ワンコがしゃべったし!
明日からは、また夕方の投稿に戻ります!
それは、牙玉のご利益、効能だったのかもしれないが、彼自身が普通の犬ではない、何か不思議な能力を備えた生き物である可能性も考えられる。
いずれにしても、人知を超えた不思議な力が働いたとしか思えない。
(傷、殆ど治ってる? )
昨日の手当している最中に見た傷の深さから、そんなに簡単に治るはずがないと思っていた。
だから、暫くは学校を休んで看病するつもりでいた。
既に相良先生には、生理痛が酷いからと言って休む連絡をしてしまった。
風邪とか頭痛じゃ色々心配されて、お見舞いに来られでもしたら困るので、男性に有無を言わせない理由にした方が良いだろうと思って、そういうことにした。
それなのに、まずは喜ぶべきことだと思うが、それ以前に呆然としてしまい、言葉を失ってしまうほどに驚かされてしまった。
(もう、なにがなんだかわけが分からないよ! )
朝起きて彼の様子を見に廊下に出たら、未だ体力は回復していないようで寝そべったままだったが、毛並みを掻き分けて調べてみたら既に肩口の傷は塞がっていて、微かな跡は残っているがほぼ完治状態。
毛布の上には外れたダブルクリップが転がっていた。
そして、彼は私と顔を合わせるなり、一応お礼のつもりなのかパタパタパタと3往復ぐらい尻尾を振ってくれた。
(それだけかいっ! 私が、どれだけ心配したと思ってんだよ、このワンコは! )
少し、イラっとした。
すると、
『言っとくが、オレはワンコじゃないんだよなぁ。そこんところ、キチンと認識してもらわなきゃ、やってられないんだよなぁ。』
「へ? 」
ワンコが答えた!
頭の中に直接響いた声は、これまでにも何度かあったが、せいぜい短い単語程度のモノ。
気のせいと片付けられる程度のモノ。
それでも、十分に変だと思うが、これまで大して気にしないできた。
でも、今のは明らかに違う。
「今、セリフ言ったよね? キチンとしゃべったよね? 」
そこんところどうなのと、だらしなく毛布の上に預けてある彼の頭を両手で挟んで持ち上げ、しっかりと顔を向き合わせた。
「ほら! なんか言いなさい! 」
そう詰め寄ったら、
はぁーっ
と、大きな溜息を浴びせられた。
そして、例の人を小馬鹿にしたような仕草、片方の口元を持ち上げて見せた。
『まああれだ、人間は人間以外がしゃべるとは思っていないからビックリすんだろうけど、そういうのは止めにした方が良いぞ。しゃべる生き物は他にも沢山あるんだし。』
この唐突なワンコの言葉を受け取って、その状況を整理し、現実として認識するのに少々時間を要した。
だいたい30秒くらい。
そして、改めて驚愕! 次に恐慌!
「ホントにしゃべってる! 凄い! 音声じゃなくて頭の中に直接だけど! ちゃんと言葉になってる! なんなのコレ? 」
『だから、そう言ってんだろ! 』
「しかも、受け答えしてるよ! 私の言葉に反応して応えてるって! これって、もしかして私が凄かったりする? 私、ワンコの言葉が分かるようになった? 」
『ちげーよ! ってか、いい加減にしないと怒るぞっ! 』
「怒るとか言ってるし! モフモフのくせに怒るとか、ちょっとカワイイんだけど! 」
『・・・ 』
「どうしよう? どうしたら良い? これって夢? 現実? どっち? 」
『ああ、お前、今パニクってるだろ? 参ったな、おい、シャキッとしろよ! 』
寝転がったままで彼の前足が伸び、私の頬っぺたを叩いた。
ベシッ!
