戦場の鬼たち 拾
「予想通りといえばその通りなんだけど、実際に戦場で見ると、ホントにとんでもないわね、立花流戦場術って……」
「ですねぇ……それにしても、本当に、私たちは行かなくても?」
「大丈夫よ、ムネシゲもいいって言ってたでしょ?」
「うぅっ……シーダさんたちに申し訳ないです……」
「――気にしないでください、聖、んっんっ……ティアナ様」
「オルトスのいう通りですぜ、これも修行の一環って奴なんでね」
「ネウさん、オルトスさん……」
「3人とも頼りにしてるからね……場合によっては、アタシもティアナも、集中しなきゃなんないんだから」
「お、おみゃかせくだしゃい、エリザベートしゃま!!」
「……あのねシーダ、何度も言うけど、エリザで――」
「ひゃ、ひゃい、エリザベート様!!」
「……ネウ、オルトス」
「本物の公爵令嬢、しかも、あの探偵令嬢と同じパーティーですからね。そりゃあ緊張もしますよ」
「そうそう、エリザ様みたいに、身分に関係なく、分け隔てなく接してくれる高位貴族様ってのは、俺たちみたいな平民からすれば、憧れの存在なんでねぇ……慣れるまでは、もうしばらく、待っててやってくださいな」
「はぁ……わかったわよ。ま、それはともかく――」
――今のところ、ムネシゲの予想通りの展開ね。
エリザの言葉にうなずく、黒鬼姿のティアナたちがいるのは、ドグル大平原中央部。
まさに狂喜乱舞といった様子で駆け回っている、他の黒鬼たちに比べて、比較的のんびりと歩を進めるティアナたち。
彼女らの耳に届くのは、戦場特有の音の数々。
実に様々な轟音爆音が、兵士達の怒号に引き摺られるように響きわたる戦場では、当然のことながら、会話がまともに成立するわけもなく。大概が、耳元で大きな声を出すことで辛うじて伝わる、というのが関の山である。
傭兵クラン『ラーメンハウス』の一員として、今回の戦いに参加している、ティアナとエリザ。その2人の護衛である、シーダ、ネウ、オルトスの3人。計5人で組んだパーティーを含めた、黒鬼の群れは、現在、ヴァルフリード辺境伯領前軍と交戦している。
戦いの舞台である、ドグル大平原中央部は、いささか緊張感には欠けるが、騒々しいという言葉にふさわしい状況であり、先ほどのような会話を順当につつがなく行なえるというのは、中々に不思議なことである。
さらに付け加えるならば、黒鬼たち個々人で、身長、体格ともに異なってはいるものの、黒を基調とした軍服を、黒仮面とともに皆が着用していることから、見た目での判別は難しく、誰が誰だかわからなくなるはずだ。
そうであるにも関わらず、身長も体格も似通っているネウとオルトスの判別を、ティアナとエリザは、苦もなくこなした。
ただし、『鑑定 極』持ちの特等級鑑定師であるエリザであれば、いくらでも判別はできる。
しかし、『鑑定』スキルを持たないティアナには無理な話である。
さて、どのようにしてティアナは、黒鬼姿のネウとオルトスを間違えずに、会話を成立させているのか。
その答えは、宗茂を含めた『ラーメンハウス』の面々がかぶる黒仮面にあり、その正体は――魔導器である。
仮面型魔導器――鬼面。
宗茂が考案し、リィル=ガーベインが開発した魔導器である鬼面は、其の地にて、リィルとリィルに師事する800余名の魔導師たちが量産、今回の戦いに投入した新型の魔導器である。
尤も、リィルにとって鬼面は、試作品扱いの未完成に近い代物であるのだが、その性能自体は、極めて優秀であると言わざるを得ない。
鬼面が備える主な特徴は、4つ。
アダマンタイトパウダーを使用した魔導皮膜処理、通称コーティングによる顔全体の保護。
最大2km先まで鮮明に視界に捉えることを可能とする、暗視機能。
蜘蛛系の魔物の素材である蜘蛛糸を、魔導的に加工した特殊なフィルターによる、空気洗浄機能。
そして、鬼面最大の特徴が、着用者限定の相互会話技術、いわゆる――通話機能である。
だが、正確にはもうひとつ、本多 宗茂が想定している使い方として、秘匿性を高めるという特徴を挙げることができる。
現代地球での戦争を経験してきた宗茂のように、情報戦の重要性を理解している者であればあるほど、秘匿するという行動を重用する傾向にある。
例えば、デラルス大森林西奥にて開拓を指揮しているはずの、翠風の聖女であるティアナに鬼面をかぶせて、ドグル大平原の国境戦線に、秘密裏に参加させる。
そうすることで、翠風の聖女はデラルス大森林にいる、という前情報を崩すことなく、『ラーメンハウス』の一員として、ティアナが自由にドグル大平原で動ける、という状況が成立する。
作戦行動の前提や目標といった、大事な指標になりうる、前情報という名の事実を秘匿することで、敵方の誤認を誘発し、情報内容の改竄や改変が、直接的にも間接的にも容易になり、情報戦を優位に進めやすくする。
これが秘匿するという行動の強みであり、有用性である。
軍師や参謀といった立ち位置にいる者たちにとって、秘匿するという行動は、情報の漏出を防ぎ、誤情報を撒くことによる撹乱を容易く行なえることに繋がるため、権謀術数における基礎中の基礎でありながらも、重要性の高い項目となる。
それはつまり、多様な機能を備え、秘匿性をも高める鬼面という魔導器が、そういった者達にとって垂涎ものの一品に等しい、極めて有用なツールであることを意味している。
