戦場の鬼たち 拾肆
――響く轟音、舞いあがる砂塵
突如として、空より落ちてきた紅こそが、それを成した存在。
周囲の砂煙が晴れ、その威容を誇らしげに見せつける紅 は、城壁よりもなお高き巨体。さりとて、城塞のような無骨さは一切見受けられない滑らかな流線形へと、絶妙なバランスを保ちながら整えられていた。
そこに佇む、巨大な紅の流麗さは、曲線の美しさをもって、証明されている。
「――というわけで皆さん、あちらにご注目ください!!」
巨体に見合った大きな声で、伝えたいことを伝えた彼女は、言葉の意味を理解させる間を与えぬとばかりに、次の行動――とある方向を指し示す。
紅き巨体の腕の先には黒き大鬼、そして、もう1人の黒が舞い降りていた。
仄明るき紅、その騒がしすぎる登場とは対照的なほどに真逆。唯ひとつの音も立てることなく、佇んでいた。
――黄金刻まれし、黒曜の巨石が如く。
「――を申し込む。さて、返答や如何に?」
大胆不敵にして傲岸不遜――そのような性格を想起させる青年の声音を届けながら、いくつもの黄金の線を纏う黒曜が抜剣し、黒き大鬼へと、その剣先を向ける。
そして、空と大地が、軋む。
その音は、歓喜に満ちていた。
ヴァルフリード辺境伯領前軍、陣中央。
死屍累々と呼ぶには死者がいないため、不適格ではあるが、状態としては相違がない。そんな状況下にある場所を、ゆったりとした歩調で進んでいる1人の黒鬼、ゲイル=ガーベイン。彼が、パーティーを組まずに、そこにいる理由。
それは、左右にわかれた傭兵クラン『ラーメンハウス』の面々に、何かしらのトラブルやアクシデントが起きた時のための、いわば保護者であり、本多 宗茂と同じように、いざというときに備えた保険である。
そのため、ゲイルもまた宗茂同様、基本的に手出しはせず、向かってきた者だけを相手にしている。
(ここまでは順調だな……ムネシゲ殿の予想が当たってるなら、そろそろ――)
『ラーメンハウス』が、前軍の戦力を削り始めて、およそ四半刻。ゲイルの目測になるが、『ラーメンハウス』の面々は、前軍の約半数――1万と3千程度の兵を、行動困難な状態へと変えた。
殲滅魔術の余波への突入および強行突破。杭による前軍の陣形分断。前軍最後方にてモールネストの発令。『ラーメンハウス』総員による個別撃破、ならびに、制圧を目的とした戦闘を開始。制圧後、順次ステータスユニットとスキルボードの回収を行なう――と、ここまでは宗茂の想定通りに、事態は推移している。
前軍は『ラーメンハウス』、中軍は宗茂。
それぞれの場の状況に沿った戦いが行われている6日目の戦況は、少勢で多勢を圧倒したウィロウ公爵領軍が、多大な戦果を得たといえる。
こうなってくると、戦略的に重要になってくるのは、ヴァルフリード辺境伯領軍の最高戦力である後軍――後陣に座する、ルスト=ヴァルフリード辺境伯と魔道騎士団ヘリケ・イグニスの動向である。
本多 宗茂が想定している可能性は――3つ。
1つ目、後軍は動かない。
これは、ルスト=ヴァルフリード辺境伯を動かした者の思惑、それを推察することで導かれる予想。
前軍および中軍に被害が出ること――これまでのヴァルフリード辺境伯軍の動きから、暗躍する者達の一員と思われる者が、それを望んでいるようにしか、宗茂の目には見えなかった。
だとすれば、前軍や中軍に壊滅的な被害が出ようとも、後軍が動くことはない。そんな馬鹿げた可能性すらありえると、2日目の戦が終えた時には既に、宗茂は予想していた。
だからこそ、3日日、4日目、5日目と、けっして自軍に無理はさせず、生存を第一とした指示に終始していた。
2つ目、魔導騎士団ヘリケ・イグニス単独行動。
ドグル大平原にて、魔導騎士団ヘリケ・イグニスを率いるのは、ランベルジュ四魔導の一角にして、副団長であるシド=ウェルガノン。
