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私は地獄を見てしまった!

 家の中は正に地獄!

 

 玄関先で惨殺された仁太くんを見てから、心の中の警告音は最大音量で鳴りっぱなし、危険信号も点滅しっぱなし。

 そんな状態で、私はフラフラと夢遊病者のようになって、何者かに引き寄せられるようにして家の奥へと入って行った。

 靴を脱ぐのも忘れて土足だったが、却って良かったかもしれない。

 廊下もリビングもキッチンも、血で汚れてない床は何処にも見当たらない程だった。

 壁や家具にも、まるでバケツで赤ペンキをぶちまけたような大量の血痕が見られた。


 「おじさん・・・おばさ・・・ 」


 止まらない涙をコートの袖で拭いながら、私は店長夫婦を探した。


 仁太くんの惨状を見れば、2人も既に生きてはいないだろうと直ぐに分かったはずだが、冷静さを失っていた私は、泣きながら狂ったようになり家中を探し回った。

 最初に隈なく回った1階には仁太くん以外に、昼間のシフトに入っていたはずのパートタイマーの女性2人の惨殺死体があった。

 狭いトイレの中に身体中を切り刻まれた血塗れの状態で無理矢理押し込まれていたが、この2人は私とは親しいと言えるほどの接点が無い人たちだった。

 シフトの時間がズレてるので、挨拶する程度の殆ど無関係と言っても良い人たちである。

 それなのに、惨劇が起こった時に偶々居合わせたことで巻き添えを食ってしまい、ついでに殺されてしまったのだ。


 「う、うっ・・・ 」


 泣きながら、悪臭に咽ながら、何度も吐きながら、気力を振り絞って1階の捜索を終えた私は階段を四つん這いで登り2階に上がった。

 そして、見付けてしまった。


 「てん・・・! おば・・・さん・・・っ!!! 」


 2階にある夫婦の寝室のベッドの上で、2人は全身を細切れにされた姿で見つかった。

 目は潰され、耳や鼻も削ぎ落されていた。

 さらには、手も足も指の一本一本に至るまで、意図的に関節毎に切り離された2人の身体の各部は、それぞれがパズルのピースであるかのように、ベッドの上で人型に整うようにして並べられていた。

 1階で見た仁太くんや女性2人の遺体以上に、惨たらしく猟奇的に殺されたであろう姿がそこにあった。


 「ひど・・・ひどい・・・ひどいよ・・・ 」


 2人の変わり果てた姿を見てしまった私は、立っている気力も無くなりベッドの脇に膝を突いた。

 そして、嗚咽を上げながら店長夫婦の切り離された2つの首を抱き寄せて頬ずりした。


 「ご・・・め・・・ぇんな・・・ごめ・・・ごめんなさい・・・ 」


 優しくて楽しかった“あじさい”の店長一家、あんな良い人たちは他にいない。

 一人ぼっちになった私に温かな癒しを与えてくれた大切な人たちだった。

 それなのに、


 (私のせいで、死なせちゃった! )


 またもや、同じことが起こったのだ。

 荒川河川敷のグラウンドで大勢の生徒や先生が死んでしまったが、その悪夢は未だ終わっていなかった。

 犯人が誰かなんて、分かり切ったこと。

 これからも、私の大切な人たちを殺し続けていくに違いない。

 私のせいで皆が殺されていく、殺され続けていく。

 

 (何故なの? )


 店長やオバサンや仁太くんは、何故殺されたのか?

 家の中に犯人の姿は無かった。

 犯人は、私から魔力結石を取り上げるためでなく、私を凌辱するためでもなく、店長一家を惨殺したという事実だけ残して去っていった。

 いったい、何のためにそんなことをしたのか?

 私には分からない!

