洲崎をぶっ飛ばす!
「洲崎―つ! 」
一声叫んで身構える。
今の私の顔は、たぶん憤怒の形相ってやつ。
絶対に鏡は見たくない。
洲崎は相変わらず余裕の笑顔だが、視線を私から逸らさないのは、こちらの出方を警戒しているからに違いない。
「何か、雰囲気変わったけど、どうするつもりなのさ? 」
どうするつもりも何も、ダッシュで4、5メートルほどある彼我の距離を詰めて殴り倒すか、蹴り倒すだけ。
人質を盾にされる前に洲崎を叩きのめして拘束してしまう以外にやるべきことはない。
そうと決めたら、後はタイミングを計るだけ。
洲崎を睨みつけながら発射台となるべき足元の土をギリリと踏みしめた。
「サヤチ、危ないことしちゃだめだよ。」
「洲崎君が何言ってるのか全然分からないけど、逆らっちゃダメだよ。」
「あいつ、もう普通じゃないし殺されちゃうよ。」
左右から上着の袖を掴む者がいた。
私の形相と剣幕に驚いた親友が二人。
辛うじて聴こえるほどの怯えた弱々しい声で、私を引き留めようとしている。
「あ! 」
頭に血が上り過ぎて、失念してしまっていた。
この二人だけじゃない。
私たちの周りには沢山のクラスメイトがいた。
ギフトを開放した私が能力全開で、同じく異世界の能力とやらで強化された洲崎と戦えば、それは常人であるクラスメイトたちから見れば(速過ぎて見えないかもしれないが)異次元の戦いになる。
私も洲崎も普通の人間ではないことは一目瞭然、それを皆に知られてしまう。
バケモノだと言われ、気味悪がられるかもしれない。
どうして、そんなことになったのかと根掘り葉掘り聞かれるかもしれない。
そんなになったら嫌だ!
でも、
(今は、それどころじゃないし。そういうことは、後で終わってから考える。)
目の前の危機的な状況を脱する手段が他にあるなら兎も角、洲崎を拘束するしかないわけで、
「大丈夫だから。私、あいつより強いし。」
そう言って、私の上着の袖を左右から掴んでいた友だちの手を外した。
どうして強いのかと聞かれた時の言い訳なんて沢山ある。
子どもの頃から空手を習っていたのだと答えれば良い。
どうせ、最近逞しくなったとか、硬くなったとか言われてたし、こっそり鍛えてたとか何とか言い添えておこう。
「いやあ、まいったなぁ。僕が神月さんより弱いだなんて、そんなこと―? 」
洲崎が、ヤレヤレといった風に肩を竦め、首を振ってみせた。
その無駄にワザとらしい動作の中にコンマ数秒の隙を見た。
そのふざけたセリフを最後まで言わせる気は無く、私は一切の助走動作無しに地面を蹴って飛んだ!
立ち幅跳びの世界記録は3メートル70センチぐらいだったか?
それを上回る跳躍力で一瞬にして洲崎の目前に迫った私は、かわす間を与えることなく笑顔を張り付けたままの顔面に上履きのゴム底を叩きつけた。
「ふぎゃっ! 」
それまで洲崎は動けなくなった男子の上に格好つけて片足を乗せっぱだったため、忽ちバランスを崩し、踏み潰された顔を覆いながら俯きの姿勢になった。
一旦着地した私は、その無防備になった上体に向かって振り上げた右足の踵を容赦なく叩き落す。
ゴッ!
自分の踵が肩の骨にめり込む嫌な感触が伝わってきて顔を顰めたが、そこで動きを止めるようなことなく、同じ足で洲崎の鳩尾に全力の前蹴りを突き刺した。
「うごぁっ! 」
洲崎は鼻血を流し、胃液を吐き出しながら、身体をくの時に折り曲げて地面に転がった。
「サヤチ、凄い! 」
「流石、空手少女! 」
「誘拐犯ぶっ飛ばしたのってホントだったんだね~ 」
そんな驚きの声が背後で聴こえたが、皆がその程度に認識でいてくれているのなら助かる。
空手少女な感じで、洲崎をやっつければ良い。
「つぉーっ、ちっくしょっぐぁーっ! 」
反撃能力を失い、口惜しそうに呻きながら悶絶している洲崎に、最早人質をどうこうする力など残ってはいまい。
そう判断した私は攻撃の手を止めて、
「私たちを解放して! 今すぐ! 」
そう怒鳴りつけた。
「ふざけんな! このクソっ! こんなんで勝ったと思ってんじゃねぇ―っ! 」
洲崎が素直に言うことを聞かないのなら、聞くまで追い打ちを掛けるだけ。
「あんたが言うことを聞くって言うまで痛めつけるわよ。」
クラスメイトに酷い暴力を振るった以上、容赦するつもりは無かった。
全校生徒756人の命が掛かっているのだからと自分に言い聞かせ、心を鬼にして洲崎をぶちのめすつもりだったが、
(それで良いの? )
心の中で警鐘を鳴らす声がした。
何かを忘れている? 足りない? 迷い? 不十分? 油断? 甘さ?
