馬鹿の尻ぬぐいなんてしたくないのに~
このまま進むべきか? 出直すべきか?
不意に遭遇したノヅチのおかげで、2分少々のロスタイムが発生しているし、シデンの鼻が麻痺してしまい正確な現場の位置を測れなくなってしまった。
最短でギガスと先行している同業者に追いつこうとの目論見は崩れ去った。
『出直してくるのも良いが、例のお馬鹿な連中は全滅するかもしれんぞ? 寝覚めが悪くならん? 』
「そこなんだよね~ 犠牲者いっぱい出たら、せっかく私を頼りにして今回の案件の情報をくれた汐見さんに申し訳ないし。」
そもそも、どんなに馬鹿で不愉快な連中であっても、死ぬかもしれない状況で放置して見殺しにするのは人としてどうなのか? という道義的な問題が目の前に突き付けられているわけだ。
「シデン、さっきまで向かおうとしてた方向は分かるの? 」
『そのくらいなら分かる。ここから直線で移動すれば辿り着ける。』
それなら、行くしかないだろう。
直線で移動する途中の道程が、どんなになってるか分からないけど、シデンなら行ける。
最悪、私が立ち往生したら、シデンだけで突撃してもらって、ギガスを蹴散らすくらいしてくれたら、馬鹿どもが全滅することだけは避けられる。
「しゃーない、行くわ~ 」
『んじゃ、遅れるなとは言わんが、なんとかついて来いよ。』
「うぃ~っす~ 」
早速シデンが走り出したので、慌てて後を追った。
道を選ばずに、ひたすら最短距離を一直線で走るのだから、もう足場なんか最悪である。
岩や大石がゴロゴロしてるし、所々地面がブヨブヨしてるし、剥き出しになった木の根に足が引っ掛かりまくる。
そして、とにかく急斜面なのである。
途中で殆ど垂直に近いんじゃないかと思うほどの壁を必死でよじ登ったりもした。
「死ぬ・・・も・・・最悪。」
そんな悪条件のルートをシデンは物ともせずに進んでいくが、流石に私には荷が重い。
当初、7~8分で到着できるはずが、既に15分以上は経っているので、モタモタしている場合では無いと分かってはいるのだが・・・
だから、先行するシデンの姿が見えなくならないよう、精一杯急いではいる。
でも、私の脚はオフロード仕様にできていないので限度がある。
『だらしねーなぁ。』
何度目かの急斜面を登り切った先に森が開けて平坦になった場所があって、そこでシデンが私の到着を小馬鹿にしたような顔で待っていた。
「しょうがないじゃないっ! 400万年前にご先祖様が木から降りてサバンナを二足歩行してからずっと、人間は平地の生き物なのよっ! 」
それだけ言い切ると、私はハアハアゼイゼイ荒い息を吐きながら地面に膝を落とし両手をついた。
常人を超える体力と腕力と脚力を身に付けている私だが、流石にこの強行軍は過酷過ぎた。
「こんなん、熊や鹿だって絶対無理だって! 」
『でも、なんとか到着できてんじゃん。普通の人間なら1時間以上掛かるとこ10分そこそこで登り切ったぜ。』
「え? そなの? ってか、ここが目的地? 現場なの? 」
誰もいないし、ギガスの姿も見えないが、ここが目的地というならば、私は直線ルートを見事踏破したということで良いのだろうか?
熊や鹿なんかよりも私の方が凄いってことで良いのだろうか?
