まずは馬鹿を20匹ほどぶっ飛ばす!
とりあえず、馬鹿を一匹始末する。
そう決めた私は、机に向かったままの姿勢で暫し動きを止めた。
すると、私が恐怖と緊張のあまり固まってしまったと勘違いした酔っ払い男が、どうしようもなく締まりのない、嬉しさ満点のキモ顔で、
「そんなビビんなくったってさ、オレが優しくしてやるってぇ。」
そんなふざけたセリフを吐きながら、机に引っ掛けていた尻を下ろし、そのまま私の横にズルズルと移動し、鬱陶しい身体を寄せてきて肩を抱きかかえようとした。
一応は鍛えられているらしい、筋肉が自慢の太い腕が私の背中を回って肩に掛かりそうになった。
(タトゥー入りの左腕ね。こいつの利き腕は右っぽいから、そっちは勘弁しといてやろうかな。)
そんなことを0.5秒ほどの間で考えた。
そして、酔っ払い男の手が私の肩に触れる寸前、動いた!
「わぅっ! ぐぇーっ! げほっ! 」
汚い悲鳴だった。
これまでの私の人生で聞いたあらゆる悲鳴の中で、一番汚いっぽい悲鳴が出張所の中に響き渡った。
「あのねぇ、モンスターだって、もっとキレイな声出すわよ~ 」
その感想を言い終わった時、私は既に席を立っていて、いつの間にか床に転がされている酔っ払い男を傲然と見下ろしていた。
たぶん、この男は自分が何をされたのか分かっちゃいないだろう。
一瞬のうちに宙を一回転して背中から床に落ち、気付いたら左手に激痛が走っていた、そんな感じではなかったろうか。
先ほどまでの傍若無人なセクハラは何処へやら、無様に呻きながら腕を抑えて丸まってしまっている。
「ふん! ばっかみたい! 言っとくけど、先に手を出したのはそっち。正当防衛だからね! 」
ここに屯してる男どもは知らずに舐めて絡んできたのだろうけれど、私はこれでも東京の『 特殊外来生物対策庁(長いので以後は『特生庁』とする)』の本部では、実戦経験豊富な腕利きで通っているし、たぶんモンスター退治のキャリアは日本国内では誰よりも長いはずだった。
格闘技に関しては全くの我流なのだが、モンスター相手の実戦で腕を磨いてきたので、そこそこの自信はあるし、“諸事情” により女性(人間)とは思えないほどの腕力も身に付けていたりするので、相手がプロレスラーやプロの軍人であっても引けはとらないと思う。
今し方、そんな私に絡んできた馬鹿な酔っ払い男には、その左手首を右手で掴み、思い切りひねり上げてやった。
以前、動画投稿サイトで見て真似して覚えた合気道の小手返しっぽい技である。
もちろん、ただ相手を放り投げるだけでは腹の虫が収まってくれないので、ひねりを大きくして、離すタイミングを遅らせることで、わざと手首を脱臼させてやった。
へし折ってやることもできたが、そこまですると後が面倒そうなので止めといた。
脱臼程度なら、そこら辺の整体院で治してもらえるだろう。
「ん? 」
気付いたら、出張所の中は酔っ払い男の呻き声以外、シンと静まり返っていた。
つい30秒ほど前までは、男たちの笑い声や下世話なセリフが飛び交っていたのに、連中は一人残らず呆然としたままで一言も発していない。
(馬鹿どもが大人しくなったんなら良し。)
ってことで、
「あ~あ、新しい紙貰わなきゃ。」
私は酔っ払い男を床に転がしたまま、再び奥のカウンターへ行き、驚きの眼差しを送って寄こす中年の男性職員から新しい “装備品の登録書” 用紙を受け取り、机には戻らず、その場で記入を始めた。
記入の途中で、カウンターの脇に突っ立っていた警備員に、
「あれ、何とかしなさいよ。あんたたちの仕事でしょ。」
ボールペンの尻で、床に転がる酔っ払い男を指してやった。
「チョー、ウザイんだけど。」
未だ立ち上がれずにいる酔っ払い男だが、手首の脱臼だけじゃ済まなかったようで、投げられた際に腰を強く打ったようである。
