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人の情けが身に染みるわぁ~

明日の投稿も早めになります。

よろしくお願いいたします。

 私を襲った誘拐犯の乗ったワンボックスカーが荒川下流で見つかった。


 岸の近くで、半分沈んでいるところを、付近を通り掛かった通行人に発見されたのである。

 人は乗っていなかったらしいが、後に警察から聞いた話では車は全壊状態、まるで大事故の後のようだったという。

 誘拐に失敗して逃走する途中で起きた河川への転落事故として扱われていたが、随分と不審な点が多かったらしい。


 「車内のシートなんかは、刃物で切り裂かれたみたいにズタズタでさ、金属製の屋根やドアもチェンソーみたいなもんで切り裂かれたみたいになってたんだわ。」


 と、教えてくれたのは、空き巣の件以来に度々会って親しくなった “警視庁江戸川西署の刑事さん” 。

 私が娘さんと同世代らしくて、心配で放っておけないと、けっこう小まめに連絡をくれたり、様子を見に来てくれる優しいオジサンである。

 名前は、汐見しおみさん。

 年齢は40代前半くらい。

 その汐見刑事の話の続き、


 「あんま、女の子に話すべきことじゃないんだがな、車内には大量の血痕が残ってたらしいんだわ。但し、それが鑑識からの報告じゃ人間の血液じゃ無いってことなのな。専門家に調べてもらっても同じ結果でさ。そこで思い出したんだよ。紗耶香ちゃんが言ってたろ。誘拐犯人には牙があったってさ。俄かに信じられないんだけど、万が一って考えちゃうんだ。」


 自宅の最寄り駅、都営新宿線船堀駅前のラーメン屋さんで、ネギラーメンと味噌だれ餃子を奢ってもらった時に、そう聞いた。


 「私、また襲われちゃったりするんでしょうか? 」


 こうなってしまったら切実な問題である。

 普通の高校生として毎日の登下校をして、アルバイトに通うような日常生活を、今後に送って行けるのか、とても心配である。


 「それは何とも言えないなぁ。紗耶香ちゃんには自分が襲われる身に覚えはないんだろう? そう言うのが厄介でね。犯人側からの一方的な思い込みや執着で犯行に及ぶ場合、こっちは後手にならざるを得ない。今のところ、壊れた車以外に何の手掛かりも無いからなぁ。警察としては警備を万全にして、犯人が仕掛けてくるようなことがあったなら即応できる態勢を整えとくぐらいしかできないんだわ。」


 そんなことを言いながら、汐見刑事は味玉ラーメンの卵を箸で突いていた。

 実際に被害者が出てからでないと警察は本格的に動けないらしく、何とも歯痒そうで、困っているようで、心配そうでもある複雑な表情をしていた。



 ◇



 誘拐未遂事件の後、警察や高校からは、


 「暫く外出を控えてみては? 」


 との申し出もあったが、できるだけ学校は休みたくないと我儘を言った。

 そうしたら、たいへん申し訳ないことに毎日の朝夕、クラス担任の相良先生が自家用車で送迎してくれることになってしまった。


 「先生、ホントにすみません。」


 「いやいや、生徒がピンチの時に何とかするのが先生の役目だろ。それに、今は来年の受験を考えたら大事な時期だからな、休まないのは俺も賛成だ。」


 そう言いながら毎日自宅アパートの前まで来てくれる相良先生だが、自分の負担を顧みず、いつもで生徒のために精一杯頑張ってくれる正に教師の鑑である。


 この日、11月20日の水曜日も、相良先生の自家用車で自宅アパートに帰宅した。


 まったく、夏休み以降、肝心な時は相良先生のお世話になりっぱなし。


 (こりゃ、卒業するまでに必ず、思い切ったお礼をしなきゃなんないよねぇ。)


 いくら相手が大人で先生で、こっちが生徒で未成年でも、そのくらいしとかなきゃ人としてダメでしょって感じである。

 でも、ひとまず今日のところは口頭でのお礼で勘弁。

 そして、ハザードランプで挨拶した後に遠ざかる車に向かって一礼。

 車が見えなくなるまで待って、それからアパートの3階まで階段を上り、扉の鍵を開けて自宅に入った。

 そして、いつものように誰もいない部屋の中に向かって、


 「ただい・・・うわっ! 」


 驚いた! ビックリした! 慌てた! ちょっとパニック!

 玄関を入って直ぐの短い廊下に、横たわっているモノがあったのだ。


 「ど、どっ、どうしたのよ! キミっ! 」


 未だ外は明るい時間だから灯りを点けていなかったので、薄暗い廊下にいるモノを視認するには少々の時間を要したが、目が慣れてきたら直ぐに分かった。

 児童公園に住み着いていて、毎日のように植え込みに寝そべっていて、私の手作り和牛ステーキを食べているワンコの彼だった。

 だが、そんな彼のいつもの昼寝ではない。

 荒い呼吸で胸を上下させ、半分閉じかけた目には光が薄く、力無く足を投げ出して横たわっていたのだ。


 「怪我してるじゃない! 」


 真っ白な毛並みは泥と埃に塗れて灰色になり、その所々に赤黒い汚れが見えているが、前足の肩口には目で見てハッキリと分かる程の裂傷を負っていた。

 彼がどうして私の部屋の中にいるのか、考えるのは後回しにした。

 アパートがペット不可なのも一旦忘れることにした。

 今、目の前いる、重傷を負っている彼を救うことに集中しようと決めた。


 「どうしよう、獣医さんに連絡するとか? 」


 まずは最初にそれを考えた。

 ところが、


 『それは勘弁・・・ 』


 頭の中に声が響いた。


 「えっ? 今の声って? キミの声なの? 」


 それについての返事は無かった。

 ほんの少し待ってから、続けて数秒間ほど考えた。


 (空耳だった? そうじゃないよね? マジな声っぽかったぞ。)


