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無事に退院はできたんだけどさ・・・

 目覚めてから、医者からの勧めもあって、なんだかんだで1週間も入院していた。


 表向きは健康観察期間とのことだったが事情が他にあるのは明らかで、おそらく報道関係者との接触を避けさせるというのが第1の理由。

 第2もあるらしかったが、それについては行政の雲の上にいらっしゃる方々の事情のようであり、ノンポリな一般人の常識範囲内では到底思い当たる類いの理由では無さそうだったので気にしないでおくことにした。


 (まあ、真昼間の都内に怪獣みたいなモノが現れて、大勢の犠牲者が出たんだから、行政が情報統制に神経質になるのは当然なんだけどね。)


 私が病院で待機させられている間、どのような公的な力が働いていたのかは知る由もないが、取りあえず病院の前で24時間張り付いていた報道関係者が1週間経ったら一人残らず姿を消し、自宅に報道陣が押し寄せてくるような事態にもならずに済んだことは、たいへん有難く思っている。


 ところで、事件後に私たちの高校がどうなっているのかというと、現在は1カ月間の臨時休校期間中。

 果たして1カ月後、休校期間が明けた段階で登校できる生徒が何割いるのかは見当もつかないが、高校から届いていたお手紙やメールによると、急ピッチで授業再開に向けて頑張っているので暫くは自宅待機をお願いしますとなっている。

 しかし、生徒だけじゃなく、先生の中にも亡くなったり入院中の人がいるわけだし、本当に1カ月で再開できるのか、客観的に見てこれはかなり難しそうだなと思っている。

 お手紙には、いずれ亡くなった生徒や先生たちにお別れする機会を設けるという一文も記されていたが、未だ全校生徒の半分近くが入院している現状では開催の目途が立っているはずもない。

 まずは学校が再開されて、平常な生活が戻らなければどうにもならないと思う。


 (でも、たった1カ月で本当に元に戻れるのかな? )


 退院した翌日のこと。

 高校の校舎の現状がどうしても気になって、私は買い物のついでに様子を覗きに行くことにした。

 シデンがナニモノかと戦っていたはずなので、ボロボロになっているのではないかと心配していたのだ。

 学校に向かう途中で、私たちが閉じ込められていた荒川河川敷のグラウンドも見ておこうと思ったのだが、そこに至る道路は通行止めになっていた。

 グラウンドを中心とした河川敷の約300メートル四方が立ち入り禁止にされていたのである。

 よって、荒川に掛かった大橋の上から現場を遠目で眺めることしかできなかったが、グラウンドの周囲には目隠しのために高さ10メートル以上もありそうな足場が組まれており、ネットで隙間無く覆われていたので現場の様子が分かるようなモノは何も見えなかった。

 橋の上から見えたのは、足場の傍に2階建てのプレハブ小屋が建っていて、その横に簡易トイレが4つ設置されていたこと。

 大小の警察車両が11台停まっていて、制服警官と、私服警官っぽい人と、ブルーの制服と帽子を被った人と、白衣を着た人と、全身防護服を着た人なんかが、足場の内側とプレハブ小屋の間を行ったり来たりしているなぁ~といった感じ。

 そんなのを眺めるため橋の上に長居しても意味が無いので、私はさっさと高校に足を向けた。


 1週間ぶりに訪れた高校の校舎は一見して、いつもと変わらない外観でそこにあった。


 (あれ? シデン、手加減したのかな? )


 人の気配は殆ど無くて、敷地全体がシンと静まり返ってはいたが、校舎は以前のままであり、馴染の風景が変わらずにキチンと残っていて、自分の戻るべき日常の象徴が無事にあることは、たいへん心強く感じた。


 (でも、校内に入っちゃいけないの? なんで? )


 その答えは、柵越しに教室の窓が見える校舎南側に回り込んだら直ぐに分かった。


 (ああ、そういうこと・・・ )


 校舎南側の壁面は緑色の剥落防護ネットで覆われ、校舎と柵の間に設けられた駐輪場には、壁面工事用の足場を組むための踏み板や支柱が積み重なって置かれてたのである。


 (やっぱねぇ~ シデンがガッツリ暴れたって言ってたからなぁ。無事なわけがないよねぇ。)