どうやら本物の見掛け倒し、受け身の取り方も知らないド素人だったらしい。
だから、助けてやれと警備員に言ったつもりなのだが、
「て、てめぇがやったんだろ。なんで、オレたちが・・・ 」
ちなみに、この警備員、先ほどニヤついていたヤツなのだが、口の利き方がチンピラっぽい。
(ははぁ~ん )
役所勤めはしていても、出何処は待合所で屯ってる連中と同じということらしい。
たぶん嘱託かアルバイトだろうし、今どきの地方には有りがちな人事である。
「一応言っとくけど、こっちは正当防衛なんだからね。セクハラの被害者なわけよ。そこんところ憶えといてね。そんでもって、あのまま放置じゃ邪魔だから、医者に連れてくなりしてサッサと片付けた方が良いと思うの。」
とか言ってるうちに、今度こそ “装備品の登録書” の記入が完了した。
既に書き終えていた他の書類と一緒にしてカウンターに提出し、代わりに今回の駆除案件の登録証を受け取る。
登録証さえ受け取れば、もうこんなトコに長居は無用。
けっこう時間が経ってるので、相棒が起きてイライラしながら待ってる可能性がある。
さっさと車に戻って、ワンコの頭を撫でてやり、今夜の宿へ向かうことにしよう。
ところが、
「ねぇちゃん! このまま行くってのは無いんじゃね? 」
「そうそう! ないわ~ 」
散々投げ掛けられたセクハラ発言を全部無かったことにして、大人しく出て行ってやろうとしているのに、それを邪魔をしようとするヤツらがいた。
さっきまで揃って呆然としてたくせに、元気が復活した馬鹿がいるようだ。
ってゆうか、見渡したら酔っ払い男以外の全員が元気な馬鹿に戻っていた。
「はぁ~ 」
溜息吐きながら、今度は同じ穴のムジナっぽい警備員ではなく、カウンターに座った職員たちに向かって叫んだ。
「ちょっと! お役所のみなさん! これは、正当防衛だからねっ! 証拠のビデオ撮りもしてんだから、なんかあったら証言してもらうわよっ! 」
そう言って、私が仕事時には常に身に付けている装備品の一つ、バックパックの右肩ベルトに固定してある “ドライブレコーダー改造の360度撮影用4Kビデオカメラ” をビシッと握りこぶしに親指を立てて差した。
このビデオカメラ、基本用途はモンスター退治の際の戦闘記録用だが、物騒な場所では防犯カメラとしても機能する。
尤も、この場での用途は、後々に馬鹿どもから訴えられた時に備えての証拠撮りである。
「偉そうにほざいてんじゃねぇ! 」
「この場でひん剥いて犯してやるぜ! 」
早速、テンプレ的な悪役セリフを吐きながら突っかかってきた2人の男。
映像だけじゃなく、こういうセリフも全部録音されるから、たいへん便利なグッズである。
おかげで、心置きなく馬鹿をぶっ飛ばせる。
「シッ! 」
と、吐き出す気合と共に放った私の “右上段回し蹴り” が、2人を同時に薙ぎ払った。
揃って斜め後ろ方向に吹っ飛び、仰け反るようにして床に倒れたまま白目を剥いて動かなくなった2人を指差し、
「止めるんなら今のうち! まだやるってんなら明日はあんたたち、仕事にならなくなるよっ! 」
一応の警告はした。
でも、みんな馬鹿だから聞こえていなかったらしい。
≪ 中 略 ≫
時間を掛けていられないので、1分少々で10人片付けた。
待合所の奥で3人ほど戦意喪失してたので、それは放置。
他に5、6人いたはずだが、いつの間にか消えていた。
ひと段落してから、念のためスマホを取り出して、現場写真を数枚撮影。
出張所の備品に大きな破損は無いが、待合所のテーブルや椅子は、けっこうひっくり返ったりしている。
万が一、これらの弁償を求められても、支払うのは当然男たち。
一連の動画もあるので、後で写真と纏めて知り合いの弁護士さんに送っておこう。
