こんなんと出っくわすはずじゃなかったのに!
『おい、気付いたか? 』
走り出してから2分ほど経って、シデンが唐突に声を掛けてきた。
「うん。何かつけてきてるね。」
私も気にはなってはいたが、走りながらなので自信が無かった。
でも、シデンが言うなら間違いないだろう。
「何だか分かる? ギガス? 」
『いや、わからん。だが、ギガスじゃない。けっこう移動速度が速いから、直ぐにこっちに追いついてくるさ。』
だから、正体も直ぐに分かるだろうとのこと。
「追ってきてるんだから、こっちを狙ってるんでしょ? 」
『そりゃま、そうだろ。やっちゃうか? 』
「だね。このまま、現場まで連れてったら三つ巴の大乱闘になっちゃう。」
まさか、現場に向かう途中で一戦することになるとは思ってなかったが、こういう深い山の中には多数のモンスターが生息しているので、予期せぬ遭遇も起こり得る。
時間は惜しいが、降りかかった火の粉は常に払って、自らの進路はクリアにしておくのは鉄則である。
(あの連中だって、一応はB-HUNTERなんだから、自力で対処できなくても、ギガス相手に暫くは持ち堪えられるでしょ。)
そうと決めたら、即プラン変更!
「シデン、止まるよっ! 」
『りょ! 』
私とシデンは同時に足を止め、姿勢を低くして辺りに耳を澄ました。
未だ武器は取り出さない。
それは、敵が正体を現してから。
まず大事なのは、相手がナニモノかの見極めと、その初撃をかわすこと。
『来たぞ・・・ 』
シデンが小さく呟くと同時に、遠くの方から木の枝が折れ、葉が落ち、地面が圧し潰れる音が聴こえてきた。
そして、その音は徐々に大きくなり、ビリビリと辺りの木々を揺らすほどの振動を伴うようになった。
「これっ、大物っ? 」
『この引き摺る移動音は虫か蛇だ! でかいぞ! 』
「来たっ! 」
突然! 森が爆発したような大音と共に、樹齢100年前後、直径50センチほどもあるブナの木が数本薙ぎ倒され、飛び散る枝葉や土砂の向こうからそいつは姿を現した。
一瞬、蛇かと思ったが、胴が太く、環状の体節が認められるので、ミミズやヒルのような環形動物っぽい。
進行方向の先端が膨らんでいて、そこが頭部なのだとは分かるが、口がある以外は目も鼻もなく、触覚も無い。
印象としては太めの馬鹿デカい “ゴカイ” という感じ。
「Type NOZUCHI! 」
私は初見だが、“環境省発行モンスターファイル” のデータは頭の中に入っている。
湿度の高い山林に出没する大型のモンスターであり、性質は肉食で極めて獰猛。
目も鼻も無く、音と振動と体温で他の生物を認識し、同族も含めてあらゆる生物を見境なく獲物と認識して襲うため、群れることはなく常に単独で生息している。
その背面はライフル弾をも跳ね返す硬い外骨格に覆われているため、攻撃するならば腹部を狙わなければならないが、生物としては下等な部類なので、部分的な攻撃では倒せず、真っ二つになっても暫くは死なずに生きている。
強毒性の唾液を吐き出すので接近戦の際には要注意。
有効な攻撃手段は火炎放射器か爆薬か薬品撒布によるモノとされているが、そんな類いはココには無い!
ドッドーン!
突如、轟いた爆発音と飛び散る土砂!
「きゃっ! 」
思わず悲鳴を上げた私の頭上を真っ黒な巨体が通過していく。
ノズチの体長は6メートル以上、体重は1トン近くもありそうだが、いったいどういう筋肉構造をしているのか、軽々とジャンプして私を飛び越え、地響きを立てながら豪快に着地した。
しかも、着地した位置は私とシデンの丁度中間。
虫けらにそんな意図は無いと思うが、私たちを分断し、連携を阻む格好になった。
「シデン! 飛び道具禁止っ! 」
周囲がブナの木だらけの狭い空間で雷撃でも放たれたら、ノヅチを挟んで反対側にいる私は射線から逃れようが無い。
『わぁーってるよっ! 』
そう応えるのと同時に、シデンがノズチの斜め側面に回り込んで、その側頭部目掛けて飛び掛かった。
シデンの太い両前足には、いつの間にか4本の鋭い鉤爪が突き出している。
切れ味満点、戦車の装甲も切り裂く、近接戦闘に有効な必殺技である。
ガキン!