 シデンは、私たちを閉じ込めた術者を相手に校舎内で戦っていた。

 被害は大したこと無いはずだと語っていたが、それはたぶんモノサシが違う。


 (やっぱ、修繕しなきゃなんないぐらいの被害は出してたんだ。)


 あのウルトラワンコが暴れたにも拘わらず、校舎が全壊せずに残っていただけ運が良かったと思うべきなのかもかもしれないが、関係者としてはかなり気が咎めた。


 そういえば、私たちが避難する切っ掛けになった “1階ボイラー室の火災” の事実は無かったそうである。

 放送後に何人かの先生が消火器を持ってボイラー室に駆けつけたらしいが、火災は何処にも発生しておらず、確認の上で火災報知器を止めたとのことである。

 道理で、避難の途中でボイラー室の辺りを注目していたのだが、外側からは何の異常も見られなかったわけである。

 火災発生の緊急放送があった時点から、私たちは罠に掛けられていたのである。


 (あの放送の後、相良先生はどうしたんだろう? )


 それについては、事件後に目覚めてからずっと嫌な予感に囚われている。

 あの時、火災発生の緊急放送は間違いなく相良先生の声によるものだった。


 (まさか・・・先生が? )


 相良先生の名は行方不明者リストに入っていたが、荒川河川敷のグラウンドに避難した先生たちの中にその姿は無かった。

 あの時、相良先生は避難せずに校舎内に残っていたと考えられる。

 でも、同じく校舎内に残っていた他の先生たちは相良先生の姿を確認してはいないらしい。

 だから、相良先生は荒川河川敷のグラウンドに避難した先生方の中にいて、巨大イカのバケモノに食われたのだということにされてしまっている。


 (それは、ちがう。)


 絶対に相良先生は避難していない。

 あの場にいた私のクラスメイトたちの口から、何度もクラス担任である相良先生の不在に関するのコメントが聴こえていたのだから、それは間違いない。

 では、相良先生は何処にいたのか? 何処へ行ったのか?

 これについては、既に私の中で最悪の想定ができ上がっている。

 そして、この想定は十中八九正しい。


 < 私たちを閉じ込めた術者は相良先生 >


 それを裏付ける証拠として、思い当たる節も幾つかある。

 夏休み以降、相良先生は私と面談する度に、持ちモノに関する探りを入れていたが、それは魔力結石の在り処について聞き出そうとしていたのではなかったのか?

 夏休み明けの初日、帰り際に相良先生に呼び出され、教室に戻ったら洲崎が一人残っていた。

 その時、教室に置きっぱにしていたスクールバックに感じた違和感も、おそらくは・・・。

 今となっては、相良先生や洲崎が私に対して見せた行動の全てが繋がる。

 そして決定的なのは、シデンに “私たちが閉じ込められていた時、ナニモノと戦っていたのか? ” と聞いたけれど、


 『そのうち言う・・・ 』


 と、歯切れの悪い返事を返されたこと。

 “学校内にいた術者が何者だったのか? ” と聞いても教えてくれなかった。

 何故、シデンが私の問いに言葉を濁したり、秘密にする必要があるのか?


 (あれは、やっぱ気遣いなんだろうなぁ。)


 私が相良先生に対して親しみを感じていたことはシデンも知っている。

 未だシデンが仔犬の格好をしていて、普通のワンコだと思っていた頃に、私は多くの愛犬家や愛猫家がそうするように、シデンを相手にして一方通行的な会話を楽しんでいた。

 相手がワンコだと油断していたから、かなり恥ずかしい話題を持ち出してしまったこともあったし、赤面モノの独白も少なからずあったと思うが、殆どは学校やアルバイト先でその日に起きた出来事をつらつらと報告していたような気がする。

 もちろん、学校に関する話題の中に相良先生が出てこないわけがない。

 母が亡くなって以降は散々お世話になっているので、良い先生だとか、先生のおかげで助かったとか、絶賛したのを憶えている。

 それに、毎日の送り迎えしてもらえるのはファンの女子生徒たちに羨ましがられているから少し自慢なのだとか言った記憶もある。

 先生じゃなきゃ恋愛対象として見ていたかもしれないとも言った。


 (そんなんだったから、私が事実を知ったらショックを受けると思って、真実を隠そうとしてるんだろうな。)