思わず歓声を上げそうになって思い留まった。
私は山登りのタイムを競ってたわけじゃない。
目的は人命救助だったわけで、
「あの馬鹿連中はどこよ? ギガスは? 」
私の問いに、シデンは鼻先で私の真正面に生えている雑木の根元を指した。
「あ? 」
あまり見たくなさそうなモノが、そこにあった。
私は一つ大きな溜息を吐いてから立ち上がって膝の汚れを払い、そこに見えたモノが何なのか確かめるべく歩み寄った。
「ああ、こりゃダメだわ。」
最初に目についたのは真新しい血の付いたシャツの袖だが、
「中身入ってるねぇ。」
『ああ、引き千切られたか、叩き落されたって感じだな。』
腕ごと切断されたシャツの袖だった。
「こりゃ参った・・・他には? 」
シデンが7か所ほどを連続して鼻先で指してみせたので、一応全てを確かめてみたところ、衣服や荷物の一部、折れた猟銃、山刀などが見つかった。
そのうちの3か所では人体の一部が一緒に残っていた。
手の指、髪の毛の付いた頭皮、どの部位だか良く分からない血塗れな肉の塊などである。
全身残った遺体は見当たらないが、
『そういうのは獲物としてギガスが持って行っちまうから、残ってなくて当り前。』
だそうである。
そして、改めてこの平坦地全体を見回してみると、大人数が争った形跡がそこら中に残っていた。
地面は万遍無く踏み荒らされているし、木の幹や草の葉に飛び散った血痕も彼方此方に見える。
(こんなの見たら、3年前の私なら卒倒してたよね。)
今も決して良い気分ではないが、取り乱したりはしない。
この3年、幾つもの修羅場を経験したおかげで耐性がついてしまった。
喜ばしいことではないが、この仕事を続けるに当たっては必要なスキルの一つである。
「ギガスの死骸とかは無いの? 」
『無いな。』
「ってことは? 一方的にやられたの? いくらなんでもデタラメ過ぎでしょ? 仮にもB-HUNTERのライセンス持ってたのよ? そんなんで良いの? 有りえんの? 」
殺されて可哀そうとか、悲惨だとか思う以前に、腹の中に怒りが沸き起こってきた。
昨日、私を相手に散々イキって、女だからと馬鹿にして、セクハラ発言しまくりだった癖に、
「いっちょ前の格好してギガスの一匹も殺れねーのかよ! なっさけない! 」
この怒りを何処へ向けるかだが、
「腹の虫が収まるかどうかはわかんないけど、ギガスを皆殺しにするしかないよね。」
腰のマチェットとナイフを確認。
バックパックに差したボウガンを取り出し、ボルト(矢)を装填した。
『臭いを辿るのは未だ無理だが、こんだけ足跡がついてりゃ、追跡は楽勝だぜ。』
シデンがギガスの足取りを見付けたようだ。
『靴の後も残ってるぞ。一人分だけだが逃げたみたいだな。ギガスが後を追ってる。』
それを聞いた私は、
「チッ! 」
と舌打ちし、それ以上は生存者については触れず、
「んじゃ行こうか。シデン、先行して。」
そう言ってからシデンの後ろに続いて歩き始めた。
前方の警戒はシデンに任せ、私は両側面と背後を担当する。
左手でボウガンを水平位置に構え、右手はマチェットのグリップに添え、周囲に気を配りながら慎重に歩を進めた。
逃げたという一人が、未だ無事でいるとは考えられない。
森林での活動に慣れたギガスに追われたら、ノロマな人間が長い時間逃げ切れるわけがない。
だから、私は生存者の救出ではなく、頭を切り替えて純粋に害獣駆除に専念することにしていた。
(全然納得はできないけど、あのクソ馬鹿野郎たち、仇ぐらい取ってやるわよ。)
ということで、肝心のギガスだが、人間狩りがひと段落し、満足して引き上げてしまっているという可能性はあるだろうか?
