そして、ここからが私の現在進行形
前話より、第1章を始めさせていただきましたが
ここまで、拙作をお読みいただきありがとうございます。
ブックマーク、評価、感想などいただきました皆さま
本当にありがとうございます。
励みになります。
物語は、まだまだ序盤ですが今後ともよろしくお願いいたします。
まずは基本的な現状認識をあげておく。
私の母に兄弟姉妹は無く、一人っ子だったということ。
祖父母は早くに亡くなっているということ。
父方の身内との付き合いは途絶えて久しく、既に赤の他人であるということ。
母も私も親戚付き合いなどは全くしていなかったということ。
つまり、
残された一人娘である高校2年生の私。
神月 紗耶香は、文字通り天涯孤独の身の上になってしまったのである。
この天涯孤独という立場だが、未成年の場合はけっこう厄介なことが多いようで、私は葬儀が終わってから、ほぼ毎日のように様々な書類を書いたり、見せられたり、長々と説明を受けたりしていた。
それら内容の複雑さ、難解さ、面倒臭さのおかげで、母親の想い出に浸るとか、その死を悼むとか、これからの人生をじっくりと考えたりとか、そんな当たり前のことをする余裕が全く無くなってしまうほどだった。
いずれ全てが落ち着いて時間に余裕ができたら、改めて母を思い出してシンミリしようと思ってはいるが、今のところ目の前に積み上がった問題を解決するのが先であり、時間と心の余裕などいつ訪れるのか全く見当もつかずにいた。
ところで、
沢山ある書類の中でも最も優先すべきは、家庭裁判所に提出する法廷後見人の選任をお願いするための手続き書類である。
保護者不在になってしまったことで、未成年であり高校生である私は預金口座の引継ぎや保険料の受取り、アパートの賃貸契約継続などのためには、法廷後見人を立てなければならなくなってしまった。
これを急がなければ、天涯孤独の身の上だけでは済まされず、身一つで無一文のホームレスなってしまうのである。
だから、法廷後見人選任の申し立てに必要な書類一式は大急ぎで揃えなければならないのだが、その書き方や揃え方がチンプンカンプンで、手を付けたは良いが直ぐに頭を抱えてしまった。
申立書、事情説明書、各種財産目録など、まずは意味を理解しなければ動き出せないようなシロモノばかりだったのである。
先に述べたように我が家にお金は十分あるはずなのだが、突然死に近い状態で亡くなってしまった母からは通帳や印鑑の在り方程度のことでさえ特に確かめたりはしていなかった。
賃貸の契約書や保険の証書などについては何処にしまってあることやら・・・。
よって、
現状の私は無一文と何ら変わりはない。
こういうピンチの際に頼るべき大人は、私の場合、高校の先生ぐらいしか思いつかなかった。
そこで私は、葬儀の際に何でも相談に乗ると言ってくれたクラス担任の言葉を思い出して、縋ることにして、日直で出勤している日を狙ってアポイントを取り、夏休み真っ最中の高校を訪れることにした。
(葬儀の関係以外でのお出掛けは久しぶりだなぁ。)
お出掛けと言っても行き先は高校なので、別にそんな必要は無いのだが、せっかくなので気分転換も兼ねて身だしなみを整えたりしてみた。
まずは、暫く放っておいたらミディアムだったはずの髪がセミロングになっていたので、試しにトップで縛ってポニテにしてみる。
(けっこうイケるんじゃね? )
360度チェックして、納得満足。
勢いよく首振っても髪が顔に掛からないし、解放感あって風通しが良いので、夏場には良いかも。
次に何とかすべきは、ここのところ気苦労が続いてたおかげで薄っすらと目の下に浮かんでいる隈。
これを隠さなければならないが、訪問相手が先生なのでメイクはほどほどに。
でもまあ、お肌が若いからBBクリーム塗るくらいで何とかなったので、あとはリップつけて終了。
遊びじゃないし、渋谷、原宿に行くわけじゃ無いから、こんなもんでOK。
あとはサクッと制服に着替えたら、
(さぁて、久しぶりに外歩くかぁ! )
と、言ったって京葉道路を歩くだけなんだけど・・・