無防備に転がった洲崎は既に脅威ではなくなっている。
だから、今は私が圧倒的に有利な状況にあるはずなのに、
(不安が消えない! 不安が増幅していく! )
微かな笑い声が聞こえた。
洲崎が呻きながらも笑っている。
(何故? )
この体勢から逆転できると思っているのだろうか?
そんなことを、私がさせると思っているのだろうか?
でも、できるとしたらどうやって?
「#№〷&〇§~±&$#%*@+?><#“$&% 」
意味不明な呟き?
日本語ではない、英語でも、フランス語でも、中国語でもない、こんな言葉は世界に存在しない。
これは間違いなく異世界語。
そして、これを口にしているのは洲崎!
「止めろっ! 」
その呟きが何のためのモノであるのか、ある可能性に思い至った私は力づくで止めるべく洲崎に歩み寄り、その胸倉を掴んで持ち上げた。
(軽い。)
痩せ型とはいえ男一人の身体を片手で簡単に持ち上げられるほどの力が今の私にはある。
このまま、顔面をひと殴りすれば洲崎を絶命させられるだけの力がある。
しかし、
「止めろと言ってんだ! 」
学生服の襟を絞めつけながら声を荒げてみたが、それだけでは洲崎の口を塞げない。
「№〷&〇§~! №〷&〇§~! №〷&〇§~! 」
私の制止を無視した洲崎が、同じ単語を3度繰り返した。
それで呟きは終わり、最後に私を見てニヤリと笑った。
「洲崎! あんたまさか、それって呪文詠唱? 」
「呪文詠唱なんてゲームみたいで嫌だなぁ、Spellcastingって言ってくれよ~ 」
「ふざけてんじゃないっ! いったい何をしたのよ? 言いなさい! 」
私は両手で洲崎の胸倉を掴んで持ち上げて前後に激しく揺すった。
「アハハ、何をしたのか? 直ぐに教えてあげるよ~ ホラ! 」
そう言いながら洲崎が視線を私の背後に向けた。
それに釣られるようにして、私が後ろを振り返った。
ドッドーン!
私たちが立っている地面が大きく振動した。
それと同時にグラウンドのほぼ中央が爆発した?
整備され敷き固められた土が捲れ上がり、爆心地の付近にいた生徒たちが、まるで木の葉のように軽々と宙に舞い、そして驚き逃げ惑う他の生徒たちの上に落下した。
忽ち上がる悲鳴、そして絶叫!
既に逃げ場を失ったパニック状態の中にあって、精神的に限界を迎えていた多くの生徒たちと、それに先生までもがあてもなく無く、四つん這いになって逃げ回っている。
「なんだ? あれ? 」
誰かが大声で叫んだ。
その声に導かれるようにして幾人かの生徒が爆心地を見た。
そんな彼らの目に飛び込んできたのは、異様な光景だった。
「触手?! 」
爆心地にポッカリと空いた穴から空に向かって突き出された10本の触手が、昼下がりの陽の光を浴びながらヌメヌメと輝いていたのである。
触手のうち8本は5メートルほどの長さ、2本だけが異様に長く20メートル以上もありそう。
それらが、まるで水中を漂うようにして、ユラユラと揺れながら直立していた。
全ての触手の色は血のように赤く、縁に鋭いスパイクの付いた吸盤が2列に並ぶ。
「イカだよ! でっかいイカの足だ! 」
そう、それは正しく巨大なイカの触手であった。
私たちに見えているのは触手のみで、その本体は地中にあると思われるが、そんな馬鹿げたイカがこの世界に存在するはずがない。
「あんた! あれは何? あんたの仕業なの? 」
それまでは大人しく制服の胸倉を掴ませていた洲崎が、触手の出現で私の気が散った隙を狙って手を振りほどいた。
「ふふっ! 当り前じゃないか。僕が呼んだんだよ。紹介するよ僕の忠実なペット君、№〷&〇§~ って言うんだよ。」
奇妙な発音で名前を聞いたところで私には何の意味も無い。
巨大なイカの触手!
