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どうせ、悪夢は覚めないんだし・・・

 私の足元に転がされ、遠い街灯の薄明りに照らされた汐見さんの姿は、見るも無残な有様だった。

 顔の半分が黒ずんで腫れあがり、目も開けられない様子。

 右手と右足の関節がいけない方向に曲がっているし、ビリビリに破かれた上着とワイシャツの切れ目からギザギザに避けた深い傷口が覗いていて、そこからドクドクと真っ黒な血が溢れ続けている。


 その名を叫んで抱きかかえた時、顔に耳を近づけたら辛うじて呼吸が続いている音が聴こえたので生きているのが分かったものの、見た目だけならば死んでいるとしか認識できないほどの酷い状態であった。


 「そこのコンテナの陰でバッタリ会っちゃってさ、覗き見なんてしてるから懲らしめてあげたんだよ。もしかして、神月さんの知り合いだったぁ? 」


 その言い様、ふざけている!

 ナツキの時と同じ、人一人を瀕死になるまで痛めつけておいて、よくそんな軽口が聞ける!


 「洲崎っ! また、やりやがったな! 」


 相良と違って、須崎は人間だろうに!

 人を傷つけ命を奪うことに躊躇いが無いどころか楽しんでいるなんて!


 「バケモノめ! 」


 須崎を人間だと、元クラスメイトだと認識するのは最早不可能!

 こいつは相良や小鬼と一緒のバケモノだ!


 「許せない! 」


 汐見さんの上体を抱えながら、怒りと憎しみと蔑みと、私の中にある全ての負の感情を洲崎に向けたが、それは須崎バケモノの倒錯した神経では “ご褒美” でしかないらしい。


 「ああ、たまらないよ、その目、その顔。憎しみと怒りに燃えたキミを、僕の手で抱きしめられるなんて最高だ! キミがこれ以上無い屈辱の中で悶え苦しむ姿が見れるなんて、僕はなんて幸せ者なんだ! 」


 相変わらずの気狂いめいたセリフ!

 こんな異常者が、ほんの少し前まで人間として、クラスメイトの皮を被って同じ教室で机を並べていたなんて信じられない!

 須崎にとっても友だちだったはずの大勢の仲間を手にかけ、ナツキを傷つけ、そして今度は汐見さんまで!


 「どうせ、そのオッサン、もう助からないよ。そんなの放っといてさぁ~ 僕と遊ぼうよ~ ヒヒヒッ! 」


 下卑た薄ら笑いを浮かべ舌なめずりしながら、洲崎が私に近付いてくる。

 圧倒的強者の相良がいて、周囲をその部下が取り囲み、しかも傷ついた汐見さんを抱えていては身動きが取れない。

 私がそんな追い詰められた状態にあることを確信した洲崎は、自身の欲望を剥き出しにして、私を凌辱すべく近付いてきた。


 (くそっ! なんで、こんなヤツに・・・こんなヤツに私が犯られなきゃならないの? )


 こいつのせいで高校の先生や生徒が沢山殺されたのに?

 クラスメイトが大勢殺され、親友のナツキが傷つけられ辱められたのに?

 “あじさい” のオジサンやオバサンや仁太くんも殺されたのに?

 そして、私を助けようと追い掛けて来てくれた汐見さんも・・・

 こんなに沢山の人を殺した憎い最低のヤツなのに、どうして私は屈服して犯されなきゃならないのか?


 (私が犠牲になれば誰も殺されなくなるの? この悪夢は終わるの? )


 終わるはずがなかった。

 悪夢は続く。

 相良や洲崎が生きて在る限り、こいつらは人を殺し続ける。

 私が魔力結石を渡しても、私が無抵抗で凌辱されても、それはそれだけのこと。

 こいつらが人殺しを止める理由にはならない。

 こいつらは人を殺すのが好きなのだ!

 人が苦しむ姿を見るのが好きなのだ!

 相良は異世界のバケモノだから当然のこと。

 生き物を殺して、その強さと残虐性を誇る弱肉強食を是とする異世界の住人だから。

 洲崎は人間のはず、人間だったはず。

 しかし、いつからかは知らないが相良と共に行動し、異世界の残虐性に魅了され、感化され、バケモノになったのだ。

 こいつらと一緒にいる小鬼たちだって似たようなモノ。

 人を殺すこと、人を苦しめることに喜びを感じる連中に違いない。

 何故なら、それは奴らが住む異世界では罪でも何でもなく、日々繰り返される当り前の娯楽なのだから。


 (そんな、ふざけた常識を、こっちの世界に持ち込みやがって! )


 私の大切な人、親しい人、偶々私の傍にいた人、彼らが殺されたのは私のせいだし、傷つけられたのは私のせい。

 それを責められるのが怖くて、もう人が死んだり傷ついたりするのを見たくなくて、自分に齎された力を放棄してまで、現実から逃避しようとしていたのに、全てが無駄になってしまった。


 悪夢は覚めなかったのだ。


 たぶん、これからも私のせいで人が大勢傷つき、大勢殺されてしまう。


 でも、これは、


 「・・・お前らのせいでも、あるんだよなぁーーーーっ! 」


 その叫びと共に激しい衝動が私の全身を駆け巡り、手足の先端、頭の天辺から一気に突き抜けた。

 その一瞬の後、私を縛り付けていた感情的な拘束が解け、心の中にあったしがらみかせが意味を為さなくなった。


 洲崎を殺してやる!

