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えっ! 鬼って? マジの話しだったの?

 小鬼が一斉に動いた。


 それぞれが手にした凶器を構え、振り回しながら、相良の車を背にして立った私を三方から取り囲んで袋叩きにしようというのだろう。


 (そうはいくか! )


 まずは真っ先に飛び掛かってきた1匹を摑まえた。

 上下繋がった厚手の作業着姿でサバイバルナイフを持ったヤツ。

 身長は私と同じくらいだが、筋骨ガッシリとした格闘家タイプの小鬼である。


 だが、


 (動きがノロイ! )


 一撃で私を仕留めようと勢いよく突っ込んできたのだろうが、加速した思考速度の前ではスローモーションである。

 簡単にナイフを持った右手首を掴んで180度捻り上げてやった。


 ギキャーッ!


 動物園の猿に似た悲鳴を上げた小鬼の右手首は瞬時にして複雑骨折。

 続いて手首を掴んだまま右足で腹部を蹴り上げた。

 

 ゲッ!


 汚い息と胃液を吐き出した小鬼は身体をくの字に曲げ、蹴り上げた私が意外に思うほど高く飛んで、後続の小鬼1体と衝突した。

 2匹とも倒れたまま起き上がってこないので、揃って脳震盪でも起こしたのだろう。


 だが、ここで息つく暇はない。


 キシャッ! ギギッ!


 甲高い叫びと共に、お次の攻撃は左右から。

 2匹とも警棒を振り上げて同時に殴りかかってきたが、こいつらの動きもノロくて丸見え。


 「フン! 」


 と、腹筋に力を込めて左足の足刀を伸ばすと、命中と同時に棒切れをへし折ったような手応えがあった。

 見なくても分かる、左から襲ってきた小鬼は、この一撃で背骨が断たれて立ち上がれなくなったはず。

 そして、右から襲ってきたヤツには、直前に手首をへし折った小鬼から奪い取っていたサバイバルナイフを突きつけた。


 ブズッ!


 柔らかな肉の塊に刃物が突き刺さる、生まれて初めての感触。

 さしたる抵抗感も無く、まるでナイフが吸い込まれるような不思議な錯覚を覚えた。

 そして気付いた時には、刃渡り20センチ以上もあるサバイバルナイフが小鬼の胸元に深々と突き刺さっていた。

 ごく自然に、何も考えず、流れるように身体が、そして右腕が動いた結果である。


 ウガーッ!


 低く籠った呻き声。

 それを聞くと同時に生暖かい飛沫がナイフを握った右手を濡らすのが分かった。


 (刺した! 小鬼を刺した! )


 その事実は直ぐに認識できた。

 これは、私が生まれて始めて生き物にナイフを突き立てた瞬間。

 生き物を殺す意図を以て、明確な殺意を込めて放った一撃だった。


 (・・・意外。)


 私の心は静かだった。

 動揺することも無く、嫌悪感や後悔も無く、丸めた新聞紙でゴキブリを叩き潰した時ほどのショックも受けていなかった。

 極めて穏やかで、冷静に、この衝撃的なはずの事実を置き去りにして、次に取るべき行動に移る余裕があった。

 

 「んしょっ! 」


 突き刺したナイフを抜かず、力任せに真横に払った。

 ナイフのグリップを通して伝わってくるのは、硬い肋骨を断ち割る抵抗感。

 噴水のように吹きあがった血飛沫が私の右半身をどっぷりと濡らしたが、それを拭うこともせずに次の迎撃態勢を取る。

 

 ガツン!


 と、鈍い音がして、目の前に白い星が飛んだ。


 「後ろかっ?! 」


 1匹の小鬼が相良の車を飛び越えて、私の背後から頸椎の下辺りに警棒の一撃を入れたのだった。

 動きが見えていたら絶対に食らわない一撃だったが、死角に回り込まれたらどうしようもない。

 それを考慮して車を背にしたのだが、すばしっこい小鬼相手には不足だったらしい。


 (肩の骨にヒビくらい入ったかな? )


 目の前がチラついたぐらいで、頸椎に異常は無さそうである。

 だが、警棒の先端部が強く打ち付けられた右肩に激しい痛みと痺れが残った。


 「コノヤローっ! 」


 私は咄嗟にサバイバルナイフを左手に持ち替え、一撃をくれた小鬼の眉間を捉えると、お返しとばかり、ほぼ垂直に頭蓋骨を貫いてやった。


 もちろん、その小鬼は即死。

 それでも、私に動揺は無い。

 感動や達成感も無い

 淡々と仕事をこなす感じだった。


 (おっと、抜けない! )


 小鬼の眉間に根元まで刺さったナイフは、背面の鋸刃が頭蓋骨に引っ掛かっているのか、すんなり抜けそうになかった。

 しょうがないのでナイフは置き捨てにし、次の相手は拳で迎え撃つことにした。


 (・・・おや?! )


 小鬼が仕掛けてこない。

 いきなり半数が倒されたので、小鬼も警戒しているのだろうか?

