友だちに逞しくなったと言われて凹んだけど ワンコとは仲良くなれそうな予感
今日は9月の2日で月曜日。
暦の上でも、気象学的にも、天文学的にも秋なはずなのに、東京ではまだまだ厳しい残暑が続いていて、蝉時雨が街中で鳴り響いている。
ちなみに、朝の気温は31度、予報では最高気温が37度オーバーだったっけ。
そんな日に、関東近郊では公立の小学校、中学校、高等学校など一斉に夏休みが明けて、新学期初日を迎えたりする。(2期生の学校は新学期じゃないけど。)
世の中は温暖化が只管進行していて、年の平均気温が急上昇してるんだし、季節の境目も曖昧になってきているんだから、昭和の頃から続いているお決まりの学年暦なんかこの際廃止して、夏休みとか冬休みなんかは臨機応変、柔軟に期間設定すれば良いと思う。
現代社会に生きる人間なんてひ弱な生き物なんだから、過酷な気象条件に対処しようにも限界があるわけで、たぶん半数以上の生徒たちが同意してくれるだろう。
これは先生方だって、政治家だって頷きそうな理に適った提案だと思うのだけれど、今のところ現状が変わる、現状を変えようなんて話は何処からも出てこない。
(たぶん、できると思うんだけどね~ 新型感染症対策の時にはやったんだし。)
あの当時は、突然の対応だったから先生方はオンライン授業の準備なんかで大慌てで大変だったと聞いているけれど、事前に想定されていて、準備期間があって、マニュアルさえあれば、普通にやれるでしょうに。
でも、そんなステキな提案があったなんて話は、お役所からも学校からも聞いたことが無い。
だから、結局は生徒も先生も暑さにブーブー文句言いながらも、9月1日になったら諦めて学校にやってくるわけだ・・・溜息。
エアコンの効いた快適な自宅を出て、命の危険があるとか無いとか、できるだけ外出は避けなさいって気象予報士が警告している猛暑の下をくぐり抜け、汗だくになって高校に辿り着く。
そして、エアコンの効いた教室や職員室で一息ついた後、時間になったら風通しが悪くて体感なら屋外より暑いかもしれない体育館に詰め込まれて、校長先生の有難いお話を立ちっぱなしで聞かされる。
校長先生だって暑いだろうに、もうオジイチャンなんだし、若くないんだから熱中症で死んじゃうよ?
こういうのって、そろそろ改善しなければヤバいんじゃないだろうか?
なんて感じで、1日のスケジュールを先取りしてアレコレ考えながら、私は新学期初日の朝、
「おはよう! 」
と、一声掛けながら教室に入った。
フワッとエアコンの冷気が顔に掛かり、暑気疲れがホンの少しだけ薄まった。
「サヤチ、たいへんだったね、大丈夫? 」
「後半の夏期講習、サヤチいなくて寂しかったよ~ 」
「私たちで相談に乗れることがあったら言ってね。」
「会いたかったよー! 元気かー? ちゃんと飯くってるかー? 」
「ってか、そのポニテはどうした? イメチェンか? 」
教室の前側の扉を開けて一歩中へ進んだ途端、仲の良いクラスメイト達が一斉に声を掛けてきた。
女子5人組み、私を入れて仲良し6人組み。
所謂、親友というヤツだが、けっこう騒々しいヤツばかりなんで、久々に会ったらめいめい違うことを言って押し寄せてくるから、いっぺんに返事ができない。(ちょっと嬉しい悲鳴)
あ、ちなみにサヤチとは私の愛称。
「ありがとねー! もう大丈夫なんだ。一人暮らしにも慣れたしさぁ、これからは高校にも普通に通うよ~ 」
この夏休みはアルバイト優先にしたので、後半の夏期講習には参加していなかった。
だから、クラスメイトとは久々の再会だったが、目の前にいる親友たちとはLINEなんかで毎日連絡は取り合っていたので、そんなにご無沙汰していたつもりはない。
