黒き戦鬼と聖なる狂剣 承
魔導機と魔導騎。
この2つの魔導器には、共通点が多い。以下、魔導機と魔導騎に関する基礎情報の一部である。
複数の魔導器で構成されている――共通。
人型二足歩行、大きさは3m前後――共通。
搭乗者の魔力と周囲の魔素で活動――非共通。
魔導機と魔導騎、最大の違い。それは、どのようにして動くかにある。
搭乗者の魔力と周囲の魔素を用いて、魔導機の駆動と制動を成立させる魔道的現象――機動魔法。それを、代替運用させるために造られた魔導器が、システムの呼び名で広く知られることになる、魔導機構であり、それを魔導器に搭載したものが魔導機である。
それに対して魔導騎は、魔導機構を標準装備とし、そこに――魔素吸燃機関と呼ばれることになる魔導器を追加することで、大幅な推進性の向上を果たす。
それは、自他ともに認めるロボットアニメオタクである、地球出身のミコト=ブラックスミスならではの発想。四輪自動車などに用いられるエンジンを、魔素を燃料として、推進力を生み出す魔導器として再現したのである。
また、自身の愛騎とするべく開発したガルヴァリオンに、ミコトは、ある特別なエンジンを積んだ。
――霊子領域潜航式魔素吸燃機関。通称ブースター。
それは、魔導騎を霊子領域に潜らせることによって、文字通りの光速駆動――アストラルドライブを可能とする、唯一無二の特別な魔導器。
そして、今から約50年前、1人の魔導師、いや、破天の大器と讃えられし男の手によって、唯一無二だった魔導器の2基目が建造された。
それは全て、あの蒼き剣聖に抗するために。
聖なる狂剣は、その日、産声を上げた。
光が、舞う。
宙に漂っているその光は、本来、余韻めいた残滓でしかないはずだが、今、この時に限っては、予兆と同義である。
すなわち――
(右、いや――下か)
ほんの一瞬前まで両脚があったそこを、赤と黒、二筋の閃きが通り過ぎ、すぐさま光の粒子となっては霧散する、その現象の意味。
宙に跳び上がった黒き大鬼――本多 宗茂めがけ、赤と黒の双つの線が描かれるも、地面に突き刺した斧槍を基点にした回転運動、地球で言うところのポールダンスのような挙動で上手く回避した先には2本の剣――赤と黒。
もう片方の斧槍で、薙ぎ払うように双剣を弾き飛ばしたと同時に、頭上から振るわれる、十字の軌跡を描く双剣に対し、まるで大剣を取り回しているかのように、地面に刺さる斧槍を以って相殺する。
(翁から聞いてはいたが、なるほど、確かに重い……リィルに感謝だな――)
最速の魔導騎であるガルヴァリオンの適合者が非常に稀有であることを考慮し、最も軽い魔導騎として改修されたデュランダルですら、基本重量は約2t。武装等を含めれば、3t近い重さの物体が、光速域で推進する勢いを乗せた斬撃、その剣圧は並大抵ではなく、いくら宗茂とはいえ、まともに受けるのは得策ではない、ソレが手元に無ければ。
今回、戦場に携える武装として宗茂が選んだ、2本の黒き斧槍、より正確にいうならば――戟。全長2.5m、重量約25kg。柄の先端には大型の鏃。柄を中心とし左右対称、柄に対して水平に、三日月状の大振りの刃が2枚、鏃付近に存在する。
その戟は、地球にて――方天画戟と呼ばれている、方天戟という戟の一種。極めて高い適応性を備え、個人集団問わずに戦闘可能。攻防のバランスが高い次元で保たれている武器性能は、臨機応変にして変幻自在。予定調和とは程遠い、戦場という名の混沌とした環境にふさわしい武器の1つ、それが方天画戟である――と、評価している宗茂。
歴史好きという名の若干の私情も入れつつ、もはや専属魔導師のような彼女――リィル=ガーベインに相談、共同設計の後、開発に至る。
そうして完成したものが、方天画戟型魔導器、略して、魔導戟――崩天牙戟・対。通称ツヴァイ。
地球の言語の1つであるドイツ語で名付けされた、2つの万能を意味するその戟は、同じく、地球の歴史上、最強の1人に数えられる有名な武人が用いていた方天画戟の、実に2倍超の重さ。
ツヴァイの重量が、モチーフとしたそれと大きく異なる理由は、使われた素材の差にある。
ユグドレアという世界において、最も硬い素材といわれている、純隕鉄。その重さは、地球の鉄と組成が近しい、赤鉄や黒鉄と呼ばれるユグドレア産の金属の3倍以上であり、形や大きさが同じであれば、純隕鉄製の武器類が重くなるのは当然である。
ツヴァイの8割が純隕鉄で出来ているからこその、重量の高さであり、純隕鉄がコーティング材として使われる最たる理由である。
一方で、残りの2割に使われた素材は、そこまで重くはないが、ある意味では、その戟の存在理由のひとつに成り得るほど重要であり、貴重すぎる代物。
崩天牙戟・対の、牙の部分が、その素材の特徴そのもの。
それは、言葉通りの素材、ある生物の牙。
青の根源竜――蒼穹竜ファクシナータ。
純隕鉄とファクシナータの牙を素材として、リィルの手で造られた、本多 宗茂専用の魔導器。
それが、崩天牙戟・対という名の魔導戟であり、それを携え、ドグル大平原の戦に、宗茂は参戦したのである。