レイヴンから、シドという男の性格や気質を聞かされていた宗茂は、前軍や中軍が不利な戦況になれば、シドが、魔導騎士団を動かす可能性もありうると考えてはいた。
だが同時に、シドという男に、果断な行動が可能であるからこそ、その可能性が低くなるとも考えていた。
ゆえにこそ、宗茂は、あの位置にいる。
「総員――」
鬼面の通話機能によって、宗茂の声が『ラーメンハウス』の全員に届いたと、ほぼ同時に、ヴァルフリード辺境伯領の後軍の一角から音が響き、空へと砂煙が伸びていく。その現象がおきた理由と、宗茂が声を届けたことは、無関係ではない。
ゲイルを含む黒鬼たちが、すぐさまそのように理解したと同時に――
――空に警戒せよ。
『ラーメンハウス』の傭兵たち全員が、宗茂の声に導かれるように、相対する者と距離を取りつつ、一斉に顔を上げる。
(本当に来やがった……アレが噂の――)
宗茂が想定していた可能性、最後のひとつ。
仄明るき紅の聖女と、狂剣という名の黒き守護騎士だけが、動く。
――響く轟音、舞い上がる砂塵。
突如として現れたそれは、ドグル大平原中央部やや東、つまり、前軍と『ラーメンハウス』が、現在進行形で争っている場所に、空から落下してきた。
大地を激しく揺らす、尋常ならざる衝撃と轟音。その2つの事象の凄まじさに比例するように、宙へと舞う大量の砂埃によって、視界が完全に塞がれ、両軍ともに困惑していた。
だが、それ以上に――
「ふっふっふーん、見ましたか副長! この華麗な着地を!!」
「……見えねえよ」
「ふぇ?」
「テメエが無駄に高く飛んだせいで、砂埃が、とんでもねえことになってんだよ!」
「あ、ホントだ!?」
大量の砂塵を生んだ何か、その存在がいる方向から聴こえてくる、なんとも緊張感に欠ける会話にこそ、その場の者達は、激しく困惑させられていた。
「いいから腕を振れ、腕を」
「あ、なるほど! 空気を綺麗にしますよー!!」
「それとアイナ――」
「はいはーい! なんですか副長、今けっこう忙しいので、手短に――」
「……拡声器」
「お願いしま……えっ……あぁぁぁ!? え、うそ、うわうわ、うわぁぁぁっ!?」
「……やかましい」
「ふ、ふ、副長の意地悪!! なんで、もっと早く言ってくれないんですか!? うぅぅ、ボリューム全開とか、恥ずかしいよぉ……」
「テメエが人の話を聞かずに、アホみてえにぶっ飛んだんだろうが……いいから腕振れ、腕」
「滅茶苦茶カッコよく着地できたのに、誰にも見てもらえてないし、副長とのおはなしはマルッと全部、みなさんに聞かれちゃってるし……うぅぅぅぅぅ……副長のバカ、オーガ、童顔!!」
「……減給、倉庫整理、無給残業」
「わーい、空気をとんでもなく綺麗にしますよ!」
「はぁ……」
ブォン、ブォン、と、とんでもなく大きな音が鳴る度に、身体毎遠くに持っていかれそうな強風が、砂埃とともに、その場にいる者達へと届けられていた。ただ、当然のことながら、前軍の兵士の方が被害は大きく、迷惑を被っている――けっして、このことを予期していたわけではないが、鬼面が砂よけとなり、おもわぬ形で役に立ったことに、黒鬼たちの大半が、仮面の下で苦笑いを浮かべていた。
やがて、視界が晴れ、その姿が披露される。
とはいえ、ドグル大平原における、本物の国境戦を経験しているウィロウ公爵領軍の兵士であれば、そこにやってきた存在の予想はついていた。それはつまり、今回が初陣の『ラーメンハウス』の面々を含めた新兵たちは、その存在のことを噂で知ってはいても、実際に見るのは初めてということ。
――紅き巨人。
城壁すら超える高さを誇るその存在は、ランベルジュ皇国を象徴する魔導騎、その中でも特に有名な、いわゆる、第零世代とも呼ばれる魔導騎、その1騎。
拠点強襲制圧型魔導騎――フィエルボワ。
異世界16英傑の1人、ミコト=ブラックスミスが造りあげた、始まりの四騎、その一振りである。




