シデンと私の出会いのお話 ~ わたし、イヌ派なんです
『シデン』は『紫電』と書く。
もちろん、命名は私。
アルバイト先のお弁当屋さん “あじさい” の一人息子である小学4年生の仁太君が、熱心に作っていた戦闘機のプラモデル、そのパッケージイラストが格好良くて、そこから戴いた名前である。
なんでも、紫電は旧日本海軍の最優秀戦闘機で、その改良版で紫電改というのもあるらしいが、どちらの戦闘機も当時の最精鋭 “剣” 部隊に配備され、太平洋戦争末期の日本本土を守ったというドラマチックな逸話にもグッときた。(まあ、ぜんぶ仁太君の受け売りなのだが・・・)
そんな感じで勝手に決めた名前だけど、何と言っても強そうだし、けっこう気に入ってくれているみたいで良かった。
シデンと初めて会ったのは、夏休みの後半、8月の中旬から下旬の頃。
私はアルバイトの休憩時間、お昼の書き入れ時を過ぎた14時頃、いつも天気の良い日には賄いのお弁当を抱えて近所の児童公園に行き、木陰のベンチに座って蝉時雨を聴きながらノンビリ昼食をとるのが習慣になっていて、それがささやかな楽しみにもなっていた。
今さらながら、子どもの頃に父や母と出掛けたハイキングで食べた青空ご飯の楽しさを思い出し、それに浸りながらのノンビリとした憩いのひと時を過ごしていたのである。
で、そんな私の前に、シデンは現れた。
(あの仔って、この前に見掛けたワンコだよね。やっぱ、いたんだね。)
先日、高校からの帰りに通り掛かった時、一瞬だけ見掛けたが直ぐに見失ってしまった仔犬。
おそらく、その時と同じ仔犬が、私が腰掛けているベンチの広場を挟んで斜め向かいの植え込みの中にいた。
薄暗い木々の隙間にいながらも目に飛び込んでくるほど、綺麗で真っ白でフサフサな毛並みが特徴の仔犬だった。
普通、仔犬は毛が短いはずなのに、この仔は既にモフモフで、そこがとってもキュートに見える。
(かっ、カワイイ! )
思わず食べ掛けの卵焼きを落っことしそうになった。
仔犬は植え込みの中に寝転がっていて、まるでそこが自分の常の寝床であるような感じで寛いでいた。
目の前にぶら下がったプラタナスの小枝を鼻先で弄んでいたが、その仕草がどうしようもないほどに私の心を鷲掴みにしていた。
(え~どうしよう! 仲良くなりたい! )
お弁当を抱えたまま、既に腰が浮きかけていた。
(飼い主は? )
傍でリードを持っている人はいないのかと思って見渡したが、誰もいない。
四角い広場の四辺に並んだベンチには、私の他にお年寄りの夫婦が一組とスマホに夢中なサラリーマン風の男性が一人。
どちらも、犬の散歩中という感じではないし、仔犬には気も留めていない。
(ワンコに興味ないのかな? )
特に、仔犬のいる植え込みを背にして座っているお年寄り夫婦だが、傍でモゾモゾと動いている生き物がいたら気になると思うのだが、そんな素振りは全く無い。
完全無視である。
(変なの。)
でも、私はそんなわけにはいかない。
モフモフした動物は全部好きだが、特にワンコが好き。
ワンコを目の前にして、放っておくことなどできるはずがない。
(どうしよう。)
この仔犬、たぶん野良である。
野良にしては毛並みが綺麗過ぎるのだが、周囲に飼い主がいる様子は全くないし、良く見れば首輪もしていない。
捨てられた仔犬が、公園に住み着いたのかも知れない。
(やっぱ、こういう時は貢物をあげるのが筋ってもんでしょ。)
お弁当の中にミニハンバーグが残っていた。
端っこにケチャップが付いているが、それを拭き取ったらワンコでも食べられそうな気がする。
(食べてくれるかなぁ、食べさせても良いかなぁ。)
でも、世間的には野良にエサを与えるのはタブーとされている。
東京都の条例的にアウトな気がする。
しかも、すぐ傍にはお年寄り夫婦とサラリーマン男性の目がある。
(良くない! 良くないのは分かってるんだけどっ! )
お尻が5センチほどベンチから浮き上がった姿勢のまま、左手でお弁当、右手に箸を持ったまま固まってしまった。
そのまま1分ほど経過して、
(あ、お立ちになった! )
一休みを終えたお年寄り夫婦がベンチから立ち上がって、児童公園を出ていった。
(ラッキー! )
私はすかさず立ち上がり、それまでお年寄り夫婦が座っていた仔犬の傍のベンチへ急ぎ移動した。
一瞬、サラリーマン風の男性が顔を上げて私を見たが、直ぐにスマホに戻った。
(では、さっそく。)
ベンチの端で横向きに座り、仔犬に向かった。
(マジでカワイイ! そしてキレイ! )
間近で見るとカワイさが倍増した。
とても野良とは思えない艶々としてシミ一つ無い真っ白な毛並み、ピンと尖った耳、クリクリした瞳と真っ黒なお鼻が描く魅惑の三角形、トータルバランス満点の素敵過ぎる仔犬である。
お弁当を放り出して、今直ぐに抱きしめて頬ずりしたい衝動にかられた。
(ダメダメ! まずは警戒心を解くところからでしょ。)
焦りは禁物! 急いては事を仕損じる! 急がば回れ! まずは落ち着いて、冷静に事を進めなければならない。
それでは、早速!