 間合いとタイミングを計っているようで、迂闊に飛び掛かってこようとしなくなった。


 残りの小鬼は5匹。

 始めに倒した3体は殺していないが戦闘不能っぽいので、これは戦えるヤツの数である。


 (ここに相良が加わるんだよ! )


 これが最難関なのである。

 場が混乱したら、相良は放っておいて、汐見さんを抱えて一目散に駆けだそうとしたのだが、


 (まだ、乱戦って感じじゃないよ! こんな間が開いちゃったらダメでしょ! もっと続けて掛かって来てくれなきゃ! )


 小鬼たちは私の思惑通りに動くほど馬鹿じゃなかったみたいである。

 本能の赴くままに暴れまわるケダモノみたいなヤツらと勝手に思っていたが、意外に考えて動くタイプだったのかもしれない。

 今、こちらの動きを見守って慎重になっている小鬼たちの囲みを破るのは手間が掛かりそうだし、無理矢理破って逃げ出したら一斉に追撃に移るだろう。


 そして、相良が動かないわけがない。

 私をシールドの外に出せばシデンがやって来るだろうから、それは避けたいはず。


 「チッ! 」


 舌打ちしながら、相良の様子をチラと伺った。

 すると、


 (なんか、様子が変? )


 さっきから離れたところで余裕をかましながら、私と小鬼の戦いぶりを見物していた相良の様子がおかしい。

 何か慌てたような素振りで、空を見上げている。


 (相良が慌ててるって? )


 小鬼を十分に警戒しながら、私も相良が見つめる南側の空に目を向けた。

 すると、ここに着いた時には雲の隙間からポツポツと星も見えていたはずの南側、東京湾上空の夜空に、今は分厚い雲が掛かっていた。

 真っ黒に染まった真綿のような雲である。

 それが渦巻きながら、大した風も吹いていないのに、まるで意志を持っているかのように、徐々に陸地に向かって、私たちがいる埠頭を覆うべく近づいて来ていた。

 

 (もしかして、あれって? )


 私の心の中で、ある期待感が膨らんできた。


 その途端!


 一本の光の筋が雲の中央から真っ直ぐに海上へと延びるのが見えた。

 少し遅れて、


 ゴゴゴ!


 と、辺りの空気を揺るがす低い雷鳴が響いてきた。


 「なんで? シールドは完璧だったはず! あの犬っころは、オレが付けといた臭いを辿って明後日の方向に向かってウロウロしてるはずだったのに! 」


 相良が悔しそうに呻いた。

 一人称が気取った “僕” から “オレ” に変わっている。

 

 (やっぱり! )


 間違いない! あれはシデンだ!


 黒雲と雷鳴なんて、ベタ過ぎる演出効果で、普段なら引いちゃうけど、今なら “神さま” だって認めてあげても良い。

 この状況で現れてくれるのなら、シデンは正しく “救いの神” なんだから!


 「フン! 鬱陶しい犬っころめ! 何度も何度も邪魔しに来やがって! だがな、今のオレは、これまでとは違うぞ! 」

 

 既に相良は、私と小鬼の戦いなんてどうでも良くなっている様子。

 ヤツの全神経は雷鳴を轟かせながら接近してくる黒雲に向かっていた。

 シデンを迎え撃つ気でいるらしい。


 「あんたがどんなに強くったって、シデンに適うわけないじゃない! 」


 実のところ、シデンの戦っているところは見たことが無い。

 でも、私は知っている。

 相良の強さを感じ取った時と同じように、シデンの強さも感じ取れている。

 自慢げに語るから、知らんぷりしてやってたけど、シデンは強い。

 たぶん、一国の軍隊が束になって掛かったところで、シデンには敵わないだろう。

 相良も強いが、おそらく桁が違う。


 「今までなら、そうだ。だが、これならどうだ? 」


 そう言って相良が取り出したのは魔力結石。

 私から奪い取ったのとは色や形が微妙に違うから、もう一つのアフリカ産ってヤツじゃないだろうか。

 相良はニヤリと笑いながら、それを口に放り込んだ。


 「え? 食べっ?! えーっ! 」

 

 相良がとんでもない行動に出た。

 シデンのとは違うけど、同じ魔力の塊なら、こっちも日本列島を海に沈めるだけの力があるに違いない。

 それを、相良は飲み込んでしまったのだ。


 「うっ! ぐぁっ! ぐぉーっ! 」


 相良の叫びは苦痛に満ちていた。


 そりゃそうだろう。


 魔力結石はエネルギーの塊であり、そんなモノを飲み込んで、腹の中で解放されたなら、大爆発を起こして吹き飛んでしまう。

 もちろん、日本列島が沈むくらいのエネルギーなのだから、爆発するのは相良だけじゃ済まない。

 私も、東京都民も、日本列島に住む全国民ごと消滅してしまうだろう。


 「冗談じゃないわ! 」


 ところが!?


 初め苦しんでいた相良の叫びは高らかな笑い声に変わっていた。

 しかも、いつの間にか相良が発しているのは声ではなくなっていた。

 シデンと同じ、頭の中に直接響いてくるテレパシー的な超能力音声に切り変わっていた。 


 『漲る! 漲るぞ! 今のオレなら皇帝も殺せる! 』


 絶叫する相良の外見が、見る見るうちに変わっていった。

 なんと、相良は魔力結石の解放された魔力を吸収してしまったらしい。


 「なにコレ? メタモルフォーゼっての? 」


 呆然とする私の目の前で、相良の姿が見たことも無い生き物に変わっていく。

 ゴキゴキと不快な音を立てながら全身の筋肉が膨張し、瘦身だった体系がボディビルダーみたいな体系に変化していった。

 180センチほどだった身長も優に2メートルを超えるほどに巨大化し、身につけていた衣服は千切れ飛んでしまった。

 肌の色は赤黒く変わり、髪の毛が逆立ち、口元には野生の肉食獣のような牙が覗いている。


 高校では女子生徒に大勢のファンがいたほどの好漢だった相良先生の面影は完全に消えてしまっていた。


 そして、最も強烈な変化は!


 「角? こいつマジ鬼だった?! 」


 おそらく相良の種族の最大の特徴なのであろう。

 額の両脇から、牛のような太くて鋭い角が生えていた。

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