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私は戦えるの? 戦うつもりなの?

 「シデン、助けてお願い! また私のせいで人が殺されちゃう! 」


 自分ではどうすることもできない。

 今し方、見せつけられた相良との圧倒的な力の差はどうしようもない。

 戦うことも逃げることもできない。

 たぶん、車のドアを開けて飛び降りることもさせてくれないだろう。

 私がリミッター解除した速度で動いても、簡単に片手一本で引き戻されてしまうに違いない。

 だから、私にできることは情けないけど他力本願。

 何処にいるか分からないシデンに、私の念が届くことを願って必死に祈るしかない。


 「もしかして、あの犬っころに救けを求めてるの? ああ、それは無理だよ~ 」


 相良は、叫ぶのを止めて黙り込んだ私の様子を見て、心の中を見透かしたように言った。


 「この車は僕の張ったシールドで覆っちゃってるから、キミと犬っころの精神感応は完全に遮断されてんの。どんなに念じても、犬っころには届かないんだよ。残念~! 」


 なんてことだろう!

 私の最後希望はシデンだったのに。

 荒川河川敷のグラウンドで洲崎と対峙していた時だって、最後にはシデンが来てくれるとの希望があったからこそ、なんとかギリギリまで耐えられたのだ。

 その希望が相良によって打ち砕かれてしまった。

 独力で、この場を切り抜けるなんて絶対に無理。

 相良の強さは底が知れない。

 汐見さんと一緒に立ち向かったところで、勝てる可能性なんて無いに等しい。

 もし公安の応援が来たとしても、犠牲者を増やすだけだろう。


 「お願い! もう誰も殺さないで! 魔力結石が欲しいならあげるし、私が欲しいなら好きにして良いし! 」


 私に残された手は只管に懇願すること。

 這い蹲ってでも、靴を舐めてでも、どんな辱めを受けてでも、これ以上の犠牲者を出さないよう、相良の情けに縋るだけ。


 「ま、その心意気は立派だけどね~ その取引は成立しないんじゃない?  “#“$&%” じゃなくて、キミの言葉で言うところの魔力結石のことだけどさ、僕がキミの身柄を押さえた時点で既に手に入ったと思ってるよ。魔力結石もキミ自身も、もう僕のモノなのに、それを取引材料にされたって困っちゃうんだよなぁ。」


 言葉に詰まった。

 言い返しようが無い。

 こちらにある全ての切り札が相良の手の中に握られてしまっていた。


 「別にキミを殺そうってわけじゃないんだ。キミの目の前で大勢殺したら楽しいだろうなってだけなんだから、良いんじゃない。」


 相良は、私を苦しめるために人を殺す。

 “あじさい” のオジサン、オバサン、仁太くん、パートタイマーの2人、そして今度は汐見さんまで殺そうとしている。

 たぶん、これから先でも大勢殺すだろう。

 誰を殺すのか分からないけれど、相良が殺す相手なんて沢山いる。

 相良も、洲崎も、それ以外の異世界の侵略者たちも、人を殺すことなんて何とも思っていないし、楽しんでいる。

 私がヤツらに屈しようが、人殺しを止めたりは絶対にしない。


 (それじゃ、私はどうすれば良いの? このまま諦めてヤツらに蹂躙されて、挙句に目の前で大勢の人が死ぬのを見せられて、心が壊れるのを待つだけ? )


 相良の横顔が笑っている。

 残忍で下劣な笑いである。

 私が徐々に絶望していく様子を楽しそうに観察している。


 「あと5分ほどで目的地に到着するよ。洲崎くんが首を長くして待ってるんじゃないかな? せっかくだから、このまま公安のネズミも連れて行こう。キミの見てる前で希望を一つ一つ削り取るのは楽しいからね~ 」


 私は俯き、奥歯を食い縛り、心身共に壊れてしまいそうな自分を守ろうと両腕に力を込めて自らを抱きかかえるようにしながら、相良が投げつけてくる屈辱的な言葉に耐えていた。


 (もうチャンスはないの? )


 車内にいては手も足も出ない。

 チャンスがあるとしたら、5分後。

 目的地とやらに到着し、車から降りる時、一瞬でも隙が生じたら、それを見逃さない。


 (相良と戦うのは無理でも、私の全力なら時間稼ぎくらいできるんじゃない? 汐見さんを連れて逃げることぐらいできるんじゃない? )


 そのくらいのことなら、私の能力でギリギリ何とかできるかもしれないと思った。


 相良と正面から戦わなくても良い。

 到着した場所に洲崎がいるならば、私が狙うのはヤツだろう。

 他に小鬼なんかがいたとしても、そんなのは何とでもなる。

 1対多数なら乱戦に持ち込めば逃げるチャンスは広がるし、ドサクサを生じさせ、それに紛れて相良が張ったシールドとやらの外に僅かでも出られたなら、シデンのテレパシーでキャッチしてもらえるんじゃないだろうか?