それだけで十分である。
「確かに君は強いよ。さっきは不意打ちみたいな感じだったけど、たぶんマトモにやり合っても僕は勝てそうにないなぁ。だから、正攻法でいかせてもらうよ。もちろん僕にとっての正攻法だけどね。」
洲崎が言い終わると同時に、触手が動いた。
動き出した触手は10本全てが伸縮自在だったらしい。
8本の触手は倍以上も伸びて四方に広がり、その届く範囲にいる生徒たちを次々に捕らえた。
捕らえられた生徒たちは必死の抵抗も敵わずに地面を引き摺られ、爆心地の穴の中に引きずり込まれていった。
そして、穴の中から聴こえる彼らの絶叫。
「№〷&〇§~ はお腹が空いてたんだよね。」
そのセリフにゾッとした。
「まさか、人を食ってるのか? お前が食わせてるのか? 」
洲崎はニヤニヤするだけで答えようとしない。
「ど、どうしてこんな酷いことができる? 」
次々に人が死ぬ! 巨大なイカの怪物に食われて沢山の人が死ぬ!
洲崎の狙いは私一人なはずなのに、私が逆らうから何の関係も無い大勢が死ぬ!
次々に死んでいく生徒たちの中には、洲崎の友人知人だった者もいるはずなのに!
(止めなきゃ! )
私なら止められるかもしれない。
だが、この場を離れられない。
今、洲崎から目を離せば、こいつが自らの手で振るう暴力を放置せざるを得なくなる。
そんな私の葛藤を嘲笑うかのように、洲崎が巨大イカに向かって叫んだ!
「№〷&〇§~ ! ±&%>%*@+?<#“$$#&~! 」
その叫びに応えて、それまで動きの無かった巨大イカの触腕に当たる2本の長い触手が明らかな目的を以って動き出した。
他の触手とは異なり、グラウンドに散らばる生徒や先生たちには目もくれず、それらを薙ぎ倒しながら、まっしぐらに伸びた先にいたのは、私の親友たちのうち、先ほどまで私の左右にいて制服の袖を握っていた二人である。
「キャーッ! 」
「ヒィーッ! 」
巨大な触腕に自分たちが狙われていることに気付いて、彼女たちが悲鳴を上げた。
「こんのやろーっ! 」
その悲鳴を聞くや否や反射的に動いた私は触腕の一本に掴みかかり、その進行を一時的に阻むことに成功した。
すかさず邪魔物を排除しようとする触腕は、スパイク付きの吸盤が並んだ先端部で中ほどを押さえ付けている私を襲ってくる。
まるで目が付いているかのような的確な動きで迫ってきた触腕だったが、巨大であっても所詮は軟体動物の大して素早くも無い動きである。
今の私を捕らえるのは絶対に無理。
触腕の先端部が身体に触れる前に、私は直径40センチ以上もある太さの触腕の外皮膜を手刀で突き破り、深々と手を差し込んで内部の筋肉の繊維をズタズタに引き千切ってやった。
イカに痛覚があるかどうかなんて知らないが、私の攻撃により触腕の1本はその機能を大きく傷つけられたようで、まるで触腕自体が1個の生き物であるような苦痛に悶え怯むような動きをしつつ、爆心地の方向に逃げて行った。
「イヤッ! キャーッ! 」
ハッ! として振り返った。
(しまった! )
触腕の1本を阻止できたが、もう1本への対処は間に合わなかった。
襲い掛かってくる未知の怪物から、非力な女子高生が自力で逃れられるわけがなかった。
「だずけでーっ! うぐぅっ! いたっ! 痛いよーっ! 」
私の大切な親友のうちの一人が、触腕の先端部に捕らえられ、吸盤に生えたスパイクで肉を裂かれ悲鳴を上げていた。
これまでと、物語の雰囲気変わりつつありますが
引き続きよろしくお願いいたします。