(その点なら大丈夫でしょ。)
今、私たちがギガスのテリトリー内、ヤツらのコロニーの近くにいるのは間違いない。
そして、私たちにはノズチの体液を浴びた臭いが染みついて残ったままである。
野生の生き物なら、離れた場所からでも十分に嗅ぎつけられるだろう。
強烈な臭いを発するナニモノかが接近してくること、それが自分たちのコロニーの周辺をウロウロしていること、ギガスは気付いているに違いない。
そして、接近してくるモノの正体を確かめようとするだろうし、既に確かめ終わっているのかもしれない。
人間の女が一人と狩猟犬のみ、そう思ってくれていたらラッキーである。
ヤツらは、こっちを舐めて絶対に狩りにやって来る。
人間は男よりも女子供の方が肉は美味いらしいから、そんな獲物を見逃すはずがない。
(そうしてくれたら、探す手間がはぶけて良いわ。)
よって警戒は怠らず、できる限り姿を隠すことなく進まなければならない。
ここで厄介なのは、足跡が森の中に続いていること。
再び見通しの悪い森の中に入らなければならないわけだが、こっちはシデンの鼻が利かないので目と耳と、あとは直感が頼りである。
(接近されるまで分かんないから、奇襲受けやすいのよね。)
木々の間に潜んで、飛び道具を使ってくるかもしれない。
(飛び道具ったって投石ぐらいだろうけど。)
たかが投石と侮るわけにはいかない。
ギガスの巨体と腕力は北海道のヒグマ並みと聞いたことがある。
そんなバケモノの投石なら、戦国時代とかに使われていた大砲と変わらない威力があるかもしれない。
直撃されたら身体に穴が開くぐらいじゃ済まない、バラバラである。
だから、いつでも迎え撃てるような体勢を整えて進まなければならない。
初撃をかわすのは必須、相手の位置を掴んだら即時反撃である。
ギガスの群れの中に飛び込んで、ひたすら位置を変えまくっての接近戦に近距離射撃戦を織り交ぜて暴れまわる。
そして、ギガスの数は10匹もいるらしいから、絶対にやってはいけないことは一か所に足を止めての撃ち合い。
そんなことしようものなら、囲まれて四方から投石を受ける羽目に陥ってしまう。
『ピンチになったら、オレの熱線で森ごとギガスを焼き払ってやるから安心しろ。』
「いや、それはダメでしょ。」
シデン自慢の火力に手加減という機能は無い。
強・中・弱と大雑把な調整はできるようだが、弱でもスカイツリーぐらいなら倒壊させられるだろう。
そんな戦略兵器を、ジャングルのゲリラみたいなギガス相手に使ったら、昔のベトナム戦争の記録映画なんかで見る無差別ナパーム爆撃みたいな洒落にならない絵面が出来上がってしまう。
『効率悪いなぁ。』
「そういう問題じゃないでしょ。」
そんな馬鹿みたいな会話を交わす際にも決して警戒心を緩めるようなことをせず、私たちは進んだ。
ゆっくりした移動速度だが、ギガスの姿を求めて、そのテリトリーのド真ん中を目指していた。
と、その時、
『何やってんだあいつ? 』
シデンが何かを見付けた。
そして、私にも見てみろと合図をした。
「どうしたの? 何よって! えぇっ! 」
今、私たちがいる辺りは緩やかな傾斜地だったが、前方に20メートルほど下った所に半径3メートルほどの小さな窪地が見えた。
そして、その中に人影がある。
「生存者? 生きてる? 」
足を怪我しているらしく立ち上がれずにいるが、未だ生きてはいる。
手に打撃系の武器らしきモノを携えているので、それでなんとかギガス相手に戦って生き延びたのかも知れない。
信じられないが、生きているならばそういうことなのだろう。
そいつが、私たちの接近に気付き、大声で叫んだ。
「うぉーい! たすけてくれぇーっ! たすけてくぇーっ! 」
半泣きだが森の中に木霊するほどの大声である。
『何考えてんだ? こんな切迫した状況であんな大声出すか? 』
「馬鹿なんだから、しょうがないよ。」
だが、生きているのなら助けざるを得ない。
知らんぷりして放置するわけにはいかない。
「行くよ! 」
私とシデンは20メートルを一気に駆け下り、窪地の中に滑り込んだ。
「あ、あんたは昨日の? 」
もちろん生存者の男は私を憶えていた。