 (それしかないよね。)


 そこまで考えてから、ふと気づいた。

 いつの間にか、私は戦うつもりになっていた。

 相手を殺すところまでには考えが及んでいないが、命懸けでの戦いを選択肢に入れている。


 (・・・汐見さんを助けるなら、そのぐらいしなきゃ。)


 では、そこから先の話は?

 大勢の人々が相良や洲崎に殺されるのを阻止するためにはどうしたら良い?

 その答えは言葉にせずともハッキリしている。

 でも、それを実行するのか? 実行できるのか?

 今は未だ私の中で結論は出ていない。


 「お嬢さーん、お待たせしました~ 到着です~! 」


 相良の芝居がかった、私を不快にさせるセリフ。

 その楽し気な声を耳にしただけで、背筋が寒くなり鳥肌が立つ。


 (ここは何処なの? )


 相良の車が徐々に速度を落とし始めた。

 後続ずる汐見の車も、それに合わせて減速していた。

 おそらく、ここは江東区内。

 東京湾岸に幾つもある埠頭のいずれかに向かっている。

 夜間の東京湾岸に人気は少ない。

 私たちが走ってきた片側3車線の大きな通りは大型トラックやトレーラーが引っ切り無しに行き過ぎているが、歩道に人の姿は見えなかった。

 途中で相良は何度か道を曲がってから1本の狭い路地に入っていったが、そこから先は通行人はもちろん1台の車とも擦れ違わないまま進んでいた。


 「ネズミはキチンとついてきてるね。仕事熱心だなぁ~ 敵ながら感心しちゃうよ。見逃してあげたくなっちゃう。」


 相良は含み笑いしながら、心にも無いことを口にする。

 それに私は反応せず、黙って顔を上げ、窓の外の風景を確かめていた。


 「ふーん、無言ってことは、何か企んでるのかな? どんなことを企んでるのか面白そうだから興味あるんだけど、あんまり構ってあげられる時間が無いんだよね。」


 相良の車は路地に入ってから暫く真っ直ぐ進んでいたが、間もなくして開けっ放しになっていた “関係者以外立ち入り禁止” の表札が下がったフェンスを越え、埠頭の一画を締める貯木場とコンテナヤードの隙間を海側に向かって入り込んでいった。


 (ここに来る途中、反対側に見えたのは湾岸線とりんかい線の陸橋。それじゃ、ここは新木場の辺りってことね。それにしても、人の気配が全然しないのはなんで? コンテナ置き場って、普通は管理人がいるもんじゃないの? )


 明らかな不法侵入なのに、止める者は誰もいない。

 相良の車は勝手にドンドン奥へと進んで、周囲を古びたコンテナ、積み重なった古タイヤや木製パレットに囲まれた駐車場らしきスペースに来て漸く停まった。


 「ちょっと待ってな。」


 そう言ってから相良がクラックションを短く2度鳴らした。

 そして、


 「間もなくお迎えが来るけど、車を降りる前に、そいつは預かっておこうか。」


 いきなり相良の左手が私の胸に向かって伸びてきたので、慌てて身をかわそうと思ったが間に合わなかった。


 (あっ! )


 コートとその下に来ていたブラウスやニットは相良の鋭い爪で難なく引き裂かれ、私の前胸部に浅い引っ掻き傷を残して、魔力結石の入ったロケットペンダントは奪い取られてしまった。


 「漸く手に入ったよ~ これで魔力結石が2つになった。」


 ロケットを開き、中に入っていた牙の形をした石(シデンの肋骨の一部だが)を取り出し、嬉しそうにしながら目の前で翳している。


 「2つ? 」


 思わず口に出た。

 日本列島を海に沈めるほどの力を持つ魔力結石なんて、世界に1個しかないのではなかったのか?

 ハッキリとではないが、シデンがそんなニュアンスで語っていたように記憶しているが?


