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ぼんれくか  作者: 小畠由起子
3/3

後編

前編、中編、後編の三つのパートに分かれています。

「よだだーま」


 美智子(みちこ)がふるえる声でいい、ろうそくの前に直立不動で気をつけをする。とうとう最後の一人、早苗(さなえ)の順番になった。隠れていた草むらからゆっくり立ち上がると、早苗は大きく息を吸った。


「よいいうも、よいいうも、よいいうも、よいいうも、よいいうも……」


 とぎれないように、『よいいうも』とぶつぶつつぶやきながら、大股でろうそくの灯を目指す。息がだんだんと苦しくなっていき、心なしかあたりをおおう闇も深くなっている気がする。ろうそくの炎がゆらめき、早苗はじょじょに早歩きになっていった。


「よいいうも、よいいうも、よいいうも、よいいうも……」


 息継ぎしたくなるのを根性でこらえて、肺に残っているありったけの空気を出して、『よいいうも』と唱え続ける。そしてようやく、早苗もろうそくの前に立つことができた。残っていた最後の空気に、言霊を乗せて唱える。


「……よだだーま」


 とうとう五人全員が呪文を唱え終わった。最後の仕上げに、全員で息を整え、タイミングを合わせる。目で合図を送り、百海(ももみ)がうなずき、口を開けた。全員いっしょに、最後の呪文を声に出す。


「……ぼんれくか!」


 さすがに最後は恐ろしかったのだろう、早苗は唱える瞬間、目をつぶっていた。そして恐る恐る目を開けて、そして目を疑ってしまったのだ。


「……ネガイヲ、イエ」


 言葉では形容できないような、赤茶色の生き物が目の前にいた。人型ではない。それは鬼というよりは、巨大ななめくじのようなものに近いだろうか。だが、とにかくそのような生き物はいまだかつて見たことがなく、願わくば永遠に見たくないと思うような、醜悪なすがたをしていたのだ。


 ――願い……あぁ、そうだ――


 早苗はガチガチと歯を鳴らしながらも、急いであたりを見回す。しかし、四人のすがたはどこにも見えなかった。口の中がカラカラになって、声が出せない早苗に、醜悪な鬼は再びたずねる。


「ネガイヲ、イエ!」

「ひぃ!」


 ぺたんっとその場にすわりこんで、早苗は思わず立ち上がった。スカートが真っ赤な液体でべちょべちょになっている。そこでようやく早苗は、自分が沼のような場所に立っていることに気がついたのだ。


 ――まさか……これ、血――


 血の沼から、ゴボゴボと不気味な音が聞こえてくる。そして、一匹、また一匹と、なめくじのような鬼たちがすがたを現し、早苗を取り囲んだのだ。早苗は思わず頭を抱えこみ、その場にすわりこんでしまった。


「いやああああっ! ひぃぃ、ひぃぃっ!」

「……ネガイヲイウンダ!」

「あぁぁっ、か、かか、帰して、わたしを、わたしを元の世界へ帰してよ!」


 そのとたん、早苗の足がずぶずぶと血の沼へ沈みこんでいったのだ。「ひぃぃっ!」と金切声をあげて、早苗はもがくが、血の沼は足を、そして腰を、お腹を、胸を、肩までを一気に飲みこみ、ついには早苗の顔を少しずつ血の中へ沈めていったのだった。どす黒い血の味が口の中いっぱいに広がり、早苗は声にならない悲鳴を上げた。




「きゃあああああっ!」


 自らのすさまじい悲鳴で目覚め、早苗は荒い息をしながらあたりを見わたした。どこにいるのか、初めはわからなかったのだが、どうやらどこかのベッドに寝ていたらしい。ドタドタと足音がして、白衣を着た女の人が何人も入ってきた。


「早苗さん、目が覚めたのね!」

「え……ここ、は……?」


 まだ状況がつかめずに、看護師だろうか、白衣の女の人たちにたずねる。しかし女の人たちは答えずに、一人が部屋の外へ出ていった。しばらくすると、父と母がすごい勢いで早苗のベッドにかけよってきたのだ。父は目を真っ赤にして、母は涙がこぼれるのをふくことすらせず、二人ともオイオイ泣き続けるのだった。なにが起きたのかわからない早苗だったが、とにかく助かったという感覚だけはあり、そのままもう一度、深い眠りへと落ちていくのだった。




 ――わたしは助かった。……ううん、助かってなんていない。むしろわたしは、取り返しのつかない罪と罰を背負ってしまった――


 退院したあと、早苗は学校にも行かず、自室で毛布にくるまってガチガチとふるえるだけだった。病院で診察を受けるときも、退院するときも、家に帰るときも、常に早苗は誰かの視線を感じていた。それも、一人二人ではない。何人もの視線だ。しかも、その視線は人のものではなかった。


 ――あいつらだ――


 今ではもうあの醜悪なすがたを思い出すことはできなかったが、それでもその恐怖だけは胸の奥に焼きついている。しかし、早苗を責めさいなむのは、その恐怖だけではなかった。


 ――あぁ、また聞こえてきた――


 毛布にくるまったまま、早苗は耳をふさいだ。しかし、そんなものはなんのなぐさめにもならず、声は耳元でささやくように聞こえてくる。


「……ヨダダーマ……、ヨダダーマ……」


 ――今日は、これは、真紀(まき)の声だ――


 親友の声が、あの醜悪な鬼が出すような、けがれた奇声となって耳の奥に広がっていくのだ。さらに今度は、一番聞きたくない声が聞こえてきた。


「……ヨダダーマ……、ヨダダーマ……」

「百海……ごめんなさい、ごめんなさい……」


 言葉こそ、『ヨダダーマ』としか聞こえなかったが、早苗にはその声が別の言葉に聞こえてくるのだ。「なぜ、自分だけ逃げたのか」と。「わたしたちをおいて、なぜ自分だけ」と。その声はとぎれることなく、まるであのとき唱えた呪文のように、ささやき声で早苗を責めるのだ。耳をふさいでも、耳栓などしても、大音量で音楽をかけたとしても、とぎれることはなかった。忘れさせない、願いの代償を払うまでは……。鬼となった四人が、そういっているようで、早苗は身をよじり、泣きながら懺悔するのだった。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 ……いかがだったかしら? 代償は払わなくていいなんて、そんな文言を願いに含めようなんて猿知恵は、いかにおろかかってわかってくれたかしら? そもそもあの子たちは、細かな手順をはしょって「ぼんれくか」を行ったんだから、その報いを受けるのも当然よね。もし正しい手順で行っていれば、少なくとも四人が犠牲になることはなかったでしょうに。


 えっ? 正しい手順を教えてほしいですって? うふふ、ダメよ。それはあなたたちが自分で見つけなさい。まぁ、どうせこのお話の早苗ちゃんのように、罪と罰を背負うのがオチだと思うけど。……でも、少し気になるわね。もしあなた、正しい手順を教えてもらったら、なにを願うのかしら? もしそれを教えてくれるのなら……、特別に、こっそり手順を説明してあげてもいいわよ。ま、命の保証はしないけれどね♡

最後までお読みくださいましてありがとうございます。

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