私の怒りMAX! 臨戦態勢!
「洲崎・・・くん? 」
その唐突な登場に驚いたまま、彼の薄気味悪い笑顔から暫し目が離せずにいた私だったが、その僅かな間に現状で考えられる限りにおいて最低最悪の事態が訪れたことに気付いた。
「そんな、まさか! 」
この事態について、全くの予想外だったというわけではない。
これまでに、その可能性について考えないでもなかった。
洲崎君が私との距離を詰めたがっていたこと。
私の世話を些か強引に焼きたがっていたこと。
いつだったかは、誰もいない放課後の教室で私を待ち構えていたかのように一人残っていたことなど。
これらは、
(私から魔力結石を奪い取るための行為だったんじゃないの? )
と、疑ったことがあった。
だが、洲崎君には牙も無ければ、小学校や中学校時代からの友だちだっている。
校内で私の荷物が荒らされた事件の際にはアリバイがあった。
だから、洲崎君は人間に違いない。
私の気のせい、考え過ぎなのだと思っていた。
(それが、気のせいじゃなかったってこと? 洲崎君は異世界のバケモノ? その一味なの? )
急いで親友たちから離れようとしていたはずの私だったが、ショックで全身が硬直し、脚も竦んでしまったようで、一歩も動けなくなってしまっていた。
だが、ここで動くことができたとしても、私の日常的な人間関係を知る者が敵になってしまったならば、意図していた行動に最早意味は無くなってしまう。
「洲崎! あんた今まで何処に行ってたの! 探してたんだよ! 」
先ほどまで点呼を取っていたクラス委員長が、洲崎君がいることに気付いて駆け寄ってきた。
そして、彼女が殆どのクラスメイトに対してするのと同じように、洲崎君が避難行動に遅れたことについて気安く注意し、当り前に咎めた。
もちろん彼女の口調は大してキツクはなかったし、言われた相手が気分を害すとかショックを受けるほどの言葉を発したわけでは無かったのだが、
「もう点呼取り終わってんだから、さっさと―! 」
そこまで言ったところで彼女の言葉は途切れてしまった。
その代わりに、
バシッ!
短く重く鋭い打撃音が鳴り、クラス委員長のトレードマークだったクリアフレームのメガネが宙を飛んだ。
何事が起きたのかと、辺りにいた生徒たちが一斉に振り向く中で、
ドサッ!
意識を失ったクラス委員長の身体が地面に崩れ落ちた。
このことに直ぐ反応できた者はいなかった。
有りうべからざる事実を前にして、皆が一瞬思考停止状態に陥ってしまっていたのだ。
クラスメイトの女子が1人、手加減無しの暴力を振るわれて意識を無くして倒れてしまったということに気付いたのは、
「僕に指図しようとするから、こうなるんだよ。分ったかな? 」
加害者である洲崎君が、こう言い放ってからであった。
彼は、自らの行為について悪びれもせず、動揺することもなく、非力な女子を打ち倒した自らの拳を、まるで誇るようにしながら周囲に見せつけていた。
その顔に張り付いた満面の笑みは凶行の後であっても変わらず、口元には新たに残忍な歪みが加わっていた。
「ちょっと! 洲崎! あんた、何やってんの! 」
「たいへん! 保健室! じゃない救急車! 」
そう叫んで数人の女子が地面に横たわったままのクラス委員長に慌てて駆け寄り、その身体を抱き起したが、白目を剥き、頬を歪ませ、口から血泡を吹きながらピクリとも動かない彼女の有様は到底生きているようには見えなかったため、悲鳴を上げ、腰を抜かした者もいた。
「救急車! 救急車呼んで! 」
「先生に報告して! 」
私たちのクラスと、その近くにいた生徒たちは忽ち騒然とし、女子は洲崎君を怖がって泣きながら後退りし、男子は暴力行為の加害者を逃がさないようにと取り囲んだ。
「洲崎! てめぇ! 」
「こいつ、捕まえとけ! 」
腕っぷしに自信のある体育会系の男子が真っ先に洲崎君に迫り、その肩や腕を抑えつけて拘束しようとした。
体格的に優れているわけでもなく、どちらかというと文科系で、成績は良いが運動面では目立ったところのない洲崎君なので、男子数名で簡単に取り押さえられるだろうと誰もが思っていた。
ところが、
「ぎゃっ! 」
