形勢再逆転!?
触腕に捕らえられたのは、親友の一人で、名前は小早川 菜月、愛称は “ナツキ” 。
小柄で華奢で、ショートヘアの似合う、可愛らしい子である。
性格も明るくて、多少天然気味だが、そういうところが男子に受けて人気のある子だった。
私とは高校に入学して間もない頃に出会って意気投合し、家が近かったこともあって、親友たちの中では、遊びでも、勉強でも、それ以外でも、最も長い時間を一緒に過ごしている子だった。
そんなナツキが私の目の前で苦痛に悶え苦しんでいる!
気がつけば私の周りにいた親友たちも、クラスメイトたちも、皆が触腕に薙ぎ払われて一人として立っている者はいない。
地面に横たわったまま動かない彼らが生きているのか死んでいるのか、私には分からない。
「アハハ~! 捕まえちゃったよ~ どうしよう? ねぇ、どうしたら良い? 」
自らが作り出した惨劇の現場を満足そうに見渡しながら、洲崎は残酷な笑みを浮かべて勝ち誇っている。
私が地面をひと蹴りしたら、その首根っこに手が届きそうなほどの距離にいるのに、
「手を出せないよねぇ。だって、神月さんが手を出しちゃったら、この子がとっても辛い目にあうからねぇ。アッハッハッ~! 」
そのセリフに応えるようにして、触腕の先端部が地面に抑えつけていたナツキを軽々と持ち上げながら洲崎の傍に寄り添うように移動した。
ナツキを宙吊り状態にして、その苦しむ姿を私に見せつけようということらしい。
「ほーら、これなら大事なお友だちの姿が良く見えるよ~ 」
彼女の上半身には触腕がぐるりと包み込むように巻き付いていて、簡単に引き剥がせそうにない。
頭と顔は覆われていないが、それは悲鳴を上げさせるため、苦痛に歪む顔を私に見せたいがために違いない。
そして、質が悪いことに骨の無い筋肉繊維だけの触腕は獲物を抱えて宙に持ち上げたまま静止しているのが苦手なようで、ユラユラと揺れ続けているため、ナツキは吸盤に並んだ鋭いスパイクに肌を切り裂かれ肉を抉られる苦しみを、絶え間なく味わい続けなければならない。
激しい痛みに意識を失うことも許されないまま、ナツキは苦悶の表情を浮かべ、悲鳴と呻きと泣きじゃくる声が途切れない。
そして、苦し気に痙攣を繰り返す彼女の脚を伝って、赤い筋になって流れ落ちる血。
「・・・サ・・・チ・・・だずけ・・・ぇ・・・ 」
掠れた声を絞り出し、助けを求めるナツキ。
私の心は壊れる寸前、既に限界に近かった。
「もうやめて! あんたが狙ってるのは私なんでしょ! ナツキは関係無いじゃない! 」
そうなのだ。
ナツキはもちろん、この場に捕らえられている生徒や先生たちは、皆が私を苦しめるための道具。
私が大人しく言うことを聞けば・・・皆が助かるなら・・・
「そうだよ。神月さんは、もう僕の言うことを聞くしかないんだよ。ここにいる皆を助けたければ、そうするのが一番なのさ。」
異世界の侵略から地球を守るとか、そんなこと私には端から無理なのだ。
例え、そのせいで世界が滅ぶとしても、目の前で苦しんでいる親友を助けずにはいられないのだ。
「ナツキを・・・離しなさい! なんでも、あんたの言うとおりにするから! 」
爪が食い込むほどに拳を握り締め、血が滲むほどに強く歯を食いしばりながら、口惜しさに全身を震わせながら、言い切った。
「それはねぇ、もちろんなんだけどさ~ この子はせっかく捕まえたんだから離したく無いなぁ。」
勝利を確信したらしい洲崎の目に、残酷で怪しい光が見えた。
「ナツキの代わりに私を捕まえたら良いじゃない! お願い! お願いします! 」