と、軽い音がして、私は我に返った。
けっこう強くぶたれた気がする。
「はぁ・・・ 」
『やっと、落ち着いたか。』
「うん。」
『で、これからどうする? 』
「えと、とりあえずお腹すいたから朝ご飯かな。」
『んじゃ、そうしよう。』
彼が同意してくれたので、私は立ち上がって台所に向かうことにした。
とりあえずパニックは収まったが、まだまだ分からないことだらけで、納得いかないことだらけでもある。
「ご飯食べたら、キチンと説明してくれるんでしょうね? 」
『ああ、良いぞ。』
「ところで、キミは病み上がりでしょ? 何食べられるの? お粥? それともオートミールとか? 」
『肉。』
「マジで? 」
『ひ弱な人間と一緒にすんな。まだフラフラするけど起き上がれないわけでもないし、肉食って体力戻さないとなんないんだよ。』
「はいはい、分かりました! ステーキ肉なら冷凍庫にいっぱい買い置きしてるから何枚でも焼いてあげるわよ。」
台所に向かう私の後に彼はついてきて、居間を覗いてキョロキョロし、置いてあるソファを見付けて乗っかると、
『飯できたら言って。』
そう言うなり寝そべってしまった。
その様子を見て、
(どう見たってワンコじゃん! )
テレパシーみたいな能力を使って頭の中に話し掛けてくるけど、それ以外はどう見てもワンコである。
(まあ、良いんだけど。後でキッチリ説明してもらわなきゃ。)
それにしても、この異常事態の中で平常心でいられる私は凄いと思った。
そもそも、ここ数カ月、身の回りでは異常な出来事が続いているし、その極めつけが先日の誘拐未遂事件である。
これまでの学校荒らしや空き巣なども、あの牙を持ち、謎の言葉を話す男たちが犯人だったとしたら、これは只事ではない。
そして、とどめはワンコがしゃべる今朝の出来事である。
並みの人間なら、パニックどころか、ノイローゼになって発狂しちゃうんじゃないだろうか?
『まあ、普通ならそうだろうけどさ、お前は子どもの頃に見てるだろ? 武蔵御嶽山の山奥にいた鹿角付きの怪物ってヤツをさぁ。』
彼がソファに寝そべったまま、私の頭の中に話し掛けてきた。
「ああ、そっか。私、そういうの見るのって初めてじゃないんだぁ。」
あれは子どもの頃の出来事だったが、既に異常な体験をしているので、新しい異常な事態を受け止める下地は既に出来上がっているのだと彼が言った。
つまり、化物、怪物、人外、モンスター、そういったモノが存在すること、それを信じることに抵抗が無くなっているのかもしれない。
でも、ちょっと待て!
「なんでキミがそんなこと知ってんの? 」
そう問い掛けてから、数秒後・・・ピンときた。
「ああ? ええっ? もしかして、そういうことなの?! 」
子どもの頃、御岳山で私の命を救ってくれた人の声。
あれは、音声じゃなかった。
頭の中に直接話し掛けてくる声だったのだ。
今、頭の中でワンコの声がしてるのと一緒。
私は目が霞んでいて命の恩人の姿を見ていないが、
「キミだったのぉ?! 」
ワンコに命を救われたなんて、俄かに信じられることじゃないが、こんだけ異常な出来事が重なったら、常識を盾に抵抗しても意味が無い。
辻褄があってたなら、もう何でも信じて良いような気分になった。
『気付くのおせーよ。』
んなこと気付くわけないじゃん! って思ったけど、あの一件を知っているなら、このしゃべるワンコが命の恩人で間違いない。
そこで、今更だけど改めて頭を下げることにした。
「その節は、本当にありがとうございます。」
『まあ、良いんじゃない。それに、こいつのせいで迷惑かけたみたいだしな。』
“こいつ” というのは、昨日の手当の終わりに、おまじないしながら首に掛けてやったロケットペンダントのことらしい。
それをシデンは鼻先に引っ掛けてブラブラさせていた。
「迷惑って? 」
『こいつを狙ってきたヤツらがいただろう? 』
ロケットペンダントを狙ってきたヤツって・・・
「ってことは、もしかして? 」
『そういうこと。こいつを欲しがってるヤツらが、最近ウロウロし出したんだよな。その中の一団に誘拐され掛かっただろ。』
そういうことだったらしい。
この数カ月、私の身の回りに起きた事件の全てが、このロケットペンダントじゃなくて、中に入っている牙玉狙いのためだったということである。
『お前が常に身に付けてるとは思わなかったんだろう。そもそも、お前が持つようになった経緯も知らんだろうし、ヤツらが掴んだのは、それがお前ん家にあるという情報だけなんで、母親の遺品だろうが、お前の私物だろうが、手当たり次第に留守を狙って片っ端から家探しやら何やらしまくったのさ。身に付けてて正解だったな。』
なるほど事情は良く分かりました。
でも、牙玉を狙ってる “ヤツら” って誰?
