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誰を信じれば? 何を信じれば良いの?

 「さ・・・がら・・・せんせい?! 」


 私は警戒しながら数歩後ずさったが、彼我の距離は5メートルも無い。


 「たっ、たのむ! たすけて、救けてくれ! 神月! 」


 いきなりの懇願? 

 これは一体どういうことなのか? 私はパニックに陥った。

 相良先生は私の敵じゃなかったのか?

 洲崎と組んで、私たちの高校を襲った犯人じゃなかったのか?

 それなのに、どうして今、ボロボロになった車に乗って私に救けを求めているのだろうか?


 「どうして逃げるんだ? 俺だよ相良だ。お前の担任だよ。」


 相良先生はルームライトを点灯して、戸惑う私に自分の顔を確認させた。

 間違いなかった。

 運転席に座っているのは、


 「確かに相良先生・・・です 」


 その一言で相良先生は安心したように息を吐き、ルームライトを消した。


 「すまんが、神月に聞いて欲しい話があんだよ。すまんが傍へ寄ってくれないか? ヤツらに見られたら困るんだ。」


 (ヤツらって? )


 相良先生が何を話そうとしているのか興味があった。

 だから、十分に警戒しながら、私は2、2歩だけ前に出た。

 そんな私の様子に首を傾げた相良先生は、


 「どうしたんだ? 何をそんなに怖がってる? ああ、この車か。ボロボロだもんな。」


 そう言いながら、泣きそうな顔で笑った。


 (そういう問題じゃないよ。)


 この状況、私にとっては違和感だらけである。

 相良先生は私に声を掛けたり、笑っていられる立場なのか?

 どの面下げて、私の前に現れたのか?


 (この大量殺人鬼! )


 その言葉が直ぐに頭に浮かんできたが、ちょっと待てよ?


 (相良先生が犯人だって誰か言ってたっけ? )


 そうなのである。

 シデンも、汐見さんからも、相良先生の名は出ていない。

 偽の緊急校内放送で私たちを誘導したのが相良先生の声だったこと、事件の後で姿を消してしまったことなどで、私が勝手にそう思い込んでいるだけなのだ。


 (それに、何か変。)


 相良先生は、私が何故、先生を警戒しているのか知らないみたいだった。

 私が怖がってるのは、ボロボロの車のせいか? なんて言っているし。

 ひと月前の事件のことを知っていたら、関係していたら、そんな惚けたことは言わないはずだと思う。

 もっと捻った声の掛け方をしてくるだろう。


 (それに、緊急放送の声なんて、異世界のバケモノが超能力とか使えば擬装できるかもしれないし。)


 気を許すのは未だ早いと思うけど、相良先生を犯人だと決めつける前に、話ぐらいは聞いてあげて良いかもしれない。

 そう思って、私はさらに1歩前に出た。

 これで、彼我の距離は1.5メートルほど。

 相良先生の顔も改めて良く見える。

 薄汚れて、髪もボサボサで、髭も摘まめるくらいの長さに伸びていたが、相良先生であることは間違いない。

 

 「ふうっ。こんな成りだけど我慢してくれ。表に出るのは1カ月半以上ぶりだからなぁ。」


 1カ月半以上ぶりに外へ出たという言葉を信ずるなら、相良先生は荒川河川敷での事件の犯人じゃなかったということになる。

 相良先生の声で流れた緊急校内放送は偽物、あの日学校にいたのは別人、相良先生に化けた異世界のバケモノだったのかもしれない。


 その結論を出す前に、まずは話を聞こう。


 「手短に話すけど、おそらく信じてもらえないと思うんだ。何て言うか、バケモノ! バケモノがいたんだ! いや、バケモノ? 怪人? 怪獣? なんて言ったら良いかのか分からんが、昨日までオレは、そいつらに捕まって監禁されてたんだ! 」


 そんな話、誰に言っても信じてくれないだろうが、私ならば信じられる。

 但し、私が抱えている特殊な事情を相良先生は知るはずがないので、今のところは口を挟まずに黙って言わせておくことにした。


 「それでさ、話せば長くなるんで端折るが、逃げて来たんだ! そして、追われてるんだ! バケモノたちに! 知り合いに救けを求めようとしたんだが、何処行ってもバケモノが先回りしてて、ここで途方に暮れていたらビックリしたよ、目の前を神月が通るんだからな。でだ、スマン! 教え子に迷惑かけるなんて教師失格だが、他に頼れる者がいないんだよ。本当にスマン! オレに力を貸してくれ! 」