バケモノを従えて悪魔のような笑みを浮かべながら傲然と立つ狂人の足元に向かって、私は地面に両膝と両手を突きながら懇願した。
しかし、こうした私の態度は洲崎の更なる残虐性を呼び起こしてしまったらしい。
「神月さんはね、後でじっくりといたぶってあげるよ。もう僕に反抗できないように体力を削ぎ落さなきゃならないから徹底的に痛めつけた後で楽しませてもらうとしよう。でも、その前に神月さんには、目の前で大事なお友だちがボロボロにされてく可哀そうな姿を見せたげるね~ 」
洲崎はズルッと唾を吸い上げる音を立てながら、傍らにぶら下がっているナツキの脚に手を伸ばした。
邪魔だとばかりに制服のスカートを引き裂き、色白の肌に幾筋もの血の跡が走ったナツキの片方の太腿を抱き寄せると、私の反応を横目で確かめるようにしながら頬ずりし、舌を這わせた。
「や! やめて! ナツキから離れてっ! 」
私の悲鳴のような叫びが、洲崎の嗜虐欲を一層掻き立ててしまう。
それが分かっていても、声を出さずにはいられない。
「これから目の前でお友だちを犯しちゃうけどさ、ヤキモチ焼かないようにね。お友だちは使い捨てにするけど、神月さんはいつまでも、ずーっと壊れるまでカワイがってあげるからさ~ 」
そう言いながら洲崎の手がナツキの下着に伸びた。
「このゲスが! 」
一旦はナツキの身を守るために屈服したが、それでも洲崎が凶行を続けると言うのなら耐えていられるわけがない。
私は再び沸き上がった怒りの衝動に駆られ、洲崎に飛び飛び掛かるべく一瞬で立ち上がり攻撃姿勢を取った。
「ヒッ! 」
先ほど、私にボコボコにされたのを思い出したのか、洲崎は引き下ろしかけたナツキの下着から手を離し、引き攣った声を上げて飛び退った。
そして慌てながらも、私が動き出す寸前で触腕に向かって助けを口にした。
「ちょっ! くそっ! №〷&〇§~ ! 」
すると、洲崎の忠実な僕であるバケモノは即座に反応する。
ナツキの小柄で華奢な身体を絞めつける力が微妙に増した。
「いだっ・・・イターッ! あうっ・・・ぐぅ! 」
生かさず殺さず、私の戦意を挫き、行動を阻止するため、最も効果的な力加減でナツキに悲鳴と呻き声を上げさせた。
「も・・・いやぁ・・・たす・・・さや・・・ち・・・ 」
ナツキの苦しむ声が聴こえた途端、私は動けなくなる。
私が無抵抗で従ったとしても、何の解決にもならないのは分かっている。
このままでは、ナツキも私も洲崎に弄ばれ蹂躙されるだけ。
結局は私もナツキも助からず、そして日本中、世界中の大勢の人々が、この狂人やバケモノの同類に殺されることになる。
それが分かっていても、今、目の前で助けを求める声を聞かされたら動けなくなる。
(もう無理・・・私には無理だよ。シデン、言いつけ守れなくてゴメン! )
最早、私にできることは何もない。
この河川敷の一画、グラウンドに全校生徒や先生と共に閉じ込められた時点で、しかも同じクラスで私の交友関係を知る洲崎が敵であったことにより、私の敗北は決定づけられてしまっていたのだ。
無力感に苛まれて、顔を上げていられずに俯いた私に、洲崎がツカツカと歩み寄ってきた。
「まったく、驚かせやがってさぁ~ だいたい僕に逆らおうってのが間違いなんだっ! 最初から大人しく従ってればさぁ、こんな目に合わずに済むんだよっ! 」
そのセリフが終わるや否や、私は腹部に猛烈な衝撃を受け、身体をくの字に折り曲げて地面に膝を突き、込み上げてきた胃液を咳と共に吐き出した。
