ど~ぞ召し上がれ~!
なんだかんだあったけど、今、私は児童公園にいる。
到着したのは14時半過ぎ。
もっと早く来たかったのに!
「ってな感じのことがあったんだ~ ホント遅くなってごめんね~ 」
ワンコ相手にして、高校からの帰り際に呼び止められちゃった件なんかを話して、その上に言い訳までしてどうするんだって感じ。
でも、やっぱり、約束した時間に遅れたのだから相手が人じゃなくても、誠意を見せなきゃいけないと思うんだ。
だから、キチンとお詫びをしながら約束のお弁当を取り出す。
「時間が無かったから、手作りは諦めて “あじさい” で買ってきた特選和牛サーロインステーキ弁当。お店じゃ人気ナンバーワンメニューだし、ちゃんとミディアムレアなんだよ。」
ちなみに、“あじさい” の調理担当は店長のオジサン。
焼き方はミディアムレアでと言ったら、
「オーケー! レストランみたいな美味いヤツ焼いてやるからな! 」
と、自慢げに言っていたので間違いないはず。
お弁当屋さんのステーキで焼き加減を指定するお客なんて見たこと無いから、オジサンに焼き加減合わせるテクニックがあるのかどうか、ちょっと不安だったけど、自信満々だったんでたぶん大丈夫。
もちろん、ワンコに食べてもらうんですとは言わなかった。
私が食べると思ってるからはりきって焼いてくれたオジサンには、心の中で「ゴメン」と謝っておいた。
(さあ! この仔が、私の持って来たご飯を初めて食べてくれる瞬間を見届けなきゃ! )
ドキドキしながらステーキの入った器を植え込みの縁に乗せて、記念の瞬間を捉えるべくスマホを構えた。
(構図良し! ピント良し! 明るさ良し! 画質も最高に設定したから良し! )
これで準備は完了!
仔犬は相変わらずクールなんで、大喜びで尻尾振って飛び出してくるなんてことは無かったが、植え込みの中から出てきてステーキの前で行儀良くお座りの姿勢を取った。
野良だから、誰からも躾なんてされて無いはずなのに、けっこうお行儀が良い仔でビックリ。
「リクエストのお肉ですよ~ ど~ぞ召し上がれ~ 」
ん? リクエスト?
この仔、リクエストしたんだよね?
えーと、ワンコが私にお肉が食べたいって・・・あれ?
(あれ? なんか変? )
ここで、もう少し深く考え続けたら、もの凄く重大な出来事を思い切りスルーしている自分に気付いたはずだけど、直ぐに止めちゃった。
『そんなん、どうでも良いじゃん。』
私の心の声がそう言うから、まあ良いかなって感じで・・・
そんなことよりも、今は仔犬のお食事シーンの方が重要!
私をチラ見してからステーキに口を近づけていく仔犬。
(ちょっぴり遠慮がち? やっぱこの仔カワイイなぁ~ )
思わず目尻が下がってしまう。
既にスマホでお座りショットは押さえたので、次は美味しくいただいてるショットを押さえなきゃならない。
上手く撮れたらスマホだけじゃなくて、パソコンの壁紙にも使わなきゃね~
と、思ったのだが・・・
ステーキを食べようとしていた仔犬が、ふと何かに気付いたように顔を上げて私を見た。
「何? 私のことなんて気にしないで食べなよ。」
そう言ってあげたのに、仔犬は怪訝そうな顔をして、ステーキを置きっぱなしにして、私の傍に近づいてきた。
「え? 私? どしたの?」
そして、私の身体に思い切り顔を近づけてからクンクンと鼻を鳴らした。
「え、えーっ! 」
相良先生が生徒指導室でやってたとの一緒。
担任と仔犬と連続してクンクンされた。
ちょっと! 勘弁してよ~!
女子的にめちゃめちゃショックなんですけど!
「今日の私って、そんなに臭かった? 」
慌てて身体の彼方此方を確認!
でも、自分の臭いは自分じゃ分からないんだよね。
仔犬は何も答えてくれないし。
クンクンしてから顔を離し、そのまま私の顔を凝視している。
つぶらな瞳と可愛らしいお鼻が形作る魅惑の三角形が、真っ直ぐ私に向けられている。
本来なら至福の時間なのだが、
「ダメ! そんな目で見ないで! ごめんなさい! おねえちゃん臭くて! 」
恥ずかしくて思わず目を背けてしまった。
それからも仔犬は、けっこう長い時間私を凝視していたような気がするが、実時間にすればせいぜい30秒くらいのこと。
なんか、おかしな圧を感じちゃって、その10倍ぐらいの時間、凝視されてたような気がしてた。
その後、直ぐに仔犬は何事か納得したような顔をして、一回だけ軽く首を傾げる仕草を見せてから元の位置へと戻り、厚さ1センチほどある特選和牛サーロインステーキに齧りついた。
(ううっ! でも、やっぱりカワイイじゃん! )
気分的に凹んじゃったけど、食事中の仔犬のカワイイショットはキチンと撮った・・・
(これからはクンクンされないように、ウチに帰ったら速攻でお風呂入って、明日は制汗用品フル装備で学校行かなきゃ。)
新陳代謝が激しい10代女子の猛暑対策は、何と言っても汗と臭い対策でもある!
(スプレーが良いのかな? クリームが良いのかな? それともスティックタイプの塗るヤツかな? えーい! 全部揃えて試してみるぞ! )
今日のバイトが終わったら、ドラッグストアにまっしぐらである!
「おねえちゃん、明日は絶対に臭くないようにしてくるからね! 」
黙々とステーキを齧っている仔犬に誓うのであった。
◇
『あの時、んなこと考えてたのか? 馬鹿だねぇ、そう言うことじゃないんだよねぇ。』
「女子的には、めちゃめちゃショックだったって話してんの! 」
ノンビリしたお話は、この辺りまでですね。
この後から、徐々に世の中がおかしくなり始めますので。