 相良先生が手を合わせて頭を下げている。

 こんな先生の様子は初めて見た。

 嘘をついているようには見えなかった。

 心底焦っていて、困っているように見えた。


 (相良先生が1か月半以上も前に拉致されて監禁されてたってことが本当なら、先月の後半は高校で私たちの担任に化けていた異世界のバケモノがいたってことだよね? もしかして、私、そのバケモノに高校の送り迎えしてもらったりしてた? )


 そのバケモノが相良先生の声で偽の緊急校内放送をしたということなら、事の辻褄が合うような気がした。


 (それで、目の前にいるのはホンモノなの? )


 異世界のバケモノたちに捕まって、何故1カ月半以上も殺されずに済んだのか? とか、どうやって逃げてきたのか? とか、詳しく問い質すべきなのかもと思ったが、相良先生は随分焦っていて、この場での長話しを続ける気は無さそうだった。


 「続きを話したいんだけどさ、助手席に乗ってくれないか? 移動しながら話そう。暫く風呂に入ってないから、かなり臭いと思うんだけど、そこは我慢してもらえたら嬉しい。」


 車に乗れと言われたが、これには流石に躊躇してしましまった。

 だが、次の一言が胸に刺さった。


 「神月を巻き込んでしまうのは辛いし、申し訳ないが、俺も死にたくない。こんな、わけも分からない破目に陥って死ぬのは嫌なんだ! 助けて欲しいんだ。」

 

 違う! そうじゃない。

 

 (先生も私が巻き込んでしまった! 私のせいで殺されそうになっている! )


 これを聞いてしまったら、今の私には先生の頼みを断ることはできなかった。

 救けて欲しいと言われたら、援ける以外の選択肢は浮かばなかった。


 「わかりました。」


 私は、そう応えると助手席側に回り、ドアを開けて相良先生の隣に座り、シートベルトを掛けた。


 「ありがとう。」


 相良先生は一言お礼を口にしてから、車を発進させた。


 これから何処に向かおうとしているのか?

 私にどんな助けを求めようとしているのか?


 未だ何も聞いていない。


 この時、私は大事なことを意識の外に置き去りにしてしまっていた。


 “あじさい” にいた時から鳴り響いていた警告音と危険信号は、この時も未だ消えていなかったのだ。



 ◇



 「ちょっと待て! なんなんだ? あの車は? 」


 渋滞を潜り抜けてきた汐見は、1丁離れた手前の交差点で信号に引っ掛かっていたら、紗耶香がボロボロの乗用車に乗り込む姿が見えた。


 「あの車! あの高校教師のじゃないか! 」


 事件後に本人ともども行方不明になっていた車。

 ナンバープレートは公安でマーク済み、もちろん全国に指名手配中。

 汐見も何度か確認していたので間違いない。


 (しまった! 遅かったか! )


 目的地だった紗耶香のアルバイト先 “あじさい” はシャッターが下りていて、変だなと思いながら自宅アパートを訪ねたが、そちらは留守。

 電話やLINEにも出てくれないので、仕方なく紗耶香の姿を求めて、この周辺をグルグル回っていたのだが失敗した。


 (くそっ! 監視役がもっとしっかりしてればっ! )

 

 紗耶香の監視任務に就いていた者たちからの連絡は本部にも届かなかった。

 紗耶香を狙って一足早くオーガやその一味が動き出していたなら、彼らは既に殺されているかもしれない。

 そうでもなければ、任務中の警察官と連絡が取れなくなるはずがない。


 「マカミ様―っ! マジ何処行ってんですか! 眷属むすめが危ないんですよっ! 」


 紗耶香が乗り込んだ車は、一見、ボロボロで廃車寸前に見えるのにも関わらず、発進した途端に法定速度をオーバーして突っ走り始めた。


 「ふざけてんじゃねーぞっ! 」


 一声叫んだ汐見は、相良の車を追ってアクセルを踏み込んだ。

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