目だったはずで、傷付いた身体で再戦を挑んできたこと自体が不自然な気がする。

 そんなことをする暇があったら、鍵を守らなきゃならないはず。

 このオーガが命懸けで最後の力を振り絞ったら、そう簡単に抉じ開けられない結界やシールドが張れるはずなので、こんな無駄に死ぬ必然性はないはずである。


 『もともと、血の気の多い種族らしいから、守るより戦いや殺戮に魅かれたのかもしれないが、果たして・・・ 』


 ふと、シデンは空を見上げた。

 何やら頭上に、それまでには無かった違和感を覚えてのことだった。

 ホンの微かだが、身体に及ぼす引力が変化したような気がして、その原因を直ぐには分かりかねたので、漠然とした気持ちで冬の夜の曇り空を見上げたのである。

 燻ぶる山火事の煙が邪魔だし、天気も曇り、つまらない冬の夜空だったが、見上げてから数秒の待つと、僅かな雲の切れ間から青白い月が覗くのが見えた。


 今日の空に浮かぶのは、細く輝く下弦の月なのだが・・・


 『?! 』


 それを見た瞬間、シデンは絶句した。

 オーガを瀕死に追い込んだ時点で得たはずだった勝利が、忽ちに吹き飛んでしまった。


 『てめぇ! やりやがったな! 時間稼ぎだったのかよ! 』


 死にかけで横たわるオーガに向かって怒鳴り散らしたが、返ってきたのは高笑いだった。


 『犬っころ・・・め! てめぇは・・・甘い・・・だよ! てめ・・・の負け・・・だよ! 』


 オーガの念は既に途切れ途切れ。

 止めを刺さずとも、その命は数分ももたないだろう。

 その残された僅かな時を使って、オーガは最後の悪態を吐こうとする。


 『鍵穴の地を・・・山ごと吹き飛ばす力を持・・・ながら、この島国・・・粉砕する力を持っている・・・に、それをやらない・・・何故だ? 犬っころめ? 』


 シデンは答えない。

 黙って奥歯を食い縛り、怒りに燃える目をオーガに向けている。


 『人を殺したくない・・・か? 山一つを吹き飛ばせば・・・その巻き添えで・・・何百万人が死ぬの・・・嫌か? 島国を沈めれば1億人が死ぬのが・・・嫌か? オレと戦った時も、力を加減したよな? そうでなければ・・・オレはもう・・・死・・・でた。そういうお前の甘さ・・・オレには有難い隙になった・・・さ。オレはお前に負けたが、これから先、お前はオレの同族・・・果てしなく戦い続けることになる・・・お前の甘さのおかげで、実現した、“世界融合” のおかげでな! 』


 オーガは言いたいことを言い終わってから、その目を閉じた。

 半分潰れた顔の中で片方だけ残っていた、その目が再び開かれることは無かった。

 かつて、相良と言う名の高校教師だった1匹のオーガが死んだのである。

 自らの野望こそ果たせなかったが、与えられた役目だけは果たすことができたと確信し、満足そうな笑いを残して死んだ。


 『くそっ! この野郎! 好き勝手なこと言いやがって! 』


 歯軋りしながら再び空を見上げたシデンの視線の先、雲の切れ間に2つの月が並んで輝いていた。

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