ちなみに自慢するわけではないが、私の通っている都立高校は学区内では一番手の進学校とされている。
但し、学区割りされている地域の進学熱が全体的に高くは無いので、同じ都立でも東大や京大に大勢合格者を出している進学校とは違い、学力的にはほどほどのレベルである。
だから、進路決定を控えた時期であるにも拘わらず、校内にはちっとも緊張した雰囲気が漂っておらず、出勤している先生たちもゆったりまったりとした時間を過ごしているように見える。
クラス担任の相良先生と約束を取るのも簡単だった。
電話をしたら、時間は自由になるからいつ来てもOKと言われた。
ちなみに、相良先生の担当科目は国語。
先生の下の名前は、以前に聞いたことはあったが忘れてしまった。
ついでの情報としては、アラサーで独身、痩せ型で長身、一部生徒の評価ではメガネの似合う優しい兄貴だそうで、女子受けもそこそこ良く固定ファンも少なからずいた。
もちろん、見掛けの評価は人それぞれだと思うが、相良先生が “優しくて親切” という評価については、私も含めてクラスの誰しもが同意するに違いない。
先生は決してお仕着せがましい世話焼きなどはしないし、常に生徒とは一定の距離感を持って接するタイプなのだが、決して壁を作るようなことはしないので話しやすいし、生徒に一旦頼られたら何事でも親身になって動いてくれるし、手間の掛かる対応でも快く引き受けてくれたりした。
今回の私のように私的で面倒な相談を持ち込んでも、決して無下にされることはない。
一応アポを取る際には、少し申し訳なさそうにしながら電話で事情を話したのだが、
『法廷後見人の手続き? もちろん相談に乗るぞ。生徒が困ってんだから当り前だろ。こっちでも手続きについて必要なことを調べておくからな。んで、神月はいつ学校へ来れるんだよ? 』
こんな感じであり、私が気兼ねするような態度を取ったら却って叱られそうだった。
そして、この日の昼過ぎに訪ねていった私は生徒指導室で相良先生の懇切丁寧な説明を受け、夕方まで掛かって法廷後見人選任の申し立てに関する全ての謎を解消することができたのである。
それと、ついでにポニテを褒められたので、これから暫くヘアスタイルはコレでいくことにした。
「先生、本当にありがとうございます。めちゃめちゃ助かりました。」
「担任なんだし、こんくらいするのは当たり前だろ。これでも大人だから人生経験も豊富なんだし、これからも分んないことがあったら何でも聞いてくれよ。」
そう言いながら、私が帰る際に相良先生は生徒玄関まで見送ってくれた。
これまで、相良先生とは教室や職員室で接するだけで、一対一で話すことなどなかったが、半日の間一緒にいられたのは少し嬉しかった。
別に恋愛の対象として見るべき相手では無かったが、大人の頼りがいのある男性と長い時間親しく過ごせたということは新鮮であり、この話をしたら先生のファンたちには羨ましがられるだろうと想像したら、少しだけ良い気持ちになったりもしていた。
「ところで、神月ってさ。」
生徒玄関から校門に向かって歩き出した時、相良先生が何かを思い出したように声を掛けてきた。
私は直ぐに振り返って、
「はい、なんですか? 」
と、答えたのだが、
「お前は・・・その・・・ 」
相良先生は何か言い掛けて躊躇っていた。
そのまま数秒間、右手を顎に当て空を斜めに見上げながら考え事をしていたようだが、
「まあ、今は良いか。」
と、呟いた。
「はあ? 」
大事な話、深刻な話、そんな感じの話があったのかも知れないと思った私は、このまま帰って良いものか、生徒玄関まで戻るべきか、迷いながら首を傾げていた。
「いや、なんでもない。引き留めて悪かった。」
相良先生は笑いながら私に向かって軽く頭を下げて謝り、
「そうだ、落ち着いたら進路の話をするぞ。考えておけよ。じゃあな。」
そう言ってから右手でサヨナラの合図をした。
「はい。よろしくお願いします。」
と、私が返事をし終わったら、二人は息を合わせたかのように揃って回れ右をし、相良先生は校舎の中へ、私は帰路についた。