私の方は馬鹿どもの顔など憶えていなかったが、この男があの場にいた一人なら、私かシデンにぶちのめされた一人であるに違いない。
こんなところで、昨日の嫌な話など思い出したくも無いので、私は声に怒気を込め、
「余計なことを言わなくって良い! 他に生存者はいないの? 」
と、男を気迫で抑えつけた。
男は黙って首を左右に振った。
首を振りながら、ウッ! と呻いて鼻を手で覆ったが、ノズチの臭いに気付いたのだろう。
「なんだい? このスゴイ臭い? 汲み取り便所にでも嵌ったか? 」
この状況で、つまらないことを気安く話し掛けてくる男に腹が立ったので、
「余計なこと言うなって言った! この状況だけ説明しろ! 」
声にドスを利かせ、男を睨みつけてやった。
すると、男は喉をヒクつかせながら忽ち真っ青になって、オドオドしながら口を開いた。
「み、みんな死んじゃったよ。」
「みんなって何人よ? 」
「オレ入れて、じゅ、13人。」
尋問口調で攻めたら、サクサク答える。
この男、性根が座ってないし、どうしようもないほどの小者らしい。
「そんなにいて、ギガスの1匹も殺れないで全滅したの? 呆れた! 」
「だって突然、大勢に取り囲まれたんだぞ! オレは一人だけ生き残ったけど、バケモノに追いかけられて、途中で足をやられて動けなくなって、そ、そんでオレのことバケモノの一匹が抱え上げて、ここに放り投げたんだよ。」
「え! なにそれ? 」
この男、自力でこの窪地に逃げてきたわけではないらしい。
手にアックスを握っているが、血はついておらず、戦いに使った形跡はない。
「ちょっと待って! ギガスたちは、あんたをココに放り込んでから何処行ったの? 」
「知らない。いつの間にか消えてた。」
獲物に怪我を負わせ、動けないようにして一人だけ残しておくことの意味!
それは後続する仲間が助けに来ることを狙った罠に決まっている!
せっかく援軍がやってきても身動きできずにいる仲間を抱えていては、足手纏いになって戦うことも逃げることも儘ならなくなるという、定番の罠。
『おい! やべーぞ! 』
シデンが周囲に続々と集まってくるモノたちの気配に気づいた。
もちろん、私だって気付いている。
この期に及んで気付かずにいるのは、罠に仕掛けられた餌であるところの馬鹿な男だけ。
(なんてこと! )
この男を見捨て、私とシデンが勝手に動いて戦うのならギガス相手でも負ける気はしない。
だが、それができないならば、この窪地を守って戦うしかない。
つまり、2対10の劣勢で絶対に陥ってはいけないこと、
(おいおい! 正に一か所に留まって周囲を敵に取り囲ませちゃってるでしょ! )
昨日に引き続き、クソで馬鹿な男どもが私に祟り続ける!
「もーっ! アッタマきたーっ! 」
私の絶叫が森の木々を揺らした。
そして、次の瞬間!
おそらく、常人の目には絶対に留まらないであろう早業を以って、私はボウガンを構えて2本のボルトを連続して放っていた。
ギャッ! ギョッ!
木々の枝葉の向こうから鈍い悲鳴が聴こえた。
放たれたボルトは、木の枝を伝ってまもなく窪地の真上に達しようとしていた2匹のギガスのうち、1匹は顔面、もう1匹は首を正確に貫いていたのである。
「よしっ! 」
この直前、私の視界の端を2匹のギガスがホンの一瞬だけ過っていた。
この窪地を頭上から襲うつもりで近付いてきたのだろうが、ボウガンの射程内で私に見つかったのが運の尽き。
何度も言うが、“諸事情” により女性(人間)の数十倍の動体視力と反射神経を授かっている私は、一度捉えたターゲットは絶対に逃がさない。
ズザザザーッ! ドンッ! ドシャッ!
頭から真っ逆さまに地面に落下した2匹のギガスは即死だったようで、窪地の縁近くで不自然に身体を折り曲げたままピクリとも動かなくなった。
「まずは2匹! 」
落ちてきたギガスを間近で見てみると、確かに全身緑色で体毛は無く、その顔付きはマントヒヒに似ている。
今、目の前で死んでいる2匹は共に身長は約3メートル以上、体重は300キロ前後もありそうで、記録に残りそうな超大物である。
こんなヤツらが周囲をぐるりと取り囲んでいるらしい。
「こんの裸の大ザルども! B-HUNTER舐めてんじゃねーぞ! 」