そして最後に、日本人にとって馴染み深い存在である、鬼をデフォルメしたデザインである、初代マスクドブレイバーが装着していたそれに似たものを、宗茂が、鬼面の意匠として採用した理由。
それは、本多 宗茂という仁義に厚い男からの、其の地に集った人々へ向けた、決意表明に等しい純粋な想いを所以としている。
宗茂が鬼面に込めた意、それは――種族も出自も関係ない。俺たちは皆が等しく、戦場を駆ける鬼だ――というもの。
つまり、黒鬼たち全員が、対等であるということだ。
それはそれとして、何故ドグル大平原という戦場にティアナとエリザがいるのか、その理由とは一体なんなのか。そのように問われれば、当然の事ながら、それは本多 宗茂の思惑であり、そこには幾つかの理由がある。その中でも最たる理由は、ティアナとエリザ、それそれの得意分野にあり、ルスト=ヴァルフリード辺境伯の暴走の原因究明こそが、目的の1つ。
そもそも、人格者として世に知られる、ルスト=ヴァルフリード辺境伯による突然の侵略行為は、よほど鈍い知性の持ち主でもない限り、違和感の塊にしか映らないはずだ。
ならば、彼がそのような不可解な行動を取る理由とは何か――無論、ランベルジュ皇国の神魔金等級冒険者パーティーである、炎燼の剣の失踪を起因としていることに、宗茂が気付いていないわけがない。その情報は、既に取得済みである。
現状において重要なのは、ルスト=ヴァルフリード辺境伯が率いる後軍が未だ大きな動きを見せていないこと、虎の子の魔導騎士団を待機させていること、対称的な前軍の活発な動き、この3つである。
――宣戦布告もしない電撃的な進軍。
――中軍、後軍、魔導騎士団の待機状態。
――魔素の臨界を前提とした前軍同士の交戦。
前触れのない侵略という異常行動を見せながら、ドグル大平原での戦いにおけるセオリー通りの指揮を執る。そんな、異常と通常が同居するチグハグな軍事行動に、不可解さを感じない軍人はいない。
ルスト=ヴァルフリード辺境伯が、ドグル大平原にて、何を成そうとしているのか――それを探り当てるパーティーとして、『鑑定 極』持ちである特等級鑑定師であるエリザ、呪術対策として同行する翠風の聖女ティアナ、其の地にて上位序列者である元暗殺者のシーダ、ネウ、オルトスの3人が護衛として同行することになった、と、そういうわけである。ちなみに、オルトスが、魔導師役を兼任する。
前軍を指揮するマーク=レメノーダ子爵周辺がどうにも怪しいと、宗茂は睨んでおり、もはや掃討戦とでも呼ぶべき『ラーメンハウス』の面々による蹂躙劇の最中、宗茂の意を汲んだエリザは、片っ端から『鑑定』しては、それと同時に精査していく。
エリザが注視しているのは、本人のステータスとステータスユニット両方に表示される――状態の項目。
そのどちらかに、洗脳や使役、隷属、誘惑などの呪詛と呼ばれる、通常の兵士ならば記入されているはずのない状態異常が見つかれば、宗茂達にとって、その者が当たりである。
ユグドレアという世界における魔道のルール――魔律戒法に倣い、各大陸の国々が、独自に禁忌指定している魔道的行為の中で、最も有名な魔術。
生物の悪感情を抽出、加工することで、負の感情を起因とする、肉体的もしくは精神的に汚染する呪詛魔法、それらの個々それぞれを魔道的に紐解き、技術として確立した複数の魔術――魔術群の名称。それが、呪術である。
名の由来でもある状態異常群――呪詛がもたらす現象の異質さと残虐性が、禁忌指定の主な理由とされている。ただし、使役魔術や隷属魔術のように、国公認の調教師や奴隷商だけが扱うことを許されている、比較的安全に扱うことが可能な呪術も存在している。とはいえ、基本的には国の厳重な管理と監視下にあることが多い。
それは魔法師や魔導師も同様で、呪術関連の魔道的行動は禁忌指定されていることが多い。
だが、相応の才がなければ強力な呪詛になり得ない魔法と、情報が不足しがちな呪詛魔法や呪術の性質を魔導器に落とし込むことが非常に高難易度であるという事情から、魔法も魔導も、呪詛に関連する動きは極めて少ないとみなされており、事実、その通りの現状となっているため、規制は緩い。
しかし、魔術だけは別である。
そもそも魔術とは、才無き者にでも扱えるように編纂された、簡易的な魔法に等しい代物であり、魔法という奇跡的な事象の一部を再現する、いわば魔法の欠片を取り扱う技術である。
つまり、呪詛魔法という残虐なる奇跡を、ひとつひとつ紐解き、複数の魔術として再現した呪術に限れば、魔律戒法に認められた者であれば誰にでも扱える――からこそ、大概の国で、呪術は禁忌指定されている。
それは――ランベルジュ皇国も同様である。
本多 宗茂が、不殺という非効率的な軍事行動を、自分を含めた『ラーメンハウス』の面々に、間接的に厳守させた理由。
ステータスユニットとスキルボードの存在がもたらす、ユグドレアならではの特殊な兵糧攻めが、その理由の1つであるのは間違いない。だが同時に、貴重な証拠を失わせないためでもある。
もし、ヴァルフリード辺境伯領軍の兵士のいずれかが、呪詛にかかっていた場合、政治的軍事的な交渉の場において、強力な手札となる可能性が高い。
だが、それ以上に、暗躍する者たちが人族領域内に残した痕跡――生きた証拠とも呼べる証人である彼ら彼女らこそが、宗茂らクリストフ陣営にとって、大義名分に成り得るという事実が、敵兵を殺させない最大の理由である。




