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戦場の鬼たち 〆






 



 魔導合金――魔導粉体と呼ばれる特殊な物質を精製した魔導師が、任意の金属を魔導粉体内で融解。その後、均一に混ぜ合わせたそれを、緩やかに冷却しながら成形することで完成する。

 現在のユグドレアにおいて、様々な用途で扱われている、主流と呼んでいい金属である。

 ただし、当然のことだが、魔導師それぞれの魔力に個性があるため、魔導粉体の質が異なる。そのうえ、合金化する金属は複数選択することが可能であり、そこに比率の違いまでもが加わることによって、組み合わせは無限に等しくなる。

 魔導黎明期である古代の頃より、個人、集団を問わずに行なわれてきた、探求と研究。魔導師たちそれぞれの一派が、先人から受け継いできた配合目録、通称レシピを保有し、それらレシピたちを、ときに改良、時に修正、場合によっては新たな発見をするなど、同志同輩同僚らと切磋琢磨(せっさたくま)しながら日々を過ごすのが、魔導師という生き物である。

 さて、魔導騎の父と呼ばれた魔導師、ミコト=ブラックスミスもまた、子孫のために、数々のレシピをのこしていた。


 そのひとつに、とある魔導合金がある。


 硬度、弾性、耐熱性に優れたその魔導合金は、現在のブラックスミス家が営む工房においても重用されている金属であり、FB(フィエルボワ)シリーズと呼ばれる重装タイプの魔導騎シュヴァリエにおいて象徴となっている、その()から連想された名付けがなされていた。




 いわく――日緋色金ヒヒイロカネ










(……やけに冷静だな)


 眼下に目を向けた彼が捉えたのは、フィエルボワの挙動に警戒しながら後退りする、黒仮面の集団。

 もたらされた情報通りであれば、ウィロウ公爵の私兵の多くが、年若い者たち。つまり、戦の経験が少ない者たちで構成されていると、彼を含むヴァルフリード辺境伯領軍上層部は、開戦前の戦議で結論づけていたが――


(フィエルボワの巨体にビビって、思わず退がった。そんな風に動揺してくれれば楽だが、そこまで簡単には崩れないか……ほとんどが新兵って聞いてたが、きっちり統率されてやがる。まぁ、それはそれとして、だ……そもそもの話、令を出したタイミングは何時いつだ? ウィロウ公爵は、中軍の前。初動の時みたいに、あの斧槍で指示する、ってのは、コイツらの進軍方向を考えた場合、まずありえねぇ。だとしたら……まさかとは思うんだが、もしかすると、あの黒仮面――)


「――終わりましたよ、副長!」

「……アイナ、内線にしとけ」

「え、あ、はい……しました!」

「ミコト文書、第2項」

「2項というと……デンワシステムですか?」

「あの黒仮面、もしかしたら、それに近いことができるのかもな」

「…………えぇぇぇっ!?」


 地球出身のミコト=ブラックスミスが、地球にある便利なものを羅列した覚え書きとして、後代にのこしたメモを、きっちり書面に文として起こした、ブラックスミス家の宝――ミコト文書。

 ブラックスミス家とは、ミコト文書内にて、構想段階で放置されているミコト=ブラックスミスのアイディアの完全なる実現を悲願としている魔導師たちであり、その流れは現代にまで続いている。その過程で産み出された魔導器たちを、ランベルジュ皇国が買い取り、皇国はそれらを用いて国を発展させる。

 ガルディアナ大陸に名高い魔導大国、ランベルジュ皇国。その隆盛の立役者。


 それが、リルシア帝国時代()()から続く、魔導の名家であるブラックスミス家、否、ブラックスミス()()である。


「ふ、副長、二月ふたつきほど出張とか――」

「初日にバレんだろ」

「し、失礼ですよ、副長!? 私のたぐいまれなる演技力をもってすれば……3日?」

「大差ねぇ……てか、オマエに潜入調査させたりしたら、確実にクソジジイがブチ切れるからな? ダメに決まってんだろうが」

「ぐぬぬ……あ、お祖父ちゃんと一緒に行けばいいんですよ、副長!」

「知ってるかアイナ、魔導バカに魔導バカを足したところで、即バレする結果は変わんねぇんだわ、驚きだろ? てか、そんなことやった日には、次は陛下が駄々(だだ)こ……騒ぎ出すからな」

「うぅぅ、陛下はワガママだからなぁ……」

「……オマエらだけは、ワガママとか口にすんじゃねぇよ、魔導バカどもが」


 ミコト文書、第2項。広範囲情報共有魔導機構および魔導線送受信用魔導端末。通称デンワシステム。

 いまだ完成に至らないそれに類似したナニカ――かもしれないモノが、戦場の其処彼処そこかしこにあるという状況に、皇国屈指の魔導バカであるアイナ=ブラックスミスが、興奮しないわけがなく。口許くちもとをだらしなくゆるめ、魔導騎内の望遠機能と連動した魔導映写皮膜、又の名をモニターと呼ばれるソレに、食いつくようにへばりつくアイナ――という姿を予想し、見事に的中させたシドは、さらに思索する。


(……どうにも不可解だな。ブラックスミスが、長年かけても完成させられないモノを、ナヴァルの奴らが? ウィロウ公爵が異世界人である可能性を加味しても、腑に落ちねぇ……異世界人特有の知識があるとしても、魔導技術そのものを有してるとは考えにくい……なら、可能性は……ナヴァルの位置も考慮するなら、おそらく――)


