中編
前編、中編、後編の三つのパートに分かれています。それぞれすべて本日中に投稿する予定です。
「でも、なによ? なにかまだあったっけ?」
「もう……。真紀、忘れたの? わたしちゃんと説明したと思うけど。願いをかなえる代償として、鬼とかくれんぼをしなくちゃいけないって、何度もいったでしょ」
百海の言葉に、里奈と美智子が身を震わせた。早苗も顔がこわばっている。ただ、真紀だけはお気楽な様子でふふんと鼻を鳴らした。
「鬼とかくれんぼなんて、楽勝よ。だいたい百海、『ぼんれくか』のやりかたが載ってるサイトを調べたとき、無事に帰ってきた人もいるっていってたじゃんか。鬼とのかくれんぼなんて、たいしたことなかったって」
百海はなにも答えずにうつむいてしまった。風でだろうか、ろうそくの炎がわずかに揺らぎ、五人の影が不気味に踊った。恐怖がのど元まで迫ってきている中、誰かが「帰ろう」といいだす前に、タッチの差で真紀が口を開いてしまった。
「みんな、願いごとがかなうんだよ? 里奈と美智子は好きな人と両想いになれるし、百海はパパを取り戻したいんでしょ?」
百海が顔をあげた。遠くから聞こえていた、ツクツクボウシの鳴き声が途切れる。ろうそくで照らされたその顔が、くしゃくしゃになって今にも爆発しそうだった。
「……わたしたちが、『ぼんれくか』をやろうっていったのも、百海のパパを取り戻してあげたいって気持ちからだよ。みんなもそうだよね?」
真紀の言葉に、早苗が、そして里奈と美智子もうなずいた。一学期の終業式の日に、百海のパパは家を出ていったのだ。ママはなにもいわなかったが、他に好きな人ができて、百海たちを捨てたということぐらい、六年生の百海でも当然理解できた。パパっ子の百海は、自分を捨てたパパを恨むことなどできず、かといって許すこともできず、そしてのめりこんでいったのがオカルトだった。
最初はおまじない程度の似非魔術書を読みあさり、それからどんどん百海はオカルトに深入りしていった。いわゆる『ダークウェブ』と呼ばれるサイトまであさっていき、ようやくこの『ぼんれくか』の情報を見つけたのだった。ただし、『ぼんれくか』を行うには、五人必要で、一人ではできない。そのため百海は、親友の四人に頼みこんで今日にいたったのである。
「百海のパパ、かっこよかったし、わたしたちが見ても、百海とすっごく仲が良さそうだったもん。……そんなパパが、百海を捨てるわけないわ。きっとその女にだまされてるんだと思う」
真紀の言葉に、早苗たちもうなずいた。百海は顔をそむけて、声を震わせる。
「……でも、なにが起こるかわかんないんだよ。確かにサイトには、無事に帰ってきた人もいるって書いてたけど、五人全員かどうかは、ぼかされて書かれてなかったの。だから……」
再びろうそくの灯がゆらめいた。ツクツクボウシも闇に溶けてしまったのだろうか、一向に鳴き声は聞こえてこない。うつむく百海の手を、早苗が静かに両手で包んだ。
「……それならさ、こうしようよ。みんなは自分の好きなお願いごとを願っていって。百海はパパを取り戻したいって。里奈と美智子は、自分の好きな人と恋人になりたいって。真紀は……パフェでも遊園地でも、好きなの願いなさいよ。でも、あとでわたしにもちょっとおごってよ」
「でも、そしたら早苗はなにを願うのよ?」
困惑気味に聞き返す真紀に、早苗は静かに、しかしはっきりと宣言した。
「わたしは最後にこう願うわ。『かくれんぼなんかしないで、わたしたち全員の無事を約束して』って。そうすれば鬼たちも、わたしたちには手出しできないわ。だって、もしそれでわたしたちに手出ししたら、願いをかなえられないってことになるもの。そしたら鬼たちだって約束を破ることになるわ」
「でもさ、相手は鬼だよ。約束守るってこと自体、おかしくない?」
真紀のツッコミを聞いて、早苗がにやりと意地悪く笑う。
「でも、鬼は願いごとをかなえてくれるんでしょう? それなら約束は守ってくれるってことじゃん。……それにさ、本当に鬼が出てくるかどうかもわからないんだし、願いごとをかなえるどころか、わたしたちを食べちゃうかもしれないでしょ?」
里奈と美智子が、同時に「ヒッ」と悲鳴を上げる。遠くで再びツクツクボウシの声が聞こえてきたが、風が木の葉をする音でかき消されてしまった。
「……つまり、出たとこ勝負だから、やってみようってこと?」
真紀が真意を悟ってくれたことをうれしく思ったのだろうか、早苗は目をきゅっと細めて笑った。
「そう。真紀、得意でしょ?」
真紀も同じようににやっとする。そのやり取りが学校での夫婦漫才さながらに面白かったので、里奈と美智子もようやく顔をほころばせた。そして里奈が百海に向きなおってうなずいた。
「やろうよ、百海ちゃん。……パパを、取り戻そう!」
となりで美智子も目でエールを送る。早苗と真紀に視線を移すと、やはり顔を輝かせてうなずいた。
「……わかったわ。みんな、ありがとう」
風の音が止み、ゆらめいていたろうそくの灯が静かになる。それが合図となって、五人は『ぼんれくか』を始めるのだった。