 「もう1個はアフリカ産だよ。犬っころの真似して作った馬鹿なヤツがいてねぇ、それを奪ったヤツから僕が奪ったってわけ。あんまし完成度は高くないんだけど、あっちとこっちを隔てる境を吹っ飛ばすぐらいなら、アフリカ産で十分なんだわ。」


 絶句! そんなことは初耳である。

 シデンは知っているのだろうか?

 異世界の侵略を阻止するために守り続けていた魔力結石が、他にもう1個存在していて、それが既に敵の手に渡っていたなんて!


 「そんな! それじゃ、私の魔力結石なんて必要なかったんじゃ! 」

 

 私を苦しめるため、私の親しい大事な人たちを殺して、今また更に新たな殺人を犯そうとしていながら、その理由が既に失われていたなんて!


 「そうでもないんだな、これが。」


 相良はチッチッと舌を鳴らした。

 そして、2個も魔力結石を手に入れたことで気が大きくなったのか、私なんか歯牙にも掛ける必要のない存在だと見下しているからなのか、偉そうにペラペラと自らの腹の中を語り始めた。


 「僕の仲間内でも、魔力結石は世界を隔てる壁を破壊するために使うんだと思ってるよ。それが僕らにとっては上からの命令だからね。だから、それはもちろん実行させてもらうんだけどさ、もう1個あるなら事情は変わっちゃう。その先のことも僕は考えちゃうんだ。」


 「その先? 」


 ついつい会話に引き込まれてしまうのが悔しいが、相良が何を考えているのか知りたくはある。


 「魔力結石を手に入れるため、僕はこっちの世界で10年も働いたんだ。近頃は犬っころに絡まれて酷い目にも合わされたし、凄く苦労したんだよ。それなのに、僕が壁を壊したら、今まで何の苦労もしていない連中が大手を振ってこっちにやって来るんだ。そして、偉そうに威張り散らしながら好き勝手するわけなんだけど、そんなの納得できないじゃない! 僕と皇帝の実力差なんて微々たるモノなんだよね。僕がアイツに従っているのなんて単にタイミングの問題なのさ。その僅かな実力差が埋められたら、僕が皇帝になっても何の不思議もないんだ。」


 私には異世界の勢力に関するの情報は無い。

 相良が、どんな勢力に所属しているのか、ナニモノに仕えているのかも知らない。

 今の話で分かったのは、


 「つまり謀反を起こすってこと? 」


 そのために、もう1個の魔力結石が必要ということなのか?

 

 「そういうこと。魔力結石があれば僕が皇帝に取って代わるのなんて楽勝だよ。」


 歴史上、謀反なんて起こしたヤツの末路は悲惨と相場は決まっている。

 マンガやアニメの世界でも、謀反人はろくな末路を辿らない。

 人望を失って、自滅するのがお決まりのパターンだが、


 「そういう、人間のモノサシで測らないでくれるかな? 僕らの世界では勝者こそ正義。勝ち残った者にこそ従うべきってのが常識でね。」


 異世界とは、こちらの世界とは異なる常識が通用しているようである。

 そう言えば、シデンも異世界は弱肉強食の世界だと言っていた。


 (そんな世界と、こっちの世界が一緒になっちゃうの? 滅亡するよりも酷いことになっちゃいそう。)


 それにしても、さっきから相良は私にとんでもない腹の内を曝け出している。

 それを聞いたからと言って私にはどうしようもないが、例えそうだとしても随分と口が軽過ぎると思うのだが、


 「どうだろう? キミがその気になってくれたなら、新しい世界で楽しく生きていくことができるんだぜ。 キミを洲崎になんて渡さない。洲崎なんていつでも切り捨ててやろう。新世界の新しい皇帝の女に慣れるんだ、悪い話じゃないと思うんだけど? 」


 「は? 」


 いきなり過ぎて、マヌケな声が出た?

 この男、何を言い出すのか?


 「キミは強い。洲崎の10倍は強い。キミなら僕と一緒に新世界で多くの敵と渡り合うことも可能だろう。それに、僕はキミに新たな能力を授けてあげることもできるんだが? 」


 こんなマヌケな話を聞かされて、私の頭の中は暫しの間、混乱していた。

 しかし、直ぐに立ち直って、相良の言っていることの意味をキッチリと理解した。

 理解して直ぐ、拒絶反応が全身を駆け巡り、腸が煮えくり返った。


 (こいつ! 私の大切な人を殺し、傷つけた挙句、そういうことを言うのか?! )

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