「うぐぁっ! 」
「いっでぇー!」
鈍い悲鳴が重なって聴こえたと思ったら、洲崎君よりも一回り大きな体格をした体育会系の男子が3人、地面に転がっていた。
彼らに何が起きたのか、この場にいる誰にも、転がった本人たちにも分からなかっただろう。
彼らを叩き伏せた洲崎君の動きは、明らかに人間離れしていたのである。
その動きを目で追うことができたのは、おそらく私だけ。
「逆らったらダメなんだよ~ 」
洲崎君は苦し気に呻く彼らを小馬鹿にするようなセリフを吐きながら嘲笑い見下ろしていたが、3人の男子の中の一人が痛めた脇腹を抑えながらも激しい怒りを剥き出しにして睨みつけてきたのに気づくと、その傍に歩み寄り、
「たかが人間の分際で僕に適うわけないじゃんねぇ、お馬鹿さんだなぁキミは! ねぇ、神月さん。」
洲崎君が姿を現してから混乱し、竦んだまま一歩も動けずにいた私に、ふざけた口調で同意を求めてきた。
そして、自分を睨みつけてくる男子の痛めている脇腹を狙って楽し気に蹴りつけた。
二度、三度と蹴り続け、激痛から逃れようと這いずる男子を容赦なく追いまわし、尚も蹴り続け踏みつけた。
その間、洲崎君の笑い声は辺りに響き渡り、その狂気が生徒たちに恐怖となって伝染し、著しいパニック状態を引き起こした。
男女の区別無く逃げ惑う私たちのクラスの生徒と、一体何事が起きたのかと不安そうに騒めく他のクラス、他の学年の生徒たち。
静かにするようにとハンドスピーカーで支持を出し続ける先生たちの声も、既に生徒たちの耳には届かないほどの混乱が河川敷一帯を支配していた。
そして、その混乱の火に油が注がれる
「出られない! 」
「帰れない! 」
「逃げられない! 」
自分たちが、超常的な現象によって荒川河川敷の野球グラウンドを中心とした一画に閉じ込められてしまっていることに全校生徒が気付いたのである。
全く意味も無く右に左に掛けずりまわる生徒たち。
足を縺れさせて転んだ同級生に躓き、群衆雪崩が其処彼処で起こった。
生徒の混乱を何とか収めようとする先生たちでさえも、自分たちが置かれている状況が分からず、ハンドスピーカーの声は怒鳴り叱りつけるだけの感情的な声に変わってしまっていた。
「アハハ! 弱いなぁ人間は。どう思う神月さん? 」
洲崎君は、蹴られ続けた痛みで気絶してしまったのか、丸まったまま動かなくなった男子の背に足を乗せ、ホンの数歩離れた位置で呆然としたまま固まっている私の顔を覗き込むようにして笑った。
この時の洲崎君の表情からは、生真面目な優等生だった面影は完全に失われていて、そこには暴力と恐慌を楽しむ悪魔がいた。
今、私たちの周りには大勢のクラスメイトが残っている。
恐怖のあまりに動けなくなってしまったらしい生徒はそこら中にいるが、手を出すことはできなくても未だ洲崎君の包囲を解かずにいる勇敢な男子、怪我をして動けないクラス委員長の身体を庇うようにして身を寄せ合う女子もいた。
そして、私の親友たちは、クラス委員長を庇っていたり、私に寄り添っていたりとバラバラだったが、5人とも見える範囲に留まっている。
私にとって、これ以上は有り得ないほどの最悪の状況ができ上がってしまっていた。
「さて、そろそろ本題に入ろうかな。」
洲崎君、いやもう呼び捨てで良いだろう。
洲崎は周囲の現状をグルリと見回してから満足そうに頷くと、その視線を真っ直ぐ私に据えた。
「まあ、ハッキリ言わせていただくけど、ここにいる皆を開放して欲しければ、キミに二つの要求に応えてもらいたいんだわ。」
既に悪意を隠そうともしない残酷な笑みを浮かべながら、洲崎は私に向かって両手を突き出し、左右2本の人差し指をピンと立てて見せた。
「二つ? 」
私が疑問形で反応すると、
「そうだよ~二つだよ。」
嬉しそうにしながら、まずは右の人差し指を左右に振った。
「一つ目は、もちろんキミが持っている “#“$&%” を僕に渡すこと。」
“#“$&%” の発音が聞き取れなかった。
異世界語だったのかもしれないが、それが魔力結石を指す言葉であることは察せられた。
そこまでは分かるのだが、それ以外に私に何を要求しようと言うのか?