それでも、ひと月ぶりの顔合わせということで、どうやら今朝は皆で揃って私が登校するのを待ち受けていたみたい。
それにしても、親友とは有り難いモノである。
未成年同士なので、相良先生のような頼りがいは無いのだけれど、何と言っても気心知れている者たちとの会話は心を和ませてくれる。
他愛も無い話題を二つ三つ交わしただけで、目の前が明るく感じられてきて、気分は一新、元気が増し増しである。
何と言っても、話題に遠慮が無いのが良いのだが、
「ところでさ、なんか、サヤチ、逞しくなってない? 」
「そう言われれば~ なんか鍛えたりした? 」
「顔もキリッとしてるし、全体的に締まった感じする~ 」
「特に、腕とか足とか。」
「ポニテだけじゃなくて、そっちもイメチェンか? 」
久しぶりに会った親友たちから、そんなことを立て続けに5人分言われたら、これはちょっと凹む。
「ええ? そうかなぁ? なんかヤダぁ。」
自分の手足を触って確かめてみると、確かに以前より硬くなった気がする。
首回りも筋っぽい感触がするし、腹筋の存在もハッキリ分かる。
お弁当屋さんのアルバイトに精を出していたから、重い食材が入った段ボールなんかもバンバン運んだし、大きな鍋やフライヤーのメンテもやった。
けっこう身体使って頑張ったから、そのせいかもしれないのだが。
「ねぇ、制服着てても分かる? 」
「 そりゃ分かるってぇ! 夏服だし。」
ウチの高校の夏服は、白襟に紺のトリプルラインが入った半袖セーラー服と紺色スカートの組み合わせ。
「でもさ、スリムになったんだから良くない? 」
「それはそうだけど、見えるとこに筋肉つくのはイヤ! 」
「いやぁ、そんなことないって! けっこうイイ感じに見えるってー! 」
「ちょっと、さわらせろよぉ~! 」
「や~めぇろぉ~! 」
悪ふざけして、私のスカートを捲ろうとする友人の手をバックステップでかわしたら、直ぐ後ろに立っていた男子にぶつかってしまった。
少し強めにぶつかってしまったので、その男子がバランスを崩して転びそうになった。
「あぶっ! 」
咄嗟に男子の手首を掴んだら、これが意外に軽くて、ちょっと近すぎるんじゃないかと思うぐらいにフェイストゥフェイスな感じに引き寄せてしまった。
(なんか、私ってマジで力強くなってない? 筋力アップしてんの? )
女子的にはちょっと勘弁なのだが、それについては後で考えるとして、
「ごめん! 大丈夫? 」
掴んでいた手首を慌てて放して謝った。
「ぜんぜん大丈夫だから気にしないで。それよりも神月さん、お母さん亡くなったって聞いて心配してたけど、元気そうで安心したよ。」
女子に助けられて少しきまりが悪そうにしていた男子は、同じクラスの洲崎君。
地味なタイプだけど、成績が良くて人当たりも良い優等生タイプ。
「何かあったら、僕も相談に乗るよ。じゃあね。」
そう言って洲崎君は、女子率が高くて気の小さな男子には居心地悪そうなこの場をそそくさと離れていった。
「洲崎、相変わらずだねぇー。」
「相変わらずのサヤチーラブ~! 」
「そっかな? もう、そんなこと無いと思うんだけど。」
これは、洲崎君が私に気があるとかいう話。
直に告られたことは無いのだが、今年の春頃から“彼の気持ち”ってのが、色んな人づてに伝わってくるようになっていた。
おそらく、洲崎君が親しい友だち辺りに漏らしたのが、キツク口留めするのを忘れたか、ここだけの話リレーで一気に広まったかしてしまったのだろう。
そして、本人がそれを否定せずに、黙って認めていたので、クラス内では周知になっていたのである。
で、それを耳にした私が、
「でも、私は洲崎君のこと何とも思ってないし。」
てな感じで漏らした気持ちも、いつの間にかクラスの周知となり、洲崎君にも伝わるべくして伝わっているわけで、それは既に確認済み。
