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やっぱ、私に戦う女子高生なんて無理!

 シデンの雷撃に腰を抜かしたままの洲崎を振り返り、無言で歩み寄る。


 「おい、僕に何をしようってんだ? 僕に手出しして只で済むと思ってるのか? 」


 私の全身から立ち上る殺気に圧倒されながらも、精一杯に強がって見せる洲崎だったが、尻餅を突いたまま、ウロウロと定まらない視線で私を直視することもできずにいる。

 そんな洲崎の態度を見ていたら、腸が煮えくり返ってきた。

 

 「殺してやる・・・ 」


 ボソリと呟いた私の言葉が耳に入った途端、洲崎の顔色が見る間に青褪めていき、その態度が豹変した。


 「ごめんなさい! 許して下さい! 僕は命令されただけなんだよ! 脅されて仕方なくやったんだ! 」


 卑屈で嫌らしく、無様な命乞いが始まった。


 「皆には本当に申し訳ないことをしたと思ってます。神月さんにも酷いことをしてしまって、どう謝って良いか、お詫びすべきか分からないけど。心の底から後悔してます。僕は二度とこんなことはしない。だから、助けて下さい! 同じクラスの仲間として一生のお願いだ! 」


 洲崎が土下座している。

 大勢の人の命を奪い、傷つけた男が、地面に頭を擦り付けるだけで許して欲しいとほざいている。

 それも、今し方凌辱しようとしていた相手に向かってである。


 「汚い! なんて汚い! 」


 その卑屈で嫌らしい姿、“見るのも汚らわしい” というセリフは、こういう時にこそ使うべきだろう。

 溢れ出す怒りの感情で気が狂いそうになっている私に向かって、洲崎は尚も懇願を繰り返す。

 

 「本当にこれは僕の意志じゃないんだ。やらなきゃ殺すと脅されて仕方なくなんだ。だって僕は神月さんのことが好きだから、神月さんに嫌われることなんてするわけないじゃないか。お願いだよ。クラスメイトの言葉を信じて欲しい。僕の言葉を信じて欲しい。」

 

 その声、今直ぐにでも黙らせてやりたい。

 手を伸ばし、洲崎の口を引き裂いてやりたい。

 そして、ナツキが味わったのと同じ苦しみを与えながら殺してやりたい。


 (この男、殺す! 殺す! 殺してやる! 殺さなければならない! )


 私の心の中で呪文のように繰り返される殺意。

 それを実行するのは簡単なことだった。

 常人のモノではない私の能力、さらには怒りで身体中に設けられたリミッターがすべて解除されてしまった状態にある今なら、洲崎を文字通り八つ裂きにだってできるだろう。

 ホンの一歩前に踏み出して手を伸ばせば、それは確実に適う。

 今、私たちの周りにいる生徒や先生は皆が既に亡くなったか、瀕死か、気を失ってしまっているかなので、人の目を気にする必要も無い。

 ところが、


 (できない! )


 洲崎の息の根を止めるための一歩が踏み出せない。

 

 (どうして? 私は迷ってるの? )


 バケモノを操って大勢の命を奪った男である。

 友だちを残酷に弄んだ男である。

 私を傷つけ、辱め、凌辱しようとした男である。


 (どこに情けをかけられる要素があるって言うの? )


 そんなモノが微塵も無いことは分かっている。

 この男に情状酌量の余地などあるわけがない。

 だから、私が手を下す。

 この男の命を奪ってやる。

 それをするのが正義だと、私は思っている。

 それなのに、


 (動けないよ! )


 私の全身が行動を拒否していた。

 制裁を加えるという意思だけならば、身体は動いただろう。

 先ほど、ナツキが捉えられる前に洲崎を痛めつけた時には、何の躊躇いもなく、それができていた。

 だが、今の私が動き出したなら、それは殺意に突き動かされてのことになる。

 間違いなく洲崎を殺してしまうだろう。

 私の手で人を殺す。

 クラスメイトだった男子を一人手に掛ける。

 その事実の重みが私に枷を嵌めていた。

 自分が死刑執行人になるということの恐ろしさが、私の脚を竦ませていた。

 