魔力結石以外に異世界の侵略者が欲しがりそうなモノを私はもっていない。
「二つ目は? 」
私の問いに、洲崎は左手の人差し指を左右に振りながら答えた。
「二つ目はね、神月さん自身が僕のモノになること。」
「はぁ? 」
洲崎が、この状況に於いて何を言い出したのか、さっぱり意味が分からない。
いや、ニュアンス的には分かったような気もするが、その言葉には裏の意図とか、深い意味が隠されているのではないかと考えてみるべきではないかと思ったが、結局何も分からず、とにかく絶句するしかなかった。
私が戸惑いを見せると、洲崎は呆れたように溜息を吐いた。
「難しく考える必要は無いじゃない。僕は前から神月さんが欲しかったのさ。知ってるでしょう? だから、“#“$&%” を手に入れたら、そのご褒美に神月さんを貰うって約束を僕の尊敬する “先生” としてたんだ。でもさ、僕は無理矢理キミを捻じ伏せるような真似はしたくないんだ。本人の同意が欲しいんだよ。キミの身体は魅力的だけど、やっぱ心も欲しいじゃない。そういうことさ。」
下衆な悪ふざけとしか思えない。
大勢の人質を取って、その命を盾にしての要求の一つが私を自分のモノにするだって?
異世界の小鬼とは、こんな下劣なヤツらなのか?
「そもそも、僕はもっと平和的にやろうと思ってたんだよ。キミとお付き合いができたら、“#“$&%” を穏便に譲ってもらってさ、それで君と新しい世界で楽しく暮らそうって、そう思ってたのにさ。なんか、いつの間にか君は “僕らの敵” なんかと仲良くなって、僕の “先生” を怒らせちゃってさ。でも、今からでも遅くないから、僕とお付き合いしようよ。そしたら丸く収まるんだからさ。」
“僕らの敵” とは、おそらくシデンのこと。
“先生” とは、こいつらのボスのことなのか?
それにしても、なんというふざけた物言い。
なんという馬鹿げた話だろう。
開いた口が塞がらないとは、正しくこういう時に用いる言葉に違いない。
「なんで、私が異世界のバケモノの女にならなきゃなんないの! 絶対にゴメンだわ! 」
私は力一杯に吐き捨てた。
全く、馬鹿も休み休み言え! である。
「あれ? 勘違いしていない? 僕は人間だよ。神月さんたちと同じ、こっちの人間。たまたま “@$+*&%” の人と出会ってさ、その偉い尊敬する ”先生” から凄い能力を授かったんだよね。そのお礼にさ、彼らがこちらの世界に住む手助けをすることになったんだ。彼らがこっちの世界を征服したら、僕も彼らの仲間として優遇してもらえるんだよ。良いでしょう。」
「なによそれ? 」
洲崎が人間だって?
クラスメイトを人質にして、蹂躙しようとしている洲崎が人間?
“@$+*&%” とは異世界のこと?
異世界人と出会って、能力を授かって、異世界人の侵略の手助けをするって?
人間が? 人間なのに? 人間を殺して世界を征服しようというの?
「洲崎! あんた狂ってる! 」
言葉にならない激しい怒り、憤り、憎しみが一度に押し寄せてきた。
激情が激流となり、全身の血管と全ての神経系を凄まじい勢いで駆け巡るのが分かった。
その激流が私の身体の各部に設けられていた封印を次々に壊していく。
それと共に、理解を超えた異常事態に圧倒され、動けなくなっていた私の脚が、腕が再び力を取り戻す。
そして、体内で圧縮されていたエネルギーが解放され、末端に向かって突き抜けるような衝撃が去った後、私の身体は常人を遥かに超える能力を宿し、自らの敵と戦うための力を手に入れていた。
(そうか! そういうこと! これがシデンの言ってたギフトってやつ! )
臨戦態勢!
筋力から五感、思考速度まで、あらゆる身体能力が10数倍に跳ね上がったのが分かる。
研ぎ澄まされた全神経が、鮮やかになった視界が、倒さなければならない敵の姿をハッキリと認識させてくれた。




