神さまですって? んなわけないでしょ!
「今日から君の名は “シデン” だから! 良いね! 」
『うん、まあ悪くないな。』
「悪くないどころじゃないよ! 旧日本海軍の最優秀局地戦闘機 “紫電” から取った名前だから! 最強の名前なんだぞ! 」
アルバイト先のお弁当屋さん “あじさい” の一人息子、小学4年生の仁太君と仲良しになったおかげで、彼の趣味であるミリタリー関係のお話に付き合わされているうちに、私もかなり詳しくなってしまった。
紫電は仁太君が作っていたプラモデルのパッケージイラストが格好良くて一発で気に入ってしまったし、紫電が登場するからと勧められて古い日本の戦争映画も見た。
そして、太平洋戦争末期の日本本土を守ったという最精鋭 “剣” 部隊のドラマに感動し涙してしまった。
『軍オタってヤツだな。』
「何とでも言え! 」
てな感じで命名に至ったわけだが、それは長い話を聞かされたあとのこと。
よって、後先に逆になるわけだが、面倒なので、ここから先は彼のワンコのことはシデンで通すことにするので、ご了承願いたい。
さて、朝食に和牛ステーキのミディアムレアを3枚平らげて満足そうにソファで寛いているシデンが開口一番で言うには、
『オレは犬じゃないの! 』
ハッキリ言って、そこはどうでも良いのだが、一応返事はしておく。
「んじゃ何よ? 」
『日本じゃ神さまってとこかな。』
「なんじゃそれ? 」
『いや、マジな話。』
狐の神さまならお稲荷さんだが、ワンコの神さまなどいただろうか?
そう言えば “犬神” とか言うのがいた気がするが、あれは確かホラー映画のキャラ、妖怪だったような気がする。
『何言ってんの? そんなんじゃないって! お前、子どもの頃に武蔵御嶽山の頂上の神社に親子3人でお詣りしたろ? 』
「うん、した。」
『社が幾つもあったろ? 』
「うん、あった。」
『幾つお詣りした? 』
「大きいのから小さいのまで、新しいのから古いのまで、全部! 」
『マジか? 』
「そりゃ、せっかく行ったんだし。」
『んじゃ、それぞれの社に祭られてる神さまとか知ってんのか? 』
「知らん。」
『一つぐらい知ってんだろ? 』
「一つも知らん。 」
『知らないで、お参りしたのか? 片っ端から全部手合わせて拝んだのか? 』
「うん、日本人だし。」
『かぁーっ、酷いモンだな、今どきの日本人! 』
シデンは、今どきの日本人の信仰スタイルに対するガッカリを大袈裟に口にしつつ、私にスマホを取り出すように言った。
『検索しろ! 』
偉そうに言われてカチンときたが、ここで話が中断しては困るので、言われたとおり検索エンジンのお世話になることにした。
検索ワードは、
「オオクチノマカミ? 何それ? 」
『オレの日本での呼び名。ちゃんと読めよ! 』
しょうがないので検索結果のトップから開いて読んでみる。
≪ これは『日本書紀』の記述から、日本武尊による東征の際の話である。武蔵国御岳山の辺りで大鹿の姿をした邪神が現れ、東征軍に襲い掛かってきた。尊はこれを山蒜で退治したが、突如として大山鳴動し、雲霧が発生し、東征軍は道に迷い、山中に立ち往生してしまう。その時、尊の前に忽然と現れ、東征軍の道案内をして、無事に目的地に導いた白い狼がいた。尊は白狼に「この後、大口真神としてそこに留まり、すべての魔物を退治せよ」と仰せられたという。≫
「この、オオクチノマカミってのが? 」
『そう! たぶんオレ! 』
ん? たぶん?