「こんにちはぁ~ 良い仔でちゅねぇ~ カワイイでちゅねぇ~ 」
それまで、周囲のことなど知らんぷりで、プラタナスの小枝を鼻の頭で突いていた仔犬が私を振り向いた。
(おおっ! )
真っ黒な瞳が私を見ている。
魅惑の三角形が私に向けられている。
ちょっとビックリしたような感じで、小首を傾げている。
(感動だ! )
だが、それだけ。
尻尾を振ってもくれないし、「なんだ? こいつ? 」みたいな態度。
ここで畳みかける必要がある。
取り出したのはミニハンバーグ。
ケチャップは拭き取ったし、味も濃くないし、アレルギー対策してる素材だし、香辛料なんかも殆どつかっていないからワンちゃんでも大丈夫なはず・・・冷凍だけど。
「良い仔にはぁ~ ご飯をあげまちゅよぉ~ 」
そう言って私が差し出したミニハンバーグを目の前にして、普通のワンコならクンクンしそうなものだが、この仔は不思議そうな顔をして私とミニハンバーグを交互に見るだけ。
せっかくの貢物を食べようともしない。
(お腹すいてないの? )
野良なワンコなら、食べ物を目の前にして喜ばないはずがないのだが、この仔は全く興味を示そうともせず、せっかく親愛の情を表そうと頑張っている私に尻尾も振ってくれない。
(なんてクールなワンコなの! でもそこがイイ! )
一度カワイイと思い込んだら、何をされてもカワイさが減じることは無い。
どうしようもなく、一人勝手にテンションを上げていたら、
「あ! 」
お箸を持つ手が緩んでしまった。
ミニハンバーグがポロリと落ちて、植え込みの土の上に転がってしまった。
(汚れちゃった、ワンちゃんのハンバーグ・・・ )
カワイイ仔犬に汚れたハンバーグなんて食べさせるわけにはいかない。
「ごめん! ごめんね、ワンちゃん! ダメなおねぇちゃんをゆるしてぇ! 」
ちょっと泣きそうになってウルウルし掛けた私の目と、仔犬の目が合った。
(え? この仔、今笑わなかった? )
向かって左側の口元がホンの少し持ち上がったような気がする。
なんか、私を小馬鹿にしたような笑いに見えたが、気のせいだろうか?
しかも、この仔犬、まるで私に興味を失ったような態度でプイッと横を向き、大欠伸をしてた。
(なんてことなのっ! )
泣いている場合じゃなかった。
この瞬間、愛犬家としての私の闘志に火が点いた。
(仲良くなってやろうじゃないの! 今日から貴方と私は親友よっ! )
全然興味無さそうに、そっぽを向いた仔犬に向かって私は誓った。
それからのこと。
仔犬はずっと其処にいたから、私は毎日頑張った。
アルバイトの休憩時間いっぱい、私は仔犬とのコミュニケーションに挑戦し続けた。
貢物はお弁当のおすそ分けだけじゃなく、お惣菜やお菓子や珍味、少しお高めなドックフードなど、色んなモノを持参した。
その全てが外れだったわけだが・・・涙
そんな私の努力が報われたのは、出会いの日、ミニハンバーグを無にした日から数えて半月後。
翌日に高校の始業式を控えた8月31日。
アルバイトのシフトから平日の日中が外れてしまうギリギリの前日。
今にして思えば、凄いバイタリティというか、執念だったと思う。
一歩間違えたら、頭の変な人である。
それでも、私は自分の思いがワンコに通じたことを素直に喜んだのだ!
◇
『思いが通じたんじゃなくて、馬鹿の一念に根負けしたんだわ。』
「どうしてそういうこと言うの! 」
『煩い! 食事中! 』
あれから月日を重ね、今、私の傍では、焼き加減ミディアムレアの国産牛ステーキ400グラムに齧りついている、ちっとも可愛くなくて、贅沢で、しかもあろうことか人語を解する面倒臭いワンコがいる。
一見、ゴールデンレトリバーにシベリアンハスキーをブレンドしたような、クソ生意気な大型ワンコっぽく見えるが、
『ワンコとか言うな! 犬じゃないんだから! 』
「どうでも良いから早く食べちゃってよ~ 片付けられないじゃない! シデン! 」
なんだかんだあって、シデンは私の親友というか、相棒になっているわけで・・・