本日6日目の戦序盤での奇襲の際、本多 宗茂は、ウィロウ公爵領軍前陣からヴァルフリード辺境伯領前軍の最後方まで、『ラーメンハウス』の面々とともに駆け抜けた――総重量約50kgの2本の魔導戟を携えた本多 宗茂が、約5kmの道程を、5分少々で駆け抜けたのだ。
ちなみにだが、地球における、5000m走のワールドレコードが、12分と少々。
ユグドレアの武人らは、皆が皆、地球の競技者とは比較にならないほどの速力と、それを持続できるだけのスタミナを備えているということ。
しかし、それ以上に驚異的なのは、自身の半分近い重量のツヴァイを以って、殲滅魔術を霧散させつつ、『ラーメンハウス』の皆を先導した、本多 宗茂の圧倒的なフィジカル、なのだが、ひとつだけ補足しなくてはならないことがある。
本多 宗茂は、戦場において可能な限り、余力を残すように活動するのが、地球での傭兵業の結果、習慣として染み付いている。
つまり、殲滅魔術の余波を突破し、前軍の陣を抜き、敵前陣の最後方にたどり着いた、あの時。本多 宗茂は、いつも通り、静かに佇んでいた――息ひとつ、切らしていなかった。
つまり、常軌を逸した自殺行為のように思われていた、あの突撃は、当の本人からしてみれば、軽めのジョギングと大差のない、単なる準備運動でしかなかったのである。
当然、ステータスユニット抜きでの話である。
宗茂とシドの戦闘が始まってから、5分少々。
戦況は、一進一退。初動時を除き、相手の隙を探り当てるための動きへと、両者ともに移行していた。
傍から見れば、舞踏じみた光景でしかないそれを、高揚しながら眺める者たちは、それぞれが感嘆しきっていた。その内訳は、大別すると2つに分けられる。
絶対的強者である、あの本多 宗茂と、まともに渡り合える者がいることに驚く、傭兵クラン『ラーメンハウス』の者たち。
そして、かつて同じような光景を見たことのある者たち――ドグル大平原での戦いを数多く経験している、ウィロウ公爵領軍やヴァルフリード辺境伯領軍に所属する、歴戦の兵士たち。
前者は、狂剣シドの、巷で噂されている以上の、その凄まじい強さに。
後者は、あの剣翁以外に、聖なる狂剣と対等に戦える者がいることに。
それぞれが、その一騎打ちの凄まじさに――極まった者同士にしか成し得ない本物の闘争に見惚れていた。同時に、滅多に観ることのできないそれを眺めることができる幸運に、全員が感謝していたからこそ、皆が皆、押し黙っていた。
――あの2人の邪魔をしてはならない、と。
その場には、硬く鋭い音だけが鳴り続ける。
その音には、間が、ほとんど存在していない。
それは、二振りの戟を携える黒き大鬼と、それより一回りも二回りも大きい金色の黒曜の2者による、間断なき攻防、その速度域の高さが故の現象。
一度に4から5本振るわれるデュランダルの斬撃に対応した宗茂は、次の瞬間――の間の間、ほぼ同時に、再度襲い来る斬撃に対処する。
それが延々と続くことで、連続と呼ぶにはあまりにも間を感じることのない音の群れを、戦場に響き渡らせているのである。
さて、一見すると、シドのみが攻めているように観える、2人の戦い。その通り、シドだけが能動的に攻勢に出ている、この状況。劣勢なのは――シド。
違う言い方をするならば、シドは攻めさせられている、攻めざるを得ない――間を挟む余裕が無いのだ。
実力こそ定かではないが、ナヴァル王国の武の象徴たるウィロウ公爵家の新たな当主に就き、醸し出されている雰囲気や隙のない所作と佇まいを見せられては、並大抵ではないと判断するのも致し方無い。
それゆえ、奇襲性の高い先制攻撃の一手として、アストラルドライブからの界刻天の鼻先を起動。16の斬跡を、未来の宗茂がいると予測された座標に配置する。だが、まさかの完全迎撃という、かつてのレイヴンと同じ結果を、まったく異なる方法で成されてしまった――からこそ試す価値ありと、シドは判断。
界刻天の鼻先の仕様上、2の累乗でのみ算出された数字だけが適用される。そのため、2の4乗である16の次は、2の5乗である――32。
それは、今現在のシド=ウェルガノンの限界であり、歴代の搭乗者たちが成し得なかった領域。目の前の武人が、かの剣翁と同じ、武の極致に在る者だとしても、これならば、と、意を決したシドが征く――全力を以って。
そうして、一時的に未来へと潜っていたシドが、現在へと魄を浮上させた次の瞬間、即座に理解した。
目の前の武人が、剣翁をもしのぐ、強者であると。
それは、多大な魔力を費やすことで得た、本多 宗茂という強者の、情報という名の知識。そして、その情報は、英傑たるシド=ウェルガノンが、破天の大器が、これから先の未来にて、英雄として開花することが叶う、唯一の選択を選び取るために欠かせないモノ。
本多 宗茂という超越者が、この時代のユグドレアに連れてこられた理由――導く者としての役割。
超越者無きユグドレアの最深にて、その武、その威、その在り方を示すこと――百聞は一見に如かず、という言葉を体現することこそ、宗茂が彼女から託された役割、その一端なのである。