 相良を殺してやる!

 私の大切な人が殺されないために!

 異世界の侵略者は皆殺しにしてやる!


 (私のせいで殺されてしまった人たちには、今更どんなに謝ったって遅いけど・・・これから先、私の甘さのせいで殺される人は一人も出すもんか! )


 亡くなったクラスメイト。

 “あじさい” のオジサンやオバサン。

 仲良しだった仁太くん。

 皆の在りし日の姿が頭を過った。

 胸が苦しくなり、涙が滲んだ。

 それでも、私は動いた。

 自分の意志で動き出した。


 「お前らが殺した大勢の人に、お前らは死んで詫びろ! 私のせいで死なせてしまった人に、私はお前らを皆殺しにした後で地面に這い蹲って詫びてやる! 」


 荒川河川敷のグラウンドで洲崎に対した時以来、2度目のリミッター解除。

 忽ち全身に力が漲り、通常時でも常人を上回る思考速度が一段と加速した。

 それと共に周囲を取り囲んでいる風景と小鬼たちの動きが、まるでスロー再生の映像を見ているようにノロマになった。


 それはもちろん洲崎も一緒。

 油断丸出し、性欲剥き出し、股間を固くして近寄って来たのだから、突然の私の逆襲に対する備えなんてできるはずがない。


 「洲崎っ! お前が最初に死ねっ! 」


 そう叫んでから、私は汐見さんの身体を地面に静かに横たえ、立ち上がると1歩前に踏み出し、洲崎の前に出た。

 そして、右手で洲崎のマヌケ顔を鷲掴みにし、そのまま抵抗する間も与えずに持ち上げると勢いをつけて振り回すようにして相良の車のフロントガラスに向かって投げつけた。

 私の手の大きさじゃ男の顔を覆うことはできないので、最大限の握力で頬骨に指が突き刺さるほどに強く握りしめてやった。


 グワッシャーッ!


 オンボロ車のフロント周りが、須崎の全体重を叩きつけられて破壊され、静かだった埠頭の一帯に鈍く重たい音が鳴り響いた。

 私の、この一連の動作に1秒も掛かっていない。

 人間技では有り得ない。


 「お前らは異世界のバケモノなんだろうけどな! 私だって、こっちの世界のバケモノなんだよ! 」


 粉々に砕けたフロントガラスの奥に転がっている洲崎を横目にして、速やかに戦闘態勢に入った私は襲い掛かってくるであろう敵に対して身構えた。


 グルルルーッ!


 戦闘態勢に入った私の周りで、人には有り得ない獰猛な唸り声が響いた。

 まるでケダモノの声である。

 人の姿をしていても小鬼は異世界のバケモノ。

 その凶暴性は、元人間だった洲崎の比ではないだろう。


 (そんなんどうでも良いわ! 片っ端からぶっ飛ばしてやる! )


 薄暗い夜の埠頭だが、リミッター解除された私の視界は極めてクリア。

 線香1本分ほどの光源さえあれば昼間と同じに目が利くので、小鬼の動きを見逃すことは無い

 シデンからのいただきモノとは言え、そういうトコは殆ど野生の獣みたいな能力である。


 ガキン! ガチャ! カチッ! ザッ! ジャッ!


 小鬼たちの手元から連続して発せられる音。


 (ふん! 流石に素手ってのは無いよね。)


 昭和のヒーロー番組じゃあるまいし、下っ端の戦闘員が徒手空拳で掛かってくるなんて有り得ない。

 小鬼たちの手には、伸縮式警棒や大型ナイフ、マチェットなど、見た目厄介な武器が握られていた。


 (でも、飛び道具は無いみたいね。)


 こん棒や刃物なんて当たらなければどうということも無いが、流石に飛び道具を相手にするのは難しいので、それが無かったのは幸い。


 それと、やっぱり気になるのは相良の動き。

 最初にヤツが動いたら万事窮す。

 乱戦に持ち込むどころか、一瞬で終わってしまう。


 (動かないな? 何考えてんだろ? )


 相良は車を降りてから後ろに下がって距離を取り、腕組みしながらこちらを見ているだけ。

 洲崎をぶん投げた時も手を出そうとはしなかった。

 小鬼たちの手際に全幅の信頼をおいているのか、自分が出ていくタイミングを狙っているのか?


 (どうせなら、暫くは見てるだけでいて欲しいけど。)


 そんな都合の良い展開は望めないだろうが、私がこの場を搔きまわすまで動かずにいてくれたら・・・

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