「アハハ! さっきは僕を散々痛めつけてくれたよねぇ。せっかくだから10倍ぐらいにして返してあげるよ~ 」
私に膝を突かせた洲崎は、続いて高笑いしながらグラウンドの土が付いた硬いゴム底の靴裏で私の横面を力一杯蹴った。
容赦の無い蹴りによって地面に押し倒された私に、怒涛のような洲崎の暴力が襲い掛かった。
私の身体中、頭の天辺から手足の先まで、あらゆる部分に洲崎のつま先や踵が突き刺ささり、踏みにじられる。
腹を押さえたら背を蹴られ、顔を覆えば後頭部を踏みつけられた。
グラウンドの固い土の上で転がされ、撃ちつけられ、忽ち私の顔は血に塗れ、制服は土を被って所々が破け、手足には血が滲み赤黒い痣が浮かんだ。
手の指と肋骨が何本か折れて、血の混じった胃液と唾を吐き、呼吸の際に吸い込まれる鼻血が気管に逆流して咳が止まらなくなった。
絶え間なく続く暴力の嵐の中で、徐々に私の意識は朦朧としてきて、初めのうちは苦痛に喘いでいたのに、いつの間にか痛みは消え、不明瞭な音と身体に加えられる重みだけが残っていた。
「こんなもんかなぁ? 」
洲崎が楽しそうに息を切らしながら、私の髪を鷲掴みにして顔を引き起こした。
涙で霞む視界の中で、洲崎の顔がヌッと近付いてくるのが分かったが、これを避ける気力が失せてしまっていた。
私の身体には未だ動けるだけの力は残っている。
洲崎の手を振りほどいて、その顔を殴りつけ押し退けるくらいのことは簡単にできるだろう。
だが、それでどうなる? という諦めの気持ちが何もさせなかった。
私が洲崎に逆らう度にナツキが苦しめられる、その繰り返しはもう嫌だ。
「へっへっへ~ それじゃ早速! 」
締まりのない顔と緩みきった口が発する笑い声と共に、私の制服の上着が乱暴に捲り上げられ、洲崎の手がジャンパースカートの脇からブラウスの中に入り込んできた。
そして、思わずゾッとする感触が肌の上へ直に伝わってくる。
例えるならば芋蟲の集団が肩口から胸部に向かってジワジワと肌の上を這いずってくるような、とんでもなく悍ましい感触である。
芋蟲の集団は、間もなくして魔力結石が入ったペンダントに到達するだろう。
そして、不甲斐ない私の手にあったがために魔力結石は奪われてしまい、いずれ世界は滅びてしまうのである。
(シデン! 本当にゴメン! )
ところが、どういうわけか芋蟲たちは魔力結石の入ったペンダントロケットを素通りした。
それは余裕の表れなのか?
私に精神的な苦痛を与えたいがためなのか?
それとも肝心の目的を置き去りにしてまで己の欲望を優先し、私を凌辱しようとしているのか?
どうやら、洲崎にとっては、それらの行為の方が魔力結石よりも優先されるらしい。
性欲に駆られた芋蟲たちは魔力結石などには見向きもせず、私の下着の中にズルズルと入り込んできて、胸の膨らみの上で広がって不気味な蠢動を繰り返した。
芋蟲たちによって胸を撫でまわされ、敏感な部分を弄ばれること、それは吐き気をもよおすほどに気味の悪い感触だったが、それを止めることが今の私にはできなかった。
歯を食いしばって屈辱に耐え、洲崎の悍ましい行為が1秒でも早く終わってくれることを願うしかなかった。
ところが、
「へ? 」
洲崎の間の抜けた声が聴こえた次の瞬間、
ゴッ!
と、空気を切り裂くような音がした。
そして、間を置かず、
ピシャッ! ドドーン!
それは大地を揺るがす雷鳴の轟だった。
雲の無い晴れた秋空から一筋の雷光が降ってきたのである。
洲崎が私の身体から手を離し、怯えながら尻餅をついた。
いったい何が起こったのか?