 分かっているのは一つだけ。


 (この家の人たちが殺されたのは、私と親しかったから。)


 そうでなければ、殺されなかった。

 それは間違いない。

 私が、このお弁当屋さんでアルバイトなどしていなければ、誰も殺されずに済んだのだ。

 

 (こんな、悪夢をいつまでも続けちゃダメだよ。悪夢を終わらせる方法なんて一つしか・・・無いよね? )


 “戦わない宣言” は無意味だった。

 バケモノに襲われたら逃げれば良い。

 逃げ切れなかったら殺されるだけ。

 人質を取られて何かを要求されたら大人しく従えば良い。

 魔力結石も渡す、私を凌辱したいなら好きにすれば良い。

 その先に何があっても、非力な私にはどうすることもできないのだから。

 こんな自分勝手でヘタレな宣言をしたのは何のためだったのか?


 (目の前で近しい人が、私のために死ぬのを見るのが嫌だったからじゃない! )


 その考えが破綻してしまったのである。

 こうなってしまった以上、私が採れる方法は、


 (自分を失くしてしまうことでしょ。)


 私がいるから人が死ぬ。

 それなら、私がいなくなれば良い。

 そうすれば、私のせいで殺される人がいなくなる。


 (今から、重しを抱いて海に飛び込んじゃうのはどうだろう? 冬の冷たい東京湾に飛び込んだら確実に死んじゃえそうだし、海の底のヘドロの中に埋まったら魔力結石も2度と浮かんでこなさそうから、そこら辺で首括るより良いんじゃないかな? それで何もかも万事解決するでしょ。どうせ、私は親もいないし身内だっていないも同然だし、死んだって悲しむ人が少なくて良いじゃん。)


 私は抱いていた店長夫婦の首をベッドの上に静かに戻すと、フラフラしながらも何とか立ち上がり、今思いついたばかりの解決方法を実行すべくノタノタと、まるでゾンビのような不安定な足取りで階段を降り、玄関を開けて外に出た。


 何度か血で滑って尻餅を突いたので、たぶん顔も手も足もコートも血塗れになっていただろう。

 すれ違う人が見たならホンモノのゾンビに見えたかもしれないが、そんなことを気にするだけの余裕なんて失われていた。


 (えと、海ってどっちだっけ? 川なら直ぐだけど、川じゃダメかな? )


 死に場所を何処にしようかと考えながら、但し明確な目的地を定められるほどの思考力を失っていた私は、無気力な足取りで漠然と前に進んでいた。

 

 『サヤチ・・・ 』


 唐突に耳元で誰かの声がした。

 聞き覚えのある声だった。


 「ああ、ナツキかぁ。どうしたの? 」


 病院にいるはずで、肉体的にも精神的にも絶対安静でいるはずのナツキの声が、何故聴こえたんだろう? なんて、この時の私は考えもしなかった。

 意識は悪夢と現実の境を彷徨っている感じだった。


 『サヤチ、どこ行こうとしてるの? 』


 ナツキの声は、病院で聞いた掠れて弱々しいものではなく、いつも学校で耳にする張りのある溌溂とした声だった。


 「ナツキ、元気になったんだね。良かった。」


 私はノタノタとした歩みを止めることなく、何の違和感も覚えずに、親友の元気な声を聴いて素直に喜んでいた。


 『私は、サヤチにどこ行こうとしてるの? って聞いてるんだよ。』


 ナツキの声は、始め穏やかだったが、今度は少し怒ったように変わった。

 私は少し気圧されてしまい、


 「海・・・かな? 川でも良いんだけど・・・ 」


 と、開き切らない口でモゴモゴと返事をした。


 『どうして? 』


 それは、ナツキがいつも私が曖昧な態度を取ったり、気弱な発言をした時に見せる厳しい口調だった。


 (そう言えば、同い歳のくせに、私を相手にする時のナツキはいつもお母さん気質だったっけ。)


 私は母親に悪戯を見つかった子どものように委縮しながら答えた。


 「それは・・・私がいたら・・・みんな酷い目に会っちゃうから・・・私がいなくなっちゃえば良いかなって思って・・・ 」


 そう答えた後に、少し間が空いた。

 小さく溜息が聴こえたような気がした。


 『それで全部解決するの? みんな喜ぶの? 私も? 』


 そんなこと言われたって困る。

 私に何もかも解決する力なんて無いし、そんな責任なんて背負いきれないし・・・


 「だって、ナツキだって私のせいで酷い目にあったじゃん。私がいなければ、あんな目に合わなかったんだよ。どんなに謝ったって許されないくらい、ナツキを傷つけちゃったんだよ。他にも大勢の先生や生徒が死んじゃったし、それって全部私のせいだし! 」


