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戦場の鬼たち 伍

 



 開戦から6日目。

 今日もいつも通り、互いの殲滅魔術のぶつかり合いから。戦場に立つ者の視界は、舞い上がった土埃と、目に見えるほどに濃くなった魔素の煌めきで埋められる。そして、視界が晴れると同時に、両陣営の前軍が敵を討つべく、空と大地で交わり合う。

 そんないつもの光景が、6日目の今日もまた、ドグル大平原に広がる――(はず)だった。


 だが、この日は違った。


 いずれ訪れるであろう変化、それが起きたのである。だが、それは当人達を除き、予想の範疇に入れることなどあり得ない、ただただ驚くべき行動。

 空想、妄想、絵空事――それは、現実には(あらざ)ると否定される、それらの考えと同義の、常識から外れた、あまりに非現実的な行動。

 だからこそ、それは――その陣形と戦術は、後世にて語られるに値するとみなされることになる。

 ユグドレアの魔導を一から理解した上で、異世界の知識と融合し、魔導騎という新たな魔導器を生み出したミコト=ブラックスミスと同じように、黒仮面を付けた()()が異世界を侮らず、むしろ敬意を払っているからこそ、産声を高らかに上げさせることが出来たということ。


 その陣形と戦術は、それほど遠くない未来において、ガルディアナ大陸全土に――その()()とともに、強く大きく響き渡ることになる。




 ――黒鬼の群れ(オーガズレギオン)の名と共に。










 皆が待っていた。待ち望んでいたと言い換えてもいい。自分達の先頭に立っている、黒仮面を付けた大男からの声を、今か今かと、ただひたすらに待ち続けていた。

 約2km先には、ヴァルフリード辺境伯領軍、前軍という、精兵たちの堂々たる姿。それはつまり、彼ら彼女らにしてみれば、()()()憧れていた存在と同じ立場の者たちと、自分たちがこれから戦えることを示す。


 そんな場所に――戦場にいるという現実を実際にしており、高揚できることが叶った自分たち自身を、彼ら彼女らは誇らしく思っていた。


「……今さらお前達に何かを伝えるのは野暮だな」


 先頭に立つ大男が振り返り、黒仮面を外す。その表情は、いつも通りの自信に満ちた笑顔。


「俺が、なんのために戦うのか、お前達がなんのために戦うのか。俺達は、互いにそれを知っている、戦う理由を知っている」


 そう、彼ら彼女らは、各々が戦う理由を知っている。だからこそ、大男の――本多 宗茂が嬉しそうに笑う姿を見て、自分達も思わず笑顔になってしまっていた。

 知っているからだ。自分たちを率いる、武の極みにいる大男が戦う、その理由を。

 そう、知っている。その武人が、人によっては、憤慨ふんがいしかねない理由で、この戦場にいることを。

 けれど、仕方がないのだ、それは。


 本多 宗茂とは、そういう生き物だから。




 本多 宗茂は、其の地から、皆と一緒に出立する当日、こんなことを口にした。




「俺は――ラーメンのために戦う、それだけだ」


 本多 宗茂は、ラーメンが食べたい。

 本多 宗茂は、ラーメンを作りたい。

 だって、本多 宗茂はラーメンが大好きだから。


 だから戦う、本多 宗茂は、ラーメンのために。


 とはいえ、本来ならナヴァル王国でなくともかまわない話。本多 宗茂ほどのバイタリティの持ち主であれば、ナヴァル王国にこだわる必要はなく、どんな国でもラーメン屋として生きていける。

 では、何故、ナヴァル王国を出奔するどころか、貴族となり、戦場にまで赴いたのか。


 出会ったからだ、さまざまな者と。


 ナヴァル王国の騎士であり、聖女候補だった、家族亡き少女。

 公爵令嬢であり、特等級鑑定師だからこそ、傲慢な人族を毛嫌いする少女。

 どういうわけかナヴァル王国に来ている、ワケあり魔族の兄妹。

 戦乱を憂い、力を尽くした天族の遺志を継ぐ娘。

 ナヴァルの闇に恩人を奪われた商人兄弟。

 人知れず呪いから解放された賢王とその忠臣。

 ナヴァルの武の象徴たる翁と、英雄を愛する古代エルフの妻。

 今は其の地と呼ばれる場所の住民と、彼らを快く受け入れてくれた、慈悲深き青き竜。

 そして、本多 宗茂のラーメンを楽しみにしている、たくさんのお客さん。


 彼ら彼女ら、その全てが――(えにし)