 そんなシデンの気遣いには感謝している。


 私は、最悪の想定をしていながら、その想定が正しいと思っていながら、最後の結論に辿り着くのを避けていた。

 本当のことを知りたいという気持ちはあるのだから、事実をハッキリさせたければシデンを捕まえて強く問い質せば良い。

 たぶん、強く頼み込んだらシデンも答えてくれるだろう。

 だが、それをしないまま何日も経過していた。

 事件後のシデンは、何やら忙しそうにしていて毎日出掛けてばかりいたので、ゆっくり話をする時間が取れずにいたが、今の私にはそれが丁度良い言い訳になっていた。

 知りたいけれど、知ることが怖いから、このまま知らずにいることが許されるなら甘えても良いのではないか? そんな風に考えたりしていた。

 私の知らないところで相良先生とシデンが戦って、それで相良先生が負けてくれたなら、私は事実を知らないまま生きていくことができる。

 なんて自分勝手で我儘な甘えなんだろうとは思うが、仮に事実を知ったところで、相良先生と対したところで、洲崎の時と同じように私には何もできないのだから、このまま知らずにいられるなら、そう願いたい。


 (さてと、校舎に入れないんじゃ、家に帰るしかないか~ )


 このまま近所のスーパーを経由して、晩御飯の買い出しをしようか、それとも “あじさい” によって、今後のアルバイトシフトの相談をしつつ、お弁当でも買って帰るか、どうしようかなどと考えつつ、帰路につこうとした私だったが、


 「紗耶香ちゃん! 」


 私を呼び止める声がしたので振り返ったら、グレーのセダンが停まっていて、その窓から顔を出していたのは江戸川西署の汐見さんだった。


 「学校見に来たのか? もうすっかり元気だな。」


 刑事さんとは思えない、相変わらずの気さくな雰囲気。

 私にとっては今や近所の親しいオジサン的な存在である。


 「おかげさまで、もうすっかり回復しました。入院中は色んな差し入れありがとうございます。」


 本当に、色々差し入れしてもらった。

 ドーナツから始まって、フライドチキン、ピザ、コロッケなどなど、病院メニューじゃ有り得ない、私の大好物な品々をいただいた。

 私が毎度喜ぶので調子に乗った汐見さんが、勢いでニンニクたっぷりの餃子を持ってきてくれた時などは、嬉し過ぎて歓声を上げてしまったが、その臭いが病院のフロア中に広がってしまって、二人一緒で看護師さんに叱られてしまった。

 何にしても、薄味&低カロリーの病院食では取り返しようの無かったエネルギーが、汐見さんのおかげで再び満タンになったこと、大感謝である。


 但し、汐見さんはベテランの刑事である。

 私への親切が好意のみではないことは重々承知している。

 汐見さんは、今回の事件と過去の空き巣事件や誘拐未遂事件を結び付けて、独自の推理を展開しているらしかった。

 私が被害者であることを疑ったりはしていないが、狙われる何らかの理由があるのではないかと身辺を探っていることは知っていた。

 だから、今日の出会いが偶然だとは思わないようにしよう。


 「せっかく会ったんだし、退院祝いに奢るから晩飯でも食いに行こうや。話したいこともあるしな。」


 やはり、偶然ではないようだ。

 尾行されているわけではないだろうが、私の行動範囲内で汐見さんが捜査活動をしていたなら、出会うのも必然ということである

 そして、“話したいことがある” というのがポイント。


 (汐見さん、何を知りたいんだろう? っていうか何を知ってるんだろう? )


 汐見さんは、誘拐未遂事件の際に私が証言した犯人の異常さについて、他の警察関係者や大人たちが見間違いだと断言していたにも拘わらず、唯一真剣に取り合ってくれていた。

 その時は、物分かりの良い頭の柔らかいオジサンと思っていたが、汐見さんなら誘拐未遂事件と今回の事件、両方の異常さについて関連付けて考えるくらいするだろう。


 (なんか、消化に悪そうな晩御飯になりそう。)


 そのぐらいは、覚悟しなければならない只飯になりそうだった。

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