魔力結石ってファンタジーっぽい!
「えーっ! この石って、シデンの骨っ?! 」
『そう。肋骨。』
ペンダントのロケットを開き、中の牙玉を凝視しながら絶句。
牙じゃなくて肋骨の一部だと言う。
それなら “肋玉” と呼ぶべきでしょう。
「何? 怪我でもしたの? 何で自分の肋骨取り出したりしてんの? 」
『そういうんじゃねーよ。オレみたいにパワーがあるモンは、日頃使い切れてない分のパワーを垂れ流しにしてると近所迷惑になるんだわ。近くに住んでる他の生き物の精神に影響を及ぼしたり、災害や事故を誘発したりとか物理的な問題も起きたりするんだ。時には戦争や犯罪を誘発したりもするからな、外に流れ出ないように何処かにパワーを溜めとかないとなんないのよ。で、その溜めとく場所だが、別に肋骨じゃなくても良いんだ。他の骨や歯や爪でも良い。だいたい300年くらいで一杯になるから、その都度取り出して、使いどころが見つかるまで取っておくのさ。そいつを取り出したのは15年前くらいで、使ったのは10年前にお前を助けた時と昨日のオレの怪我を治した時の2回だけ。だから、まだまだパワーは満タン状態だし、うっかり暴発させたら日本列島を海に沈めるくらいの威力はあんだぞ。』
「それホントの話? 冗談だよね? 」
『こんなことで嘘ついてどうする。』
「ひっ・・・! 」
今、私の手にある牙玉、いや肋玉が、そんな代物だったとは!
そんな危険な爆弾みたいなモノを、お守りとして持ち歩いていたとは!
核兵器を首にぶら下げていたようなものである!
「お返しします。」
指で恐る恐る摘まんで、ロケットに戻し、シデンに差し出した。
『爆弾じゃないんだから、振動や衝撃で爆発したりなんかするわけないじゃん! 』
そう言いながらシデンが首を突き出したので、その首に掛けた。
核兵器が自分の手から離れてホッとした。
今までお世話になりました。
本当の持ち主にお返ししますので、私はもう結構です。
それにしても、
「いったい、シデンのパワーって何なの? 」
『お前に分かりやすい言葉に置き換えたらなぁ、うーん、魔力とか? 』
「なぜ、疑問形? 」
『魔力でも、呪力、妖力でも何でも良いんだろうけどさ、人間が超自然的な力とか言ってる力だと思ってりゃ間違いないわ。』
「魔力って、シデン、魔法使えるの? ファイヤボールとか、アイシクルランスとか、ヒーリングとかできんの? 」
『いやいや、魔法ってそういうもんじゃないから。お前、マンガの読み過ぎだわ。』
溜息を吐かれてしまった。
呆れられたっぽい。
でも、今どきの女子高生が魔法なんて言われたら、皆が同じこと言うと思う。
『魔法はそのうちに見せてやるわ。とりあえず憶えとけよ。これはオレの体内で300年間蓄積された魔力が固まったマジックストーン、日本語で言うなら魔力結石だな。』
「ふぇーっ! 」
良く分からないけど、魔力結石という名前が凄そう。
それに何となくイメージできた。
人間も、シュウ酸カルシュウムとかリン酸カルシュウムとか溜まると石になるから、そんな感じで300年間・・・
「なんかさ、魔力結石と尿管結石って似てない? 」
『・・・その例え、止めるべ。』
「うん、汚いもんね。」
で、その魔力結石を狙っている奴らがいるという話に進む。
私が魔力結石を持っていると知って襲ってきた者たちの話である。
「はぁ~ 漸く本日の主題か・・・ 」
『あ? 何だって? 』
「何でもないから、話進めて! その尿じゃなくて魔力結石を狙ってんのはどんなヤツで、何に使おうとしてんの? ってか、それってシデンの魔力結石じゃなきゃダメなの? 他にもあるんじゃないの? 」
そして、私が今後、普通の高校生活を送るにはどうしたら良いのかということ。
元通りの平穏無事な生活を送って、大学行って、就職して、穏やかで充実した老後を過ごすにはどうしたら良いのか、それを聞かなきゃ収まらない。
『まずだな、オレのを超える威力を持っている魔力結石は、この世に存在しないだろうってことを前提にしなきゃならん。』
「そ、そうなの? シデン、最強なの? 」
『まあ、そうだろうな。今まで喧嘩で負けたことは一度もないぞ。凄いだろ! 』
なんか、またドヤ顔してるし、そういうとこウザイし、神さまっぽくない。
でも、シデンが強いってトコは何となく分かる。
一度も戦ってるとこ見たことないのになんで? って感じだけど、何か伝わってくる。
強さのオーラみたいなモノが、ブワーッって発散されまくってるのが分かる。
だから、そこは否定しない。
「んじゃ、その最強の魔力結石を欲しがってるヤツらは何をしようっていうの? 」
まさか、日本を海に沈めるとか、人類を滅亡させるとか、そんな恐ろしいことを考えていたりするのだろうか?