 ――魔族。


 かつてのミコト=ブラックスミスがそうであったように、古代や神代の魔導技術を継承する、魔族領域出身の魔導師に師事を仰ぎ、もたらせられた魔導の真髄を背景に、魔導器とおぼしき黒仮面を完成させた――という絵が、シドの脳裏に浮かぶ。

 ブラックスミス一族の事情を、嫌というほど知っているシドだからこそ可能な、その推察は――正解。


(――にしても、こうも一斉に流れが動き始めるとか、何かの兆候なのか……どうにも嫌な予感がしやがる。まともに考えるんなら、ナヴァルの宰相周辺が1番怪しいが――あまりに安直だな。英傑語で言えば、ミスリードの気配がしやがる……なら、まともじゃない思考でことを起こすとしたら……現状、表も裏も、俺らかナヴァルの総取りって結末しか視えない、そんな状況下でもメリットがある、アドバンテージを得る、そんな勢力――が、介入したい、するべき、しなければならない、明らかにがズレてる、この歪な流れの実行を()()としている勢力は……どこだ?)


 ランベルジュ四魔導の1人、狂剣シドの本領。それは、稀代の暴れ馬とも揶揄やゆされている、あの魔導騎を駆ることを可能とする、その――


「ああ、なるほど……そういうことか――」


 ――バカな獣人どもの仕業しわざか。


「ほぇっ? なにか言いました?」

「あ? 気のせいだろ。それより、準備はどうだ」

「前軍のみなさんの保護、広域治癒魔導陣発動、魔力補給のための物資の投下、全部終わりました!」

「上出来だ、なら手筈てはず通りにいくぞ」

「了解です!」


 ひとつ息を吐き、思索の果てに導き出した、その確信じみた推察は思考の端へと追いやり、これからおもむく場に想いを馳せたシドは――笑う。


(あの()()と同じ立場に就いたんだ、さぞかし強いんだろうな……楽しみだ――)


「喜べ、デュランダル――」




 ――久々に出せるかもな、全力。










「――というわけで皆さん、あちらにご注目ください!!」


 巨体に見合った大きな声で、伝えたいことを伝えたアイナ=ブラックスミス。だがそんなことよりも、彼女が()()()取った行動にこそ、ドグル大平原にいる者たち全員が、呆気に取られていた。


 ()()()()を伝えると同時に、肩に座る魔導騎を「とりぁあああああああっ!!」という、実に気合の入った叫び声をあげながら、空へぶん投げたのだ、彼女は。

 そして、紅き巨体――フィエルボワに、とある方向を指し示させる。その腕の先には、黒き大鬼――ムネシゲ=B=ウィロウ。


 そして、もう1人の黒――デュランダルを駆るシド=ウェルガノンが舞い降りていた。


(あのバカ……加減をしろ、加減を――)


 その巨体に見合った膂力を有しているフィエルボワが力任せに投げることで、魔力の消費を抑えて、魔導騎を戦地に起こることが可能、という、子供のイタズラじみた理屈を、実際に実戦で実践してしまうのが、シドとアイナの2人である。

 だが、アイナはその豪快な性格上、大体のことを全力でやらかしがちであり、そのフォローをシドがする。つまり今回も、いつも通りに、シドが修正するということ。


 結果、上空から、()()()黒雷が一筋、る。


 仄明(ほのあか)るき紅――フィエルボワ、その騒がしすぎる立ち振る舞いとは、対照的なほどに真逆。(ただ)ひとつの音も立てることなく、黄金の線をまとう黒曜――デュランダルは、その場にたたずんでいた。


「ランベルジュ皇国魔導騎士団ヘリケ・イグニス、副団長のシド=ウェルガノンだ。ナヴァル王国公爵、ムネシゲ=B=ウィロウへと()()()()を申し込む。さて、返答や如何に?」


 大胆不敵にして傲岸不遜ごうがんふそん――彼をよく知る者たちもまた、そのように評するであろう、その声で言葉を紡ぎ、堂々と宣告する。


 ――闘え、と。


 デュランダルが、背中に負う赤と黒を抜き放ち、その片割れを、黒き大鬼へ向ける。そして――


「――なんてな」


 からかうような一言を、シドが口にする――デュランダルの右手に握らせる黒剣を下げぬままに。


「あのバカが『第一印象が大切ですよ!!』とか抜かしやがるんでな、あんな感じにしてみたんだが、どうだったよ?」

「……()()()

「ははっ、そりゃあよかった……俺も、()()()()()()良かったわ――」


 突如として目の前にあらわれたデュランダルには驚かないヴァルフリード辺境伯領中軍の面々は、デュランダルが、背中から剣を()()抜いたことに、何故か驚愕していた。

 そして、そんな彼らの動揺に示し合わせるかのように――大気が軋む。


「そのおっかねぇ仮面の下で、アンタがどんな()してんのか丸わかりだぜ――」


 ――似たもの同士みたいだな、俺とアンタは。


 此度こたび、ユグドレアという異世界にて久方ぶりに始まるは、真なる闘争――英雄、もしくは、それに準じる者たちによる、武と魔の饗宴。




 ()くして、(ふた)つの()()()()()が出逢い、それを喜ぶかのように、戦場を()()()鬼たちが――笑った。









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