根本のところが未だ分かんない。
『そいつを話し始めると長くなるんで、後からゆっくり説明してやる。』
「絶対だよ! 」
『ああ。』
このワンコ、色々と訳知りらしいので、聞けることは全部聞き出さなきゃなんない。
『それにしても、誘拐までする強硬派がいるとは流石に驚かされたが、元々ヤツらは質が悪いんだ。日頃から獲物を楽しんで殺すような習性を持ったヤツらだし、好んで“人を食う”んだわ。かなり目障りなんでな、誘拐に絡んだヤツらはあの後早々に “始末”しといた。今、他に動いてるのは慎重なヤツばかりなんで、もう誘拐なんて仕掛けてくるようなことは無いんじゃないかな。仮に、仕掛けて来てもオレが何とかしてやるさ。』
何か、今、物騒な単語が聴こえたような気がするが?
“人を食う” とか “始末” とか何とか?
『もう知ってるんだろうけど、ヤツらは人間じゃなくてケダモノだからな。それに一度撃退しても、執念深いから2度、3度とやってくる。しかも、けっこう知恵が回るから始末に悪い。昨日はヤツらのボスを追い掛けて、ついでに子分を根絶やしにしてやろうと思ってたんだが失敗しちまってな。隠れ家を見付けて強引に踏み込んだらボスは不在で、代わりに罠が仕掛けられていやがった。罠に嵌って拘束されちまって、一時身動きできなくなって、焦ってもがいてたら、初めに蹴散らしたはずの子分どもが大挙して戻って来て、ちょっとヤバかったわ。逃げるのが精一杯ってやつだったわ。いやはや油断しちまって酷い目に会った。次にヤツらと戦う時にゃ、この借りはキッチリ返す! 確実に皆殺しにしてやるぞ! 』
彼は殺伐とした話を事も無げにサラリと言ってのけてるが、これにはかなり引いた。
あの可愛かった仔犬が、短期間で大きくなったと思ったら、こんなヤバい性格になってたなんてショック。
でも、ここでめげてちゃダメなんで、大事なことは確認しておく。
「もしかして、川に落ちてた誘拐犯の車って、キミがやったの? 」
『もちろん。』
「うーわっ・・・ 」
別に殺しちゃダメとか、平和的に解決しなきゃとか、そういうことを言うつもりは無い。
誘拐されかかったのだし、もしかしたら殺されて食べられてしまったかもしれないわけで、そんなことをしようとした相手を可哀そうなんて思うほど、私は温厚穏便な性格じゃない。
彼が言うような相手なら尚更で、殺っちゃってくれてありがとう! って感じなのだが、こんな血生臭い話は朝っぱらから聞きたくなかった。
(これから、肉焼こうと思ってるのに~ )
ひとまず漠然とだが、彼の話に納得しながら、冷凍庫を開けて和牛ステーキ肉のパックを取り出した。
「ところで、その皆が狙ってる、その石って何なの? 」
『それも飯食ってから言う。長くなるんだ。』
「あっ、そう。」
確かに、ご飯の支度しながら聞くような話じゃなさそうなので、後回しで良いだろう。
「さてと。」
カチカチに凍った牛肉パックに掛かったラップを外しながら、
「ねぇ、何枚食べるの? 」
『ああ、今朝は少し多めに食っておくかな。いつもの大きさのヤツなら3枚にするかな。』
「了解! 」
パックから凍ったままの肉を3枚取り出し、
(せっかくだから、私も朝ステーキにしよ。)
もう1枚プラスして耐熱大皿に置き、そのまま電子レンジに入れて解凍のボタンを押した。
(なんか、今の会話って家族みたい。)
同じ屋根の中で、暫くぶりに聞いた日常の会話のような気がしていた。
こんな会話、母と二人で生活していた時もしたことがなかった。
もっとずっと昔、未だ父が生きていて、私が幼かった頃。
親子三人の仲良し家族があった頃。
父と母が、こんな会話をしていた気がする。
その時、父はソファに寝そべっていただろうか?
母は台所でご飯の支度をしていただろうか?
(たぶん、今と同じ。)
そうだったに違いない。
思わず胸が熱くなり、ほんの少し瞼の裏に涙が滲んだ。
グスッ!
小さく鼻を啜ってから、フライパンを取り出し、ステーキを焼く準備を始めた。
彼は野菜なんて食べないだろうけど、私は野菜も欲しいから、その準備もしよう。
(野菜も食べなきゃダメなんだよ。お父さん・・・ )
ソファの向こうで寝転がっているワンコに、ついつい父の面影を重ねてしまったみたいだが、
(そういうこともあるって。)
少し可笑しかった。
間もなく、電子レンジから解凍終了のメッセージが聴こえてきた。