『何百年も後になって書かれた話だからな、内容はかなりぶっ飛んでるんだわ。名前はいつの間にか付いてたし、気付いたらオレらしい“キャラ”が神社に祭られてたって感じだけどさ、オレの強さと偉大さは日本人にキッチリ伝わってんだろ! 』
なんか、ドヤ顔っぽい。
そういうとこ、神さまって感じが全然しない。
“キャラ”とか言ってるし。
まあ、口が大きいから大口ってトコは納得。
「コレってさぁ、どこまで実話なの? ってかキミの歳いくつなの? 」
『いつ生まれたのなんか知らん。いつの間にかこの世にいたって感じだな。ちなみに、日本書紀の中の話は2000年近くも前のことってなってるけど、オレの知らない話ばっかなんで殆どは創作なんじゃねーの。んでも、あの若造(日本武尊のこと? )のことはボンヤリとだが憶えてるから、そこんトコは一応実話。山ん中で迷子になってる人間を助けたのなんて数えきれないが、何か約束させられたのは、あの若造を助けた時だけだもんな。』
「んじゃ、少なくとも2000歳以上ってこと? 嘘くさいけど。んで、へぇ~人助けしてるんだ。」
『おいおい、お前だって、オレに助けられたんだからな。』
「そう言えば、そうだった。」
年齢2000歳とか言われてもピンとこないが、何となく良いワンコらしいというのは分かった。
でも、神さまという点については未だ、
「? 」
が、取れない。
「だって、話し方が神さまっぽくないよ。普通、神さまって、“ナントカなのじゃ” とか、“ナントカするがよい” とか、そういう話し方するもんじゃない? 自分のことだって、オレとかじゃなく、“ワレ” とか “ワシ” とか言うもんでしょ。」
『なんだ? そのジジムサイ話し方? 馬鹿みたいだろ。』
「マンガやラノベに出てくる神さまはそうだよ。」
『そんなんと一緒にすんな! それにな、まだワンコとか言ってんのか! 白狼って書いてんだろ! オレは犬じゃなくてオオカミなの! 大口真神、略して大神なの! オオカミ! 』
なんか、言葉遊びのような気がする。
ぜんぜん、神々しくないし、重みが感じられない。
しかも、
「だって、これ見てよ! ワンコじゃん! 」
私は、そう言って大口真神とやらの画像が沢山表示されているスマホ画面をシデンの鼻先に突き付けた。
そこには武蔵御嶽山神社のお札の絵柄や、古い水墨画、さらには絵本やゲームに登場するキャラとして描かれた大口真神が並んでいる。
そして、その全てが、
「ワンコ。」
『・・・ 』
なんか、勝った気がした。
『まあ、その辺の意見の相違は後々解決すべき課題として、今は保留ということにしておこう。』
「いや、ぶっちゃけ、どうでも良いんだけど。」
シデンの正体とか、そういうのが聞きたかったわけじゃない。
そういうのを続けられたら飽きて眠くなりそう。
そんなことは追々分かってくれば良いわけで、優先すべきは私の身の回りで起きている出来事について詳しく聞かせて欲しいということと、その対処法である。
それなのに、
『順番があるんだよ! 』
シデンはそう言って聞かない。
結局、そのまま小一時間掛けて、シデンの自己紹介を聞かされてしまった。
その内容を簡単に纏めると、
シデンは日本にいるときは大口真神だが、世界中をウロウロしていたらしく、その土地や時代によって色んな名前で呼ばれていたという。
スコル、ハティ、アセナ、ガルム、フェンリルなどなど、私の知識ではゲームに出てくるモンスターの名前じゃなかったっけ? って感じ。
っていうか、
≪ 大口真神としてそこに留まり、すべての魔物を退治せよ ≫
という、尊さんとの約束は全然守ってなかったっぽい。
「時々は戻ってたんだぞ。」
そうらしい。
その時々が偶々、6歳の頃の私のピンチのタイミングと重なって、私は助けられたのだから、凄く運が良かったみたい。
その後は本人曰く、南米辺りをほっつき歩いていたらしいが、今年の春くらいに日本に戻ってきて、私と出会ったあの児童公園に住み着いたということである。
ところで、児童公園を訪れた私以外の誰もがシデンを気に掛けなかったのは、自らに対する認識を阻害する超能力だか魔法だか幻術だかのようなモノを使っていたからだと言う。
それによって、シデンが透明になるわけではないが、誰もがその存在を気に掛けず、石ころほどの興味も示さなくなるらしい。
さらには、公園の敷地内に結界のようなモノを張っていて、敷地外からやって来るであろう “外敵” の認識も防いでいたということなので、あの児童公園全体がシデンの陣地になっていたのだろう。
そういう話をされると、神さまっぽく感じられたりしないでもない。
「どうして私だけがシデンの存在に気付いたの? 」
については、10年前に武蔵御嶽山中で一度出会っているからではないかと言っていた。
これは実のところシデンにも良く分からないらしく、私が話し掛けてきた時には心底驚いたと言っていた。
ちなみに、見た目の姿を変えるのはお手のモノらしく、急げば数日で仔犬と成犬の姿を往復できるらしい。
初めて出会った時に仔犬だったのは、省エネ対策とのことだった。
なんでも、成犬の姿でいるのはエネルギー効率が悪いらしい。
何事も無ければ仔犬の姿でいた方が良いらしいが、最近になって成犬の姿になったということは、何事かが起こって、それに身構えなければならなくなったということである。
そして、漸く話は本題に入ってくれた。
やれやれ・・・