 良く分かんないけど、声の言う通りにした方が良いような気がした。

 獣医は止めることにして部屋の奥へと走った。

 そして、家に常備しているありったけの救急用品を搔き集めて持って来た。

 さらに、寝室の押し入れから使ってない毛布やタオルケットを引っ張り出してきて、彼を冷たくて硬い床から、柔かい毛布を敷いた上に寝かそうと頑張った。


 「重いぞ! キミって、こんなに重かったのか? 」


 身体を起こすこともできないようなので、なんとか持ち上げて、その隙間に毛布を差し入れるしかない。

 近頃は力持ちになったらしい私でも、これには一苦労だった。

 怪我してる相手を乱暴に扱えないので、けっこう気を使ったが、なんとか彼の身体の下に毛布を敷くことはできた。

 そして、次には肩口の裂傷から手当てを始める。

 傷口は肩口から前足に掛けて20センチぐらい、切り口はギザギザになっていて刃物ではなく鉤のような凶器で切り裂かれたように見える。

 かなり深い傷のようで、ジュクジュクとにじみ出る血液と肉の奥に白い骨が覗いていた。

 本格的な出血は止まっているようだが、これほどの深さの傷なら、既にかなりの出血をしてしまっているのではないだろうか?


 (でも、未だ傷は塞がっていないのに、今は殆ど出血していない。どうやって出血止めたのかな? )


 とりあえず傷周りの汚れが酷かったので、水に浸したタオルで泥や埃を拭い、その後で消毒用のオキシドールを脱脂綿に滲み込ませて傷口に当てた。

 微かに彼の唸り声が聴こえたが、たっぷりのオキシドールで傷を洗っているのだから滲みて痛いに決まっている。

 傷口に付着したオキシドールがブクブクと白い細かな泡を立てるのを見ていたら、手当てしている私まで顔を歪ませたくなる。

 

 (お次は傷口を閉じなきゃ。)

 

 こういう時にフサフサでモフモフは困る。

 救急テープが使えないのだ。


 「痛いだろうけど、クリップで閉じるしか無いから我慢しなさいね! 」


 そう言って取り出したのはダブルクリップ。

 書類などを綴じるのに使うスタンダードな文房具である。

 ホントは縫合するべきなのだろうが、そんな技術や道具が無いのでやむを得ない。


 (くーっ! 痛そう! )


 傷口を指で摘まんで閉じながら、クリップで挟んで止めていく。

 その作業の途中で、時々彼の唸り声が聴こえたが、抵抗したり暴れたりしないので、手当てに支障はなく、なんとか傷口を閉じることができた。

 後は、他に怪我は無いかと身体中をチェックし、幾つかの切り傷と擦り傷を見付けたが、それらは大したことが無かったので、オキシドールを振りかけておくだけにした。

 最後に、濡れタオルで可能な限り全身の汚れ落としをしてから終了。


 「よく我慢したね。偉いぞキミ! 」


 目を閉じて眠ってしまったらしい彼の頭を撫でながら声を掛けてやった。

 手当てが成功したのかどうかはまだ分からないが、私ができることは全てやった。


 (後は見守るだけ・・・あ! )


 想い出したことがある。


 (そうだ! アレがあったんだ! )


 私は帰ってきてから着替えもせずに手当てに没頭していたのでずっと制服のままだったが、そのセーラー服の上着の首元に手を突っ込んで、ロケットペンダントを取り出した。


 それは、子どもの頃から常に肌身離さず身に付けている大事なお守り。


 6歳の頃、武蔵御嶽山で怪物に襲われて死にかけた時、私を助けてくれた声の主に渡された小さな石。

 後になって、その形が勾玉に似ていて、図鑑では牙玉と呼ばれる古代の装飾品に近いことを知り、未知の力を秘めたパワーアイテムであるような気がして、そのサイズに合うロケットペンダントを買い、中に入れて常時に身に付けておくようにしていたのである。


 私はロケットを開け、中の牙玉を確認してから再び閉じて、


 「この石はね、私が子どもの頃、山の中で鹿の角を生やした怖い怪物に襲われて大怪我した時に命を救ってくれた石なんだよ。これを身に付けていたらあっと言う間に怪我が治っちゃったんだ。だから、今はキミが身に付けなきゃね。」


 そう言いながら、彼の首に掛けてやった。

 その上にタオルケットを乗せ、軽く手で押さえてから、


 (お守りのご利益がありますように。)


 そう心の中で唱えた。


 それは、他愛のないおまじないのような、気休めのようなつもりだったが、かつて私の怪我を治し、命を救ってくれたような奇跡が、もう一度起きて欲しいとの願いを込めたおまじないだった。

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