『そうじゃない。ヤツらは扉を開きたいのさ。』
「扉って? 」
『その前に、認識しといてもらわなきゃならない世界観ってのがあるんだが、お前もパラレルワールドとか異世界とかいう概念を知ってるだろ。オレたちが住んでいる世界と殆ど同じだが微妙に違う、もう一つの世界。』
「ああ、ラノベとかで知ってる。並行世界とか、そんなヤツ。」
『その認識で間違いない。そんなような世界が実際にあるんだわ。そして、その世界には人間のようなひ弱な生き物は住んじゃいない。元は住んでいたのかも知れないが、そうだとしたら既に滅んでしまっている。今、その世界をウジャウジャ闊歩しているのは、弱肉強食どっぷりの魔獣どもと、暴力こそ至上って考えの魔人どもなのよ。』
それって、まんまラノベの設定じゃない?
ってか、シデン、ワンコなのにラノベ読んだことあるの?
分かりやすいけど、ちょっと信じられない。
でも、もしかして私が見た牙の生えた誘拐犯って異世界の魔人の人?
そうだとすると、信じないわけにはいかないけど・・・
『信じようが、信じまいが、実際にあるんだからしょうがない。でな、昔から異世界の魔人どもは、その縄張りを増やしたいと思って、こっちの世界を虎視眈々と狙ってて、度々侵入を繰り返してんだ。世界中に言い伝わっている怪物伝説の中に、その形跡が見えるし、UMAの中にも侵入してきた魔獣がいるだろうな。山の中とかで人が獣に襲われて死んだなんて事件の中にも、異世界の魔獣が絡んだ件があるかもしれん。それに、日本国内では毎年10万人弱の失踪者が出ているらしいが、その中に魔獣に襲われたり、魔人に攫われたりした者がいても不思議はないとオレは思ってる。』
ゾッとした。
背筋に冷たいモノが走った。
特に失踪者の件。
先日、私が誘拐されてたりしたら、その異世界とやらに拉致されて行方不明になっていたかもしれない。
それと、
「私が子どもの頃に武蔵御嶽山で見た、鹿みたいな角を生やした怪物って? 」
『そうだな。大したこと無い小物だったけど、あれが異世界の魔獣ってヤツだ。昔から同じ種類のヤツを何匹も退治したぞ。たぶん、日本書紀に載ってるのも同じヤツさ。』
もうボンヤリとした記憶だが、私が出会った鹿角の怪物は明らかにこの世のモノではない容貌をしていた。
あんなに、おっかなくて凶暴な生き物が、異世界にはゴロゴロいるらしい。
それにしても、そんな怪物がどうしてこっち側の世界に入ってこれるのだろうか?
『二つの世界は所々に空いている小さなドンネルで繋がってて、この場合 “ワームホール” って言った方が良いかな。そういうのがあって、そこを通って侵入してくるヤツがいるんだ。おそらく武蔵御嶽山の中の何処かにもワームホールが開いてんだろう。但し、ワームホールは名前のとおり小さいから大きな図体の奴は抜けられないし、閉じたり開いたり不安定なんで、今のところ異世界からの脅威は小規模な侵入程度で収まってる。時々小物が入ってくるぐらいだし、その程度のヤツなら、オレやこっちで人間と長年共存してる神さま連中で対処できてたから被害は大したことがなかったのさ、これまではな。』
話の最後に、シデン以外のワンコじゃなくて、神さま的存在が匂っていたけど、それについては後回し。
「これまでは」と断ったからには、今後はそうはいかなくなるということか?
鹿角の怪物や牙の誘拐犯みたいなヤツが、今後は大挙してやってくるということなのか?
それで起こるのは正しく人類のカタストロフィ!
あまり考えたくない最悪の事態が想定されるんだけど?