そして、去り際に言い置くのも忘れない。
「こっちは、このまま知らんぷりでも良いんだけどさ、あんたらが訴えるってんならどうぞご勝手に。逆にセクハラで慰謝料搾り取ってやるから、そのつもりでいなよ! 」
たぶん、聞こえちゃいないと思うが、こういうのは言ったという事実が大切。
普通、腕自慢な無法者というのはプライドが高いから、大勢で襲った女一人に返り討ちにされたなんてことを公に訴えたりは絶対にしないものなのだが、最近のチンピラは恥ずかし気もなく平気で被害届を出したりするので、こういう手間は欠かせない。
ひと通りの確認を終え、もう忘れ物は無いということで、私は出張所の扉を開け、漸く表に出た。
すると、
『おい! おせーよ! 』
相棒ワンコのシデンが車から降りていた。
それは良いのだが、
「あれ? 」
愛車の周りに、チンピラが転がっている。
「ひいふうみい・・・6人か。」
問うまでもなく、シデンにやられたのだろう。
出張所の中で私が争ってる隙に外に出て、私の愛車の車上荒らしをしようとしたらしい。
手にバールとかハンマーとか持って気を失ってるヤツがいるので間違いない。
「まさか殺しちゃいないよね? 」
『軽く小突いただけだから、死ぬわけないじゃん。』
「なら良いんだけど。」
これも、忘れずに撮影しておく。
『で、ちゃんと登録済んだのか? 』
シデンが問うので、
「ホラ、おっけーだよ。」
バックパックのポケットにしまっておいた、ハガキ大のカードを取り出して見せた。
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国土交通省 特殊外来生物対策庁
特殊外来鳥獣駆除業 免許証番号 00-00001-F
上記の者、下記の駆除業務に携わることを許可する。
件 名:20XX.7.23 - 987号
対 象:特殊外来害獣(ヒト型 魔人)
地 域:秋田県山本郡[三種町/八峰町]・青森県西津軽郡[深浦町/鰺ヶ沢町]
登 録:0023
発 行:警備救難部 第12出張所
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毎回、仕事の度にいただく登録証だが、これが無ければモンスター退治は始まらない。
「んじゃ、宿に向かおうか。」
そう言ってシデンを後部座席に押し戻し、私も運転席に座ってドアを閉めようとした時、
「あ、あのねぇちゃん、びぃはんたぁだべ? 」
「んだな、ほんとだば、かいじゅうどご、やっつけるひとだったどもなぁ。」
通りすがりの母子による、私とその周辺の様子を横目で見ながらの会話が聴こえてきた。
「めんけかおしてるども、すげったな。」
「おめ、あんまし、みだらダメだ! びぃはんたぁだば、ほじなしばしだんてな! おっかねったよ! 」
方言が強すぎて何を言っているのか殆ど分からなかったが、あんまり好意的な会話ではないことは口調から伝わってくる。
< びぃはんたぁだば、ほじなしばしだんてな! >
秋田弁では “ほじなし” が、不心得者とか馬鹿者とかいう意味だと聞いたことがある。
「ビーハンターは馬鹿者ばかり! 」
翻訳するとそんな風に言われたわけだ。
そう世間に思われているのは重々承知しているのだが、やはり直接聞いたら溜息が出る。
ところで言い忘れていたが、
< びぃはんたぁ → ビーハンター → B-HUNTER >
特殊外来鳥獣駆除、つまりモンスター退治に携わる専門職のことを世間では、このように通称している。
BEAST HUNTERの略であり、ちょっとカッコイイ呼び名にも聴こえるが、前記した事情により、近頃は通称というよりも蔑称みたいなニュアンスを含んで、人々の会話に紛れて聴こえてくることが多い。
いやはや、まったく困ったものである。