私は顔を上げて雷光が閃いた方向に目をやった。
そこは10本の残忍な触手が生えていた大きな穴があった。
巨大なイカの本体がそこにはあり、大勢の生徒や先生を飲み込んだバケモノの潜む穴だったはずだが、今、その穴からは黒い煙が立ち上り、生き物の肉が焼け焦げる臭気が立ち上っている。
この瞬間に状況は一転した!
魔力結石はペンダントロケットに入ったまま奪われていない。
私の胸には洲崎の手で弄ばれた悍ましい感触が残ったままだったが、ヤツが煩悩を丸出しにしてくれたおかげで魔力結石を守る時間を稼ぐことができた。
いったい何が起こったのか?
そんなこと考えるまでも無かった。
私は激しく咳き込みながらも、出せる限りの精一杯の声で叫んだ。
「シ、シデン! 」
応えは直ぐにあった。
『遅くなった! だが、もう直ぐそっちへ行く! 間もなくお前たちを捕えている罠は消えるから、待ってろ! 』
シデンの姿は見えなかったが、その力強い声で私は我に返った。
壊れかけていた心が、みるみるうちに再生した。
屈辱に萎れて消えかけていた自尊心が立ち直り、怒りと闘志に新たな火が点った。
(イカのバケモノは死んだ? 触手は? )
シデンの遠隔雷撃を受けた巨大イカは、その本体を地上に見せることも無いまま穴の中で焼かれていた。
先ほどまで暴虐の限りを尽くしていた触手は全て千切れ飛び、穴の周りで半分焦げた状態になって散らばっている。
そして、私の友だち、ナツキを捉えていた触腕も根元が燃え千切れ、既に動きを止めて地に落ちていた。
「ナツキ! 」
触腕の先端部に捕らえらえた状態のまま地面に横たわるナツキに、私は立つ間も惜しみ転がるようにして近寄った。
そして、彼女の身体に巻き付いた触腕を大急ぎで引き剥がしにかかった。
折れた手指が痛み、吸盤のスパイクで両腕が傷だらけになったが、今はそんなことを気にしている場合では無かった。
「・・・酷い! 」
触腕を完全に引き剥がし、解放されたナツキの身体を見て私は絶句した。
制服は大量の出血が沁み込んだボロ雑巾のようになって原型を留めておらず、吸盤のスパイクで十数か所も引き裂かれた布の隙間からは、掻き毟られたようにズタズタにされた赤黒い肉が見えた。
ナツキの細くしなやかだった両腕は触腕の締め付けに耐えられず、外見で分かるほどの酷い骨折をしていて、右腕は千切れかけていた。
「ごめんなさい。私のせいでこんな・・・ 」
友だちの惨状を前にして、涙が溢れ、奥歯がギリリと鳴り、身体中が小刻みに震え出した。
「さ・・・やち・・・・たす・・・くれ・・・て・・・りがと。」
今にも消え入りそうなナツキの声が聴こえた。
激痛が去ってはいないはずなのに、その顔には微かな笑顔が見えていた。
無理に口を開いたら体力を消耗するだけなのに、彼女は自分を酷い目に合わせた元凶であるはずの私に向かって “ありがとう” を口にした。
「・・・ 」
私は、いつの間にか無言のまま、ゆっくりと立ち上がっていた。
痛めつけられたダメージはしっかり残っている。
折れているらしい数か所の肋骨がズキズキと痛む。
どの指かは分からないが手指も複数本折られているようで拳は握れない。
口内はズタズタに避けていて、真っ赤に変色した唾が口元から滴り落ちる。
しかし、それでも私にはしなければならないことがある。
「洲崎ぃ! 」
私のせいで、この狂人に殺された多くの生徒や先生、そして傷つけられた友だち。
そして、地獄の責め苦を味合わされたナツキの復讐をしなければならない。
彼らの苦しみを、この悪魔に魂を売った男に返してやらなければならない。