『今のままなら、それは無い。だが、扉が開かれたら侵入どころじゃ済まなくなる。異世界からの侵略が始まるな! 』
「扉? さっきも言ってたけど、扉ってこっちの世界と異世界を繋ぐワームホールの大きいのとか、そんな感じ? もしかしてその鍵が魔力結石だったりするとか? 」
『ほぉ~ 』
なんか感心された。
『呑み込みが早いな。』
「いやいや、今までの話の流れから推測できることって、それしかないでしょ。」
こんなの、マンガやラノベ、アニメや映画なんかで、同じプロットのファンタジー作品を沢山見てきた人なら普通に想像できるんじゃないだろうか?
『鍵というよりは、ぶち壊しハンマー。爆薬かもな。先に侵入してきてるヤツらが、魔力結石を使って扉を強引にこじ開けようとしているんだ。』
「ワームホールを広げるの? 」
そうしたら、今までよりも沢山、今までよりも大きな怪物が、こちらの世界にどんどん入って来れるようになる。
『そんなもんじゃない。ワームホールなんてもんは必要無くなる。この魔力結石の力があれば、こちらの世界と異世界の境目は全開状態。つまり二つの世界が重なって一体化してしまうだろうさ。正に完全なる侵略だよ。』
それは、つまり日本が、世界が、異世界化してしまうということだろうか?
地球上の何処でも、街の中でも怪物が闊歩するような世界に変わってしまうということ?
そんなことになったら、私たちの平穏な日常なんて粉々に壊れてしまうだろう。
高校に通うとか、アルバイトするとか、大学進学とか、就職とか、そんな当たり前の人生が失われてしまう!
「ヤダヤダ! そんなのヤダっ! 」
『そんなの嫌っつったってさ・・・ 』
「嫌なモノは嫌なの! シデン、あんた、どうしてそんな物騒なもん作ったのっ! そんな魔力結石なんて捨てちゃいなさい! あ、捨てたら拾われちゃうからダメ! 壊しなさい! 燃やしなさい! 溶かしちゃいなさい! もうナントカしてよーっ! 」
魔力結石が失われれば、扉を開けることはできなくなる。
魔力結石が失われれば、私が狙われる理由も無くなる。
ワームホールから小モノが出入りすることはあるだろうけど、そのくらいならシデンや他のワンコじゃなくて神さまだっけ? が、対処してくれると言う。
『うーむ、それができたら苦労は無いんだがな。』
「どゆこと? 」
『300年モノの魔力結石なんて、オレの力でも破壊できないわ。下手にチャレンジしたら、その反動で日本列島が沈んじゃうかもしれないし。』
なんてことだろう。
今、私のウチには解体不能の最終兵器があります。
それを悪モノから守らなければなりません。
そんなこと、高校生活やアルバイトや受験勉強しながらできるわけないでしょ!
「でもさ、シデン! 300年で石が1個できんでしょ? 2000年も生きてんのなら、他に5個か6個はあったのよね? それって、どうなってんの? 」
『ああ、それは全部使い切った。日照りが続いたら雨降らしたり、土地が足りなくなりゃ山崩したり嵩上げしたりした。自然災害を未然に防ぐようなこともした。攻撃用の武器として使ったこともあったっけ。昔の中国大陸では30万の大軍をオレ一人で打ち破ったこともあったな。他は、お前の時のように瀕死の人間や他の神さまを助けるのに使った。一国の疫病対策につかったこともあったぞ。』
つまり、使えば減るということらしい。
「使おう! 今から使いまくろう! 魔力を空っぽにしよう! 」
『馬鹿だな。そんな1日や2日で使い切れるわけ無いだろう。日本列島を丸ごと沈められるほどの魔力だぞ。今まで使い切るには最低でも150年は掛かったなぁ。』
150年!
そんな先に使い切っても、私の一生が終わってる。
そんなのは全然意味が無い!
「もうっ! 何を呑気にしてんのっ! 神さまなら、もっとシャキッとしてよね! 何か良い方法は無いの? 私に、私たちに平穏な日常を取り戻す方法を考えてよっ! 」
シデンは、若干ヒステリックになって叫ぶ私をポカンとした顔で見ていた。
成犬になっても変わらずに、クリクリした瞳と黒くて丸いお鼻でできた魅惑の三角形は健在だが、そんなモノを向けられても今はちっとも癒されない!
癒されないぞ!
癒されないはずなのにっ!
(口惜しい! なんでコイツはこんなにも愛犬心を擽る顔してるんだよ! )
思い切りモフモフしたい衝動にかられたが、必死で抑え込んだ。
そんな私に向かって、シデンが放った言葉。
『お前さ、方法なんて一つしかないだろ。』
「へ? 」
『こっちにいる異世界の奴らを、纏めて殺っちまうのさ! 』