 (殺したい! でも、私には殺せない! 私に人の命を奪うなんて無理! )


 自分を情けないと思う。

 ここで、この男の命を奪っておかなければ、今後また同じことが繰り返されるかもしれない。

 これからも私を脅かし続けるかもしれない。

 そんな危険性、十分に承知している。

 でも、私は弱い。

 世界の危機よりも目の前の友だちの苦しみを優先してしまう人間なのだ。

 自分が膝を折り屈したところで何の解決にならないと分かっていても心が折れてしまうほど弱い人間なのだ。

 クラスメイトの顔の皮を被った恐ろしい悪魔であっても、目の前で命乞いをする者を殺すことなどできるはずがない。

 

 こんな時、シデンなら容赦無く命を奪えるのだろうか?

 おそらく、奪えるだろう! 奪うべきだと言うだろう。

 その意見が正しいのは、今回の一件でも良く分かる。

 私が臆病で、弱い人間だから、それができなかっただけで、今後の世の中に及ぼすであろう最悪の影響を思えば、洲崎の命を奪うのが正しい。

 そういえば、シデンはこんなことを言っていた。

 

 『たぶん殺らなきゃなんない状況になったら、お前は殺れると思う。』

 

 できなかった!

 シデンはできると言っていたが、やはり私には無理だった。

 異世界の侵略者だって、たぶん私は殺せない。

 超人的な能力を備えていても、私にはその責任を負うだけの覚悟がない。

 だから、シデンの期待には応えられない。


 (だって、私は普通の高校生なんだよ! )


 いつまでも葛藤が終わらずに、心の中で地団太踏み続ける私の様子を窺いながら、洲崎は尻を地面に擦り付けたままズルズルと後退りを始めていた。

 私はそれに気付いていたが、どうして良いか分からずにいた。

 この場から逃すわけにはいかないが、仮に捕まえたとしてどうしようと言うのか?

 殺人者であると警察へ突き出すのか?

 それは、おそらく無意味。

 こんな超常的な出来事を信じてもらえるわけがない。

 一人の高校生が巨大なイカのバケモノを操って、大勢の人々を殺傷しましたなんて通じるわけがない。

 そんなことを主張したら、私の正気が疑われる。

 洲崎だって、それが分かっているから、警察に捕まったとしても自分に都合の良い作り話をして切り抜けようとするだろう。

 つまり、これほどの悲惨な事件が起きたにも拘わらず、これを事実として加害者を裁くことが、この世界ではできないのである。

 だからといって、このまま放置などして良いわけがない。

 私は答えの出せない無限ループに囚われてしまっていた。

 

 『お前は、いったい今まで何をしていたんだ! 』


 突然! 頭の中で大きな声がした。

 シデンの声かと思ったが違った。

 全く別の印象を持つ、決して好ましい存在ではないモノの声である。

 

 (これって、以前、公園でシデンが敵意を剝き出しにして唸っていた時の相手じゃない? )


 あの時に感じた悪意の塊と同じだと、私の直感が伝えてくれた。

 それが話し掛けているのは私ではなく洲崎。

 その思念の強さのせいで、私にまで声が漏れているのだ。


 『私がどれほどの時間を与えてやったと思っている! その間にお前がやったのは、目的を忘れて女を弄ることだったとは! しかも、返り討ちにあって命乞いだと? お前がこれほど無能なヤツだとは思わなかったぞ! 』


 凄まじい怒りの感情が、洲崎を襲っていた。

 声の主の圧力で、既に腰を抜かして立てずにいた洲崎が仰向けになって地面に貼り付けられているほどだった。

 良く見ると恐怖のあまり失禁までしている。


 (これって、いったいナニモノ? )


 洲崎が話していた “先生” とかいうヤツか?