しかし、急にノヅチが上体を持ち上げたため狙っていた側頭部を外し、背面の外骨格に衝突してしまったらしい。
硬質な物体同士がぶつかり合う重く激しい衝撃音が木々の間に鳴り響いた。
『くーっ! こいつ硬ってーっ!』
シデンは攻撃を跳ね返され、バランスを取りながら反転してナントカ着地した。
鉤爪が折れていないか確認していたが、大丈夫なようだった。
だが、爪は徹らなかったが、シデンの両前足のキックを受けたノズチの上体が仰け反り、柔かい腹部が丸出しになった。
そのラッキーな瞬間を私は見逃さない。
「こんのやろーっ! 」
気合一発!
私は、ステンレス鋼製、刃渡り70センチのマチェットを革鞘から引き抜くとグリップを右手で握り、ノズチに向かって突進した。
そして、その刃を内から外、左から右に向かって振り払う感じでノズチの腹に叩きつけた。
バキッ!
木の板を叩き割るような音と手応えを感じた次の瞬間には、マチェットが半分ほどノズチの腹に食い込んでいた。
それを直ぐには抜かず、左手の肘を刃裏に合わせ、これに体重を乗せながら一気に前方向に押し出す。
ブシッ! ブブブブブブッ!
分厚いキャンバス地のようなノズチの腹部の皮膚がマチェットで真横に切り裂かれていく。
傷口が広がると共に、もの凄く臭くて、ネバネバで、黄土色の体液が噴き出してきた。
所々に毛の生えた塊が混じっているけど、それって、まさか食べたけど未消化で残ってる獲物?
「うげげーっ! キモイーっ! 」
全身鳥肌立つ気持ち悪さを必死に耐えながらマチェットを振り切った。
この斬撃で全長のほぼ真ん中辺りの腹筋が一直線に切断されたため、重量を支えきれなくなったノズチの上体が仰向けに倒れた。
外骨格装甲のある背面を内側にして、二つ折りになってしまったのである。
『うしっ! 後は任せろっ! 』
「ううっ、任せた~ もう触りたくない~ 」
もう私は戦意喪失。
マチェットと、マチェットを握ってた右腕と、身体の前側の所々も、ノヅチの返り血? いや返り汁? そんなモノを浴びまくって、
「もうウチに帰ってお風呂入りたい~! 」
泣きたいし、吐きたい気分!
『ばっか! 気を抜くんじゃねぇ! 』
シデンが警告を発した。
私が気を反らしている間に、ノズチの上体がごろりと横を向き、その頭の天辺にある円い口を全開にしていた。
動きを止めたと思っていたが、完全では無かった。
「あっ毒! やべっ! 」
真っ暗な口の奥から白い液体が上ってくるのがスローモーションのように見えた。
逃げなきゃと思ったが、動き出すのに遅れた。
このままでは、毒汁の直撃を受けてしまうが、
『うららぁーっ! だーっしゃいぃーっ! 』
複雑な気合と共に飛び出したシデンの両前足蹴りがノズチの上体を蹴り飛ばした。
千切れかけていた上体が派手に吹っ飛び、ノズチは真っ二つになった。
「助かった~ 」
シデンの一撃が、寸でのところで私を強毒の唾液とやらから救ってくれた!
『とどめっ! 』
シデンの前足で閃いた4×2本の鉤爪が、凄まじい速度で二度三度と叩きつけられた後、真っ二つになっていたノズチは更に細かく切り刻まれて四散していた。
『うげーっ! なんだ? この臭さは! 』
私と同じ目に合っている。
見事、ノズチを退治したはずのシデンが、前足で何度も鼻を拭うようにしながら、少し離れた所まで逃げていって、鼻面を地面に擦り付けるようにしながら転げまわっていた。
「ねぇ~ ちょー臭いでしょう! ヤバいよね。」
シデンはノズチを豪快に引き裂き、引き千切ったので、その勢いで吹き出てきた体液を頭から被ってしまったのだ。
その被害は私以上かもしれない。
『マジでヤバいぞ! この臭い、強烈過ぎて鼻が利かなくなった! 』
「え? えーっ! 」
ワンコの嗅覚は人間の1億倍だったっけ?
シデンはウルトラワンコだから、それ以上だと思う。
そんな鋭敏な嗅覚で、こんな臭い嗅いだら、そりゃヤバいだろう。
「ってことは、つまり? 」
ギガスの追跡ができないということになる。
そして、これほどに強烈な臭いを全身に纏わせた私たちは隠密行動が取れなくなってしまったとも考えるべきだろう。
ギガスの嗅覚がどれほどのモノか知らないが、野生で生きてるモンスターなんだから、人間なんかより優れているに決まってる。
そんなヤツらに今のウチらが揃って近づいていったら、今から退治しに行きますよ~って挨拶してるのと一緒じゃないか!
「も~ 帰って、お風呂入って、明日出直す~? 」
まったく、他のモンスターとの不意の遭遇はある程度覚悟していたが、こんな臭いをつけられるなんて想定外だった。
『 「 参ったなぁ・・・ 』 」