 出会った人々が、実は悪意に満ちた苦難の道の最中にあることを知って、仁と義を重んじる本多 宗茂が、敵前逃亡に等しい恥ずべき醜態(しゅうたい)を晒すわけもない。


 だから――だからこそ、ナヴァル王国という土地でラーメン屋を始めたのだ、本多 宗茂は。

 ナヴァル王国という場所を、自身が他者と繋がる地であると定めたことで、本多 宗茂にとって、ナヴァル王国それ自体が理由になる。


 つまり、これが本多 宗茂の事情であり、そうなるように自身で決めたということ。


 そして、事情を抱えているのは本多 宗茂だけではない。他の者からすればくだらないとしても、当人にとっては大切な場合もある、本多 宗茂にとってのラーメンのように。

 本多 宗茂は、だからこそ皆に伝えた、自分の理由がラーメンであることを。

 だから促す――笑っていいんだ、と。


 ――かまわない、と。

 ――それでいいんだ、と。


 戦う理由なんてそんなものでいいんだと、本多 宗茂は、皆に伝えた。

 そして皆が、自分が戦う理由を口々にしていく。


 とても立派な理由、思わず笑ってしまう理由、微笑ましい理由、ドン引きするような理由、応援したくなる理由。


 さまざまな理由がその場にあり、その数だけ笑顔があった。そして、語り終えた皆に向け、本多 宗茂は、右拳を向けながら口を開く。




「戦う理由は違えども、戦う意志は皆が同じだ。忘れるなよ、己の理由を、戦う意志を――」




 ドグル大平原に集った黒鬼達が、本多 宗茂へ向けて、右拳を向けるその姿が、雄弁に語る。


 ――()()()準備はできている、と。


 それゆえに本多 宗茂はひとつ笑い、黒仮面をかぶることで、()()()()()()()()()になり、迷いなく前を向く。


 そして――語る、背中で。




 ――俺についてこい、と。










「……え?」


 そんな光景は、まず有り得ない、その筈だった。

 気づいた時には、あまりにも遅すぎた。


 ――戦の始まりは、殲滅魔術から。


 それは変わらない。


 ――殲滅魔術が相殺されたのち、臨界に達する。


 これも変わらない。


 ――臨界すると同時に、戦場には、殲滅魔術の余波が広がる。


 これも変わらない、変わっていない、が――


「な、んで――」


 殲滅魔術の余波――炎熱と氷雪の層が生まれ、嵐のように空間が暴れ、土塊(つちくれ)石飛礫(いしつぶて)が飛び散り、白雷と黒雷が空を満たす。

 ドグル大平原の中央部は、今まさに起こっている破壊の奔流によって攪拌(かくはん)され、何人なんぴとをも拒む不可侵領域となっており、落ち着くまで静観するのが、この世界の常識だ。

 ならば、これは、一体どういうことなのか――それを説明できるものは、現時点ではおそらく、当事者以外にはいない。


 殲滅魔術の余波が収まっていない、今、この時に、自分の目の前に、黒い斧槍を両肩に担ぐ黒仮面の大男がいる――という、非現実的な事態をきちんと説明できる者が、自分達の中にはいないことを、ヴァルフリード辺境伯領軍の兵士たちは理解している、いや、目の前の大男に、無理矢理(わか)らせられたのだ。


 そして、問題はそれだけではない。


 黒仮面の大男の後ろには、意匠が似ている――オーガを模したような、黒い仮面をかぶる集団。

 それは、戦の最中という危機的状況であるにも関わらず、唖然あぜんと呼ぶにふさわしいほどに放心させられる、あまりにも常識から外れた光景であり、異常事態だと誰もが断言できる。


 ――殲滅魔術の余波を越える。


 非常識――この言葉が、これほど似合う行動も無い。それは、ユグドレアの住人の常識で考えた場合、正常な精神で取れる行動ではないからだ。

 だが、より正確にいうならば、軍にとっての問題は、そこではない。


 無傷とはいかないまでも、ほんのかすり傷程度で余波を越えて、ヴァルフリード辺境伯領軍の前軍と接敵していることが最大の問題点であり、最悪の緊急事態なのだ。


 それは、完全なる奇襲。そのことを認識した者全ての思考を停止させることに成功していることからも、その奇襲性の高さは並外れている。

 ヴァルフリード辺境伯領前軍にとって、唯一の救いは、余波を越えてきた者たちが、思いのほか少なかったこと、せいぜいが3000の兵。

 辺境伯領軍の前軍は、3万以上の兵で編成されている、その現実を知っている――ことが、油断という名の慢心でしかなかったことを、彼らはすぐさま思い知らされる。

 先頭にいる黒仮面の大男が、両手に握る斧槍を振った――おそらくは、そういうことなのだろう。そんな風に決めつけることしか、彼らにはできなかった。


 辺境伯領軍の前軍、その一部――300人以上の兵たちが、突如として宙を舞ったのだ。


 その結果として眺めることが叶った、黒仮面の大男の全身を見て、彼らは、ようやく気づく。

 そんな馬鹿な話があるのだろうか、一体何を考えているんだ、と、ヴァルフリード辺境伯領軍の前軍を率いる将軍は困惑させられていた。


 なぜ、敵の総大将が、殲滅魔術の余波を越えるという、自殺行為に等しい()()にでたのか――そんな困惑にまみれた疑問は、すぐに解消されることになる。


 それは、魔法や魔術、魔導と呼ばれる、現象や事象を再現するという奇跡に等しい力が当たり前となっている、ユグドレアという世界だからこそ成立する――陣形と戦術。

 それは、ユグドレア式密集陣形(ファランクス)とでも呼称すべき、特異かつ奇抜な陣形。


 一見すると無謀極まる愚策に思える行動を、ナヴァル王国側の総大将であるムネシゲ=B=ウィロウが戦術の域にまで昇華させたということを、戦場にいる全ての者が知ることになる。




 曰く――(パイル)



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