(先生には何かお礼しとかなきゃな。どうせ、また私事の相談するだろうし。)
抱えていた難題が一つ片付いたことで、幾分晴れやかな気持になった私は、足取りも軽く校門を出た。
夕方になったというのに全く暑さの衰えない真夏の西陽を背負いながら、校地に沿った一車線の狭い路地を抜けて荒川を渡る橋の袂まで来た時、防災行政無線放送の「夕焼け小焼け」が聴こえてきた。
(ああ、もう5時なんだ。)
家に帰って、夕飯の支度をしなければならない。
どうせ一人きりの食事なのだから、時間に拘る必要は無いし、手間を掛ける必要も無いのだが、そこに甘え始めるとダメ人間になりそうな気がしたので、夏休み中はいつも決まった時間に3度ご飯の支度をし、食事の前には父と母の遺影に手を合わせている。
この習慣、母が健在だった頃から続いている。
(元から夕飯の時間は一人だったし、慣れちゃってるし。)
これを今さら変えるつもりも無いし、変える必要も無い。
(そろそろ、アルバイトに復帰することも考えなくちゃなぁ。)
いつまでも母の死を引き摺ってはいられない。
元の生活に戻ることを考えなければならない。
アルバイトは、そんな元の生活の中にあった大事な要素の一つである。
私のアルバイト先は家の近所にある “あじさい” という名のお弁当屋さん。
週に3回のシフトを入れてアルバイトに励んでいた。
母が亡くなってからずっと休んでいたが、店長夫婦のオジサンとオバサンは、いつでも戻っておいでと言ってくれていた。
新しいアルバイトを募集するつもりは無いらしい。
せっかくなので、その行為に甘えさせてもらうつもりでいる。
甘えついでにアルバイトのシフトを増やしてもらいたいとも思っている。
ちょっと自慢なんだけど、私目当てにお弁当を買いに来るお客さんもいるっぽいので、それなりに売り上げには貢献してると思うし、その程度なら無理言っても許されるだろう。
お弁当屋さんなので賄いが出るし、閉店後に売れ残ったお惣菜を分けてもらえるのも、今後の食費のことを考えればたいへん有難く、“あじさい”は、とても良いアルバイト先なのである。
(まあ、それはそれとして、いろいろ頑張んなきゃなぁ。)
頑張りつつも他人様の好意にはトコトン甘えられるのが、未成年の特権である。
頭上の首都高を走る車の騒音を聞きながら、そんなようなことを、つらつらと考えながら歩いているうちに、いつの間にか自宅の近くまで来ていた。
(そうだ、“あじさい” に寄って挨拶しとかなきゃ。来週からならアルバイト復帰できますって言っても良さそうだし、ついでに晩御飯のオカズ買って帰ろっかな。)
自宅とは逆方向になるが、今歩いてる通りの先にある稲荷神社の手前を左折し、その先にある児童公園をショートカットすれば、“あじさい” は直ぐである。
但し、お弁当屋さんはそろそろ混み合う時間帯なので、挨拶に寄るなら急がなければならない。
そのことに気付いた私は足を速め、児童公園内の裏口から入り、滑り台やブランコなどの遊具を横目に、町内の盆踊りなどで使われる広場を斜めに通り抜けて反対側の出口を目指した。
一見して、園内に人影は見えなかった。
夕飯支度で忙しい時間帯なので、散歩の途中に木陰で涼むお年寄りもいないし、遊具で遊ぶ親子の姿も見えない。
(今は、あんまり楽しそうな親子は見たくないし、丁度良いや。)
そんなに気にするつもりは無いのだが、やはり仲の良い親子の姿を見掛けたりすると胸に込み上げて来るものがある。
(でも、まあ、そのうち気にならなくなるでしょ。)
児童公園の反対側の出口に差し掛かった時。
視界の端、児童公園の敷地の縁に沿って配置されている植え込みの中に、白くて小さくて動くモノを見たような気がして足を留めた。
(あれっ、ワンコ? )
仔犬の姿を見たような気がした。
実は犬好きだったりする私は思わず振り返ったのだが、
(うーん、見間違いかな? いたと思ったんだけど。)
植え込みの中だけではなく、児童公園の中の何処にも仔犬の姿は無かった。