 新たな敵の出現に備えて、辺りを警戒してみても声の主の姿は見えない。

 洲崎もキョロキョロしているので、この場に実体がいるわけではらしい。

 目に見えない相手に向かって、必死で言い訳をしている。


 「助けて下さい! もう一息なんです! “#“$&%” が目の前にあるんです。私が、この女を足止めしておきました! あとは先生の力で、この女を殺していただければ、手に入るんです! 」


 その言いざまには、開いた口が塞がらない。

 さっきまで私に命乞いをしていた口で、今度は先生とやらに私を殺すための助力を願っている。

 そもそも、この男が煩悩を丸出しにしていなければ魔力結石を奪えただろう。

 女の乳に寄り道しているうちに時間切れになったのだ。

 それを、“足止めしていた” とは、よくぞ言ったものである。


 『そんな時間は無くなった! 私は撤退する! この隔離フィールドを維持できない! 間もなく崩壊する! 』


 私たちを閉じ込めている空間は間もなく解放されるらしいが、それを伝える先生とやらの声には明らかな焦りがあった。

 その焦りを生んだのは、間違いなくシデン。

 私の知らないところで、シデンが戦っていて、そして勝ったのだ。


 「先生、僕も連れてって下さい! 今度こそ上手くやります! 先生の役に立って見せます! お願いします! 」


 無様で、惨めで、最低な悪足掻きを見せる洲崎だった。

 私なら、こんなヤツ絶対に助けたりしない。

 ところが、先生とやらは何を思ったのか、


 『ついて来い! 』


 そう声が掛かった。

 同時に、地べたを尻で這っていた洲崎がフワリと宙に浮かんだ。


 (逃げられるっ! )


 咄嗟に洲崎を引き戻そうと手を伸ばしたが、間に合わなかった。


 「うぎゃーっ! 」


 洲崎の悲鳴が聴こえたと思ったら、その身体は急上昇を始め、私が驚いている間に凄まじい速度で空の彼方に飛び去ってしまった。

 時速で言うなら数百キロ、並の人間ならバラバラになるほどの速度で、洲崎は空中を引き摺られるようにして飛び、消えてしまった。

 悲鳴を上げてはいたが、洲崎がバケモノの力で守られているならば死ぬことはないだろう。


 「・・・逃げられたの? 」


 あっと言う間の出来事過ぎて、目の前で起きた事態が直ぐには飲み込めなかった。

 多数の死傷者を出した惨劇の現場をそのままにして、その加害者は逃げ去ってしまった。

 私は洲崎に殺され傷つけられた生徒や先生の復讐をしてあげられなかった。

 ナツキを始めとする友だちやクラスメイトが受けた苦しみを洲崎に返してやることができなかった。

 シデンの放った雷撃の後、洲崎の命は私の手の中にあったにも拘わらず、それができなかった。


 (口惜しい! )


 それは本心。

 自分の不甲斐なさに腹が立っている。

 だが、その反面、洲崎が逃げてくれたことにホッとしている自分もいた。

 これで、私が洲崎を自分の手で殺さずに済んだ。

 いずれ、シデンがやってくるだろうが、


 「逃げられてしまったのだから仕方が無い。」


 そんな言い訳が立つ。

 結局のところ、シデンは私を見損なっていたのだ。


 『たぶん殺らなきゃなんない状況になったら、お前は殺れると思う。』


 それは買い被り。

 勘違いだったのだ。


 (殺らなきゃなんない状況でも殺れなかったよ。)


 そのことは、いずれ正直に話そう。

 シデンは怒るかもしれないが、共に戦う相棒が欲しいなら他に見つけてもらうしかない。


 (私には意味の無い能力もらっちゃったなぁ・・・ )


 常人を遥かに超える身体能力。

 心が常人のままなのだから、それを生かす働きなんて、とてもできそうにない。


 (あれ? なんか目の前が暗くなってく? )


 突然、視界が徐々に暗転を始めた。

 脚の力が抜けて立っていられない。

 脚だけじゃない、全身の筋肉が緩み始めて、姿勢を保っていられなくなった。


 (なっ、何よコレ? )


 戸惑っている間も無く、私は意識を失ってしまった。


 後に知ったことだが、私の能力は燃費が最悪。

 リミッター解除時での稼働時間は10分にも満たないとのことである。

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