高校生のクラスローカルネットワークは、直接会話をしなくても、空に向かって呟いただけの言葉でも、あっという間に情報が浸透して共有されてしまう。
こういうのは厄介なことも多いけど、伝わる情報の中身によっては、けっこう便利に思う時もあったりする。
もし、直に告られたら、面と向かってお断りしなければならなくなるので、それはかなり面倒臭い。
勝手に伝わってくれるのなら、それに越したことは無い。
「サヤチ、彼氏いないよねぇ。洲崎君ってけっこう悪くないと思うんだけど、付き合っちゃえば? 」
そんな意見もあったけど気が進まない。
彼氏が欲しくないとかそんなことは無いのだが、好きでもない人と付き合う気にはなれないし、高校生にもなれば周りがカップルだらけになり、皆がそこそこの相手を見つけて満足しているみたいだが、その流れに乗りたいともは思わない。
「何となく洲崎君って苦手なんだよねぇ。それにさ、焦んなくたって彼氏なんてそのうちできるって。」
今は、それで良い。
そんなことよりも、今の私は生活を安定させることの方が先である。
法廷後見人に関して、家庭裁判所とのやり取りはまだ続いているし、そちらが落ち着かない限り呑気に男女交際などやってられない。
それに、例の仔犬の件!
半月に渡る努力の結果!
昨日、漸く進展が見えたのだ!
明日から学校が始まるから、もう今までと同じ時間に会いに来ることができなくなるんだよとか、だから仲良くしようよとか、ワンコ相手に縋りつくようなセリフを何度も繰り返した。
真っ昼間なので、園内には普通に人がいて、
「あの人、馬鹿みたい」
とか、
「あのお姉ちゃん何してんの?」
「ダメ、目を合わせちゃいけません!」
ってな感じの会話が交わされてそうだった。
でも、そんなのは気にしちゃいられない。
私にはもう今日1日しか残されていなかったのだ。
だから、60分の休憩時間いっぱい使って、指一本触らせてくれないし、尻尾も振ってくれないクールな仔犬相手に最後の頑張りを見せた。
そして、そんな頑張りが、仔犬の頑なな心の扉を遂に開いたのである!
(やった! ふった! シッポふったーっ! )
尻尾を振る前に、なんか溜息を吐くような仕草が見えたが、それは気のせいに違いない。
私は勝ったのだ!
(嬉しい! 頭なでて良い? ねえ良いかな? )
すると仔犬が黙って頭を差し出した。
面倒臭そうにしている風に見えたが、それはたぶん考え過ぎだよね。
(カワイイ! カワイ過ぎ! )
手のひらに丁度収まるくらいの小さな仔犬の頭を撫でながら、私は胸を熱くした。
「ねえ、今度はご飯も食べて! 何でも好きなモノご馳走してあげるからさっ! 」
この半月間、私が持参した食べ物には一切口を付けてくれなかったが、警戒心さえ薄れれば食べてくれるようになるかもしれないと思った。
『肉』
「え? 」
何か聴こえた。
『牛の肉』
もう一度聴こえた。
「肉? 生の? 」
『ミディアムレア』
もしかして、これは仔犬の心の声だろうか?
遂に私たちは心が通い合って、ホンモノの親友に慣れたのかも知れない!
「わかった! お肉ね! 焼き加減はミディアムレア! 任せて! 明日は学校が午前中だけだから、終わったらステーキ持って駆けつけるから必ず待っててね! 」
今にして思えば、仔犬の心の声が聴こえたなんてことは異常事態以外のナニモノでもない。
明らかに超常現象である。
それなのに、その時の私の思考からは、そういうことはポロっと抜けていた。
◇
「なんでだろう? 」
『アタマ悪いからじゃね? 』
冗長に感じるお話が続いてますが
物語りの流れ的にそういう件なもので・・・
も少しお付き合いください。
よろしくお願いします。