 ナツキが傷ついて入院している間中、ずっと心の中で蟠り続けている私の思いを口にした。

 すると、それに対するナツキの応えは厳しかった。


 『サヤチの考え方って変だよ。破綻してるよ。私を傷つけたのは洲崎だよね? 先生や学校の仲間を殺したり怪我させたのも洲崎だよね? 悪いのは洲崎と洲崎を操っていたヤツなんだよね? サヤチは誰も傷つけてないよね? 』


 それはそうなんだけど、そうなった原因は私にあるし、


 『私、さっき病院で、サヤチに “マヨワナイデ” って言った。“マケタラダメ” って言った。ねぇ、聞いてなかったの? サヤチが死んで逃げちゃったら、私たちを傷つけた洲崎や、洲崎を操っていたヤツはどうするの? あいつら、これからも大勢殺すよ。サヤチの友だちや知り合いや、私だって殺されるんだよ。今日もサヤチの大切な人たち殺されたんでしょ? それで良いの? 』


 「そんなこと言われたって・・・私にはそんな大勢の人の命の責任なんて取れないし。」


 『サヤチが死んじゃったら、そのうち私も死んじゃうんだよ。それでも良いの? 私は死にたくないんだけど? 』


 「・・・ 」


 苦しい、そして痛い。

 胸の上にギザギザの付いた硬くて重い岩を押し付けられているような感じ。

 吐き気がして、呼吸が苦しくなって、眩暈がして、もう何もかも捨てて逃げ出してしまいたい気持ちだけが膨らんでいく。


 『サヤチ! 迷ったらダメ! サヤチの大切な人が殺されたことで、サヤチに責任があるとしたら、それはサヤチが洲崎を殺せなかったこと、見逃してしまったことなんだよ。今度は絶対XXXXXX負けたXXXXXXダXXXXXメだよXXXXX―――――――――――』


 唐突にナツキの声が途絶えた。


 「あ、え、ナツキ? どうしたの? 」


 この時、夢から覚めて未だ寝惚けているような感じではあるが、朦朧としていた私の正気がホンの僅かだが蘇ったらしい。

 惚けながらも、多少の思考力は戻った気がする。

 

 ナツキの声はもう聴こえない。

 でも、今までナツキの声が聴こえていたのは何故?

 もしかして、夢を見ていたのだろうか?

 ナツキの声は私の心の声だったのだろうか?

 夢にしては、妙に明瞭な会話をしていたような気がするが?


 いつの間にか、私の歩みは止まっていた。

 辺りには、見慣れた景色が見えている。

 “あじさい” を出てから、ずっとノタノタと歩いていたから、全然進んでいなかったようである。

 だいたい、どちらへ向かったら東京湾に近いのか、そんなことも考えずに衝動だけで動いていたのだから、もしかしたら同じ道をグルグル回っていただけだったのかも知れない。


 (情けないなぁ。私って死んじゃうこともできないのか。)


 自分が死んじゃえば良いと決めていながら、無意識で怖がって拒否して、足取りを遅くしていたような気がしないでもない。

 

 (ナツキ、私、どうしたら良いの? 誰か助けてよ! )


 ボソリと泣き言めいた呟きが漏れた。

 その時、


 「こっ、神月! 」


 私を呼ぶ声がした。

 今度も聞き覚えのある声だが、ナツキではない。

 男性の声だった。

 それも、頭の中に響いてくる声じゃなくて、耳に聴こえてくる生の声だった。


 「誰っ? 」


 声の主を探そうと辺りを見回したら、私の斜め後ろにある細い路地に停まった1台の車が見えた。

 その車にも見憶えがあった。


 泥を被ったように汚れていて、彼方此方が凹んで、フロントガラスにヒビが入り、ドアミラーも片方垂れ下がっていたが、それは私が先月まで高校への登下校時に乗せてもらっていた相良先生の自家用車だった。

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