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ようやくその一杯を振る舞える。




「いっっっ、やっほーーいっ!!」

「ちょっ、エリザ様、きゃあああああっ!?」

「あいつら元気だな……いや、エリザと一緒くたにするのは、流石にティアナに悪いか……」


 湖のほとりで、静かに揺れてる湖面を眺めてる人の背中目掛けて猛ダッシュ、的確にクラッチ、勢いを殺さずにジャンプ……ティアナを小脇に抱えての見事な走り幅跳びをエリザが披露していた。


(やはりエリザがギルティだな、ティアナに罪は欠片もない。いや、そもそも元気かどうかを考えていたのに、罪の所在を探し始めた俺が1番悪いか……)


 宗茂は、手元のソレをかき混ぜながら、なかなかに益体のないことを考えていた。


「早く上がって服乾かせよ、もうできるからな?」

「ホント!? ティアナ、行くわよ、早く早くっ!!」

「えっ、ちょ、エリザ様、押さないでくだ、きゃああああああっ!?」

「……いや、悪いのは、やっぱりエリザ一択だな」


 楽しそうな2人を眺めながら、宗茂は、作業の締めに入っていく。


「前の時も思ってましたけど、食欲をそそってくれる香りですよね」

「あ、わかるわソレー、なんかこう複雑に曲がりくねった迷路みたいな道のはずなのに、最短距離で一直線に胃袋に襲いかかってくる感じ?」

「分かり易いが解り辛い例えを出すのはやめろ、混乱してくる」


 宗茂が異世界に来てから1ヶ月。


 初めの10日間は、デラルス大森林に滞在し、以降はティアナに連れられてデラルスレイク防衛都市で過ごした宗茂。

 都市内にあるナヴァル王国第2騎士団の宿舎のひと部屋をティアナの紹介で貸してもらってから数日後、特等級鑑定師であるエリザ――エリザベート=B=ウィロウに遭遇。

 その日の夜に、エリザが宗茂に同道することが決まり、宗茂の護衛兼エリザの御付きとして、ティアナがエリザから指名された。


「これが、2人が初めて味わう食べ物だ――」


 間にあわせに宗茂が作った木製ドンブリに、なみなみと注がれた白濁の液体の正体。

 それは、デラルスハイオークのゲンコツ――膝関節を、丹念に、丁寧に、砕いては溶かし、砕いては溶かし、砕いては溶かし、宗茂が日本にいた時でも見たことのないほどの濃度と粘度のスープに、異世界産の醤油と合わせたものだ。


 デラルスレイクで見つけ出した異世界特製かん水と呼ぶべきソレのおかげでようやく異世界にお披露目が叶った、本多 宗茂特製の手打ち中太ちぢれ麺が、褐色のスープをまといながら、器にどっしりと腰を下ろす。


 トッピングは、ふたつ。

 スープとも麺とも相性の良いであろう素材は、この近辺には、このふたつ以外には存在してなかった。


 まず1つ。

 異世界産ねぎと呼ぶべきソレ――デラルスリーク。直訳をするならデラルスネギ。

 非常に香り高く、上質なねぎの甘みを備えている素材。生の薬味としてではなく、そのまま生で丸ごと一本食べれるとは、宗茂には思いもよらなかった。

 そんなデラルスねぎを白髪ねぎとすることで、スープや麺との親和性を高めた。


 2つ目は、ティアナとエリザのリクエストもあり、デラルスハイオークのあばら骨周辺の、三枚肉ともバラ肉とも呼ばれる部位を、贅沢にも骨ごと使用する――いわゆるスペアリブと呼ばれるアレを、今回のとろとろチャーシューとした。


 味つけはシンプル。


 異世界の豆類代表といわれている、ある黒い豆。

 その黒い豆は、おそらくかつて異世界に訪れた同胞が試行錯誤してくれた結果、非常に透明度の高い液体となる。

 その透明な液体は、異世界生まれの醤油――エルフセウユと名付けられた調味料であり、今や世界中で愛されている。


 そう、エルフの里で作り出されたエルフセウユ、いや、エルフ謹製の醤油は、今や異世界で馴染み深い味となっているのだ。


 そして、デラルスクインビーの極上ハチミツ。

 デラルス大森林で採取される豊富な食材の中でも、1、2を争う人気の素材である。


 極上のスペアリブを、異常に旨みを感じる透明な醤油と、濃厚ながら後味がすっきりとした甘みという若干の矛盾を感じさせるハチミツ、市場に売られていた海塩で味を整えつつ、じっくりコトコト調理すれば完成だ。


 ともあれ、宗茂が現段階で作れる最高のラーメンがコレだ。


 ――極上豚骨(デラルスハイオーク)スープ × エルフセウユ。

 ――手打ち中太ちぢれ麺。

 ――極上豚とろとろスペアリブ一本乗せ。

 ――山盛りデラルス白髪ねぎ。


(あー……やばいな、コレは美味すぎるやつだ。だが、ようやくだ……ようやく()()()()()



 そして、彼は笑う――嗤う。




「さあ――召し上がれ」







 誰も彼も勘違いしていた。


 この物語は、なにかを打倒するためのものではない。

 この物語は、一生を添い遂げたい誰かを引き離されるような結末を描くものではない。

 この物語は、異世界のあちこちに点在する悲劇を救うものではない。


 この物語は――訳の分からないチートや魔法やスキルなどを駆使して世界を救うようなものではない、絶対に違う。


「勘違いするなよ、()()()


 この物語は、ラーメン好きのおっさんが、異世界に連れてかれて無双――障害の全てを力づくでねじ伏せて、色々なラーメン作りを楽しむ、そんな喜劇である。


 ――ただのコメディでなくてはならない。


 だからこそ、彼はその資格を得ていた。

 この世界に於ける絶対的な力。

 スペリオルスキルのような――ある種のまがい物ではない、彼自身を体現したかのような純粋な力。


 それは――怒り。


 この世界を本当の意味で誕生させた、彼ら彼女らの怒りの結晶。

 本多宗茂という、弱きを助け強きを挫くことを当たり前のように成し遂げてきた、比類なき仁と義を備えた男が託された力の名。




 ――憤怒の権能。




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